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光と光の記録 --- レンズ編    (2004.06.23) (2020.02.08) (2023.11.13 更新) 
 
レンズについて

 

 
このコンテンツは、Adobe GoLive6.0で制作し、Dreamweaverに引き継いでいます。
 
    
  
  「光と光の記録[レンズ編]」を出版しました (2013.06.12)
  
 
 
  

  
 ■ 目次
 
■ レンズの働き(Lenses)
■ レンズのいろいろ(Lenses)
  ▲ レンズとレンズマウント
  ▲ 一眼レフカメラ用交換レンズ
  ▲ CCTV用(Cマウント)交換レンズ
  ▲ ズームレンズ
  ▲ 大判カメラ用レンズ
  ▲ 顕微鏡レンズ
  ▲ 望遠鏡レンズ
  ▲ その他
■ 光を集める作用(Light Collection)
  ■ 近軸光線(Paraxial Rays、ガウス光学 Gauss Optics)
  ■ 球面レンズの曲率半径と焦点距離の関係
  ■ 焦点距離と画角(Focal Length, Angle Of View)
  ■ 撮影倍率 (Magnification)
  ■ ピント調整(フォーカシング、Focusing)
■ 絞りの作用(Diaphram)
  ■ 絞りと集光ボケ(Diaphragm, Image Blur)
  ▲ イメージサークルと絞り
  ▲許容錯乱円(きょようさくらんえん、Allowable Image Blur)
  ▲ レンズ解像力の数値的表現
  ▲ 光が集まる焦点位置
  ▲ 絞り作用が効くレンズ、効かないレンズ
  ▲ テレセントリック(Telecentric)配置
  ▲ 絞りの位置 - 入射瞳、射出瞳 (Entrance Pupil、Exit Pupil)
  ▲ 絞りの位置による像の歪み
  ▲ 特殊な光源を使った撮影での絞りの効果
  ■ 焦点距離と口径(Focal Length and Optical Diameter)
  ▲ F値の由来
  ▲ Fストップと開口数N.A.(Numerical Aperture)
  ▲ N.A.の前提条件 - アプラナート(aplanat)
  ▲ F値の光伝達能力
  ▲ 絞りの光量調節機能
  ▲ Fナンバー、Tナンバー
  ▲ 明るいレンズ(Fast Lens, High Speed Lens)の由来
  ▲ Fナンバーと有効Fナンバー
  ▲ 絞りと周辺光量
  【Cos4乗則】
  ▲ 焦点深度(しょうてんしんど、Depth of Focus)、
     被写界深度 (ひしゃかいしんど、Depth of Field)
  ▲ 過焦点距離(かしょうてんきょり、Hyper-focal distance)
■ 像を結ぶ作用
  ■ ピンホールレンズ(Pinhole lens)
  ■ 完全結像光学系(Perfect Optical Instrument)
  ■ 鏡とレンズ(Mirrors and Lenses)
  ■ 凸面鏡(Convex Mirror)
  ■ 凹面鏡(Concave Mirror)
  ▲ 非球面鏡(Aspheric Mirrors)- 放物面鏡、楕円面鏡、双曲面鏡
  ■ 凸レンズと凹レンズ(Convex Lenses and Concave Lenses)
  ■ 単レンズの種類(Kind of Lenses)
   1. 球面レンズ(Spherical lens)
   2. 非球面レンズ(Aspherical lens)
   3. シリンドリカルレンズ(Cylindrical lens、円筒レンズ)
   4. トロイダルレンズ(Toroidal lens、円環レンズ)
   5. フレネルレンズ(Fresnel Lens)
    ▲ 灯台のランプハウス
   6. グリンレンズ(GRIN lens = Gradient Index lens)
   7. ゾーンプレート(Fresnel Zone Plate lens = FZP、回折レンズ
    ▲ 回折光学素子(DOE = Diffractive Optical Element)
 
  ■ 薄いレンズ、厚いレンズ
  ■ 二枚のレンズを使った場合の結像の関係
  ■ 実際のレンズの機能と役割
   【ペッツバール(Petzval)と写真レンズ】
   【光線追跡】
■ レンズの収差(Aberrations)
  ▲ 色収差 (Chromatic Aberration)
  ▲ 球面収差 (Spherical Aberration)
   ■ アプラナート(aplanat)
   ■ アッベの正弦条件(Sine Condition)
   ■ 単レンズの球面収差
  ▲ 非点収差 (Oblique Astigmatism)
  ▲ コマ収差 (Coma)
  ▲ 歪曲収差 (Distortion)
  ▲ 像面湾曲 (Curvature of Field)
   ■ ペッツバール和(Petzval sum)
   【ザイデル (Philipp Ludwig von Seidel:1821-1896)】
   ■収差の補正されたレンズ
■ 写真レンズ(Photographic Lenses)
  ■ 写真レンズ開発の歴史
  【ツァイスとアッベとショット】
   ■カール・ツァイス
   ■エルンスト・アッベ
   ■オットー・ショット
  ▲ 写真レンズの基礎の確立と光学ガラス製造の確立 : ドイツとイギリス
  ■ 光学ガラスチャート
   ▼ BK7
  ■ 光学ガラスの特徴 - ガラスって?
  ■ 代表的な写真レンズ - ガウス、トリプレット、テッサー
   ■ ガウスタイプ(Gauss)
   ■ トリプレットタイプ(Triplet)
   ■ テッサータイプ(Tessar)
   ■ 至宝のカメラレンズ - 映画カメラに使われるツァイスレンズ
■ レンズの解像力(Resolving Power)
  ▼ 濃度によるレスポンス、周波数によるレスポンス
  ▼ アナログとデジタル(Analog vs. Digital)
  ▼ デジタルとは
  ▼ フィルムのレスポンス、固体撮像素子のレスポンス
  ▼ ナイキスト周波数の考え方
  ■ 開口率(Fill Factor)と解像力
  ▲ MTF曲線
■ 機能別レンズの種類
  ■ 虫メガネ(magnifying glass, loupe)
  ■ メガネ(a pair of glasses)
  ■ 一眼レフカメラ用レンズ
   ▼ フルサイズ撮像素子
   ▼ 広角視野での撮影
  ■ ビデオカメラ用レンズ(CCTV Lenses)
  ■ 大判カメラ用レンズ(Large Format Lenses)
  ■ 紫外レンズ(Ultra Violet Lenses)
  ■ 赤外レンズ(IR = Infra Red Lenses)
  ■ 顕微鏡レンズ(Microscope lenses)
   【対物レンズ(Objective lens)】
   ▼有限補正・無限補正、鏡筒長 = Mechanical Tube Length)
   【接眼レンズ(Eyepiece、Ocular)】
   ▼ 視野レンズ(Field Lens)
   ▼ 視野数(Field of View)
   ▲ ケーラー照明(Koehler Optics)

 
  ■ 望遠鏡レンズ(Telescope Lenses)
   ▲ 無限遠と有限距離(Infinity Optics、Finite Optics)
   ▲ 望遠鏡の倍率(Magnification of Telescope)
   ▲ 簡易望遠鏡 - 双眼鏡(Binoculars)
   ▲ プリズム(Prism)
    ▼ ポロ・プリズム
    ▼ダハ・プリズム
   ▼ 双眼鏡の性能
   ▼カタログ値の説明
   ▼ 望遠鏡の接眼レンズ(Eye Piece、Ocular)
   ▼ 視界(Field of Vision、Field of View、Visual Field)
   ▼ 瞳距離(Eye Relief)
   ▼ 瞳径(ひとみけい、exit pupil)
   ▲ 望遠鏡対物レンズ(Objective)
    ▼ 屈折型望遠鏡(ケプラー式)
     ■ ヤーキス天文台
    ▼ 屈折型望遠鏡(ガリレオ式)
    ▼ 反射式望遠鏡(ニュートン式)
    ▼ 反射式望遠鏡(カセグレン式)
     ・マクストフ・カセグレン(Maksutov-Cassegrain)望遠鏡 
    ▼ その他の反射望遠鏡1(ナスミス式)
    ▼その他の反射望遠鏡2(シュミット式)
    ▼その他の反射望遠鏡3(リッチー・クレティアン式)
  ▲ 反射鏡素材
    ■ULE(Ultra Low Expansion)
    ■ゼロデュア(Zerodur)
    ■ボロシリケートガラス(ほう珪酸ガラス、PYREX)
    ■溶融石英(Fused Silica)
    ■青板ガラス(Soda-lime glass)
    ■金属鏡(Metal Reflection Mirror)
     ▲ 反射鏡メッキ(Front Silvered Mirror)
  ▲ 日本の最新式天体望遠鏡 - すばる(Subaru)
   ▼ AO(Adaptive Optics = 波面補償光学装置、Active Optics)
    ・ レーザガイドスターシステム(Laser Guide Star System)
   ■ CCDカメラ:すばる主焦点広視野カメラ(Suprime-Cam)
  ▲ 宇宙に飛び出した最新式天体望遠鏡
        - ハッブル(Hubble Space Telescope、HST)
   ▼ ハッブルに搭載されている光学カメラ
   ▼ 新しいカメラWFC3
  ■ 光ファイバ(Fiber Optics)
   ▲ モード(Mode)
   【ライトガイドとイメージガイド】
   【ファイバーオプティックプレート、Fiber Optic Plate(FOP)】
   【ファイバーオプティックテーパー、Fiber Optic Taper(FOT)】
   【ファイバーロッド、Fiber Rod、Image Conduit】
■ 特殊なレンズ光学系
  ▲ テレセントリック光学系(Telecentric Optics)
  ▲ 無限遠光学系(Infinity Optics)
  ▲ レーザライトシート(Laser Light Sheet)
  ▲ シュリーレン光学系(Schlieren Optics)
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■ レンズの働き(Lenses) (2004.08.06)(2005.09.20)(2023.11.13追記)

【光学機器の中心 - レンズ】
 
レンズは光を集めて像を作るものです。光学機器の最も基本的な部品と言えます。
レンズは2次元の空間情報を一挙に取得することができるので、光の入力要素として一番大切な働きを担っています。
人間で言うと「眼」と同じ働きを持っている所です。
光学機器を見てみると、レンズを中心としていろいろなものが集まって器械を構成している感を受けます。例えば、ミラー、プリズム、フィルター、ファイバー、回折格子、撮像素子などの光学素子、そして光を電気に変えて処理を行う電子素子があります。
光学機器にとってレンズは大事です。
レンズの働きを知ることにより、光の記録がどのように行われるかを知ることができます。
 
 
【レンズの機能】
 
レンズの一番の基本は、光を集めることです。
(凸レンズは射出側に一点に光を集めます。凹レンズは入射側の仮想の一点から放射されるように射出側に放射されます。)
光を上手に集めると物体の一点から放射された光がふたたび一点に集まるので、像ができるようになります。
精度の良いレンズは、ある一点から放射された光を一点に精度良く集めることができるため、いろいろな所から放出している光を分別して別々に集めることができます。
これが像を作る作用です。
 
【レンズの出現】
 
レンズは、13世紀に作られます。
視力補正のための遠視用メガネとしてイタリアで発明されました。
当時、イタリアの商業都市ベニス(ベネチア)ではガラス工業(Venetian Glass)が栄えていて、その発展としてメガネが発明されました。
メガネの発展から虫メガネ、顕微鏡、望遠鏡へと発展し、19世紀になって銀塩による感光材料が発明されると写真撮影用のレンズが急速に発展します。
レンズは、人の視力を補正する目的で作られたメガネから、遠い天体を見る望遠鏡、小さなものを見る虫メガネ、顕微鏡などで大いなる発展を見ます。
遠いところにある星の観察には、望遠鏡はなくてはならない器械でした。
小さな世界にも神秘な現象がたくさんありました。細菌が発見されたのも顕微鏡のおかげです。
 
【カメラの発明】
 
19世紀になると、銀を利用した感光材料が発明されます。
銀塩感光材料とレンズの組み合わせが、光学器械の歴史を大きく前進させます。
これがカメラの発明です。
カメラが発明される前、レンズを使って壁に物体を投影させて、それをなぞって風景がや人物像を描くカメラオブスキュラ(camera obscura)という大きな部屋が作られていました。この部屋の中での画家の作業を銀塩感光材料が取って変わるようになり、カメラの時代になりました。
カメラオブスキュラの大きな建物が、精緻なレンズをつけた小さな暗箱に縮小しました。
 
【電子カメラの発展】
 
1940年代以降、電子工学の発展によってテレビ技術が大いに発展し、無線技術と相まってテレビジョン放送が大きな飛躍を遂げました。
それに伴って、画像を電子で撮影し記録するテレビジョン技術とビデオ技術が発展し、デジタル技術とコンピュータの発展の後押しにより、CCDカメラの開発を経てICメモリによるデジタル画像が大いに発展しました。
 
【時代を貫くレンズ】
 
今述べたように、記録媒体の幾多の変遷があってもレンズの存在は大きく常に中心的役割を果たしてきました。
レンズの役割は昔も今も大きなものだったのです。
 
 
■ レンズのいろいろ(Lenses)
レンズは、右に示すようにたくさんあります。
どうしてこんなにたくさんあるのでしょう? 
学校で習う物理の教科書の多くは、レンズの説明をする際に、両側が膨らんだ両凸の透明ガラスを描いてそれをレンズとしていろいろな説明をします。
しかし、現実のレンズは、かくも多様でしかも多種類あるのです。
レンズの詳しい説明は追って行うとして、現在市販されている(写真)レンズの代表的なものを、使用者の側に立って概括します。
レンズ設計者の側に立った説明は、追々行っていきます。
 
▲ レンズとレンズマウント
 
銀塩写真の発明以降、様々なカメラが作られ、撮影目的に応じていろいろなレンズが設計されて作られてきました。
これはなんとなく理解できます。
もう一つの素朴な疑問として、カメラ取り付けるレンズマウントがなぜまちまちなのか?というのがあります。
なぜこのようにたくさんのレンズマウントがあるのでしょう?
カメラ用レンズは、そもそもカメラ撮影の専門家が使っていました。
もしくは、カメラに予め取り付けられていたため、交換する必要のないものでした。
それが時代が下るにつれて、現在主流になっている35mm巾の銀塩フィルムカメラが普及します。
1950年以降、ライカサイズ(現在主流のフィルムサイズ)の一眼レフカメラが使いやすいことから大いに普及し、カメラメーカが独自の交換レンズを作るようになって、カメラに合わせて独自のマウントを作りました。
産業用のビデオカメラ用のCマウントのように、ほんのちょっとだけ借用するつもりで使い始めた古い規格のマウントが、市場に押されるようにして一般化して長い間使われ続けているものもあります。
 
▲ 一眼レフカメラ用交換レンズ
 
右の写真のレンズのうち、上の段に並んだレンズが、35mm一眼レフカメラの交換レンズです。
35mm一眼レフカメラとは、35mm巾の銀塩フィルム(パトローネフィルム)を使った一眼レフレックスカメラ(Single Lens Reflex Camera = SLR)のことで、カメラレンズを通してファインダーで被写体を見ることができます。
このカメラは、カメラの頂上部にトンガリ形状のペンタプリズムがあるのが特徴で、ペンタプリズムを通してカメラレンズから通した像を直接見ることができました。
それまでのカメラはカメラレンズとは別にファインダがあったのです。
ペンタプリズムを持ったカメラは高級カメラの代名詞でした。
一眼レフカメラはレンズを通してファインダ越しに被写体が観察でき、視野の確認やピント合わせも楽であったことから、遠いものから近いものまで自由に撮影でき、しかも、広い範囲が撮影できる焦点距離の異なるレンズがたくさん作られて、しかもそれが容易に交換できるようにレンズマウントが統一されていました。
カメラ愛好家にとって夢のようなシステムだったのです。
現在(2008年)ではフィルムの需要が激減して、これら一眼レフカメラもCCD やCMOS 固体撮像素子を使ったデジタルカメラに移行してします。
 
▼ ニッコールマウント(Fマウント)レンズ
 
上右に示したレンズ群のうち、上段に示したレンズはニコンが製造販売しているニッコール(Nikkor)レンズと呼ばれるものです。
ニコンが一眼レフカメラレンズに採用しているレンズマウントをFマウントと言っています。
レンズマウントが統一されていると言ってもそれは同一メーカ内だけの話であって、カメラメーカが違えばマウントが異なります。
キヤノンは独自のマウントを採用していますし、ペンタックスもコニカミノルタ(現ソニー)もそれぞれ独自のマウントでレンズを作っています。
この事実は、カメラメーカはレンズを作るのがメインであって、カメラはそのオマケみたいな意味合いが強く、レンズマウントを統一しようという機運など端からなかったことを意味しています。
昨今のコンピュータ機器は、USB規格にしろIEEE1394にしろすべて規格統一のためのコンソーシアムができあがって、まず規格を統一させてそれから切磋琢磨をして競争をします。
レンズができあがってきた歴史的背景を見てみますと、統一をやかましく叫ぶだけのユーザがたくさんおらず、プロ写真家やアマチュアカメラマンが銘々に好きなレンズメーカのカメラを買ってレンズを使っていたという事情に気づきます。
ニコンのFマウントは、1959年に「ニコンF」と言う一眼レフレックスカメラが開発された時に採用されたレンズマウントで、以後60年近く互換性を維持してきた存在感のあるレンズマウントです。
 
▼ 一眼レフカメラのレンズ
 
35mm一眼レフカメラは、1950年にドイツのツァイス・イコン社が開発したコンタックス(右写真)で実現しました。
カメラの上部に五角形形状をしたペンタプリズムを配置し、カメラレンズから入る対象物の像をフィルムとレンズの間に配置した反射ミラーで跳ね上げて、ペンタプリズムを通してアイピースで物体像を覗き、フォーカスやシャッタチャンスを刻々と追いかけました。
シャッターを押すと反射ミラーがペンタプリズム方向に跳ね上がり、レンズからの入射光はフィルム面に導かれん、フォーカルプレーンシャッターが開いてフィルム面露光されました。
一眼レフカメラが出る前は、ドイツのライツ社がライカというレンジファインダー式35mmカメラを開発(1913年)して一斉を風靡していました。
ライカはレンズを自由に交換するという設計思想はなく、レンズは固定でできてもせいぜい2本から3本程度の交換レンズしか利用できませんでした。
レンジファインダー方式は、全ての交換レンズに合わせられるフォーカス調整が難しかったのです。
一眼レフカメラの出現は、それまでのカメラワークを一変させてカメラの活動範囲を驚くほど拡張させました。
戦場での記録写真でも威力を発揮しました。
とは言っても、一眼レフカメラが出たのは第二次世界大戦後ですから威力を発揮したのは朝鮮動乱以降になります。
一眼レフカメラを使った写真は、戦場からのリアルな映像を全世界に送る重要な任務を担いました。
スポーツ写真や報道写真にも、一眼レフカメラの機動性はいかんなく発揮されました。
一眼レフカメラは、写真レンズのあるべき姿を変え、交換レンズというアクセサリーを豊富にしました。
交換レンズによって、写真の表現が拡がったのです。
1970年後半には、ミノルタから自動フォーカスができる一眼レフカメラ「α7000」が開発され、全自動カメラの幕開けとなりました。
絞りも自動で設定できるようになり、フィルム巻き上げも自動になりました。
昨今の一眼レフカメラは、コンピュータの進歩の恩恵にあずかり露光が自動になり、またズームレンズも良いものができたのでレンズを交換する手間もなくなり、シャッターチャンスと構図に神経を使うだけのものとなりました。
 
▼ 一眼レフのズームレンズ
 
一眼レフレックスカメラのレンズシステムを見ると、レンズというのはレンズ1本ですべてをまかなって撮影することは難しいこと教えてくれています。
先に示したレンズ群の上段3本のレンズはすべて焦点距離が固定の単焦点レンズと呼ばれているもので、二段目のレンズが焦点距離を変えられるズームレンズと呼ばれるものです。
歴史的には、単焦点レンズが作られ、時代を経るに従いズームレンズが作られるようになりました。
ズームレンズは1本のレンズで焦点距離が変わるため、カメラを被写体に近づけたり遠ざけたりしなくても、カメラを動かさず希望する大きさで被写体をとらえることができます。
映画撮影では、ズームアップ、ズームダウン描写という魅力的な撮影ができることから、ズームレンズは必要不可欠なレンズでした。
ズームレンズは映画撮影の要求から発展したと言っても過言ではありません。
35mm一眼レフカメラのズームレンズの歴史は、20年ほど(1970年代中頃ぐらいしかありません。
理由は、ズームレンズは単焦点レンズに比べて描写が甘いこと、明るいレンズの製作が困難なこと、レンズ設計が難しく個人で買うには価格も相当高かったことが上げられます。しかしながら、レンズ設計にコンピュータが使用されるようになって、複雑で忍耐のいるレンズ設計が短時間でできるようになり、また、非球面レンズの製造やレンズコーティング技術が確立し、それにデジタルカメラの普及も手伝って、ズームレンズの需要が高まりズームレンズの高性能化に拍車がかかりました。現在では、デジタルカメラのすべてにズームレンズが標準装備されています。
しかし、ズームレンズが普及してもなお単焦点レンズが生き残っているのは、ズームレンズよりも今なお描写能力が優れていることと、明るいレンズの製作ができるため存在価値が十分にあることを示しています。私自身、映像計測の分野に身を置いていますと、ズームレンズよりも単焦点レンズの恩恵をずいぶんと受けています。計測分野では被写体範囲を頻繁に変えてズーム撮影をする必要がないので、しっかりとした切れが良くて明るい単焦点レンズを選択することがかなりあります。
一眼レフカメラ用レンズの大きな特徴は、操作性です。携行性に優れ、レンズの絞りやフォーカス合わせ、それにレンズ交換が簡単にできることが何よりも求められました。その結果できあがったのが上の写真に見られるようなレンズ群なのです。最近は、レンズフォーカス、レンズ絞りが電動化され自動で行えるものが一般になりました。
 
▼ 一眼レフカメラのニッコールFマウント
 
計測用カメラを扱っているといろいろなカメラレンズを流用します。
その中で最もよく使われているレンズがニコンのFマウントレンズ、Nikkorレンズです。
どうして、このレンズが多く使われるようになったのでしょうか。
日本の計測カメラメーカのみならず、欧米の計測カメラメーカーも必ずと言っていいほどニッコールレンズのFマウントをつけたカメラを作ります。
キヤノンマウントやオリンパスマウントではいけないのでしょうか。
実は、この事実の歴史的背景には、計測カメラが亜流の流れであったことがあげられます。
これらの分野は、カメラを量産するほどの大きなマーケットではないために、レンズ会社がカメラを手がけなかったのです。
特殊なカメラは新興勢力が作ってきたのです。
したがって、レンズは市販の安価で入手しやすいレンズを用いたのです。
計測カメラを使う計測分野では、ニコンのレンズが圧倒的に浸透していたためそれを流用したのです。
1960年代から1970年代の大学の研究室や、国や企業の研究機関には研究記録用としてニコンFカメラがありました。
ニコンFカメラは、本格的な一眼レフカメラでしっかりと作られていました。
その上、ファインダーや交換レンズ、自動巻き上げモータ装置などシステムも豊富であったため、研究目的用に使い道があり、少々高くても研究機関では揃えることができたのです。
もちろん交換レンズの品揃えも品質もドイツレンズメーカとはいかないまでも当代随一で、いろいろなレンズを使うことができました。
こうした理由から計測カメラメーカがライカサイズのニッコールレンズを使うようになり、後発カメラメーカもそれにならうようにして使い出しました。
1990年から急速に発達した大画素固体撮像素子による高画質デジタルカメラの出現に至ってもこの傾向は続き、ほとんどの計測カメラにFマウントレンズを装着する現象が続いています。
 
下の写真は、計測用のCCDカメラです。このカメラにもレンズマウントはニコン社のFマウントを採用しています。
計測用冷却型CCDカメラ Redlake社 Megaplus EC11000(2006年)
画素 4,008 x 2,672、12ビット濃度、電子シャッタ式CCD素子
撮像素子サイズ36mm x 24mm、撮影速度4.6コマ/秒
レンズマウント: ニッコールFマウント
 
▼ リモートレンズ  (2023.11.13追記)
 
2020年代初めより、計測カメラのレンズに操作PCよりフォーカス、絞り、ズーミングがリモートで行えるものが出て来ました。
マウントはキャノンマウント及び4/3型レンズです。
下の写真はIDT社のXSM高速度カメラで、カメラにリモート操作のできるターミナル端子が附属していてカメラに接続した操作PCでパソコンからリモートフォーカス、リモート絞り、リモートズーミングができるようになっています。
 
 
 

 

▲ CCTV用(Cマウント)交換レンズ (2023.11.13追記)
CCTVというのは、Closed Circuit Televisionという意味の略で、産業用テレビという意味合いが強い言葉です。
産業用向けのカメラは、CCTVという言い方の他に 、ITV(Industrial TV)という言い方もしていました。
これらの言葉の裏には、放送用テレビとは別のものという言葉が隠されています。
放送局が使うほどの高品質を要求されない、マシンビジョン用、サーベランス(監視)用、学術研究用のテレビカメラという意味が込められています。
一般産業用に使われるレンズのマウントは、"C"マウントと呼ばれる規格のレンズが一般的です。
2000年あたりからデジタルカメラが安価に出回って来ると「監視カメラ」という言い方が一般的になってきて、CCTVとかITVという呼び方はされなくなりました。
 
▼ Cマウントレンズ
 
Cマウントレンズ(右写真)は、もともとは16mmフィルム映画用のカメラレンズとして使われていました。
1940年代の話です。16mmフィルムというのは、劇場用の映画フィルム(35mm)の下のランクに位置するもので、小規模の映画、記録用映画、ニュース取材用に使われていたフィルムです。
35mmフィルムよりフィルムサイズが小さく経済的なフィルムでした。
35mmサイズの上のフィルムに70mm巾サイズのフィルムがあります。
これは、大型映画に使われています。
16mmフィルムカメラに使われていたレンズマウントは、1インチ口径(25.4mm)に1インチ当たり32山のピッチを切ったネジを持ったもので、これをCマウントと呼んでいました。
 
1960年以降、産業用のテレビジョンカメラが開発された時、ビジコンなどの撮像管のイメージサイズが16mmフィルムカメラのイメージサイズに近かったことからこのレンズが使われるようになりました。
 
35mm一眼レフカメラ用のレンズはたくさんのメーカが個別にレンズマウントを作っていたのに対し、産業用テレビレンズのマウントがCマウントに落ち着いたのは興味あるところです。
おまけに、60年以上も前の規格が現在まで使われているのもとてもおかしな話です
当時のこの分野はそれほどのマーケットがあるわけではなく、特殊な応用分野だったのでレンズを新しく作るのではなく、16mmフィルムカメラ用のレンズを流用したというのが本当の所のようです。
 
この分野は、1980年代に入るとVTRやCD、DVDなどの記録装置の発展に追随してはじけるように急成長し、多種多様なカメラが製品化されました。
カメラがたくさん作られても、カメラメーカーはレンズマウントに執着することなくCマウントレンズを採用したため、現在もなおCマウントのレンズが使われているのです。
 
このCマウントもカメラの小型化に伴って若干の変化が見られます。一つはCマウントの口金を同じにしてフランジバックを短くしたCSマウントと呼ばれるものであり、もう一つは口金サイズを一回り小さくしてメトリック寸法でネジを切ったNFマウントです。
すべてが全自動に向かう中、レンズ交換にインチネジを持ったレンズをカメラにねじ込むのは滑稽な話ではあります。
 
産業用のカメラレンズは、撮像面が35mm一眼レフカメラのフィルム面よりもかなり小さいため、イメージサークルを小さくとることができレンズ口径も小さくコンパクトに作ることができます。
最近は、たくさんのレンズメーカがCCTVレンズを手がけるようになってレンズも安価になりました。
電動によるリモートフォーカス、絞り調整、ズーム機能を持つものも多数製造されています。
 
メガピクセルカメラの発展は、レンズにも対応を余儀なくされています。
メガピクセルの画素が埋め込まれた撮像素子が小さくなるにつれてレンズ焦点距離が短いものが必要になり、4ミクロン程度の画素に像を結ばせるために高解像度のレンズが必要になってきています。
 
この分野のレンズは、監視カメラ用や部品検査用などの計測分野に使われることが多いので電子化が進み、自動フォーカス、自動絞りが組み込まれたものが多くなっています。
 
 
▲ ズームレンズ
 
ズームレンズは、8mmフィルムカメラの需要、35mm映画カメラの需要から製品化がスタートしました。
開発したのは英国のCooke社で、Varoレンズと呼ばれたズームレンズが米国Bell&Howell社のフィルムカメラに取り付けられました。
1932年のことだったそうです。
1932年といえば、レンズコーティング技術が確立していない時代です。
ズームレンズは、レンズエレメントが多いため、開発初期のズームレンズはおそろしく暗くてフレアの多いレンズだったにちがいありません。
ズームレンズは、ズーム比を変えるため焦点距離が変わります。
焦点距離が変わると、やっかいなことに撮像面上でのピントがずれる問題があります。
焦点距離を変えていってもフォーカスが変わらないレンズがズームレンズ設計がもっとも大切な要素で、レンズ設計上一番大きな問題になりました。
ズームによって変わる焦点距離に合わせて、焦点位置を絶えず一定に保つためのカム機構は設計や製造が難しく、大きいズーム比を持つレンズの設計や広角側(焦点距離の短い)レンズの設計は困難を極めたそうです。
映画業界の需要がズームレンズ製品を押し上げ、昨今のデジタルカメラの普及で加速を促したと言っても過言ではありません。
ズームレンズの設計は膨大な数値計算が必要だったため、電子計算機の発達でレンズ設計も短期間でできるようになりました。
 
映画カメラ用のズームレンズは、1965年、フランスのアンジェニュー社が画期的なカム送り機構による10倍というズーム比の大きいレンズを設計製作し、映画用ズームレンズの最右翼となりました。
以後、20倍、40倍というズームレンズが開発されていきます。
 
テレビ放送業界ではズームレンズは常識で、明るくてズーム比の大きなレンズが使われています。
とくに中継用のテレビカメラに使われるズームレンズはズーム比が100倍を超えるものがあり、これは焦点距離がf8.9mmからf900mmに相当し、スポーツ中継に威力を発揮しています。
こうしたレンズは重量が23kgもあり、レンズにカメラがついているという感じを受けます。
最近の放送カメラに使われているズームレンズの性能の良さは、ハイビジョンテレビでスポーツ中継を見られた方ならよく理解できると思います。
遠くの撮影位置から選手の顔の表情をリアルにとらえることができ、像の境界での色の滲みもほとんど見られないほど色収差が取られています。
下のズームレンズはフランス アンジェニュー社の報道用カメラ用ズームレンズです。
 
 
 
 
▼ 放送局カメラ(ENG = Electric News Gathering)用ズームレンズ
 
放送用カメラは現場での取材が大前提であり、待ったなしの取材が多いことからズームレンズが大前提です。
また、カメラも高画質のものを採用する関係上、3CCD(R,G,Bの3つのCCDの撮像素子を組み付けたものでフィルタによる単板CCDに比べ高画質)カメラが主流です。
このカメラでは、Cマウントレンズは使えません。
Cマウントレンズは、レンズのマウントから撮像面まで17.526mmしかなく、3CCDカメラでは入射光を三色分解するためのダイクロイックミラーが3つの撮像素子の前に入っているため、Cマウントのフランジバックフォーカス(=17.526mm)では三色分解光学系が組み込めないのです。
従って、レンズ取り付け面(フランジ)から撮像素子の位置までのフランジバックフォーカスが長く、そして、その間に入るダイクロイックミラー光学系の収差が考慮されたズームレンズが放送用(ENG =Electric News Gathering)レンズとなります。
放送用カメラに使われている撮像素子は、8.8mm x 6.6mmサイズの2/3インチCCDが使われていて、他のCCDカメラよりも大きい撮像素子であり、広角から望遠までくまなく使うことからレンズも大きめになっています。
レンズマウントはバヨネットマウント式になっていて簡単に取り外せるようになっています。
このバヨネットは、ソニー式バヨネットマウント(B4マウント)とビクター式バヨネットマウントの2種類があります。
放送用のカメラはソニーが熱心で業界に受け入れられたので、彼らが独自に開発したバヨネットマウントのレンズが主流になりました。
 
 
▲ 大判カメラ用レンズ
 
大判カメラは、35mmフィルムを使ったライカサイズカメラよりも大きいサイズのフィルムを使うカメラを言います。
歴史的に見ると、カメラの最初のタイプがボックスカメラとかブローニカメラと呼ばれた大判カメラです。
この種のカメラは、6x7(6cmx7cmのイメージサイズ)、6x645、6x6、6x9と呼ばれるブローニーフィルムを使ったカメラや、4x5(4インチx5インチのイメージサイズ)、8x10のシートフィルムを使ったものが一般的です。
左写真が大判カメラ用のレンズです。
 
4x5カメラは、学校の入学式や卒業式で集合写真を撮るとき、町のカメラ屋さんが使う木箱の形をしたカメラです。
カメラ屋さんが黒布を被ってピント合わせをし、黒い板を差し込んでフィルムを交換します。
フィルムが大きいので、このカメラで使われるレンズはイメージサイズが大きいのが特徴です。
プロが使うため画質が良くてキレが良いのは当然です。
また、このレンズにはフォーカスのためのレンズ繰り出し機構がありません。
ピント調整は、カメラについている蛇腹機構でレンズを繰り出してフォーカス位置を決めます。
このカメラにはアオリ撮影と言ってフィルム面とレンズ光軸を傾斜させて撮影する機能が備わっています。
高いビルを撮影するときに通常のカメラですと遠近感がでてしまいビルが倒れて写ってしまいます。
アオリ撮影ではこのような不具合を解消すことができ、幅広い表現による撮影が可能になっています。
アオリ撮影の場合にはレンズ光軸に対して光が斜めから入ってフィルム面に斜めに当たることがあります。
このような撮影では像を結ぶイメージサークルを広く取っておかないとレンズのケラレによって周辺部が写らなかったり光量が不足します。
大判カメラレンズはフィルムサイズより2倍くらい大きなイメージサークルを持っています。
また、周辺部の光量不足を補う意味でレンズを絞ると周辺部まで均一に光が届くのでアオリ撮影ではレンズを絞って撮影されます。
 
歴史的に見ると、カメラレンズはこのタイプから出発しました。銀塩感光材が発明された時期ですから1800年代後半(日本だと江戸時代末期から明治時代)からです。
このカメラから、ブローニータイプの長巻フィルムになり、映画フィルムをカセットに詰め替えた35mmフィルムになり、1眼レフレックスタイプに代わって行きました。
大判カメラレンズにはレンズシャッタが内蔵されていて、露光はレンズシャッタで行うようになっています。
 
 
▲ 顕微鏡レンズ
 
非常に小さなものを見るための対物レンズです。
顕微鏡の原点は虫メガネです。
屈折率の強いレンズを目の前にかざして見たいものに近づけると、小さなものを楽に見ることができます。
レンズを近づける度合いはレンズの焦点距離に依存し、焦点距離が短いほど近くなり、像を大きくすることができます。
 
最初の顕微鏡は、焦点距離の短いレンズ1つで使われていました。
小さなガラス玉のようなものです。
対物レンズと接眼レンズの2つの組み合わせになったのは、レンズの収差が抑えられたレンズができるようになってからです。
 
顕微鏡は、1590年頃オランダの眼鏡職人ヤンセン(Zacharias Janssen 1588 - 1628)による発明が最初と言われています。
その後、1668年、オランダの博物学者レーウェンフック(Antony van Leeuwenhoek :1632-1723)が、ガラス玉を磨いて作った虫メガネ程度の簡単なものを製作して、赤血球、精子、ヒドラ、ワムシなど微細生物を観察し、それを手で書き写して組織学の創始者となりました。
組み合わせレンズによる複合顕微鏡を用いて1665年に細胞を発見者したのは、イギリスの物理学・天文学者のR・フック(Robert Hooke :1635-1703)ですが、彼が製作した顕微鏡は収差がひどく、レーウェンフックの顕微鏡に性能が及びませんでした。
 
顕微鏡レンズには、通常のカメラレンズあるような絞りやフォーカス調整機構がありません。光量調節は顕微鏡に取り付けられた光源の光量調節で行います。
また、ピント合わせもレンズ鏡筒全体を動かして対象物との距離を調節する方式です。
顕微鏡レンズにはズームレンズがありません。
性能の良い対物レンズが作れないからです。
従って、顕微鏡レンズは、レボルバーという回転ターレットに3〜4本の対物レンズを装着して必要に応じてレボルバーを回転してレンズを交換する仕組みになっています。
拡大撮影は微小部を拡大するために暗くなりがちで、できるだけ明るくて解像度の良いレンズが求められます。
 
▼ 顕微鏡レンズマウント
 
顕微鏡のマウントもカメラレンズと同様メーカによってネジ込みサイズが異なります。
その規格は、古くは1866年、英国のRMS規格(Royal Microscopical Society)があります。
その規格というのは、次のような仕様になっています。
 
  ■ RMS(Royal Microscopical Society)規格
   ・口径: 20.32mm(0.8インチ)
   ・ネジピッチ: 0.706mm(36山/インチ)、山の角度55°(Whitworth = ウィットウォースネジ)
   ・同焦距離: 45mm
 
この規格は古いものです。140年も前の規格です。
RMS規格はインチネジであり、しかもネジ山がウィットワースという現在のインチ規格以前の規格を採用しています。
 
英国の機械産業がもっとも盛んだった頃、工作機械技師であったウィットウォース(Sir Joseph Whitworth:1803-1887)が制定したネジ規格が工作機械の標準となり、明治時代に輸入された工作機械はすべてこのウィットウォースネジが使われていました。
ウィットウォースが規格化したネジは、ネジ山の角度が55°でネジの形状を丸面(山と谷が丸形状)とし、丸面取りの高さをネジ山の高さの1/6としていました。
また、ネジの呼び径は、1インチ、1/2インチ、1/4インチというように半分ずつに割り振っていました。
しかし、米国では、強度上の問題と製作上の問題からこの規格が気に入らず、米国の工作機械技師セラーズ(William Sellers:1824-1905)が独自のインチ規格を作ります。
これが現在アメリカを筆頭として採用されているユニファイ規格のインチネジとなりました。
ユニファイ規格のネジは、ネジ山の角度が60°、ネジ山の面取りが平形で、面取りの高さとネジ山の高さの比が1/8に改められました。
角度を60°にしたのは強度を増したかったからです。
面取りを平らにしてネジ山を低くしたのは、製作しやすくさせたかったからです。
このユニファイネジはメトリックネジにも影響を与え、ネジの角度60°、面取りやネジ山の高さは、ユニファイネジと同じになっています。
ただし、呼び径がM3(口径3mm)、M4(口径4mm)、ネジピッチ0.5mm、0.7mmという具合にメトリックになっています。
確かにウィットウォースネジを見ると、ネジ山が立っている(角度55°)ので精密なねじ込みが行えます。
その理由からかどうかはわかりませんが、顕微鏡では今もこの規格が生きています。
 
▼ 日本の顕微鏡メーカの対物レンズマウント
話がそれましたが、顕微鏡を作っている日本のニコンもオリンパスもこのRMS規格には従っておらず、独自の口径とピッチで対物レンズを作っています。
また、RMS規格では口径が小さくて明るいレンズを作るときにどうしても制約を受けてしまいます。
ちなみに、ニコンは口径27mm、ネジピッチ0.75mm、同焦距離45mmであり、オリンパスは、口径26mm、ネジピッチ0.706mm(36山/インチ)、同焦距離45mmとなっています。
ニコンがメトリックネジでオリンパスがインチネジ、同焦距離は同じ45mmとなっています。
 
光学部品を単品で売っている米国のEdmund(エドモンド)、NewPort(ニューポート)、日本のシグマ光機の顕微鏡レンズは、RMS規格となっています。
おいそれとニコンやオリンパス規格のマウントが使えないので、古い140年も前の規格で顕微鏡レンズを作っているものと考えられます。
 
規格というのはやっかいなものではあるけれど、非常に重要なものだと言うことがわかります。
 
      --- 顕微鏡のより詳細な事については、「顕微鏡レンズ」を参照下さい。
 
 
▲ 望遠鏡レンズ
 
望遠鏡に使われるレンズは、遠くのものを見るためのレンズです。
望遠鏡開発の動機は天文学です。
月を見たり惑星を見たり惑星の衛星を発見したりと、天体の観測に望遠鏡は無くてはならないものでした。
望遠鏡は、顕微鏡の発明に遅れること20年、1609年にイタリアのガリレイによって作られ、英国のニュートンは色収差を排した反射鏡タイプの望遠鏡を1668年に作りました。
望遠鏡を発明したガリレオは、メガネ作りが発達していたオランダ人の作った特殊な眼鏡にヒントを得て望遠鏡を作ったと言われています。
彼の指向する学術的な意味は天文学であり、光学は手段でした。
従って、ガリレオは光学の探究をしていません。
 
▼ 望遠鏡のレンズ組み合わせ
 
顕微鏡は、虫メガネのように一つの単玉レンズで拡大ができるものと、対物レンズと接眼レンズの1組の組み合わせで構成されるものから出発しましたが、望遠鏡ではすべてのタイプが対物レンズと接眼レンズの組み合わせで製作されました。
 
望遠鏡の基本的な考え方は、焦点距離の長いレンズ(対物レンズ)と焦点距離の短いレンズ(接眼レンズ)の1組で構成され、長い焦点距離の対物レンズで無限遠位置からの物体像を焦点位置に結ばせ、その像を拡大レンズ(接眼レンズ)で拡大して見る、というものです。
望遠鏡の場合、遠くのものを近くに寄せて見える大きさの度合いを望遠倍率と呼んでいて、その割合は物体の見える角度、すなわち視角の割合で表しています。
小さな視角で入ってくる物体を大きな視角で見ることができれば遠くのものが大きく見えることになります。
そのために望遠鏡では対物レンズに焦点距離の長いものを使い、接眼レンズ(アイピース)に焦点距離の短いものを使っています。
両者の焦点距離の比で視角の比が決められ倍率が求められます。
 
望遠鏡では対物レンズに長い焦点距離のレンズを使っているため、波長(=色)による焦点位置が異なる色収差の問題が顕著になります。
色収差を改善したレンズの開発が望遠鏡の歴史ともなりました。
また、焦点距離が長いレンズは口径比(レンズ口径/焦点距離。レンズのF値は口径比の逆数)が大きくなりがちで、明るいレンズにするためには口径を大きくしてたくさんの光を集めなければなりません。
このため、均一な光学ガラスの製造と、精度の良いレンズ球面の研磨、そして色消しのためのレンズエレメントの組み合わせが望遠鏡レンズに求められる光学要素となりました。
 
▼ 望遠鏡の主流 - 反射鏡
 
光学ガラスを通して像を結ばせる屈折型望遠鏡は、口径を無条件に大きくすることが困難で、1800年代の終わりに口径102cmの屈折望遠鏡が作られたのを最後に、1900年代に入ってからは反射鏡を使った望遠鏡に切り替わって行きました。
現在の高性能天体望遠鏡は、口径が8メートル(8,000mm)ほどの反射鏡を使っています。
 
天文学分野では、反射鏡タイプのレンズが主流であるのに、カメラの望遠レンズでは反射鏡タイプのレンズは好まれません。
反射鏡タイプの方が安価で軽く、コンパクトであるにもかかわらず、重くて長い望遠レンズが好まれます。
その理由は、反射鏡タイプのものはレンズ絞りが自由にきかないことと、レンズのボケ味が悪いこと、視野が狭いことです。
1眼レフカメラでレンズの絞りを自由に変えられないのは困ります。
レンズのボケも反射鏡タイプではピントの合った像以外のものがドーナッツ状にボケてしまいます。
カセグレン式のレンズは、反射鏡の中心部をくりぬいてその中を光が通ってカメラに導かれるのでフォーカスポイント以外ではリング状のボケ像となってしまうのです。
天体望遠鏡では、被写体が恒星であり完全なる無限遠からの光を一点に集めるのが主目的であり、ボケ味は一般の写真のようにそれほど重要ではなく口径の大きいものが求められるために反射式のカセグレン光学系が使われています。
 
--- 望遠鏡のより詳細な事については、「望遠鏡レンズ」を参照下さい。
 
  
▲ その他
 
その他、レンズは特殊な分野で高度な発展を遂げ進化しています。例を挙げると、航空写真用レンズ、写真製版用レンズ、フォトリソグラフィー用レンズ、使い捨てフィルムカメラ用レンズ、コピー・スキャナー用レンズなどです。
 
▼ 航空写真用レンズ
航空写真用レンズは、9.5インチ巾(240mm)のロールフィルムを使い、高度1,000〜3,000mから地形を精密に撮影するために、広角でイメージサイズが大きく歪曲収差の極めて少ない高解像力のレンズが必要です。
また、時速200kmで飛行する航空機に搭載されたカメラには、1/500秒以下の短時間露光を伴う高速レンズシャッタが不可欠です。
ドイツのツァイス、スイスのウィルド(Wild・Leica)、イギリスのウィリアムソン、フランスのポアビリエ、米国のボシュロム、フェアチャイルド社などが優秀な航空カメラ及びレンズを製造していました。
 
▼ 写真製版レンズ 
写真製版レンズは、印刷用の版下を作る目的に設計された歪みがなく解像力の高いレンズです。
半導体の回路を作るレンズも製版用レンズの発展型と言えなくもありません。
半導体回路製造(リソグラフィー)ではサブミクロンオーダの描画を必要とするため、回折限界の解像力を持ったレンズが使われ、光源も回折像が最小になるように紫外光が使われています。
この分野では、レンズの限界の挑戦を続けていると言っても過言ではありません。
方や「写ルンです」に代表される使い捨てフィルムカメラ、携帯電話に使われているカメラレンズは、レンズ性能/コストを最大限に引き出したものです。
何よりも小型コンパクトで安価に供給しなければならないことからプラスチックレンズの需要を生み、射出成形による非球面レンズ製造を確立させました。
非球面レンズは、複数枚の球面レンズを一つにまとめることができる画期的なものです。
これらのレンズは別の観点からレンズ業界に技術革新をもたらしたものと言えるでしょう。
こうした技術がゆくゆくは大型レンズに採用される日も近いと考えられます。

 
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■ 光を集める作用(Light Collection)
レンズの一番の働きは、先にも述べたとおり、光を集める作用です。
透明物質に光が入るとき、光は媒質の屈折率によって曲げられます。
屈折の法則は、オランダ人スネルとフランス人デカルトが詳しく調べました。
この法則に従って、曲面を持つレンズに光が当たると面に沿うように一点に集まるようになります。
レンズは下図に示すようにいくつものプリズムが集まったものと見なすことができます。
平行な光は各プリズムに入射して屈折し、一点に集まります。
(厳密には一点に集まらず近傍に集まる。これが収差と呼ばれるものとなっています。)
 
▼ レンズの設計
レンズ設計は、光学ガラスと空気(ものによっては液体の中や真空)の間を光線がどのように進んでいくかを追跡することが基本となっています。
いろいろな光線(高さ、角度、波長)を入射させて一つづつ丹念に計算し、入射した光がどの経路を通って像がどこに結ばれるかを計算します。
この計算は、スネルの法則を使った光線追跡が大原則で、いろいろな収差を総合的に考慮しながらレンズの曲率や、レンズの材質、レンズコンポーネントを決めていきます。
設計は、レンズに入射する光がレンズによって結像する際にがまんできるボケ量に収まるまで手を返し品を代え来る日も来る日も計算を行うそうです。
気の遠くなるような三角関数の計算がレンズ設計屋の仕事だったのです。
 
こうした単純な仕事をコンピュータが行うようになって事情は一変しました。
ミスを犯さず疲れを知らないコンピュータは光学設計にはうってつけでした。
コンピュータが最初に使われ出したとき、本家アメリカは軍需用の砲弾(ミサイル)の弾道計算にコンピュータを使いましたが、日本の場合、最初のコンピュータを作ったのは富士写真フイルムで、その目的は光学設計だったのです。
それほど光学設計は単純で膨大、しかもミスが許されない計算の連続だったのです。
光学追跡については、項目を改めて紹介したいと思います。
■ 近軸光線(Paraxial Rays、ガウス光学 Gauss Optics)
 
レンズを通した光はなぜ一点に集まるかと言えば、レンズが球面でできているためであり平行光束は球面の中心部に集まる性質を持っているためです。
平行光が一点に集まる精度はどのくらいかというと、レンズの磨き精度や収差除去の個体差に依存します。
球面レンズは、原理的に見てもすべての光を一点に集める性能を持っているわけではありません。
おおよその平行光束は中心部に向かって集まるものの、精度良く一点に集まるというわけではないのです。
球面レンズ1個で平行光を一点に集めることは原理上無理なのです。
 
この原理上無理な性質を球面収差と言っています。
球面鏡と同様球面で作られた球面レンズは以下に示すような集光特性を持っています。
この特性は、球面鏡では、入射・反射の法則から導かれますし、球面レンズではスネル・デカルトの法則から導くことができます。
 
▼ レンズや球面鏡が光を一点に集めるとは限らない
上の図に示したように、上段の球面鏡でも下段に示した両凸球面レンズでも平行光は一点に集まっていません。
球面鏡では、コーヒーカップの内面で見られるような火線と呼ばれるカージオイド線(Cardioid Line)に沿った光線反射(Caustic Surface)が見られ、平行光束が一点に集まることはありません。
反射鏡では球面鏡でなく、放物面鏡の方が平行光を焦点に集める能力が優れています。
こうした性質は、屈折を利用した凸レンズでも同じことが言え、一点に集まることはありません。
 
 一点に集めることの理論上の限界 
集光についてさらに述べると、レンズの球面収差を考慮しないとしても、イギリス人の物理学者エアリーが発見したエアリー円板以下にすることは不可能です。(光と光の記録『レンズの分解能』参考)。
この理由は、光の波の性質によるものです。
レンズには、現実には様々な収差含んでいます。
先に述べたように、球面でできた球面レンズではすべての光は一点に集まらない球面収差を持っています。
レンズを磨き上げる製作精度が悪くても光は一点に集まりません。
また、光には幅広い波長があり、波長によって屈折率が変わるので単色光でないと精度良く一点に集まりません。
斜めから入射する平行光束も正しく一点には集まりません。
レンズ設計者たちはこうした収差をできるだけ抑えて、一点から放射された光を再び精度良く一点に集める工夫をしています。
 
▼ 収差
基本的な事として、何度も言いますが、1枚の球面レンズだけでは物体からの光をエアリーの唱えた小ささまで集めることはできません。
なぜなら、彼はレンズを理想の収差のないという前提に立って光の波動の観点から光の集光の限界を説いているからです。
実際のレンズは、いろいろな誤差を伴っているので収差( = aberrations)を伴います。
収差をできるだけ取り除く工夫がレンズ設計の妙味と言えるでしょう。
 
実際の所、球面レンズを使って平行光束が一点に集まる条件は、sinθ = θと近似した近軸光線のみなのです。
(この近軸光線による光学をガウス光学、ガウス領域と言います。)
それ以上の入射角度(θ)に対しては無理が出て、球面収差が顕著となります。
従って、この収差をとるためにレンズ光学があり、いろいろなレンズが設計されるのです。
 
▼ 便宜的な光線追跡
なぜ、sinθ = θと近似した近軸光線領域で光学が成り立っているかというと、多くの光線がその関係式で収束するため集光を考えるマクロ的な考察上、簡便で計算が楽なためです。
この近似式で、像のできる位置とか光線がどのように進んでいくのかという大所のおさえがとれるのです。
無限遠の光束が一点に集まるとか、レンズの焦点位置から発した光束は平行に進むとか、光軸中心を通る光はそのまま真っ直ぐに進むという性質が利用できるようになるのです。
近軸領域では多くの光が一定の場所に収束するので、近軸以外の光もここに集まるように補正が加えられます。
それが収差を補正したレンズということになります。
 
▼ 近軸におけるレンズ公式
以下の図が近軸光線領域におけるレンズの結像原理図です。
非常に有名な原理です。ドイツの天才数学者ガウスが発見しました。
 
 
      
 1/a + 1/b = 1/f ・・・(Lens - 1)
a: 物体点の位置からレンズ中心までの距離

b: レンズ中心から結像点までの距離
f: レンズ焦点距離
 M = b/a = l / L ・・・(Lens - 2)

M: 撮影倍率

l: 像の大きさ

L: 物体の大きさ

       
 
この式は、レンズを扱う教科書で最初に出てくる基本的な式です。
この式からは、
 
    1)レンズに平行に入った光は、レンズの焦点距離に向かって屈折する。
    2)レンズの前焦点距離を通過してきた光は、レンズから平行に進む。
    3)レンズの中心に入る光はそのまま真っ直ぐに進む。
 
という関係を知ることができます。
 
太陽光のように非常に遠くから届く光はほぼ平行光とみなしてよく、この光をレンズに入れると焦点距離に光が集まるようになります。
またレンズ前の焦点距離に物体を置くと、物体から出る光は平行に進むようになります。
点光源をレンズの前焦点に置くと、光源は平行に進むようになるので前照灯や灯台のレンズにはこのような配置でレンズと光源が置かれています。
 
上の式はまた、物体からの光がレンズを通るときそれが近軸(レンズ光軸に近い角度)で成り立つので、レンズを挟んで物体側の距離(a)と像側の距離(b)は、レンズ焦点距離(f)で表されることも教えてくれます。
 
ところで、近軸光線領域とはどの程度をいうのでしょう。
 
sinθ
誤差(%)
100x(θ - sinθ)/θ
θ
(ラジアン)
θ(degree)
θ-θ3/6
誤差(%)
100x(θ3/6 - sinθ)/θ
0.009999833
0.001666658
0.01
0.57295779
0.009999833
0.001666667
0.019998667
0.006666533
0.02
1.14591559
0.019998667
0.006666667
0.049979169
0.041661459
0.05
2.86478897
0.049979167
0.041666667
0.059964006
0.059989201
0.06
3.43774677
0.059964
0.06
0.069942847
0.081646661
0.07
4.01070456
0.069942833
0.081666667
0.079914694
0.106632539
0.08
4.58366236
0.079914667
0.106666667
0.089878549
0.134945336
0.09
5.15662015
0.0898785
0.135
0.099833417
0.166583353
0.10
5.72957795
0.099833333
0.166666667
0.198669331
0.665334602
0.20
11.4591559
0.198666667
0.666666667
0.295520207
1.493264446
0.30
17.1887338
0.2955
1.5
0.389418342
2.645414423
0.40
22.9183118
0.389333333
2.666666667
0.479425539
4.114892279
0.50
28.6478897
0.479166667
4.166666667
0.564642473
5.892921101
0.60
34.3774677
0.564
6
0.644217687
7.968901823
0.70
40.1070456
0.642833333
8.166666667
0.717356091
10.33048864
0.80
45.8366236
0.714666667
10.66666667
0.78332691
12.96367671
0.90
51.5662015
0.7785
13.5
0.841470985
15.85290152
1.00
57.2957795
0.833333333
16.66666667
近軸光線の考察 - sinθとθの誤差
 
 
上の表は、sinθをθと置き換えたときにどれだけの誤差が出るかを表にしたものです。
θは屈折角を表します。
上表の右の欄は、θ近似を3次まで展開してθ - θ3/6 とした時のsinθとの誤差です。
黄色い背景で示した欄は、誤差が0.66%程度のものです。
θが0.20ラジアン(11.45°)を超えると、誤差が1%近くになり近似としては許せなくなります。
θが0.90ラジアン(51.56°)になると誤差は13%となります。
屈折角θは、球面レンズの高さを示すので、2f・sinθで平行光束の入射口径となり、これと焦点距離の比で口径比(絞り)が求まります。
θが11.45°の口径比はF2.52となります。
つまり、レンズ口径比がF2.52よりも小さな(明るい)レンズでは近軸光線領域としては扱えないことがわかります。
従って、この値より明るいレンズに関しては様々な収差を補正したレンズの必要性が出てきます。
レンズの収差と波である光を扱うが故のボケ(エアリー円板)、それに加えて色による収差のせめぎ合いがレンズ設計者がチャレンジしている本質です。
 
 
■ 球面レンズの曲率半径と焦点距離の関係
 
レンズの基本的なものは、球面形状をしたレンズです。
レンズのほとんどは一定の曲率半径を持っています。
レンズの球面に沿って光線が屈折して一点に集まるようになり、そこが焦点(Focus Point)となり焦点距離(Focal Length)が求まります。
ただし、何度も言いますが、球面レンズを通った光が一点に集まるのは近軸領域だけの話です。
 
球面レンズでは、近軸光線領域でスネルの法則を用いて球面レンズの半径(r1、r2)と焦点距離fに以下の関係を持っています。
 
【レンズの厚みを無視できるとき】
 1/f = (n - 1)・(1/r1 - 1/r2) ・・・(Lens - 3)
f: 球面レンズの合成焦点距離
n: 球面レンズの屈折率
r1: 球面レンズの物体側の曲率半径
   (両凸レンズではr1>0)
r2: 球面レンズの像側の曲率半径
   (両凸レンズではr2<0)
【レンズの厚みがtであるとき】
 1/f = (n - 1)・(1/r1 - 1/r2 + (n - 1)2・t /(n・r1・r2) ・・・(Lens - 4) 
    (両凸レンズではr2<0なので第二項は負となり焦点距離は長くなる。)
 
r1 = r2の曲率が同じで、n = 1.52の光学ガラスを使った球面レンズは、曲率半径と焦点距離がおよそ同じになることが上の式からわかります。
事実、光学部品メーカの球面レンズのカタログを見てみると、半径r1 = r2 = 100mmの両凸レンズの焦点距離はおおよそf = 100mmになっています。
また、レンズ材質によって屈折率が変わるので焦点距離が変わります。
屈折率n = 2の材質による両凸レンズでは、曲率半径の半分が焦点距離になり、n = 1.5の材質では曲率半径が焦点距離になり、空気の屈折率に近づくにつれ焦点距離がどんどん伸びていきます。
屈折率n = 2は、サファイアとダイアモンドの中間くらいのもので、n = 1.5は石英や光学ガラス(BK7)がこれに近い値を持っています。
 
平凸レンズでは球面が1面しかなく、他面は平面であるためr2 = ∞となり、1/r2 = 0となります。
このレンズでは、球面の半径の倍(つまり直径)がおよその焦点距離となります。
球面の1面を持つ平凸レンズは球の径が焦点距離となり、2面で構成される両凸レンズでは球の径の半分、つまり半径がレンズの焦点距離となります。
 
球形のボールレンズはどのくらいの焦点距離を持つかというと、上の式から光学ガラスでほぼ球の直径に相当することがわかり、球の厚みt分だけ長くなることがわかります。
水(n = 1.33)で作った球レンズは屈折力が弱いので焦点が長くなり直径の1.5倍ほど長い焦点距離となります。
 
上の図は、透明な球形の焦点を表したものです。
BK7と呼ばれる一般的な光学ガラスと石英はほぼ似たような位置に焦点を持ちますが、水は少し離れた所に焦点を持ちます。
少し観点を変えてボールレンズを見てみると面白いことに気づきます。
ボールレンズの焦点近傍に小さな物体を置いてボールレンズを通してその物体を見たとするとどうなるでしょう。
小さな物体が大きく見えるハズです。
大きなボールレンズは曲率Rが大きいのでそれほどの屈折力を持ちませんが、小さな球形のボールレンズはかなりの拡大をすることができるはずです。
実は、これが顕微鏡の始まりだったのです。
1668年、オランダの博物学者レーウェンフック(Antony van Leeuwenhoek :1632-1723)は、ガラス玉を磨いて作った上記のボールレンズで顕微鏡を作り、小さな物体の観察を行ったのです。
できるだけ曲率の整った小さなガラスボールを作るのが初期の顕微鏡製作の重要なポイントだったのです。
もっとも、ボールレンズは、入射平行光の高さが高い部分では焦点位置が変わり、ある高さからは臨界角になって球面内部を2回反射して出て行きます。
水滴による虹などは入射光が水滴の縁(高い入射光)でおきる現象となります。
  
 
■ 焦点距離と画角(Focal Length, Angle Of View)
 
レンズの焦点距離と画角については、右図のような関係となります。
基本的に焦点距離の短いレンズほど広い画角で物体を収めることができます。
焦点距離の短いレンズというのは、屈折力の強いレンズのことです。
度の強いレンズとも言います。
像側から光線の入り具合を逆にたどっていくと、焦点距離の短いレンズは強い屈折力のために光線が広く拡がっています。
 
逆に言うと、焦点距離の短いレンズは、広い範囲の光を集めることができきます。
 
別の観点からレンズの集光を整理してみます。
物体Aから出た光はレンズを通して最終的にA'に集まります。
その中の一筋の光線は、レンズの中心(主点)を通過します。
同様にして、物体表面の任意の点から出た光はレンズによって定まった所に落ち着きますが、物体のどの位置から出た光もその一つはレンズの中心を通ります。
右の図は、レンズの中心を通る光だけに注目してレンズが像を作る関係を示したものです。
興味あることは、物体とレンズの中心(H)で作る三角形(△ABH)と像とレンズ中心(H')が作る三角形(△A'B'H')は大きさが違うだけで同じ形、すなわち相似形となっていることです。
レンズは物体を正しく縮小(もしくは拡大)する性質を持っていると言えます。
正しくというのは、語弊があるかも知れません。
レンズは収差だらけですので何が正しいのかをちゃんと説明しなければならないからです。
ですが、レンズ設計者や製造者が日夜努力されているのですから、正しく結像するためにレンズがあると認識して間違いありません。
ただ、設計の過程、製造の過程でどうしても収差がでてしまうので、そうした収差の性質と度合いをしっかり把握しておこうというのがこのサイトの目的です。
 「レンズは規則正しい性質を持つが細かい所では誤りがあるぞ、しかし、レンズの画角に関してはここでの説明は正しいぞ」
と言いたいのです。
 
話がちょっと横道にそれましたが、物体と像はレンズを仲立ちとして相似則を満足させるので、物体の大きさとレンズの距離がわかれば物体をとらえる角度、いわゆる画角を求めることができます。
実際のところ、CCDカメラなどは撮像素子の大きさに限りがあるので、その大きさの制約からレンズの画角が決められます。
つまり、レンズの画角はレンズの焦点距離と撮像素子の大きさで決められてしまいます。
 
下式にレンズの画角の関係式を示します。
画角はイメージサイズ(A'B')とレンズの置かれる位置(b)で決められ、レンズの置かれる位置はレンズ焦点距離により決まることを示しています。
 2θ = 2・tan-1(A'B'/2・b) ・・・(Lens - 5)
θ: 画角(半角)
A'B': 撮像面の大きさ
b: レンズ中心(H')から撮像面までの距離
   b = f・(1 + M)
M: 像倍率(A'B'/AB)
 2θ = 2・tan-1(A'B'/2・f) ・・・(Lens - 6)
上式は、物体が像よりも20倍以上大きく、bが限りなく焦点距離fに近い時のもの。)
撮像面の大きさは、撮像素子の水平サイズで言ったり、縦サイズで言ったり、縦・横を合わせた対角線で表したりします。
カメラで言う標準レンズとは、人の視角に照らし合わせて同じような画角を持ったレンズをそう呼んでいます。
人の視角は45°〜55°と言われています。
厳密に言えば人はもう少し広い視野(両眼で約140°)を持っていますが、それは光の強弱だけで正確な視認ができるわけではありません。
50°あたりの視力と色彩認識が一番優れた自然な視角であるとされています。
人の視角の50°を持つカメラレンズが標準レンズであるので、2θ=50°を上の式に入れてやれば、カメラの種類とそれに合う標準レンズが求まります。
例えば、2/3インチCCDカメラは、8.8mmx6.6mm(対角線11mm)の撮像面を持っていますから、A'B'=11と置くと、f=11.8となり、f12mmのレンズが2/3インチCCDでは標準レンズということになります。
 
標準レンズfとカメラ撮像サイズA'B'の関係は上の式を整理して、
 f = 1.072・A'B' ・・・(Lens - 7)
という関係が導かれるので、撮像面の大きさとほぼ同じ数値のレンズ焦点距離が標準レンズであることがわかります。
ライカサイズ(1眼レフカメラ、24mmx36mm、対角線43.3mm)カメラレンズではf50mmが標準レンズであると言われるのはこの理由から来ています。
(実際はf43.3mmなのですが、製造上f50mmレンズが作りやすいのでf50mmを標準レンズとしています)
同様にして、ブローニー版や4x5インチシートフィルムを使った大判カメラのレンズはf175mm程度が標準レンズとなり、1/4インチCCDカメラ(3.6mmx2.7mm、対角線4.5mm)ではf4.8mmが標準レンズとなります。
 
画角50°を境として、それよりも広い画角を持つレンズを広角レンズ、狭い画角のレンズを望遠レンズと呼んでいます。
ライカサイズの標準レンズNikkorf50mmF1.2を1/4インチCCDに使うと画角が5.2°となり、これは人間の視覚の1/10程度となるので望遠レンズになってしまうことがこのことからわかります。
 
レンズ焦点距離
2/3インチ素子の画(8.8mmx6.6mm、対角11mm)
1/4インチ素子の画角(3.69mmx2.77mm、対角4.61mm)
ライカサイズの画角(24mmx36mm、対角43.3mm)
4x5インチ大判カメラの画(127mmx101.6mm、対角162.6mm)
f6mm
85.02°
42.03°
149.0°
171.6°
f12mm
49.24°
21.75°
122.0°
163.2°
f25mm
24.82°
10.54°
81.79°
145.8°
f50mm
12.56°
5.28°
46.83°
116.8°
f100mm
6.30°
2.64°
24.43°
78.22°
f200mm
3.15°
1.32°
12.36°
44.24°
f400mm
1.58°
0.66°
6.20°
22.98°
 レンズ焦点距離と画角(各種カメラ撮像サイズによる画角の違い)
ピンク色の数値は、標準レンズと呼ばれているもの。
 
 
 
■ 撮影倍率 (Magnification)
 
レンズによってできる像の大きさは、レンズの焦点距離によっても変わりますが、物体の置く位置によっておおよその大きさを知ることができます。
ここで、撮影倍率について整理しておきましょう。撮影倍率は、像の大きさ(A'B')を物体の大きさ(AB)で割った値を言います。
 
     M = A'B'/AB ・・・(前述)
 
撮影倍率Mは、一般的に1以下のことが多く、物体を縮小して像を撮像面に結ばせます。Mが1以上の時は物体より像の方が大きくなり拡大撮影となります。
小さなものを撮影するときには、Mの値が大きくなるようなレンズ配置を用います。
 
 
 
1. 遠くにある物体
 
物体が建物だとか山だとか非常に遠くにある場合、物体はレンズに対して非常に遠くに置かれることになります。
富士山などは山の高さだけでも裾野から2,700m近くあります。
裾野の巾は10km程度です。
これを20,000m程度離れた御殿場から眺めるとすると、レンズから物体までは、a=20,000,000mmとなります。
この位置でf50mmのカメラレンズを使ったとすると、富士山は、レンズ焦点距離の400,000倍も遠い位置にあることになります。
この場合、像はレンズ後方焦点距離と同位置に結ばれます。
この時の撮影倍率は、b/a = 1/400,000となります。
2,700,000mm近い山並みが6.75mmの像として結像することになります。
カメラレンズにf100mmのものを使うと撮影倍率は半分になるので、像の大きさは13.5mmとなり、f200mmのレンズでは27mmの大きさになります。
一眼レフカメラにf200mmのレンズを使うと、フィルム画面にいっぱいに富士山を写すことができ、それ以上の焦点距離レンズでは富士山の頂上を切り取ることができます。
遠い物体を撮影する時、撮影倍率で撮影の割合を表現すると非常に小さい値の分数となり理解が難しいので、画角で言うことが一般的です。
例えば富士山の裾野から頂上まで2,700mを10,000m離れた富士吉田で見る場合、その視野角は15.38°となります。
人の標準視野角が50°ですから、約1/3で富士山を見ることになります。
この位置で富士山をカメラいっぱいに写したとすると垂直画角15.38°のレンズを使えば良いことになります。
一眼レフカメラではf89mmのレンズがこれに相当します。
と言う具合に、角度で言った方がわかりが良くなります。
 
カメラで言う撮影倍率と望遠鏡で言う倍率では、いささか定義が異なります。
カメラでは像の大きさと物体の大きさの比で撮影倍率が決まるのに対して、望遠鏡では人が見る物体の視角と望遠鏡によって得られる物体の視角の比で求まります。
望遠鏡の詳しいことは別に述べることとして、倍率の定義に違いがあるので注意が必要です。
顕微鏡の倍率は望遠鏡とは違い、像の拡大倍率を指しています。
小さい物体をどれくらいまで大きくして見ることができるかという観点で倍率を定義しているので、顕微鏡の倍率はカメラレンズの倍率に近い考え方と言えます。
顕微鏡の詳しいことも項を改めて説明したいと思います。
 
2. 等倍で見る
 
レンズを使って物体と同じ大きさの像を作る場合、物体をレンズ前側焦点距離の2倍の位置に置けば、レンズ後側焦点距離の2倍の位置に像ができ、像の大きさは物体と同じになります。
a = 2fと置いて、レンズの公式 1/a + 1/b = 1/f に当てはめれば、a = b = 2f となり、撮影倍率 M = b/a = 1となることが理解できます。
物体がレンズ前側焦点距離の2倍から遠のくにつれて、像はどんどん小さくなりレンズ後側焦点距離位置に近づいて結像することがわかります。
 
3. 拡大して見る
 
物体がレンズ前側焦点距離から2倍までの位置にあるとき、像は拡大されます。
物体が2fの時に像は物体と同じになり、2fからfに近づくにつれてどんどん大きくなります。
10倍の拡大を得たい場合は、M = b/a = 10、b = 10a なので、これをレンズ公式に当てはめるとa = 1.1f の位置に物体をおけば、像が10倍になります。同様に100倍の拡大では1.01fの位置に物体を置けば良いことになります。
限りなく前側焦点位置に物体を持ってくることにより像が大きくなることがわかります。
像が拡大されるに伴い、像ができる位置はレンズのはるか後方、例えば10倍の撮影倍率では11fの位置、100倍では101fの位置にできて大きな像ができます。
しかし、これはおそろしく暗い像となります。
また拡大された像はレンズの収差による影響でシャープな像は望むべくもありません。
拡大して見るには拡大用にしっかりと補正が施されたレンズが必要です。
 
4. 像ができない位置
 
物体をレンズ前側焦点位置に置くと、物体から出た光はレンズを通って平行光となります。
つまりこの位置では像はできないことを示しています。
像はできませんが物体から出た光は平行光になるため、物体を照明灯に使うような光源にすると光源から出た光は遠くまで拡がらずに届くことになります。
この原理を利用して灯台や照明灯の光源や投影レンズの設計に利用しています。
 
5. 虚像(Virtual Images)のできる位置
 
像には実像(Real Images)と虚像(Virtual Images)の二つがあります。
実像というのは、像のできる位置に白い紙を置くと像ができていることでわかり、物体からの光がその位置に集まることを意味します。
CCDカメラも銀塩フィルムも実像ができる位置に撮像面を置いて像を記録します。
虚像と言うのは、あたかもその位置に像があるように見えるけれども、実際にその位置に白い紙をおいても像は見えないものを言います。
鏡の像は虚像の典型的なものです。
鏡の奥にある像は、その位置からあたかも光が出ているように見えますが実際は別の所にある物体像の光線が反射して像があるように見えているだけです。
 
レンズでは、物体が前側焦点距離位置よりレンズ側にあるとき、像は虚像となり実像を結ぶことがありません。
この位置での使い方は、虫メガネやルーペなどのような拡大鏡として使われます。
この位置でできる虚像は、物体をレンズ前側焦点位置の近くに置けば置くほど大きな拡大率が得られます。
レンズに近づけると像は大きく見えません。
拡大率を大きくしてできた大きな拡大像は、遠くにできてしまうため、肉眼でその虚像を見るには見づらくなってしまいます。
人の目では一般的に250mm近辺に像を持ってくるのが一番見やすいために、b=-250mmと置くと、レンズ公式より、1/a - 1/250 = 1/f、M = b/a = 1 + 250/f となり、f=250mmのレンズで2倍の拡大率が得られ、f=50mmでは6倍の拡大率となります。
f=250mmレンズを用いたときの物体の位置は125mmの位置に置けば良好な虚像が得られ、f=50mmのレンズでは41.7mmの位置に物体を置けば、250mmの位置に虚像ができ6倍の倍率で物体を拡大して見ることができます。
ルーペや拡大鏡は、そのレンズの焦点距離が短いほど拡大率が高いことを示しています。
 
このようにして見ると、レンズ焦点距離近傍に物体を置くと様々なおもしろい現象が見られることがわかります。
特に、上で述べた4.と5.は拡大撮影に際して貴重なヒントを与えてくれています。
4.の場合、焦点位置に物体を置くと像はできませんが無限遠に射出した光をカメラレンズで再び結像させると、カメラレンズの焦点距離とその前に置いたレンズの焦点距離の比によって拡大撮影が行えます。
この手法はクローズアップレンズによる拡大撮影のやり方であり、顕微鏡による無限遠光学系のやり方でもあります。
この手法による拡大撮影は興味があるので項を改めて紹介しようと思います。
 
 
■ ピント調整(フォーカシング、Focusing)
ピントという言葉はどうも日本語のようです。
語源はオランダ語の焦点(brandpunt)という言葉のようで、それが訛ってピントという言葉ができたようです。
英語ではフォーカッシングと言います。
日本語ではピント合わせという言葉が一般的で、フォーカス調整という言葉は技術者の間でよく使われています。
 
レンズを使う場合に一番頻繁に使う所がピント調整ではないでしょうか。
最近はオートフォーカスによる自動レンズが普及してフォーカス調整を行う必要がないものが増えています。
ですから、フォーカスリングの存在すらあまり気にしなくなっている傾向にあります。
しかし、ピント調整とはどういうものであるかを理解しておくことは大切です。
CマウントレンズやニッコールFマウント交換レンズにはレンズ鏡筒を回転させてピントを合わせる仕組みがあります。
この部分をフォーカスリングと呼んでいますが、このフォーカスリングを回しながらレンズを注意深く見ると、レンズ鏡筒が前後に移動して繰り出したり引っ込んだりしているのがわかります。
近接撮影する時はレンズの繰り出しが大きく、無限遠(∞)で最短になります。
レンズを繰り出すというのは、レンズが光軸前方向前に(対象物方向に)移動することを意味しています。
右の図で言うと「b」の位置を変えて、被写体までの距離「a」と焦点距離「f」の関係式を満足させるのです。
カメラの位置が決まっていて被写体の位置も決まっている場合には、「b」を移動させてLens -1式を満足させる必要があるのです。
 
▲ ピントが合わない
レンズのフォーカスリングを回してピント調整を行ってもピントが合わない場合は、多くの場合被写体がレンズの近くにあって「a」が短くなりすぎていて、必然的に「b」を長く取らなければならない位置関係となっている場合です。
この場合、鏡筒の構造上「b」を十分長く繰り出すことができないのです。
「b」は鏡筒の設計上、長く繰り出す仕組みになっていません。
また、撮影倍率が変わると画像周辺の収差も多くなるので、メーカはトータルのバランスをにらみながら最適な最短距離のレンズ繰り出し量を決めています。
一般的に、短い焦点距離(広角レンズ)の方が最短撮影距離が短く、焦点距離が長い方(望遠レンズ)が最短距離が長くなります。
望遠レンズで近距離を撮影しようとすると、「b」をかなり移動させなければならないので近距離での撮影を想定したレンズにはなっていません。
マクロレンズは、拡大撮影を前提としたレンズなので、レンズの繰り出し量が大きくレンズを相当量繰り出すことができます。
レンズ単体だけでM=1/2の拡大撮影ができます。
この撮影倍率では、f105mmのレンズの場合、レンズ中心から撮像面まで150mmも繰り出すことになります。
 
▲ インナーフォーカス
望遠レンズは、レンズ自体が重くてフォーカスリングを回して大きなレンズ全体を前後に移動させるのが大変なために、最近のものは内部にコンペンセータレンズと呼ばれる小さな補正レンズを組み入れて、このレンズを前後させてピントを合わせるものが出てきています。
このフォーカスのやり方を「インナーフォーカス」と呼んでいます。
 
▲ 大判レンズのフォーカス調整
一眼レフカメラのレンズは、機動性の観点からファインダーを覗いたままフォーカスが簡単に行えるようにレンズの鏡筒にフォーカスリングがついています。
カメラの本家である4x5インチタイプのボックスカメラのレンズはプレートに取り付けられていて、レンズの鏡筒自体にフォーカス調整機能がついていません。
その代わりカメラ側に蛇腹とレンズ送り機構がついていて、この機構によってレンズを繰り出してフォーカス調整を行っています。
カメラのピントは、フィルムシートを入れる前に磨りガラスでできたフォーカスプレートを黒い布きれで被って、フォーカス面にルーペを当てて蛇腹機構でレンズを前後させながらピント調整を行っていました。
磨りガラスのフォーカス面上にできた像は上下左右が逆の像であるため、カメラ位置を決める際、像がカメラの動きとは反対の動きをするので慣れないと取扱にくいものです。
 
▲ 顕微鏡のピント調整
顕微鏡のレンズは、レンズ鏡筒と接眼レンズ(もしくはカメラ結像レンズ)が一体になっているものが多く、被写体はレンズ先端から非常に近い位置におかなければピントが合いません。
これは、顕微鏡をつけたカメラごとカメラを動かすか、被写体を前後に動かしてピントを合わせることになります。
つまり、上式で言うとレンズの焦点距離「f」とカメラまでの距離「b」が決まっているので、必然的に「a」が特定されることになります。
 
以上をまとめると、カメラのレンズは先に述べた近軸光線領域で上の式を満足させるためにレンズを移動させて結像させていることが理解できます。
「a」の値が非常に大きく被写体が無限遠にある時、「b」は限りなくレンズ焦点距離「f」に近づくことが上の式から理解できます。
そして、「a」がレンズの焦点距離「f」に近くになると像はどんどん遠くになって「b」が長くなるので、レンズをかなり繰り出さなくてはならなくなります。
レンズを繰り出す手段としては、Cマウントレンズや一眼レフカメラレンズであれば接写リングと呼ばれる筒や、蛇腹(ベローズ)をカメラとレンズの間に入れて繰り出します。
「b」が大きくなると像も大きくなるので拡大撮影が可能になります。
どのくらい拡大したかを表すのは「a」と「b」の比で表され、b/aが像の被写体に対する倍率となり、これを撮影倍率と呼んでいます。
     
 M = b/a ・・・(前述)
M: 撮影倍率
a: 物体点の位置からレンズ中心までの距離
b: レンズ中心から結像点までの距離
上の式がカメラによる撮影倍率の関係式です(この関係式は何度も登場しています)。
被写体が遠くにあるときは「a」が大きく、「b」が限りなく「f」に近づきます。
この時、「a」が大きいのでMは小さな値になります。
「a」と「b」が同じ値の時、このときは、a = b = 2f となり、使用しているレンズ焦点距離の2倍の位置に被写体と撮像面をおけば被写体と同じ大きさの像が撮像面に投影されます。
f100mmのレンズで等倍撮影をする場合には、レンズの中心は撮像面から200mm離れたところ、また、物体まで200mm離れた所におく必要があります。

 
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 絞りの作用(Diaphram)
 
■ 絞りと集光ボケ(Diaphragm, Image Blur) (2005.04.18記)(2005.07.24追記)
 
カメラの好きな方なら、レンズを絞った方が画像のキレが良くなることを理解されているでしょう。
しかし、顕微鏡を使われている方とかレーザ光を集光する光学系に携わっている方は、口径比を大きく取って絞り(開口数)を開けた方が、キレが良くなることを理解されています。
エアリーもレーリーもそのように説きました。
イギリスの偉い学者の理論とは裏腹に、写真カメラのレンズなどは絞った方がピントがたくさん合うという経験をよくします。
写真家で有名な土門拳は、4x5カメラ(入学式や卒業式で写真屋さんが使う黒い布を被って撮影する箱型カメラ)を使う際に、レンズの絞りをF32の最小絞りを使って長時間露光を行う撮影を得意としていました。
 
レンズの絞りを使う場合、開放で使う場合と絞る場合の両者はどちらが正しいのでしょう。
カメラレンズ設計者によると、安いレンズは収差が大きいのでレンズを絞って回折によるボケが出ても、開放での収差よりも改善されることが多いと指摘しています。
それほどに安価なレンズは収差が大きいのでしょう。
また、顕微鏡はピントの合う範囲が狭いので、被写界深度を初めから諦めてピントの合うところだけをできるだけシャープにしたい要求があります。
ですから顕微鏡のレンズには、レンズ自体に絞り機構をもうけていません。
レーザビームの集光も同じ要求があります。
レーザは単色光ですから色収差は最初から除外して考えよく、また、平行ビームですからコマ収差や歪曲収差など斜めから入る光線による収差も無視して良いため、発光波長での分解能を多分に意識します。
これに対し、写真撮影は画角を広く取ったり幅広い可視光を扱ったり、ある程度の被写界深度がほしいのでレンズを絞り込むことを余儀なくされます。
35mm一眼レフカメラのレンズは、F5.6が最良のレンズ性能を発揮できるように設計されています。
収差を補正しない簡単なレンズでは、口径比がF2.52よりも明るいレンズでは球面収差が大きなる事を述べました。
多くの写真レンズはそれでは使い物にならないために、明るいレンズでも球面収差を抑えて近軸光線領域の公式(1/a + 1/b = 1/f)を満足できるようにレンズ設計をしています。
一眼レフカメラ用のレンズは、F5.6程度においてすべての収差が良好に取れるレンズ設計になっていると聞いています。
 
写真レンズの設計の歴史をひもといて見ますと、写真レンズ開発当時、感光板の大きさが8インチ x 10インチ = 203.2mm x 254mmと撮影エリアが大きかったため、イメージサークルを大きくしなければならず、かつ、画像周辺部にわたって中心部と同程度の画質が要求されていました。
写真レンズは、画像周辺部では非点収差 やコマ収差、像面湾曲が特にひどく現れ、これを除去するためにはレンズの口径を小さくして、レンズを絞った形で使う方が効果がありました。
そうした意味で、大型カメラを扱う写真家は我々アマチュアカメラマンよりも必要以上に絞りに対して神経質になり、絞り込んだ撮影をしているように見受けられます。
大判カメラのカメラマンはピント合わせ用のルーペを使って乾板面(フォーカスプレート)の隅々にわたりピント面を入念にチェックして撮影を行っています。
▲ イメージサークルと絞り
レンズの絞り作用は、被写界深度(ピントの合う範囲)を大きく取れるという利点と、画像の周辺まで光量低下を抑えるという効果があります。
4インチ x 5インチ(10cm x 12cm)という大きな感光フィルムを使う場合、撮影されたネガフィルムから印画紙に拡大焼き付けるのにそれほどの投影倍率を要求しないのでレンズを絞り込んでも光の回折作用は大きな影響を与えず、それより被写界深度を深く取った方が良いという理由からレンズ絞りを深く絞っています。
また、大判カメラレンズの場合、大きなフィルム面を使ったりアオリ撮影によって周辺部を使わなければならず、イメージサークルを大きく取らなければならない関係上レンズ絞りを絞ってイメージサークルを大きく取っています。
 
デジタルカメラは、撮像素子が小さく、画素も5um程度と小さいために、レンズをむやみに絞り込むことはできません。
 
▲許容錯乱円(きょようさくらんえん、Allowable Image Blur)
 
レンズによる集光を論ずるときに、どこまでを点として許せるかという問題が出てきます。
点を点として許せる範囲のものを許容錯乱円(Allowable Image Blur)と言います。
許容錯乱円の定義は曖昧で、レンズタイプ、レンズ設計者によってまちまちであるように見受けられます。
一眼レフカメラレンズ設計基準の許容錯乱円と大判カメラレンズのそれでは違っていますし、昨今のデジタルカメラ用レンズではその数値が見直されているように見受けられます。
そもそもレンズは多くの収差を伴っていて、すべてを一斉に抑えることが困難です。
あちら立てればこちらたたずで、収差を抑える設計では、悪い言葉で言えば、妥協しながら行っているのです。
カメラマンは、印画紙に焼き付けられた画像を見て、これは良いレンズ、あれは悪いレンズと言っていました。
この観点から言うと、レンズは最終画像の仕上がりを見ながら設計・製造に反映していたことになります。
許容錯乱円は、従って、撮影画像の仕上がりから許されるるボケを経験的に導き出し、35mm一眼レフカメラのライカサイズフィルムでは、0.033mm(33um)、16mm映画カメラでは0.025mm(25um)、大判カメラでは0.5mm(50um)とされていました。
このボケの誤差量は、撮影した後に印画紙に引き延ばして印画紙の画像を見てシャープに見える範囲で決めていたのです。
例えば、35mmライカサイズのフィルムからキャビネサイズの印画紙に引き延ばす場合、キャビネサイズ(4 3/4インチx6 1/2インチ)の大きさは120mmx165mmで、フィルムサイズが24mmx36mmなので引き伸ばし倍率は約4.6倍になります。
人の眼はおよそ0.1mmの分解能がありますから、キャビネサイズに引き延ばされる写真は、0.1/4.6 = 0.022mm程度までは点として認識されます。
このような理由からレンズの許容錯乱円が求められてレンズ設計時の一要素となります。
また、許容錯乱円は、被写界深度(フォーカスの合う範囲)を求める際の定数ともなっています。
 
CCDカメラなどの固体撮像素子では、許容錯乱円という定義はあるのでしょうか。
CCDカメラ設計・製造者は、一枚のウェハーからできるだけたくさんのチップを作る必要があり、また、消費電力の少ない小さいチップを作りたいという要求もあり、これに応えるサブミクロンオーダのステッパ技術で小さな画素のCCD製造が可能になっています。
小さな撮像素子は、携帯電話や監視カメラ用、装置に組み込むセンサー需要から、1/2インチ→1/3インチ→1/4インチ→1/7インチサイズという具合にどんどん小さくなっていく傾向にあります。
それに伴い一画素サイズも9umx9umから4ummx4um程度まで小さくなって来ています。
従ってCCDに使われる写真レンズの錯乱円は1画素に納める性能があれば十分であることがわかります。
 
【スマートフォン カメラレンズの怪】 (2020.01.09追記)
 
スマートフォンのカメラの画質には驚かされます。
iPhoneでは、5.7 mm x 4.3 mm(1/2.5型)の背面照射型CMOSが使われています。
この素子の大きさの中に1200万画素(12M)の受光部が配置されています。
iPhoneの仕様にはCMOS撮像素子の詳しいデータが記述されておらず、12Mピクセルとしか表示されていません。
私のiPhone 6sで撮影した画像の情報を見ると、
横3024画素 x 縦4032画素
    = 12,192,768画素(12.2M画素)
となっています。
この情報から1画素の大きさを算出すると、
5.7mm / 4032画素 = 1.414 um /画素
となります。
1.414マイクロメートルのピッチで画素が区割りされています。
この1画素をレンズの許容錯乱円にしようとすると、その値はとても小さくて35mmフィルム(ライカサイズ)用レンズの許容錯乱円である33 umよりも23倍も小さい値となります。
上記の錯乱円を満足させるレンズ解像力(以下の項参照)は、350本/mmが要求されます。
一般の写真撮影でこんなレンズは今までお目にかかったことがありません。
青色波長から赤色まで約0.4umの巾があるので、色収差だけでも大きなボケ量を考慮しなくてはなりません。
1画素に収まるだけの性能を持つレンズがスマートフォンに装着されているかは疑問の残る所です。
 
レンズには避けて通れない物性が一つあります。
それは光が回り込む回折現象で、像のボケとなるものです。
(右図参照)(光と光の記録 - 光編 レンズの分解能参照)
ボケ量は、光の波長(λ)とレンズの口径比(Fナンバー)の積( = 2.4λF)で決まり、この量以下の小さい点としては集光できないことを示しています。
ボケの具合は、右上図に示したような山なりの強度分布となります。
緑の波長λ = 555nm、口径比F = 2.2のレンズは、2.9umが回折によるボケ量となりそれ以下の点にはなりません。
この理由から、光学顕微鏡では光の波長以下の分解能を持ち得ず(実際には波長の0.7倍程度)、拡大倍率は1000倍が限界とされています。
また別の例として、半導体素子を作るリソグラフでは使用する光源を紫外線(λ = 157nm、F2レーザ)を用いて精密集光レンズの口径比F = 0.667(= N.A.0.75)を用いて、0.25umのスポット径を作っています。
CDやDVD、Blu-ray Discでは、ディスクに穿つピットを小さくするために、CDではλ = 780nmの赤外レーザとN.A.0.45(開口比換算F=1.1)の集光レンズを使って1.5umのスポットを作り、DVDではλ = 650nmのレーザとN.A.0.6(F=0.83)のレンズで0.96umのスポットを作り、BDではλ = 405nmのレーザとN.A.0.85(F=0.59)のレンズで0.47umのスポットを作っています。(Disc-CD/DVD/Blu-rayのまとめ参照
 
話をスマートフォンのカメラレンズに戻しますと、iPhone6sのレンズはf = 4.2mm、口径比F2.2で、先にも述べたように一点に集まるスポット径は理論的に2.9 umとなり2画素分の大きさとなります。
ただし、これは色収差を考慮せずフォーカスのあった画像中心部だけであり、なおかつ画像周辺部はさらに悪化した画像画質となります。
スマホのレンズはφ6mm程度の大きさで5枚程度のレンズエレメントで構成されています。
こんなに小さいレンズで、どのようにしたらこれだけの高画質の像が得られるのかとても不思議です。
また、レンズを絞ると回折のためにボケ量が増すので、スマホのカメラのレンズはほとんど開放のままです。
一般のカメラのようにレンズの絞り機構がないのです。撮影はすべてレンズ開放、すなわち、F2.2で行われています。
光量は、露光時間とセンサーの感度の二つで調整しています。
(一般的には、レンズ絞り、露光時間、撮像素子感度、NDフィルタで光量調節を行います。)
 
いずれにしても、撮像素子の1画素のサイズはレンズの解像力をはるかに越えた領域のものであり、それにも関わらず高画質な画像を提供しているのは、単焦点レンズと撮像素子の性能に加えて画質を向上させるグラフィックエンジンの処理が極めて巧妙に作用していると判断して差し支えないと思います。
とはいってもiPhoneの画像はとても満足できるものでありコンパクトデジカメを凌駕するほどの感度、画質、使い勝手を備えていると言っても過言ではありません。
ただし、私の生業とする計測用の画像ツールとしては慎重にその特性を理解して使っていく必要があると考えます。
 
下の写真は、自作したチャートを使ってiPhone6sで撮影した画像です。
(オリジナル画像より縮小表示しています。また、薄青色のグリッドは画像ソフトで重ね合わせてあり、グレー画像のヒストグラムは画像処理ソフトで作っています。)
思いの他画像の歪みが少なく驚いています。
f4.2mmのレンズは、長手方向の視野角が68.3°でり、35mmフルサイズのf=26.5mmに相当する広角レンズです。
下の写真の重畳された薄青グリッドから撮影された対象物のチャートを見るとほとんど歪みがないことがわかります。
(撮影は手持ちで行ったためカメラに若干の倒れが出ています。しっかりした撮影にはスマホをしっかり保持できるフォルダーが必要であると感じます。)
また、上の解像力チャートはジーメンスチャート(放射形状)の濃度プロファイルを示したもので、白黒濃度を4ピクセル、2ピクセル単位(1.414 um x 2 = 2.8 um)で解像しているのがわかります。十分に素直な描写であることが理解できます。f=4.2mm、F2.2レンズの限界とも言える数値です。
 
【スマートフォン 固体撮像素子】 (2020.01.09追記)
 
下の図は、ソニーが2018年9月に開発したマートフォン用の1/2型48M画素(8000画素 x 6000画素)の撮像素子です。
1画素0.8umという小ささです。(光の赤色の波長が0.8umです。)
ソニーによると、この素子は0.8umx0.8umの1画素分を2 x2 画素集めて1ブロックとし、1ブロック毎にRGBのフィルターを被せてます。
これから得られた画像から、画像処理によって1ブロックを分解して合計4倍の8000x6000画素(4800万画素)の画像にしています。
IM586CMOS固体撮像素子は、Xiaomi、ASUSに採用されているそうです。
 
スマホのレンズは、1画素単位で分解できる映像を送りこむことは理論的に不可能なので、2x2 =4画素分をなんとか情報として取り込み、これを画像処理で4倍の画像を作っていることなのだと理解しました。
1.6um x 1.6umの4画素分でさえレンズで集光するのは難しいと考えています。
従って、生のデータを画像処理してきれいな画像を作り込んでいるのだと理解できます。
 
 
▲ レンズ解像力の数値的表現 (2006.01.07追記)
 
レンズで使われている解像力表示は、簡単に説明すると、結像面で1mmの巾に何対の白黒の格子を結ぶことができるかという言い表し方をして、20 lp/mm(lines pair /mm)という表現方法をとります。
右図にその概念を示します。
20 lp/mmという表記は、1mmあたり20対の白黒の格子を結像面に結ばせることができるというものです。
この言い方は、レンズや感光フィルムでの性能を表すときによく使う数値表現です。
 
CCDカメラの場合、1画素が4umであったとすると、8umで白黒1対の格子を受光する性能を持っているので、これを満足するレンズは、125 lp/mmが必要です。
この値は、Nikkorレンズの中心部当たりでなんとか出せるグレードであり安価なレンズでは極めて厳しい値です。
 
実際の固体撮像素子には、素子の前面にローパスフィルタと呼ぶ光学ガラスがはり付けられていて画素と干渉する周波数の高い情報はカットするようになっています。
ローパスフィルタを入れないと、ネクタイの縞模様のような周波数の高い物体では撮像面で干渉を起こしてモアレ縞を発生させてしまうのです。
これを避けるために2画素以内の情報は入れないようにしています。
この観点からすると、1画素4umの撮像素子では63 lp/mmの解像力を持つレンズで十分となります。
しかし、そうだからといって、撮像素子の画素程度の解像力を持つレンズで撮像素子程度の解像度を保存できる画像が得られるかというとそうではなく、同じ程度の性能のものが二つ組み合わさると総合解像度は半分に落ちてしまいます。
 
この事実は、米国の物理数学者で写真計測機器(航空測量カメラ)の開発に従事したAmrom H. Katz(1915-1997)が1948年に書き表したのが最初で、その後いろいろな研究者が実験を行って実験式を導き出しています。
Katzの法則によれば、100 lp/mmの性能を持つレンズと100 lp/mmの性能を持つフィルムを使うと、総合解像力はその半分の50 lp/mmになり、フィルムが300lp/mm程度の高解像度を有するものであれば、総合解像度は悪い要素であるレンズに収れんするということを言っています。
これを撮像素子カメラとレンズに当てはめると、4umの画素を持つ撮像素子に63 lp/mmのレンズを使うと、半分の解像力、31 lp/mm程度になってしまうことになります。
従って、レンズ解像度は固体素子の画素以上の解像度が望まれます。
 
一眼レフカメラ用のNikkorレンズは、24mmx36mmのイメージサイズを確保するためにφ44mmの大きなイメージサークルを持っています。
このレンズを1/4インチサイズの素子(対角線φ4.5mm)に使うとすると、イメージサークルの1/10しか使っていないことになります。
 
画像計測の観点からレンズ解像力を見た場合、これは極めて重要な意味を持ちます。
しかし、鑑賞用の観点(映画撮影用の観点)から観た場合、レンズの性能を解像力だけで決めるのは得策とは言えません。
自動車の性能を最高速度で決めるようなものです。
鑑賞用の観点から良好なレンズの性能を述べる場合、画像周辺部に渡り良好な解像度を持ち、広範囲の濃度に渡って(低いコントラストでも)良好な解像力があり、カラーバランスが良くてボケ味の良いことが挙げられます。
 
撮像面に関して、フィルムとCCDに代表される固体撮像素子では記録の仕方に大きな違いがあります。
固体撮像素子は、画素という概念が明快にあって像はモザイク状に構成されます。
方やフィルムは銀塩粒子がランダムに点在していて、画素に相当するようなセル(部屋)の考えがありません。
モアレも出ません。つまり、撮像面における両者の違いは像のボケ味の違いとなって現れます。
もちろん像のキレの良さ、解像度にも違いが出ます。
固体撮像素子は、細かく見ると情報が階段状に変化し、フィルム像では連続で変化します。
従って撮像素子ではボケ味は階段状に現れ、最小錯乱円もセルサイズとなります。
こうしてみると、固体撮像素子ではレンズの持つボケ味をどのように出すかが大きなテーマとなりますし、どれだけ解像するかは撮像素子の画素サイズに決まってきます。
こうしたレンズの評価とカメラの評価は、最終的には引き延ばされた画像を鑑賞者が目で見て判断することになります。
 
カメラレンズは、いろいろな距離にある物体をレンズを通して撮像面に像を結ばせますから、焦点位置近傍での光の集まり具合がとても気になります。
こうした観点から長年の経験によって上に述べた球面収差の補正曲線が使われるようになっています。

  

 
▲ 光が集まる焦点位置
 
上で示したレンズによる集光光束図は、レンズに平行に入射した光がどのような軌跡で焦点を通過するのかを表したものです。
上のレンズの場合、レンズ中心部と周辺部を通る光(高さの番号で0、1、2、10)は最も遠い位置に集まり、7の位置で最も近くに平行光が集まるように設計されています。
その焦点の位置は、0.125mmの間であり、一番離れた位置で焦点を結ぶのは、「7」の高さ、口径比で言うとF2.0の光線が最も前方に焦点を結んでいることがわかります。
このレンズは、一枚の両凸レンズではなし得ない曲線で、両凸レンズと凹レンズを組み合わせた貼り合わせレンズによる補正されたレンズ曲線です。
上の図で示されている貼り合わせレンズによる点像のボケ具合は焦点の位置によって変わり、「d」の位置が一番しっかりとした点像となります。
上の図で見る限り、レンズを絞った方が平行光が一点に集まる度合いが高く、絞りの値がF2よりも明るいレンズでは大きな補正を加えていることがわかります。
 
ピントが合うと言うのは、「d」の位置だけではなく、許された範囲のボケ内に入っていれば良いことになっています。
上の図では、「c」〜「e」までを許されるボケとするならば、これを許容錯乱円と呼ぶことにしています。
像の拡大率などレンズの使用目的によって許容錯乱円の値が変わってくるのは先に述べた通りです。
ボケ(錯乱円)が撮像面位置の前後に渡って許される値をとると言うことは、許されるボケの焦点位置の範囲でもピントが合っているという判断にもなります。
これを焦点深度(Depth of Focus)と言います。
これと反対に、レンズは最初に述べたように物体の位置によって像のできる位置も前後します。
被写体が前後に移動しても焦点深度内に入っていればピントが合っているということになります。
被写体のフォーカスの合う位置の幅を被写界深度(ひしゃかいしんど、Depth of Field、物体のピントの合う範囲)と呼んでいます。
 
左の図は、貼り合わせレンズを使った球面収差補正の基本的な考え方を示しています。
凸レンズでは、高い位置からの入射光線は近軸焦点よりも手前に集まります。
凹レンズでは高い入射光線は近軸焦点よりもレンズに近い位置から光線が出たように屈折します。
凸レンズと凹レンズでは収差が左右対称になるので、両者を組み合わせた貼り合わせレンズを用いると両者に顕著な球面収差が相殺されて良好な像を得ることができます。
凸レンズと凹レンズにどれくらいの焦点距離のものを使うかは光線追跡計算によって行われますが、一般的には凸レンズの焦点距離よりも長い焦点距離を持つ凹レンズを使って補正を行います。
.
左の図の下に示した(c)が代表的な補正曲線で、入射光の70%高さ位置が最大の湾曲部になっています。
この値をいかに小さくするかがレンズ設計者の腕の見せ所になります。
(a)の曲線は凸レンズに見られる典型的なもので補正不足(Undear Correct)の曲線です。
(b)は逆に過剰な補正(Over Correct)です。
(d)の補正曲線は2段のカーブを持っています。
大口径レンズを設計する場合、(c)の補正にすると湾曲部が出っ張りすぎるのでこのような補正曲線が採用されます。
 
▲ 絞り作用が効くレンズ、効かないレンズ
 
カメラで撮影する際に、何気なく使っているレンズの絞りはなぜレンズの中にあるのでしょう。
レンズの外にあっても良いのではないか。そんなことを考えてみたりします。
高校時代の物理の参考書に、レンズが半分に割れてしまった半月状のレンズは像をちゃんと結ぶだろうか、という問題がありました。
答えはもちろん正解で、どんな形状にしろ球面でできた部分があればレンズとしてりっぱに機能します。
レンズは物体の任意の一点から放射状に放たれた光をかき集めて再び一点に集めるものですから、レンズの形状がどうあれ入射する面が球面で焦点に光が集まれば像ができるのです。
物体から放射された光は、レンズの形状に関わらずレンズ面の曲率に従って光を一点に集めます。
光を集める量はレンズ面の開口面積に依存します。
ただし、絞りの形状によってはボケの形が絞り形状に左右されてしまうのでできるだけ円形に近い絞りが好まれます。
三角形の絞りは三角形のボケ形状になり、中心部から絞られる(普通は周辺部から絞る)絞りではドーナッツ状のボケになります。
 
さて、光を制限するためにレンズに光のストッパー(絞り)を入れてみることにします。
レンズの直前に、円形をしたストッパ、四角形のストッパ、三角形のストッパ、楕円形のストッパ、どのような形を入れたとしてもそれはそれで機能します。
このストッパを徐々にレンズから話していったらどうなるでしょう。おそらくストッパの外縁で光が遮られて視野が狭いものになってしまうでしょう。
それはちょうど、ドアの鍵穴から部屋の中を覗き込むのに似ていて、目をできるだけ鍵穴に近づけないと中の様子が見えないのに似ています。
レンズ絞りはできるだけレンズに近づけて配置しておかないと、絞りの外縁で像が欠ける問題(ケラレ = Vignetting)が起きます。
 
絞りの位置は、像をすべて見える位置に置かなければ像のケラレが生じることがわかります。
 
 
▲ テレセントリック(Telecentric)配置
絞りの位置をレンズ焦点位置に配置したものがテレセントリック光学系の基本です。
左図がテレセントリック光学系の概念図です。
一般的な絞りはレンズの近傍に配置され、絞りの口径を変化させることにより透過する光量を調整しています。
 
レンズ絞りをレンズ焦点距離位置に置き、口径を小さくします。
そうすると、多くの光は絞りで遮られ物体からレンズに平行に入って焦点距離を通る光だけが絞りをすり抜けて像を形成することになります。
この光学配置では物体からの平行光だけが像形成に関わるので、物体の位置が前後しても像の倍率は変化しません。
物体の距離に依存せずに同一の倍率で撮影ができる性質は、画像計測では有効なものであるためにマシンビジョンや、万能投影機、工具顕微鏡などの光学系にこの配置が使われています。
.
テレセントリック光学系の詳細は、項を改めて紹介したいと思います。
左の図は像側に絞りを配置した物体側テレセントリック配置ですが、レンズ前側焦点距離に配置した像側テレセントリック配置、両方を兼ね備えた両側テレセントリック配置があります。
 
この光学系はとても魅力的なものですが、いくつかの注意しなければならない点があります。
それは、
 
  1. 光学系が暗い。
  2. 絞り調節機構が無いものが多い。
  2. 視野がレンズの口径で決まってしまう。
  3. 絞りの大きさを適当に選ばないと回折により像がぼける。
  5. 撮影距離(差動距離)が決められているものが多い。
 
という欠点です。
光学系が暗いのは、テレセントリック光学系の宿命です。
焦点位置に配置した絞りの大きさを大きくしたら、物体からレンズに入射する光は平行光だけではなくなります。
絞り口径を大きくすると通常のレンズ絞りのようにピントの合う範囲と合わないところが出てきます。
当然、像の倍率も変わって来ます。
市販のテレセントリック光学系の絞りはどのくらいになっているのでしょうか?
 
おかしなことに多くのカタログにはテレセントリックレンズの明るさの表示が省かれています。
回折が顕著に現れずにできるだけ絞りの小さい口径を選ぶとすると、F8からF20あたりの口径比がテレセントリック光学系の妥当なところです。
視野を大きなものにしたい場合、レンズが大きくなり必然的に焦点距離の長いレンズを使うことになりますから暗いレンズになります。
 
テレセントリック光学系の構造上、絞り口径は固定されたものが多いようです。
中には絞り機構がついていて口径比を変えられるものもあるようですが、むやみに明るい口径比にすると被写界深度が浅くなり、テレセントリシティ = telecentricityの取れる範囲が狭くなるのでメーカ指定の口径比で使用し、撮影時に露出時間を変えるなり照明を工夫する必要があると思います。
高速度カメラのように、1/100,000秒(=10us)程度の露出を切る撮影では暗いレンズの使用は辛いものがあります。
 
テレセントリック光学系では、物体から放射される光のうち平行光だけが像形成に関与するのでレンズの大きさがすなわち視野の(撮影範囲の)大きさということになります。
ですから撮影したい範囲だけの口径をもったレンズが必ず必要になります。
 
また、図をみてもわかるようにレンズの焦点位置に絞りを起きますから、物体は必ず無限遠ではなくレンズに近い位置に置かなければなりません。
物体が遠くにあればあるほど、像は絞りの近傍に寄ってきます。
 
 
▲ 絞りの位置 - 入射瞳、射出瞳 (Entrance Pupil、Exit Pupil)
 
顕微鏡や双眼鏡、望遠鏡に目を当てて覗き込むと、装置によって目の視野全体に像が入らず周辺が暗くなっていることがあります。
これはレンズの口径から出てくる光が人の瞳より小さくて瞳いっぱいに光が入らないからです。
顕微鏡とカメラを組み合わせた撮影でも、画面の周辺が丸く縁取られて真ん中しか画像が得られないことがありますが、これは顕微鏡からの光がカメラの撮像面周辺部に十分に行き渡らないからです。
こうした現象は、ケラレ(= Vignetting)という現象でレンズの口径の縁が画像形成を邪魔しているために起きます。
レンズ絞りは、レンズの口径を制限しているもので絞りによってレンズの口径が変わります。
口径のみかけの大きさは、レンズを通過した光が屈折するために実際の絞りの大きさとは違って見えます。
瞳を接眼部に近づけないと十分な視野を確保できないのは、接眼レンズから出る光の束径が瞳の径よりも小さいからです。
明るい双眼鏡は瞳の径に十分に光が入るように口径の大きな光学系を採用しているのです。
さきほど、光学系から出てくる光はレンズ絞りで絞られて出てくるけれど、実際の絞りとレンズを通して見える絞りの大きさが違うと言いました。
実際の絞りの大きさを開口絞り(Aperture Stop)と言い、レンズを通して見える絞りを視野絞り(Field Stop)と言っています。
両者の関係には下に示すような関係があります。
 
 
上の図に示したように、通常のカメラレンズは複数のレンズエレメントから構成されていて絞りはレンズの中にあります。
上の図で黒い太線のA、Bがレンズ絞りです。
物体から入射する光線は、このA、Bの絞りによる光量制限を当然受けるわけですがその前に、この絞りの前にあるレンズL1の屈折を受けます。
物体PQから出た光はレンズで屈折を受けABの制限を受けてL2レンズに向かい、L2レンズで再度屈折を受けてP'Q'に像を結びます。
この時、入射側ではA'B'にあたかも絞りがあるように見え、射出側ではA''B''に絞りがあるように見えます。
物体側からレンズを覗くと開口絞りABはあたかもA'B'にあるように見えるので、A'B'を入射瞳(Entrance Pupil)と呼び、射出側のA''B''を射出瞳(Exit Pupil)と呼んでいます。
入射瞳と射出瞳の大きさや位置はレンズによってまちまちでこの値が知りたいときにはレンズメーカーに問い合わせるしかありません。
簡単に知りたいのであれば、レンズを明るい白い紙にかざしてレンズを透過してくる光の瞳の大きさを目視するか、レンズの瞳口径の大きさをデジカメで撮って画像から瞳径を測ることが考えられます。
入射・射出瞳を撮影する場合に使う撮影カメラレンズは、できれば計測用のテレセントリックレンズかマクロレンズがおすすめです。
 
レンズの瞳は、レンズに入る実際の光の量と焦点の位置関係に影響してくるのでユーザが少し込み入った撮影をしようとする際には大事な要素となります。
レンズの明るさは、開口絞りの大きさだけでは決められず、入射瞳の大きさ(φent)と焦点距離(f)の比、もしくは射出瞳の大きさ(φexit)と射出瞳の位置から焦点までの距離(f-χ)の比で求まります。
F = f /φent= (f - χ)/φexit ・・・(Lens - 8)
F : (逆)口径比
φent: 入射瞳の大きさ
f: レンズ焦点距離
φexit : 射出瞳の大きさ
χ: 入射瞳の位置と射出瞳の位置の差
 
入射瞳が実際の絞りと同じであれば、レンズの絞り(口径比)は、レンズの口径と焦点距離の比と同じになります。
また、入射瞳と射出瞳が同じであれば、χ=0 となり同じ値になるのでどちらかの値を使えば口径比が求まります。
 
▲ 絞りの位置による像の歪み
 
カメラレンズは、たいてい複数枚のレンズエレメントから構成されているので、露光量を調節するレンズ絞りは複数枚のレンズエレメントの中央に配置されているのが普通です。
単レンズの場合には絞りの位置によって像が歪み、四角い物が樽型になったり糸巻き型になったりします。
絞りが物体側にあるとたる型になり、絞りが像側にあると糸巻き型になります。複数のレンズエレメントで構成されるカメラレンズは、この理由からレンズ群の真ん中に配置して両者の歪みをキャンセルするような配置となっています。
像の歪みを嫌うマクロレンズや製版用レンズは極めて厳格に絞りの位置を決めて設計・製造されています。
.
絞りによってどうして像が歪む現象がおきるかというと、原因は、レンズを通る主光線の傾きに応じて(3乗に比例して)像倍率が変わることに起因しています。
レンズ中心部の像倍率と周辺での像倍率が変わるために、倍率の変化が像の歪みとして現れることになります。
従って、中心部から周辺部に至るまで像倍率が同じであるなら、歪みのないレンズを作ることができます。
周辺部の像倍率が中心部の倍率より大きい場合は、糸巻き型の歪曲収差となり、周辺部の倍率が小さくなると樽型の歪曲収差となります。
この収差は、絞りの位置によって現れるものであり、レンズの絞りの大きさによって除去できません。
他のレンズ収差がレンズの絞りの大きさによって改善されるのに対し、歪曲収差は絞りの大きさに依存しません。
絞りの位置によって左右されます。
 
歪曲収差の度合いは、
 
歪曲(%) = 100 x (y' - Y') / Y' ・・・(Lens - 9)
y' : 歪曲した像の位置
Y' : 理想の像の位置
 
で示されます。
当然のことながらレンズ中心部より周辺部の方が歪曲の度合いが大きくなります。
また広角レンズほど負の歪曲が強く望遠レンズほど正の歪曲が大きくなります。
通常は、1-2%までは肉眼で許容できる値ですが、それ以上は著しい歪みとして認識されます。
我々が通常使っている標準レンズではおよそ0.1%〜0.3%程度の歪曲収差を持っています。
 
▲ 特殊な光源を使った撮影での絞りの効果
 
レンズの絞りは、四方八方に拡がった物体からの放射光をレンズがかき集めるときに、光量を調節する機能があります。
 
光が特殊なもの、例えば平行光束を光源とした撮影の場合にレンズの絞りは働くのでしょうか。
答えはノーです。
絞りは物体の一点から放射された光の入射量を制限するためのものですから、物体から発する光が一方向だけの光線に対しては絞りの効果は期待できず、ケラレがおきて正常な像を結ばなくなります。
こうした問題は、照明を物体の背後から照らした場合のバックライト光源において現れ、しかも点光源の場合に顕著におきます。
 
シュリーレン撮影やシャドウグラフ撮影は典型的な例です。
顕微鏡撮影や望遠鏡を使った撮影でも顕微鏡や望遠鏡に絞りを入れることはできません。
こうした撮影ではレンズの中に光量を調節するND(エヌディ、Neutral Density)フィルターを入れます。
 
右の図をちょっと注意深く見てみると、像の位置(撮像面)には二種類の像があることに気づきます。
一つは、物体による物体像であり、もう一つは物体の背後にある光源による像です。
レンズは物体像のみでなく光源像も撮像面に投影されているのです。
もちろん撮像面は物体像のフォーカスが合う位置に置かれていますから、光源像はフォーカスのボケた状態になっています。
顕微鏡などの光源ではこうした光源の位置と物体の位置を精密に計算して効率のよい照明をするため、今述べた光源像と物体像の考え方はとても大事なものと言えます。
また、シャドウグラフやシュリーレン撮影法においてもこの考え方は大事で、光源像を考慮に入れないと撮像面で十分な視野が得られなくなります。
 
顕微鏡の光源については項を改めて紹介したいと思います。
 
 
■ 焦点距離と口径(Focal Length and Optical Diameter)
 
レンズは、平行光束を一点に集めます。
一点に集まるところを焦点と呼んでいます。
焦点は球面レンズの曲率が小さいほど、すなわち厚いレンズほど屈折力が強いのでレンズの中心から焦点までの距離(焦点距離)が短くなります。
焦点距離はレンズにとって大事な性能要素です。
また、光を入れるレンズの口径も重要な要素です。
口径が大きいほどたくさんの光が集まります。
しかし、同じ口径ならば焦点距離の短い(屈折力の高い)レンズの方がたくさんの光を集める能力を持ちます。
レンズの口径(D)とレンズの焦点距離(f)の比を口径比(Aperture Ratio)と言います。
口径比は、1:1.4というような1:Fという言い方をし、口径に対して焦点距離がどれだけ長いかを表します。
口径比では数値を端的に表せないので口径比の逆数を取ってFナンバー(F値)で表します。
私は、口径比という時、F値と一緒に使っていますが、厳密には口径比は1:Fで表し、F値とは区別されます。
F値は逆口径比と言われていますけれど、口径比には変わりありません。
 
  

 

 F = f / D ・・・(Lens - 10)
F: レンズ逆口径比(Fナンバー、F値)
f: レンズ焦点距離
D: レンズ口径
 
上の定義は、無限遠の光線が焦点に集まる場合の口径比(F値)を定義したもので、近距離撮影などでレンズを使う場合は値が変わります。
これを有効Fナンバーと言って、上で定義される無限遠でのFナンバーと区別しています。
有効Fナンバーについては以下の『Fナンバーと有効Fナンバー』で詳しく触れています。
 
同じFナンバーのレンズは、物体から放射される光をレンズが受ける立体角が同じになるので、明るさの観点からは同じ性能のレンズということができます。
 
Fナンバーは、どのくらいの値まであるかと言うと、現実的には明るいレンズでF1.2からF32までです。
中には特殊なレンズでF0.95という明るいレンズもありますし、大判カメラではF128まで絞ることのできるレンズがあります。
レンズの明るさの限界は、F0.5です。
F0.5という値は、上の式からもわかることですが、レンズの口径が焦点距離の2倍の大きさを持つものです。
f50mmのレンズであれば口径が100mmであることを示します。
口径が100mmということは、半径50mmのもっとも高い位置から入射した光はレンズの球面に沿って屈折して球面レンズの表面上の真ん中に集まるレンズです。
 
レンズ口径は、市販のレンズの場合絞り機構(Diaphragm)が内蔵されているので、絞りを変更することにより口径を変えることができます。
絞り機構のついたレンズでは、口径比の割合を数値で表すことが多く、√2の等比級数で数値化されています。
従ってレンズの絞りは、最小値がF0.5で、その値から√2の等比級数である
0.7、1.0、1.4、2.0、2.8、4.0、5.6、8、11、16・・・
という値を採用しています。
その中間の絞りの表し方は、F2.0 1/2、とかf2.0 1/3というような分数値で言い表してます。
最近は少数単位表現を使ってF3.2というような言い方もしますが、カメラレンズをマニュアル(手動)で設定するときは絞り値を見ながら行うので、F2.0とF2.8の中間で分数でF2.0 1/2 という言い方をして直感的でわかりやすい言い方をしています。
レンズの絞りは、上に描いたような真円形状が理想的です。
絞りはどのような形であろうと機能はするものの、ボケ味が柔らかく自然に出るのは真円です。
安価なレンズでは2枚構成の絞り板を使った絞り機構であったり、3枚構成であったりしますが、高価なものになると人の眼の虹彩のように真円に近い絞りにしています。
35mm一眼レフカメラレンズでは5枚や6枚構成の絞り機構が多く、大判カメラに使われるレンズシャッタでは13枚の構成のものがあります。
虹彩絞りの枚数は、おもしろいことに奇数枚数が多いと聞きます。
太陽光などの強い光線が入る場合に、レンズを絞って行くと虹彩絞りのフレアが現れ、偶数枚数の絞りでは絞りの数だけ、奇数枚数の絞りではその倍の光芒(こうぼう)が現れます。
たくさんのフレアを出したい場合に、奇数枚の絞り羽根が都合がよいので風景写真家は5枚や7枚の絞り羽根のあるレンズを使います。
スタジオ写真家は、できるだけ円形のボケ味をほしがるので13枚の絞り羽根のあるレンズを使います。
絞り羽根が多ければ都合がいいかと言うとそうでもなく、構造が複雑になるので絞り込んでいくと絞り形状が歪む場合があります。
これではきれいなボケ味がでないばかりでなく正確な露出が得られません。
 
▲ F値の由来
 
ところで、レンズ絞りのF値(F.stop、F-number)とは一体どんな意味があるのでしょう? 
レンズ絞りは、IrisとかLensDiaphragmと呼ばれているのに、その他にF値という呼び名があるのが解せません。
実は、初期のレンズには今のようなレンズ絞りがついていなかったのです。
そこで、撮影の際に光量を調節するためにレンズの前に光を調節する丸穴を何個か用意して光量を調節していたのです。
その際にレンズの焦点距離に対して何分の1の丸穴かを示すためにf-numberと称して、f/2.0なら焦点距離の半分の口径の丸穴を意味し、f/4.0なら1/4としていました。
この約束は丸穴の大きさで露光量がきちんと把握できるために便利でした。
例えば、お昼時に屋外で撮影した際に、3インチレンズ(f=75mm)でf/4.0の絞り板をつけていたのが、日が傾いて少し暗くなったので、f/2.8の絞り板に変える、という具合に使っていました。
これが時代を経て、レンズに内蔵されるようになり、虹彩絞りによって自由に絞りを変えられるようになりました。
絞りをレンズに内蔵する際に、絞りの値は昔ながらの言い方でそのまま受け継がれたというわけです。
 
▲ Fストップと開口数N.A.(Numerical Aperture)
 
カメラ用レンズは、口径比とかレンズ開放絞りなどという呼び方でレンズの明るさを言い表していますが、単玉レンズや顕微鏡などはN.A.(エヌ・エー)という言い方をしています。
N.A.(開口数)とは口径を数値化した呼び方で次のように定義されています。
 N.A. = n・sinθ ・・・(Lens - 11)
n: 媒質の屈折率(レンズと被写体の間にある媒質の
   屈折率。空気であれば n = 1.000、水はn = 1.333
θ: レンズに入射する光の入射角度(0 <θ <90°)
 F = 1/(2・N.A.) ・・・(Lens - 12)
レンズのF値とN.A.の関係。
光と光の記録「レンズの分解能」参照
 
 
N.A.(開口数)という考え方は、光を集める能力を表すという点ではレンズ絞りのFナンバーと一緒のもので、使い勝手の都合上これら2つの言い方をしてきました。
光学的には、N.A.という表現がはじめにあって、カメラレンズが普及するにつれてFナンバーを使うようになりました。
N.A.の方が本来的で学術的です。
N.A.の定義がsinθの値そのものですから、どのくらいの角度で光を集めることができるかに注目した単位です。
 
N.A.は、顕微鏡レンズだけではなく、光ファイバー内の光の伝達する能力を表す数値としても使われています。
光ファイバは、ファイバー内部を全反射によって光が進むので、角度の強い(θの大きな)光は全反射をせずにファイバーから漏れてしまいます。
ファイバーの全反射を起こす範囲で光をファイバー内に入れてやらなければなりません。
ファイバーでは全反射を起こす角度(θ)を N.A.の概念を流用してファイバーの性能を表す数値として使っています。
レーザ光などをファイバーに導く時、レーザの集光レンズのN.A.とファイバーのN.A.を一致させておけば効率良くレーザ光をファイバーに導くことができます。
 
Fナンバーは、カメラレンズに使われる用語で、露光条件を求めるのにまことに都合がよかったので多用されてきました。
顕微鏡や光ファイバーなどでは、光学系を自在に絞るという考えが元々ないのでFナンバーが定着しなかったと考えます。
 
▲ N.A.の前提条件 - アプラナート(aplanat)
 
収差を考慮していないレンズでは、球面収差のために焦点距離は一点に集まらず、一点に集めるには左図のよう主面が曲面になってレンズ高のどの位置からでも焦点距離fの位置にこなくてはなりません。
これを正弦条件(エルンスト・アッベが発見した光学条件)を満足させたレンズと言います。
この考え方から言うと、光を集める力は光軸の高さ(D/2)と焦点距離(f)の比で求めることができ、この比がsinθに相当するのでこれを開口数(N.A.)と定義したのです。
 
Fナンバーは、f/Dで定義されるのでsinθではなく、tanθで定義されるのではなかろうかと思いがちです。
しかし、f/Dは像側主面が球面状になっているということを理解すれば、sinθで定義されることが理解できます。
 
正弦条件を満足したレンズをアプラナート(aplanat)と言います。
アプラナートレンズ(aplanatic lens)は、凸レンズと凹レンズを組み合わせることにより達成することができます。
アプラナートと正弦条件については、レンズの収差のところで触れようと思います。
N.A.は、定義からもわかるように媒質n以上の値を取り得ません。
FナンバーもN.A.の定義から1/(2・)以下の数値は取り得ません。
従って、通常の環境(空気、n=1.00)でカメラレンズを使う場合、0.5以下のFナンバーは取り得ないことがわかります。
 
▲ F値の光伝達能力
 
おもしろい考察をします。
レンズというのは、物体の光のどれだけ(何分の1)の光を像側に伝達するのでしょう?
たとえば、ロウソクの光。
ろうそくの光は空間を八方に放射します。
全周に放射された光のどれだけがレンズでかき集められて像形成につながるのでしょうか。
これを像照度と物体の換算照度で考えてみたいと思います。
結論から述べると、レンズの明るさF2では物体の明るさの1/100が像の明るさになります。
理論上もっとも明るいレンズであるF0.5では、物体の1/6.7の明るさで像が形成されます。
.
 
上図に、レンズによってできる像の明るさの模式図を示します。
輝度Bを持った物体から出た光は、レンズ(口径比F)を通じてある量の光(光束)が結像面に達します。
輝度Bの物体は、照度に換算すると、
 
       EB = B・π/R ・・・(前述)
           EB: 物体換算照度
           B: 物体輝度
           π: 円周率
           R: 反射係数
 
という関係があり、レンズを通した光束が像を作る像面照度は、
 
       EC = B・π・Q/4Fe2 ・・・(Lens - 13)
           EC: 像面照度
           B: 物体輝度
           π: 円周率
           Q: 結像係数(0.828)
           Fe: レンズ有効絞り
             (= 有効Fナンバー、無限遠時の絞りではなく倍率を考慮した絞り)
 
で示されます。
像面照度は、レンズの絞りによって変わり絞り値の二乗に反比例します。
物体面の照度EBと像面の照度ECを比べると、
 
       EC / EB = R・Q/4Fe2 ・・・(Lens - 14)
 
となり、R=0.18(灰色被写体)、Q=0.828(結像係数)とすると、
 
       EC / EB = 1/26.8Fe2 ・・・(Lens - 15)
 
という関係式が導き出されます。
 
この式より、Fe=1.0の時、物体の明るさの1/27の明るさが像に写されることになります。
レンズ口径比の理論上もっとも明るいレンズであるF=0.5の時、像の明るさは物体の1/6.7になることがわかります。
このようにして見ると、F2.0ではおよそ1/100の光が像に集まることがわかります。
 
Feは、物体が遠くにあって像が小さい(すなわちM<<1/20)時はレンズの絞りそのものになります。
しかし、物体が近距離になってくると物体側の光束がレンズに入射する角度と像に射出する光束の角度に差異がでてくるため像面照度が変わります。
レンズに刻まれたレンズ絞りはあくまでも入射光が平行光であることを前提に刻まれているので、現実には像の倍率を考慮した有効Fナンバーが正しい絞りということになります。
有効Fナンバーについては後の項で説明を加えてあります。
 
▲ 絞りの光量調節機能
 
レンズ絞りには、光量を調節する機能とピントの合う範囲を調整する機能があります。
カメラマンは、ピントが合う範囲をいつも細心の注意を払いながらレンズ絞りを決めているように見受けられます。
私のように高速度撮影に従事しているものは、露出時間が短いためにいつも光量が足りず、レンズはほとんどの場合開放で使うので、絞りの御利益にははあまり預かりません。
 
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絞りによるフォーカスの合う範囲の話は以下で述べるとして、絞りには上図に示したようにレンズを透過する光量を調整する機能があります。
丁度、チューブから練りものを絞り出す口金のような働きを持っています。
この口金の大きさから絞り出される光を一定の幅で切って(シャッタで切り取る)、感光撮像面に光エネルギー(光量)を与えます。
時間Tと絞りの大きさで総光量が求まります。
 
▲ Fナンバー、Tナンバー
 
今でこそ、絞りの値にTナンバーという言葉を聞くことは少なくなりましたが、絞りの値には、FナンバーとTナンバーの2種類があります。
Fナンバーは、上で述べてきたようにレンズ焦点距離と口径の比を表すもので、TナンバーはFナンバーに透過率を加味したものです。
この表示は、映画用のズームレンズなどによく使われていました。
FナンバーとTナンバーの関係は次のようになります。
 T = F/√τ ・・・(Lens - 16)
T: Tナンバー
F: Fナンバー
τ: レンズ群全域の透過率(0.00〜1.00)
τは、レンズの透過率を表し、レンズの枚数やコーティングの度合いによって変わってきます。
ズームレンズなどでは透過率が80%程度なので、τ = 0.8 とするとF/2.0のレンズは、
    T = 2.0/√0.8 = 2.24
2.24という値になります。
Fナンバーは、ピントの合う範囲(被写界深度)を求める際に大切なもので、Tナンバーは実際の撮影の露光量を求める上で大切な値となります。
露出計を使って適切な露光を行っていた昔のズームレンズではTナンバーが大切な要素でしたが、TTL(Through The Lens)測光のカメラが増えた現在ではカメラが適正露光を行ってくれるのであまり意味をなさなくなって来ています。
 
▲ 明るいレンズ(Fast Lens, High Speed Lens)の由来
 
英語で口径比の小さな明るいレンズをFast LensとかHigh Speed Lensと言います。
日本語に直訳すると速いレンズ、高速レンズとなります。
しかし、なんとなくピンと来ない言葉です。
明るいレンズと言った方がよく理解できます。
この呼び方になった背景には、写真撮影というものが恐ろしく時間のかかったものという概念が隠されています。
写真機ができた当時は、撮影に30分とか1時間の露光は当たり前だったのです。
それがペッツバールなどの功績により明るいレンズが作られるようになり、撮影が10分の1から20分の1に短縮され、1〜2分の露光で済むようになりました。
おそろしく高速に露光ができるレンズということで、Fast Lens、High Speed Lensという呼び方がなされたのです。
Fast Lensもその名ができた当初は、口径比F3.6程度のものでしたが、F2.8ができてF2ができ、F1.4、F1.0という具合にどんどん明るくなり、そのたびに当代で一番明るいレンズをFast Lensと呼びました。
何やら「新製品」という語感に近いものがあります。
 
▲ Fナンバーと有効Fナンバー
 
上で述べた口径比は、物体が無限遠にある場合で入射光もほぼ平行な光の場合に成り立つ関係式です。
実際の撮影では物体はレンズに近い位置にあり、場合によってはかなり倍率を上げた撮影をすることがあります。
倍率が高い場合のFナンバーは無限遠の物体撮影の場合と異なります。
無限遠でのFナンバーに対して、倍率を補正したFナンバーを有効Fナンバーと言います。
両者には以下の関係があります。
 
Feff =(1 + M x 1/ψ)F・・・(Lens - 17)
Feff: 有効Fナンバー(倍率と入射・射出瞳を考慮したFナンバー)
M: 撮影倍率
ψ : 瞳係数 = 射出瞳/入射瞳 = φexit / φent 
F : 口径比 (レンズに刻印されているFナンバー)
 
上の式は、レンズの絞り(F)を設定すると、実際の絞りは撮影倍率(と入射/射出瞳の係数)が補正され、撮影倍率1倍での撮影では、F2.8と設定した値が実際にはF5.6と等価になることを表しています。
このことは何を意味しているかというと、たとえば1メートル離れた位置で30cmのものを撮影していて、同じ照明条件、露光条件で撮影距離をどんどん近づけていき30cmの物体の一部を拡大撮影しようとすると光量が足りなくなってしまうことを教えてくれています。
自ら光る白熱電球のようなものでも白熱電球全体を撮影するには十分な光量を持っていても、拡大していくと光量不足になってしまいます。
撮影倍率が倍になれば光量が4倍不足し、撮影倍率が3倍になれば9倍の光量が必要となります。
 
そもそもFナンバーは、レンズに入る入射光が無限遠にあるときのレンズの口径と像を結ぶ位置、この場合は焦点位置の比である口径比を表すものであり、物体が有限位置にあるときは像のできる位置は焦点ではなく焦点より遠い位置にできます。
像のできる位置bは、
 
       b = f・(1 + M) ・・・(前述) 
 
で表されます。
このことよりレンズの実際のFナンバーは、
 
       Feff = b / D ・・・(Lens - 18)
         Feff: 有効Fナンバー
         b: 像のできる位置
         D: レンズ口径
 
と表されるのです。上の式は、
 
       eff = f・(1 + M) / D
         = F(1 + M) ・・・(Lens - 19)
 
と表すことができるので、有効Fナンバーは、無限遠からの入射光でのFナンバーに撮影倍率を加味したものであることが理解できます。
 
 
 
▲ 絞りと周辺光量
大判カメラのレンズでは、レンズを絞り込んで撮影することが頻繁にあります。
そのために、大型レンズではレンズ絞りがF128まで刻まれたものまであります。
F128まで絞り込んだら、逆に回折によって像がボケてしまうのではないかと心配するほどの絞りです。
大判カメラ用のレンズではなぜこのような大きな絞り値がついているかというと、大判カメラならではのアオリ撮影をする際に必要だからです。
大判カメラのレンズが作る像のエリアは、4"x5"(100mmx125mm)で、ライカサイズ(36mm x 24mm)よりもはるかに大きなφ208mmを確保しています。
レンズカタログを見ると、興味あることに、絞りによってイメージサークルの大きさが異なっています。
Nikkor W180mm F5.6レンズという大判カメラのレンズの仕様では、f5.6の時にφ208mmであるイメージサークルが、f22に絞るとφ253mmとなることが書かれています。
絞りによってフィルム像をカバーするイメージサークルの大きさが変わるのです。
こうしたカメラレンズが、フィルムサイズよりもかなり大きなイメージサークルを確保しているのは、大判カメラではアオリ撮影という手法を多用しているためなのです。
アオリ撮影というのは、フィルム面とカメラレンズの光軸を傾けて撮影するものですが、このような撮影手法では、画像の中心部だけでなく周辺部もよく使われます。
なぜフィルム面を光軸に対して斜めに倒すのかと言えば、例えば、高層ビルを撮影する際に地上からカメラを上空に向けたとすると、ビルの壁面(地上から垂直に立っている)とカメラがビルをねらう光軸が斜めとなります。
この場合、カメラ光軸に垂直にセットされているフィルム面がビルの壁面と平行にならないために遠近差ができます。
遠近による像の倍率変化によって高層ビルの高い所では小さく写り、地上付近では大きく写ってしまいます。
こうしたデフォルメされたビルの画像が作画意図として心地よくない場合に、正しい構図を得るためにビルの壁面とフィルム面を平行にすれば、倍率の変化による像の歪みを抑えることができます。
鏡口食 - 左:レンズ開放、右:レンズF16
レンズ開放では斜めから入る光と正面から入る光では鏡筒によるケラレのため光量が変わる。絞りの形状が欠ける。
レンズを絞ると斜め入射光でも中央部と光量は変わらない。絞りの形状が保持されている。
このようなアオリ撮影を頻繁におこなう大判カメラのレンズでは、レンズの中心部のみならず周辺部まで使って撮影が行われます。
レンズを手にとって真正面からレンズ面を覗き、レンズを徐々に傾けて行くと、レンズ面は、最初、絞りの輪郭がハッキリと見て取れていたのが徐々に欠けて行き最後には、見えなくなってしまいます。
徐々に欠けていく角度での入射光線は十分な光量を撮像面に届けることができません。
ところがレンズの絞りを絞ると、レンズをかなり傾けていっても絞りの形は崩れることなく見ることができます。
口径が大きいといともたやすくケラれてしまうのに(これを鏡口による食と言います)、レンズを絞ると食の割合が少なくなるのです。
これは、裏を返せばレンズを絞るとイメージサークル全域にわたり均一に光線が届くことを示しています。
これが、実は、大判カメラのレンズ絞りが大きな値まで刻まれている理由の一つなのです。
また、広い画角で撮影を行うと、画像の周辺部は中心部に比べて収差の影響で画像が悪くなってしまいます。
絞りを絞ると、球面収差をはじめ非点収差 、コマ収差がかなり改善されるので、大型カメラの撮影では画質改善のためにも絞りを絞り込むことは大切なのです。
 大判カメラの代表的な撮影手法(アオリ撮影の一手法、ライズ撮影)
 
【Cos4乗則】
 
絞りとは全く関係ありませんが、レンズには本質的な性質として周辺部での光量低下があり、それがコサイン4乗に従って低下します。これをコサイン4乗則と言っています。
この性質はどのレンズにも持っているものです。
式で表すと以下の式で表されます。
 E = Eω・cos4θ ・・・(Lens - 20)
E: 像面での角度θに依存した照度
Eω: 光軸中心部(θ=0)の照度
θ: レンズ光軸と像面高さ位置のなす角度
つまり、レンズはどのレンズでも中心部の像が明るく周辺に行くに従って徐々に低下し、32.77°の位置では光量が半分になってしまい、90°では光がまったく届かないことを示しています。
広角レンズなどは広い範囲の光を集めますので、周辺部の像照度低下は必ずおきます。
しかし、現実のカメラの広角レンズは、上のグラフにあるような顕著な像照度低下は無いように感じます。
どうしてでしょうか。
魚眼レンズなどのように180°の写角をもっていても十分に写っています。
広角レンズでの像照度低下の補正については、いろいろな対策が考えられています。一つは、レンズ前面部に度の強い凹型のメニスカスレンズを配置して、周辺部の見かけの開口数を大きくしています。
また、レンズ内部に中央部が暗くて周辺部にかけて徐々に明るくなるNDフィルタを内蔵させる方法があります。
もう一つには、像を歪曲させて圧縮し光を集める方法があります。
 
レンズ内部に巧みな濃度分散を持つNDフィルタが製造できなかった昔は、ドイツZeiss社のHypergon広角レンズ(画角130°)に見られたように、レンズの前面に花弁状の風車を配置してゴム管を通じて空気を送り、風車を回して中央部の光量を減じる方法が採られていました。
今はそのようなレンズはありませんが、いずれにせよ広角レンズの場合には周辺部の像照度が低下することは避けられず、濃度情報を中心とした画像計測では、広角レンズの選択、及び濃度ムラの除去を予め検討しておくことが必要になります。
 
レンズの絞りによる周辺光量低下の改善は、レンズ設計上の鏡口食による問題を回避しているだけであり、レンズを絞って鏡口食を改善した後にはこのcos4乗則が現れてきます。
 
▲ 焦点深度(しょうてんしんど、Depth of Focus)、被写界深度 (ひしゃかいしんど、Depth of Field)  (2009.07.10追記)
 
レンズの絞りを絞り込むとピントの合う範囲が拡がります。
正確に言うと、一番シャープなピントが得られる画像中央部を少しボカして、ボケても許容できるピントの範囲を拡げよう、というのが絞りによるフォーカス範囲の調整です。
許容されるボケ量を許容錯乱円(きょようさくらんえん、allowable image blur)と呼んでいます。
レンズによって結像される像が一定のボケの範囲(許容錯乱円)に入っていればピントが合ったとみなされ(焦点深度)、それを物体側にまで拡張して物体のフォーカス範囲を特定することができます(被写界深度)。
 
被写界深度の計算式は以下で定義されます。
少々複雑な計算式となっています。
 
 DP1 = L x (H + f) / (H +L) ・・・(Lens - 21)

 DP2 = L x (H - f) / (H - L)

 H = f 2 / (δ x F)

DP1 : 被写界深度 - 近点(撮像面からフォーカスの合う近い距離)
DP2 : 被写界深度 - 遠点(撮像面からフォーカスの合う遠い距離)
L : 撮影距離 (物体から撮像面までの距離)
H : 過焦点距離 (レンズを無限大距離にセットした時のフォーカスの合う距離)
f : レンズ焦点距離
δ : 許容錯乱円(0.01mm〜0.05mm)
F : レンズ絞り
2009.07.10 S氏んより、Lの不適切な説明の指摘を受け訂正しました。Sさんありがとうございました。
 
被写界深度は、レンズの撮影距離(L)を設定したときその前後のどの範囲までピントが合ったとして許容できるかという深さを示し、近点と遠点で表されます。
計算式は、レンズの焦点距離(f)と撮影距離(L)、それに過焦点距離(H)を使って求めることができます。
 
 
▲ 過焦点距離(かしょうてんきょり、Hyper-focal distance)
 
過焦点距離とは、レンズを無限大(∞)にセットした時に、どの距離から無限大までピントが合うかを示したものです。
レンズ焦点距離とレンズの絞り、それに許容錯乱円をどの程度で定義するかで決まる数値です。
式からもわかるように、過焦点距離はレンズ焦点距離の二乗に正比例し、レンズ絞りに反比例するので焦点距離が短いほど近点からピントが合います。
レンズ絞りも絞り込むほど近い位置からピントが合うようになります。
 
例えば、許容錯乱円 δ = 0.033mm として
f = 50mmのカメラレンズを使った場合の過焦点距離は、
F/1.2で63m(メートル)、
F/5.6で13m(メートル)、
F/22で3.4m(メートル)
となります。
f = 20mmのレンズでは、
F/2.8で4.3m(メートル)
F/5.6で2.1m(メートル)
F/22で0.55m(メートル)
となります。
焦点距離が短いレンズではピントの合う範囲が広くなるために、超広角レンズではフォーカスリングがもうけられていません。
 
上の被写界深度の関係式から、近点より遠点のほうが撮影距離からの距離が長くなります。
このことは、被写界深度が深くなるにつれピントは遠い距離まで合うようになるものの、近い方はそれほど深く合わないことを示しています。
 
 
 
上の図は、被写界深度の計算式をエクセルで計算しそれをグラフにしたものです。
計算の条件は、カメラレンズをf50mmとし、許容錯乱円を25umとして計算しました。
撮影距離(L)を、300mm、500mm、1000mm、1500mmとして、レンズの絞りをF/1.4からF/22まで変えることによりフォーカスの合う範囲がどのように変わるかを表しています。
近点(軸を挟んで負の数値を持つ下側のグラフ)の方が遠点(正の数値を持つ上側のグラフ)よりピントの合う範囲が少ないことがわかります。
また、絞り込んだほうがピントの合う範囲が広がることがわかります。
しかし、撮影距離が近いとそれほど深くまでピントが合わないことも上のグラフからわかります。
 
 

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■ 像を結ぶ作用
 
■ ピンホールレンズ(Pinhole lens) (2005.05.10)
 
レンズの口径を小さくしていって、小さな穴でレンズを作り、この穴から光を通すと針穴写真機(ピンホールカメラ)ができあがります。
小学校の理科の時間に、ボール紙で箱を作り、一方に穴を空けて外からの光を入れて対面に拡散紙を貼ってピンホールカメラを作り、ここに像ができているのを見た経験があると思います。
ピンホールカメラの像は、物体とは上下左右逆のものでした。
針穴は一見すると理想の写像作用があるように見えます。
針穴をどんどん小さくしていくと被写体側と像側の位置が1対1で結ばれ、被写体から放射される1条の光が針穴を通して一点で投影されるからです。
1対1で対応するというのは、被写体がどの位置にあっても投影される像は鮮明に見えるということです。
 
一見理想に近いように見える針穴写真機ですが、問題が三つあります。
   一つ目は、穴を小さくしないと物体と像は一対一に対応せずに余分な光が入り込んで十分な画質を得られないことです。
   二つ目は、針穴を小さくすると入ってくる光が微弱で実用に耐えられません。
 最後に、針穴を小さくすると光の回折のために光が回り込んで像がぼけてしまいます。
 
結局、針穴写真機は問題がありすぎて実用には耐えられないことがわかります。
カメラが発明される前までは、カメラオブスキュラという風景を模写する光学装置(小屋)が使われていて、16世紀まではレンズが作られていなかったので、レンズのないピンホールが使われていました。
しかしピンホールカメラはとても暗く、真昼の外の対象物を暗い室内で満月程度の照明下で見えるくらいにしようとすると、ピンホールの孔はφ20mm程度になったそうです。
これでは像がぼけてしまいます。
レンズができるようになって、それをピンホールに埋め込むことによってそこそこ明るくて画質も我慢できるようになりました。
ピンホールでは画質が悪くて暗いということをよく物語っているエピソードです。
 
 
■ 完全結像光学系(Perfect Optical Instrument) (2005.06.05)
 
素朴な疑問がわき上がります。
物体と像を完全に1対1に写像する光学系はあるのでしょうか。
ピンホールレンズが一番理想だと思ったのですが、理想に近づけるためにピンホールの穴を限りなく小さくしていくと、光の波の性質によって回折がおこり実用に耐えられなくなってしまいます。
完全結像光学系を考えだしたのは、英国人の物理学者であるクラーク・マクスウェル(Clerk Maxwell)と、米国人ルネベルグ(R.K. Luneberg)です。
ルネベルグを米国人と書きましたが詳細はわかりません。
彼は、1944年米国ブラウン大学にいたときにルネベルグのレンズとして有名になる方程式を書き表しました。
ルネベルグは数学者であり、マクスウェルは物理学者です。
ルネベルグの人となりは私自身まだよくわかっていません。
ルネベルグのレンズは有名ですが、ルネベルグその人の資料がなかなか見つからないからです。
両者が唱えた完全結像光学系は、光学者の間ではあまり好んで研究されていないようです。
というのは、マクスウェルの唱えた完全結像光学系というのは、およそ現実のレンズからかけ離れた光学系であり、ルネベルグの唱えたレンズも光学レンズというよりも、アンテナによる電波を集光する"レンズ"として実用化されている(逆に言うとアンテナぐらいにしか実用化できない)程度のものだからです。
両者とも電磁波を扱う分野ではとても有名なのですが、光学の分野ではそれほど重用されている感じを受けません。
彼らの光学系というのはどんなものでしょう。
現在使われているカメラ用のレンズとは考えが全く異なっていますが、参考のために書き残しておきたいと思います。
 
 
マクスウェルの完全結像光学系を上図に示します。
この光学系の特徴は、「レンズ」という実体がない光学系です。
空間そのものがレンズといえるような代物です。
この光学系は、物体側(P)と像側(Q)が1:1で完全に結ばれています。
興味あることは、物体から出た光が曲線を描くようにして像側に収束していることです。
この光線の軌跡は光の直線原理ではあり得ないことです。マクスウェルは、空間の媒質密度(屈折率)が徐々に変化する場であるならば、物体から放出された光は徐々に曲げられて一点に収束すると唱えました。
これが有名な「マクスウェルのFish Eye(魚の目)レンズ」です。
何度も言いますが、マクスウェルの魚の目レンズは、レンズとしての有限的実態がありません。
光が伝わる空間がそうならば、という前提です。
上の図を見ていると、電荷の電界と電力線の関係に似ているのに気づかされます。
 
マクスウェルが現実とかけ離れた完全結像光学系を提案したのに対し、ルネベルグは少し実用に近い光学系を提案しました。
ルネベルグのレンズは球形をしてます。
このレンズの特徴は、球形のレンズの中心の屈折率が一番高く外側に行くにつれ徐々に低くなっていることです。
レンズ内部の屈折率が一定ではなく半径方向に変化するルネベルグのレンズを使うと、像はレンズの球面に沿って集まるようになります。
したがってこのレンズでは像は平面上には結像しません。
このレンズは光学分野では実用が難しく、電磁波工学のアンテナに応用されルネベルグアンテナとして実用化されています。
 
ルネベルグレンズで球面上に像ができるというのは、なにやら眼球の網膜を連想させます。
たしかに、像を球面上に結ばせるというのはいろいろな利点があります。
球面収差も考えなくて良いし、コマ収差、像面湾曲などの収差も激減します。
球面形状をした固体撮像素子ができ、可変屈折率を持つ球面レンズができれば光学も新しい世界が開けるかも知れません。
 
 
■ 鏡とレンズ(Mirrors and Lenses)
鏡とレンズではどのような違いがあるのでしょうか。
両者の大きな違いは、鏡が光線の反射で像を結ばせるのに対し、レンズは光線の屈折で像を作っていることです。
日本人は、鏡とレンズの区別ははっきりとできなかったようで、ミラーには鏡という言葉を与えましたが、レンズにはちゃんとした漢字を当てていません。
レンズを使っている望遠鏡や顕微鏡に対して「鏡」の字を当てています。
メガネなどはレンズそのものであるのに、眼鏡と言っています。
日本人の心には、光を扱う器具そのものが「鏡」であったに違いありません。
鏡は、邪馬台国の時代からその存在が知られていましたが、レンズは室町の時代にやってきた新参者であり、ちゃんとした言葉を与えられなかったようです。
鏡で代用して良しとしたような感じさえ受けます。
目にあてるレンズの『めがね = 眼鏡』は、その語源がはっきりとはせず、目の視力を矯正するためのさしがね→目のさしがね→目(さし)がね→めがねとなったという説が説得力を持っています。
ことほどさように日本人にとって鏡とレンズは似たようなものだったのでしょう。
 
レンズと鏡で思い出される歴史的なエピソードは、光学の先駆者英国の物理学者ニュートンのことです。
ニュートンは、レンズが屈折によって色収差を持つことに悲観し、光学装置をすべて鏡で作ろうとしました。
鏡は色収差がありません。
鏡で作った望遠鏡をニュートン式望遠鏡と言います。
しかし、歴史はニュートンが悲観したような方向にはいかず、光学装置はレンズを使った屈折式のものが体勢を占めるようになりました。
 
鏡は色収差こそでないものの、広い範囲の物体を結像させるとか口径比の明るい光学系を作ることがおそろしく苦手だったのです。
つまり写真レンズとしてはおそろしく不向きなものでした。従って、現在では鏡を使った結像光学系は、天体望遠鏡や、分光器、シュリーレン光学系のコリメータ部に利用されているに過ぎなくなりました。
それらは、いずれも平行光束がメインの光学系です。
結像作用を伴わずに光を集める目的用途には、凹面鏡や放物面鏡が今でも使われていて、分光器でも内部には球面鏡が使われています。
こうした装置は、平行に近い光束領域で使われています。
これらの装置に使われる球面鏡は、レンズでは大きな障害となる色収差を除去でき、大口径化を行う際にも光学材料が得やすく、主に平行光を扱うという条件の助けもあって、こうした特徴が活かせる応用分野でよく使われています。
 
球面鏡の結像原理は、屈折タイプのレンズと同じです。
両凸(凹)レンズは、球面を2面として構成することができるのに対し、反射式の鏡では1面での構成となります。
球面鏡の結像公式は、従って一面での反射による結像となるために球面の曲率(R)を用いて以下のように表されます。
屈折を伴うレンズでは、先に 『■ 球面レンズの曲率半径と焦点距離の関係』 の項でも述べたように、レンズ内の屈折率(n)と屈折面の曲率半径(r)で公式が成り立ち、曲率半径と焦点は近い位置にあります。
同じ曲率半径2面(r1=r2)でできた薄い凸(凹)レンズでは曲率半径の半分に屈折率を加味した位置が焦点位置となります。
この式は、レンズ同様、近軸で成り立つ式であり光軸より離れる光線に対しては収差が出てきます。
 1/a + 1/b = 1/f = 2/R・・・(Lens - 22)
a : 物体から鏡までの距離
b : 鏡から像までの距離
f : 鏡の焦点距離
R: 鏡の曲率半径
a、b、fの符号は、
  鏡の前方にあるときは正( + )
  鏡の後方にあるときは負( - )

球面鏡の結像公式
■ 凸面鏡(Convex Mirror)
 
凸面鏡は鏡の表面が凸型球面になっているもので、道路のカーブミラーや車のフェンダーミラー、ルームミラーに使われています。
普通の鏡より広い視野が得られるので、広い視野を得たいときに使われます。
しかしながら、凸型球面鏡の応用目的は狭く、今述べたような使い方以外幅広い使い方はされていません。
 
下左の図からもわかるように、凸面鏡では球面の曲率Rの半分が焦点となり鏡の内部に焦点ができます。
この焦点は実際にある焦点ではなく、焦点があるように光が拡がるので虚焦点(virtual focal point)と呼ばれています。
凸面鏡に入る平行光束は虚焦点から拡がるように反射します。
凸面鏡が作る物体像はいつも虚像であり、虚像のできる位置は物体が遠くにある時は虚焦点fに近くにでき、凸面鏡に近くなるに従って鏡の近くにできます。
上左に載せた写真は、横浜駅(西区北幸)の東京三菱銀行横浜駅支店の前にある球面ボールです。
この場所には、同じ球面ボールが二つ並んでいます。
この球面ボールの中央に写っているのが私で、カメラを向けています。
球面ボールに映し出される周辺像は極端に湾曲しているのがよくわかります。
球面ボールに近づけば近づくほど像は大きくなります。
あたかも球の中にものが入っているようです。
 
■ 凹面鏡(Concave Mirror)
 
凹面鏡は凸面鏡に比べると科学的利用価値が高く、多方面に利用されています。
なぜ、凸面鏡よりも利用価値が高いかというと、下のグラフにも示しているように凹面鏡では物体の置かれる位置によって像の出来方が幾種類にも変わるからです。
凸面鏡では、物体をどの位置に置いても像はすべて虚像となって大きな変化はありません。
凹面鏡では、物体が鏡面から焦点fまでに置かれたものは拡大像(虚像)を作り、焦点位置では平行光として反射され、遠くに置かれた物体は焦点近辺に実像が形成されるという3様の変化をします。
 
凹面鏡も凸面鏡も、同じ光学式を使って物体と像の位置が示されるのにも関わらず、凹面鏡の方が像のできる位置が多様であるのは、実焦点が鏡の前にあるためです。
そのために、遠くから来た光が焦点に集まったり、焦点から出た光が平行光になったり、焦点の間に置いた物体が拡大されるのです。
 
凹面鏡は、分光器内のコリメータとして使われています。
天体望遠鏡の主鏡としても使われています。
顕微鏡の光源で光を集める時にも使われます。
また、反射タイプの干渉計の光学部品にも使われています。
 
▲ 凹面鏡の焦点距離fと口径D
 
レンズでは、焦点距離fと口径Dの表す口径比(絞り)が大事な意味を持っています。
凹面鏡でも口径比はレンズと同様に定義されます。
凹面鏡においても口径比を小さくして大口径の鏡を作るとたくさんの光を集めることができます。
しかし口径が大きくなると周辺部の光は球面収差により素性の悪い光線となります。
つまり、明るい光学系では遠くからの物体光を焦点に集めることができないし、焦点から放射される光も平行光とはなりません。
一般的に、鏡を使った反射式光学系ではレンズを使った屈折式の光学系よりも暗くなり、口径比F4程度が最高であると言われ、球面収差を考慮するとF10程度がどうにか使えるものと言われています。
なぜ反射式光学系は屈折式に比べて明るい光学系が作れないかというと、反射型は色収差だけは理論上完璧に抑えることができても、球面収差やコマ収差、非点収差などがうまく取りきれません。
従って、光束があまりひろがらない無限遠からの平行光束を集めたり、逆に平行光束を使う光学系に特化した光学系以外の使い道がないためです。
 
このほか、反射鏡は屈折タイプのレンズに比べ波長の収差や吸収がないため紫外領域(UV)から赤外領域(IR)まで良好な反射特性を持っています。
この特徴ゆえに分光器の光学系や天体観測装置では、凹面鏡は今でもなくてはならない光学部品として重要な位置を占めています。
 
▲ 非球面鏡(Aspheric Mirrors) - 放物面鏡、楕円面鏡、双曲面鏡
 
鏡面が半径Rの球面でできていないものを非球面鏡と言います。
代表的なものに放物面鏡(parabolic mirror)、楕円面鏡(ellipsoidal mirror)、双曲面鏡(hyperboloidal mirror)があります。
 
放物面鏡は、面形状が放物面でできているもので、平行光を一点に集光するのに良好な特性を持ち合わせています。
放物面鏡には球面収差がないため平行光は精度良く一点に集めることができます。
ただし、平行光束は光軸に平行という条件があり、光軸から外れた光線に関しては球面鏡よりもひどい焦点ボケを生じます。
放物面鏡は、通常は球面鏡を元にしてこの面の周辺部を削り落として製作されるのが普通です。
車のヘッドランプに使う反射鏡などは金型からモールド製造によって作られています。
 
楕円面鏡は楕円曲線でできた鏡です。
楕円には2点の焦点があるので、1点の焦点から出た光線は楕円面で反射してもう一つの焦点に集光します。
つまり、放物面鏡が無限遠からの平行光を集めるのに適した鏡であるのに対し、楕円面鏡は有限距離から放射された光を集めるのに適したものと言うことができます。
楕円面鏡は、レーザを励起するときの光学装置として使われました。
この光学装置では、励起光(クセノンフラッシュチューブ)を一方の焦点に置いて、他方の焦点にレーザを発振するロッド(ガラス、YAG、ルビー、など)を配置してその周りを楕円面鏡で覆い励起光を有効にロッドに集めることができました。
 
双曲面鏡は、双曲線形状をした反射鏡で集光光束(平行光束ではありません!)を鏡の焦点に集めるのに使われます。
この鏡は、集光光束をさらに反射させて別の位置に集光させる場合に使われ、天体観測用の反射望遠鏡に応用されています。
 
  
凸面鏡の物体位置と像の位置の関係図(上)。 凹面鏡の物体位置と像の位置の関係図(下)。
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 凸レンズと凹レンズ(Convex Lenses and Concave Lenses) (2005.06.12)(2005.7.30追記)
レンズには、大きく分けて平行光束を収束させるプラスの屈折力を持った凸レンズと、マイナスの屈折力を持った凹レンズの二種類があります。
どんなにたくさんのレンズエレメントを組み合わせても詰まるところ、正の屈折を持つ凸レンズになるか、負の屈折を持つ凹レンズになるかどちらかです。
はたまた中立を保つならば平板ガラスか楔(くさび)形をしたプリズムになるかのいずれかとなります。
レンズの形を大きく分けると以下のような形状に分けられます。
 
 
 
両凸レンズは、平凸レンズを二つ合わせたもので、屈折は平凸レンズより強くなります。
凹レンズは、凸レンズと屈折力が反対になる性質を持ちます。
凸レンズを眼にかざして見ると対象がぼやけて見えることが多く、凹レンズでは対象がぼやけず小さく見えます。
 
メニスカス(meniscus)という意味は三日月という意味で、片面が凸型、反対面が凹型になっているレンズです。
両者の屈折の度合いで全体として凸型の性質になったり凹型の性質を示すようになります。
理化学用語では、表面張力によってガラス管に入れられた液体の表面が窪んだり突出したりする現象をメニスカスと言います。
メニスカスレンズでは、両者の曲率の違いで凸型になったり凹型になったりします。
レンズ中央部の厚みが周辺部に比べて厚いものを凸型メニスカスと言い、薄いものを凹型メニスカスレンズと言います。
 
一般に、我々の馴染みが深いレンズといえば上図の一番左の両凸レンズです。
虫メガネもたいていこのレンズを使用しています。
眼鏡は、メニスカスタイプが使われ、遠視用としては凸型メニスカスレンズが用いられ、近視用には凹型メニスカスレンズが使われています。
眼鏡は、眼球が上下左右に大きく動くので、両凸レンズを使うと眼球が真ん中にあるときは都合良くピントが合うものの、眼球が動いてレンズの周辺部を通して物を見る場合には、収差、特に非点収差が顕著に現れてうまく機能しません。
メニスカスレンズは、斜めから光線が入っても比較的穏やかに光を収束してくれるので、斜めから入る光線を扱うレンズでは重要な働きを持ちます。
眼球は、瞳の大きさが7ミリ程度であるためメガネの大きさ(60mm程度)に比べ小さい領域だけを使っていることになります。
眼球の瞳が小さいことから、メニスカスレンズの持つ非点収差は問題にならないくらいに除去され、かつ、眼球の運動に対しても効率よく光を入れてくれるので、メガネレンズとしてメニスカスレンズが一般的になりました。
 
1803年に英国の化学者ウォラストン(William Hyde Wollaston:1766-1828)が、遠視用眼鏡レンズの凸メニスカスレンズをカメラオブスキュラに利用しました。
これにより、凸レンズを使ったカメラオブスキュラよりも画質が向上しました。
メニスカスレンズは、しかし平行光束を一点に集める能力は非力です。
凸レンズよりはるかに大きな球面収差を持ちます。
したがって、ウォラストンがカメラオブスキュラに使った凸メニスカスレンズは、レンズの前に絞りを置いて暗いレンズとし球面収差を取り除いていました。
 
このことより、メニスカスレンズは、画角の広いレンズを作る際に必要なレンズであることがわかります。
写真レンズでは大きな撮像面(フィルム面、撮像素子面)に画像を結ぶ必要からメニスカスレンズがよく使われ、収差を補正するためにこれらのレンズを何枚も重ねて写真レンズが作られています。
 
 
■ 単レンズの種類(Kind of Lenses) (2005.08.02記)(2005.08.13追記)
 
レンズは球面レンズの他にどのようなレンズがあるのでしょう。
よく知られているレンズを以下に示します。
 
 
1. 球面レンズ(Spherical lens)
 
レンズ表面が球面形状をしたレンズで、もっとも一般的で古くからあるレンズです。
レンズ研磨も比較的簡単なのでほとんどのレンズが球面レンズで作られます。
上に示した凸レンズ、凹レンズ、メニスカスレンズはすべて球面レンズに属します。
 
2. 非球面レンズ(Aspherical lens)
 
1.の球面レンズに属さないレンズで、身の回りの非球面レンズでは遠近両用の眼鏡レンズがあります。
非球面のカテゴリーには放物面、双曲面、楕円面なども含まれます。
レンズはガラスを研磨して作る関係上、球面仕上げが基本でした。
しかし、球面レンズではたくさんのレンズを組み合わせないと収差が取りきれません。
レンズの周辺部を少し削ると、補正レンズの枚数を格段に減らすことができることは昔から知られていました。
しかしながら、手作業で磨くならともかく、量産レンズで非球面レンズをたくさん作ることは至難の業で、プラスチックレンズが現れるまで非球面レンズの量産化は実現しませんでした。
プラスチックレンズは、予め精密な金型を作っておいてそれに溶けたプラスチックを流し込み、レンズ成形することで複雑な形状のレンズを量産することができます。
プラスチックレンズによる非球面レンズの登場で、補正レンズを極端に少なくしたカメラレンズが安価にできるようになりました。
 
1995年7月にフジ写真フィルムから発売されたレンズ付き使い捨てカメラ「写ルンです」は、カメラ業界にとって衝撃的な出来事でした。
800円程度を支払って、フィルムが入った箱形のカメラを購入し、撮影が終わったら写真屋さんに持って行って、現像とプリントをしてもらうというものです。
使い捨てカメラは、そこそこの画質があったので、簡便さも受けてあっという間にフィルムカメラの主力製品になりました。
このカメラに使われたのが、1枚のプラスチック非球面レンズ(f=32mm)でした。
たった1枚のレンズであれだけの画質が得られるのです。
このレンズの特徴は、レンズをプラスチックにして量産化を図り、非球面にして収差を抑え、さらに絞りをF/10にして周辺部の収差も抑え、過焦点距離をかせいで1mから無限遠(∞)までフォーカスが合うようにしています。
1枚のプラスチックレンズ成形もさることながら、フィルムの感度向上がF/10という暗いレンズ設計を可能とし、さらに、フィルム面を平面ではなく湾曲させることにより画像周辺部の収差を除去させることに成功しました。
1枚のレンズでもあそこまで画質が向上するのか、という特筆すべき事だと思います。
 
3. シリンドリカルレンズ(Cylindrical lens、円筒レンズ)
 
焦点距離の曲率が一方向のみに設けられた、カマボコ形状(凹型では雨トイ形状)のレンズです。
細かい目盛をふったスケールを読み取るレンズにも使われています。
また、レーザをシート状にする光学系にもシリンドリカルレンズが使われています。
映画用の撮影レンズ及び映写レンズには、シリンドリカルレンズを組み込んだアナモフィックレンズ(anamorphic lens)、及びシネスコレンズ(Cinema scope lens)が使われています。
人の眼の乱視にもシリンドリカルレンズが応用されています。
ただし、実際の眼鏡ではメニスカスレンズにシリンドリカル形状をあてるため、乱視を補正するレンズには以下に説明するトロイダルレンズが使われます。
 
4. トロイダルレンズ(Toroidal lens、円環レンズ)
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円筒レンズ(シリンドリカルレンズ)を長手方向に湾曲させたレンズです。
トロイダルとは円環状のという意味です。
トロイダルという名前で一般的なものは、電子部品のトロイダルトランスや、自動車の自動変速機に使われ出したトロイダルトランスミッション(CVT = Continuous Variable Transimission)などがあります。
これらはいずれもドーナッツの形状からこの呼び名がつけられています。
トロイダルレンズもドーナッツ形状といえなくもありませんが、ドーナツの一部分を切り出したような形状をしています。
乱視用の眼鏡レンズは、トロイダルレンズの典型です。
トロイダルレンズの曲率を小さくして面が無限大(平面)にしたものが円筒レンズ(シリンドリカルレンズ)になります。
 
5. フレネルレンズ(Fresnel Lens) (2006.02.15追記)(2007.05.21追記)
 
灯台の投光レンズ、映画照明用レンズ、OHPの投影レンズ、手帳や地図を拡大して見るための携行用のプラスチックプレート状のレンズがフレネルレンズです。
通常の凸レンズと違ってレンズに厚みがなく、平板に近い形をしているにもかかわらず集光作用を持つレンズです。
このフレネルレンズを結像作用に使おうとすると収差が大きすぎるので、主に光を集める目的に使われます。
フレネルレンズは、1822年、フランスの物理学者フレネル(Augustin Jean Fresnel、1788-1827)が灯台の灯光レンズ用として考え出しました。
レンズを開発した目的は、レンズの軽量化でした。
灯台、サーチライト、映画照明用に使う灯光レンズは、たくさんの光を前面に投影しなければならないので、レンズが大きくなります。
そうすると重量がとても重くなるので、軽量化の図れるフレネルレンズは都合良いものでした。
また、携帯用のルーペ、老眼者用の書見台用としてもフレネルレンズは安価で持ち運びに便利であるため、プラスチック製の平板のものが使われています。
この他、カメラファインダのフィールドレンズとしてペンタプリズムの下に平板のフレネルレンズが貼り付けられています。
収納性が良いのが大きな理由です。
カメラ用レンズとしてフレネルレンズは使われません。
その理由は、レンズ形状が連続ではなく、段階的なレンズ(プリズム)であるため、周辺部の収差が極端に悪く使用に耐えないからです。
しかしながら、7.で述べるゾーンプレート(DOE = Diffractive Optical Element)の開発により、フレネルレンズ形状でも画像が得られることが実証されました。
許容錯乱円以内に像ボケが収まるようにフレネルの断面形状を細かくしてやれば良いということのようです。
平板フレネルレンズの材質は、アクリル(PMMA = Polymethylmethacrylate, ポリメチルメタアクリレート) で、金型を使って成形されることが多く10mm角から500mm角程度の大きさのものが市販されています。
 
▲ 灯台のランプハウス
 
フランスの物理学者フレネルが、灯台用の灯光レンズとしてフレネルレンズを発明した動機は、レンズを軽量化して効率よい灯光装置を作りたかったからです。
産業革命後の1820年当時は、大型の蒸気船の建造が進み海路の安全運行がとても大事になっていた時代で、遠くまで届く灯台の明かりが求められていました。
灯台に使われているフレネルレンズがどのような形をしているのか、我々にはあまり馴染みがないのでよくわからないと思います。
灯台に使われるランプハウスは、光源を中心に置いた全面ガラス張りの部屋という感じのものです。
このランプハウスで海上50km程度まで光を到達させます。
光を遠くまで到達させるためには、点光源を効率よく平行光にする必要があります。
灯台に使われる光源は思ったほど大きなランプを使っておらず、タングステン電球、キセノンランプ、HMIランプが多いようで、出力も250W〜1,000W前後のようです。
灯台ができた当初の光源には、鯨の脂が使われていました。
それがラード(豚の脂)になり、ケロシン(灯油)になり、電気の明かりに替わっていきました。
ススの出ない高輝度光源は喉から手が出るほどほしかったに違いありません。
ススのでる光源はフレネルレンズを曇らせ毎日の掃除が大変だからです。
電気の明かりができた当時はアークランプが使われ、施設の中で蒸気機関を設備し、蒸気機関によって電気を起こし灯りを作っていました。
灯台の光源は、光の到達距離が大事なので、光の量よりも光度(カンデラ = 一点から放出される単位立体角当たりの光束)の強いものが求められます。
 
出力の大きい光源は点光源ではなく面を伴った光源となるので、むやみに出力の高いものを使うのではなく、出力は低くても光度の高いランプ(点光源)が選ばれています。
一点から放出される点光源を精巧に平行光に変えるのがフレネルレンズの役目です。
平行度の良い光線を作らないと、光は遠くまで届かず短い距離で発散してしまうのでフレネルレンズの研磨加工・製作は極めて高い精度が要求されます。
灯台のレンズは、大きさと性能よって6等級に分かれていて、1等が一番大きく、6等が一番小さいものになっています。
日本では、1等級の灯台は犬吠埼(千葉県銚子)、室戸岬(高知県)を含め6箇所にしかないそうです。
1等級のレンズは、焦点距離f=920mm、レンズ内径1,840mm、レンズの高さ2,590mmと決められています。
レンズは、2面、3面、4面、もしくは8面でできていて、レンズが光源の回りを回転して海上を水平方向にスキャンするようになっています。
多面のフレネルレンズで覆われたランプハウスの中心に光源が置かれます。
すべての等級にわたってレンズの焦点距離と内径は2倍の関係があり、焦点距離の2倍が内径になっています。
つまり、光源はフレネルレンズの焦点距離に設置されていて、光源から出た光が平行光で放射される仕組みになっています。
1等級のレンズの大きさは2,590mmとかなり大きく、レンズ焦点距離920mmの2.8倍、Fナンバーで表すとF/0.36となります。
この値から、フレネルレンズはかなり明るい光学系であることがわかります。
灯台のランプハウスのレンズ中心部は、フレネルレンズの特徴である同心円状の薄型凸レンズ形状をしています。
レンズの高い位置と低い位置では、長いプリズムを長手方向に緩やかにカーブをつけた構造となっていて、それが何段にも鎧戸のように装備されています。
こうしたシャンデリアにも似たようなガラスの部屋で覆われたライトハウスによって、比較的小さな消費電力の光をきれいに整った平行光にして夜の海に遠くまで投光できるようにしています。
 
このような軽量化を図ったフレネルレンズライトハウスでも、1等級の重量はレンズ部だけでも5トンにもなると言います。
この重たいガラスのランプが回転して夜の海に強い光を投げかけます。
光の強さは、1等級の灯台で100万カンデラの光度があるそうです。
 
灯台のフレネルレンズを見るととても優雅で芸術性さえ感じます。
下図のフレネルレンズは、米国フロリダにあるセントオーガスチン(St. Augustine)灯台のものです。
重厚な感じを受けます。
こうしたレンズはすべて手作りなのだと思います。
一等級の灯台が日本に6灯しかない需要を考えると、世界中で数社程度の光学会社が灯台のレンズを作っているのではないでしょうか。
日本の灯台は多くはフランスから輸入していたようです。
フランスのソーター・ハーレー社、イギリスのチャンスーブラザーズ社などから輸入して、1919年(第一次世界大戦終結)以降は、国産化に力をいれ、現在では日本光機工業が日本の灯台レンズの製造、メンテナンスを一手に引き受けているそうです。 
  
米国フロリダにあるセントオーガスチン(St. Augustine)灯台。
ほとんどすべてが光学ガラスでできている。
  
  
    
 静岡県御前崎市の灯台(明治7年、1874年建設)。
建設当時は一等閃光レンズでしたが、太平洋戦争時連合軍の標的にあって破壊されました。
戦後、三等大型レンズになりました。
窓の中にはフレネルレンズが装備されていて、中心に置かれた点光源を平行光にして遠い海の先に投げかけています。
フレネルレンズ灯体は、20秒で一回転しています。
レンズが両面にあるので、10秒周期で海上に光を水平にスキャンしています。
2006.02.14に見たこの灯台の光は白い光でした。キセノンランプかHMI ランプと思われます。
この灯台の高さは22.5m、光軸は海抜約54mにあります。
灯台の光度は、56.0万カンデラ。到達距離は、19.5海里(約36km)。
木下恵介監督映画「喜びも悲しみも幾歳月」の舞台となった有名な灯台です。
上に述べた大規模な灯台のフレネルレンズとまでは行かなくても、投光を目的としたフレネルレンズは自動車のヘッドランプ、テールランプなど身近に見ることができます。
これらのランプも点光源を効率よく前照させるためにレンズ前面にいろいろなカッティングが施されています。
これらのレンズはモールドによる大量生産でできています。
6. グリンレンズ(GRIN lens = Gradient Index lens、屈折率分布レンズ)
 
光学ガラスは、一般に均一の屈折率を持っていますが、このレンズは光の進行方向の断面に対して屈折率が徐々に変化するレンズです。
光ファイバーのコア部のガラス組成がこの原理でできています。
グリンレンズは、一般的に、φ1.0〜φ2.0mmx2〜5mm程度の円柱状のガラス(BSG=ドープされた硼珪酸ガラス)でできていて、ガラス内部の屈折率が中心から周辺部に行くに従って放物線的に変化しているものです。
円柱状のガラスレンズは、両端が光学研磨されています。
両端が平面であってもガラス内部の屈折率の変化により集光作用があります。
グリンレンズでは、平行な光が一方から入ったときに反対側の端面で集光するようにできています。
このレンズが端面で集光する働きをもつことから、レンズの性能を表す数値の一つとして波長のピッチで表し、0.25Pと呼んでいます。
0.25Pというのは1/4波長を意味していて、レンズの端面に光が収束することを意味しています。
無限遠の光の焦点が射出側の端面より外にでるレンズを0.23Pのレンズと言っています。
グリンレンズには焦点距離という考え方はありません。平行光がどの位置で集光するかが問題になるレンズです。
グリンレンズは、ファイバーのカプリングを目的として使われます。
7. ゾーンプレート(Fresnel Zone Plate lens = FZP、回折レンズ) (2005.08.17)
 
光の回折作用を使ったレンズです。
通常の可視光域でのレンズとしてよりも、単色光、それも波長の短いX線領域で使われます。
可視光領域ではピンホールレンズの派生としての位置づけが強いレンズで、ピンホールよりは明るいけども通常のレンズに比べて暗くて収差が出やすくソフトフォーカスの画像になります。
単波長で使うのであればそこそこおもしろい使い方があるのではないかと思います。
 
分光分析に使われる回折格子は細かな直線上のケガキ線が普通ですが、ゾーンプレートはきめの細かい同心円状のケガキ円です。
中心部から周辺に行くほどパターンの間隔が短くなり、その間隔は使用する波長とパターンの数の積の平方根に比例して決められます。
 
X線で使われるゾーンプレートのきめの細かさ(ピッチの間隔)は、ルーリングエンジンを使った機械製作レベルを越えたもので、半導体製造技術(フォトリソグラフィー)を用いたナノレベルのオーダーでできています。
X線用のゾーンプレートの働きは、ちょうどナノレベルでのフレネルレンズと言えましょう。
これは、X線のような非常に直線性が強い光、言ってみれば通常の光学レンズでは収束できない光を集光させたい目的に利用され、X線光源の集光や拡散目的に使われます。
この素子は、製造上の問題からあまり大きなものができず、φ1mmからφ5mm程度の大きさに限られるため、この大きさでのX線ビームの取扱となります。
シリコン基板の上にタンタルの金属膜を2.5umの厚さにして、これを同心円のパターン形状として作られます。
パターンの巾によって回折限界が求まるので、細かい線ほど波長分解能が良くなります。
X線のような波長の短い光は、数十nmレベルのパターンを形成したゾーンプレートでX線光源のレンズが作られています。
▲ 回折光学素子(DOE = Diffractive Optical Element)
 
2000年9月、キヤノンが写真レンズ用に積層型回折光学素子を用いた望遠レンズ(EF400mmF4DO IS USM。EFはEOSカメラ用AutoFocus、DOはDiffractive Optics、ISはImage Stabilizer、USMはUltraSonic Motorの略、価格77万円)の発表を行いました。
回折光学素子は、ここで述べているゾーンプレートと構造が極めて似ていて、レンズ面に同心円上の微細なケガキ線を入れることで積極的に回折を生じさせ、これを2枚向き合わせることにより(積層構造)、不要な回折を抑制し効率よく光を伝達できるというものです。
回折光学素子(DOE)は、波長による色収差が屈折型レンズと逆になるという特性があり、積層型回折光学素子と従来の屈折型レンズを組み合わせると、極めて良好な色収差補正が可能となります。
その補正の性能は、現在主流になっている低分散の蛍石以上の効果が得られると言われていて、尚かつ、回折ピッチ(間隔)を変えることで非球面レンズと同様の収差補正ができると言われています。
こうした特徴から、望遠レンズに積層型回折光学素子を組み込むことにより、従来のレンズよりも格段にコンパクトで高性能なレンズが可能になりました。
キヤノンは、回折光学素子を写真レンズに応用しようというプロジェクトを1995年に立ち上げ、2000年に試作品を完成させました。
5年の歳月を要したのは、基本設計もさることながらミクロン単位でのグレーティング加工が必要な金型設計や、レンズ成形加工の難しさがあったに違いありません。
キヤノンが開発した回折光学素子は、直径が100mmの大きさを持ち、中心部は7-8mmの同心円上のピッチ、10ミクロン程度の高さを持ったケガキ線が刻まれ、周辺部に行くに従いピッチが細かくなり100ミクロン程度になっています。
それにしても、回折現象を写真レンズの要素に組み込んだというのはすごい着想だと思います。
 
DOEは、今後、望遠レンズの他に眼鏡ディスプレー(HMD = Head Mounted Display)、液晶プロジェクタレンズ、小型カメラ用レンズなどに応用が期待されています

 

■ 薄いレンズ、厚いレンズ
ンズで、同じ口径で同じ焦点距離なのに、たくさんのレンズエレメントで構成されているものがあります。
これを厚いレンズと呼んでいます。
カメラレンズの多くは円筒状の黒い筒に納められて、その中にたくさんのレンズエレメントが入っています。
なぜ、このような厚いレンズがあるのでしょうか。
これは前にも何度も述べましたが、たくさんの光をレンズで集めて画質の良い像を得るために、近軸光線領域の像形成を近軸領域外でも満足させたり、平面像を周辺部に渡って良好に形成させるためにレンズ収差を除去する必要から、たくさんのレンズエレメントを使っているのです。
おおよその傾向として、たくさんのレンズエレメントで構成されているレンズは、高価で高性能です。
最近のレンズは非球面レンズの製造や良質の光学ガラスの開発によって、これに従わない小数のレンズエレメントで性能の良いものができています。
 
レンズの球面収差を取るためには、両凸レンズと両凹レンズの組み合わせが効果的であることは前にも述べました。
歪曲収差や非点収差を取るためには、絞りの位置を挟んで光軸方向前後に対称なレンズ群構成が有効です。
色収差をとるためには屈折と分散の異なったレンズを用いて補正します。
このようにして、希望する目的のレンズを作り上げるためにいろいろなレンズエレメントを使って収差を取り除いています。
レンズ構成は、広角レンズ、標準レンズ、望遠レンズによってだいたいのレンズ構成ができあがっています。
レンズメーカは、先達が編み出したレンズ構成を元にさらに明るいレンズやキレの良いレンズを設計・製造しています。
 
厚いレンズであれ薄いレンズであれ、物体の位置と像のできる位置関係は同じように考えることができます。
薄いレンズでは、レンズの光学中心Hはレンズの中央部にあります。
厚いレンズでもレンズの中心はもちろんあります。
しかし、厚いレンズではレンズの中心が2種類できます。
すなわち物体からのレンズ中心(第一主点、H)と、像側からのレンズ中心(第二主点、H')の二つがあります。
二つの主点は、物体とレンズの位置関係については第一主点をレンズ中心として考え、像とレンズの関係は第二主点がレンズ中心として考えます。
HとH'間は主点間距離と呼ばれるものでレンズ公式で得られた距離に、この距離を加味して実際の位置関係を求めます。
 
 
 
■ 二枚のレンズを使った場合の結像の関係(ズームレンズの基礎) (2005.07.10)(2009.05.18追記)
 
▲ 凸レンズ2枚の場合(合成焦点距離の変化):
 
二枚のレンズを使って像がどのようにできるか考えて見ましょう。
考えるよりどころとなるのはレンズの結像公式です。
この公式を使って1枚目のレンズでどの位置に像ができ、その像を2枚目のレンズがどのようにとらえて、どこに再び像を結ぶかを式によって追って行くのです。
実際のレンズ設計ではもっと地道に光線追跡によって像を追いかけますが、我々のような専門家でない場合は、レンズ公式で像を追いかけるだけで十分だと思います。
 
 
基本的に、複数のレンズの組み合わせによる合成焦点距離は、以下の式で表されます。
  
    1/f = 1/f1 + 1/f2 -δ /(f1・f2)  ・・・(Lens - 23)
       上式は、レンズが薄くてレンズ間距離が短い場合に成立。
        f: レンズ合成焦点距離
        f1: レンズ1の焦点距離
        f2: レンズ2の焦点距離
        δ: レンズ間距離
 
 
f1 = f2 = 100mm の凸レンズをδを無視できる位置で二つ用いると、合成焦点距離は半分になりf=50mmとなります。
レンズ間距離(δ)をだんだん大きくしてレンズを離していくと、おもしろいことに合成焦点距離は長くなって行きます。
δ=0の時はおよそ半分の焦点距離であるのに、δ = f の時は、同じ焦点距離となります。
ズームレンズは、このように2枚(もしくは、収差などを考慮して2群)のレンズ位置を変化させることにより焦点距離を変えるものです。

                (2009.05.18 M.T.さんより記述ミスをご指摘いただき、書き改めました)
 
▲ 凸レンズと凹レンズの場合:  (2008.06.22追記)
 
凸レンズと凹レンズの組み合わせでは、凸レンズと凸レンズで作られる合成焦点距離とは反対方向に変化します。
同じ焦点距離の凸レンズと凹レンズでは、まず双方を重ね合わせた状態の時は、δ=0 なので合成焦点距離は∞となりガラスの平行平板(ただし湾曲してます)となります。
この状態からδを徐々に大きくしていくと、合成焦点距離は徐々に短くなり、
δ = f1 で、合成焦点距離は、単レンズ一つと同じ焦点距離 f1 となります。
このレンズの組み合わせでの合成焦点距離はδの移動によって素直に変化し、ズームレンズとなります。この場合、δの移動が大きくなるに従って焦点距離が短くなり、上で述べた凸レンズ + 凸レンズの場合のδの移動に伴って合成焦点距離が長くなるのと反対になります。
実際のズームレンズは、もう少し複雑なレンズ群構成となっていて、例えば、δを変えて焦点距離を変化させても像が結ばれる位置が変化しないような構造になっています。
 
■ 実際のレンズの機能と役割  (2005.3.20)(2009.07.02追記)
今まで述べてきたことを参考にして、実際のカメラレンズはどのようになっているのかを調べてみましょう。
代表的なカメラレンズを下に示します。
このレンズは、マニュアルフォーカスのニッコールレンズです。
デジタル一眼レフカメラが主流になっている現在(2008年)にあっては、このレンズも古い部類に属するものかも知れません。
最新のレンズは、フォーカスのための手動リングも、絞りを調節する絞りリングもありません。
すべてカメラからの電気信号によってカメラがフォーカスリングを回し、絞りを調節してしまいます。
ここではレンズの機能を紹介するために、オーソドックスなレンズを例に挙げて説明します。
ユーザが必要とするレンズの機能は、カメラに取り付けるマウント部(右)、光量を調節する絞り、フォーカス調整するフォーカスリング部、フィルターなどを装着するフィルタ部などに集約されると思います。
レンズ前面部:フィルタを取り付けるネジが切ってある。 カメラに取り付けるレンズマウント。産業界では、ニコンのFマウントとCマウントが一般的。
フォーカスリング部: 鏡筒を回してピント調整を行う。撮影距離を示す数値が左に、絞りによるピントの合う範囲が右に示される。撮影距離の数値は、メートル表示とフィート表示の2系列で示されている。 絞りリング部: 鏡筒を回してレンズの絞りを調節する。絞りの値は、開放値から√2の倍数(1.4、2、2、2.8、4、5.6、8・・・)で数字が刻まれている。
レンズの内部は、上の図のようになっている。レンズは焦点距離Fを持っているが、焦点距離は前方の焦点距離(F)と後方焦点距離(F')の2つある。焦点距離は、レンズの主点からの位置で求められ、前方と方向の焦点距離のため主点はHとH'の2つある。主点は、レンズによって変わり、この位置はレンズメーカーに問い合わせなければ正確な位置はわからない。
 
▲ 焦点距離(Focal Length)
 
レンズのもっとも基本的な性能の一つです。
レンズは、当然の事ながらレンズの前と後ろに焦点位置を持っています。
前方の焦点距離を(F)で表し、後方焦点距離を(F')で表します。
焦点距離が長いと屈折力が弱く焦点距離が短いと屈折力が強くなります。
拡大撮影や広い範囲を撮影するには焦点距離の短いレンズを使い、遠い所のものを引きつけて撮影するには焦点距離の長いレンズを使います。
人間の標準的な視角(50°)を画角に持ったレンズを標準レンズと言い、それよりも広い画角をカバーするレンズを広角レンズ、狭い画角をもつものを望遠レンズと言っています。(「焦点距離と画角」参照)
 
▲ レンズの主点
 
カメラ用レンズは、収差を抑えるために複数のレンズを組み合わせてレンズを作っています。
レンズの焦点距離を決める際に、レンズの光学的中心が問題となります。
このレンズの中心位置が主点と呼ばれるもので、Hで示されます。
通常レンズには二つの主点(HとH')がありこの主点の距離を主点間距離と言います。
通常薄いレンズや曲率の対称な球面レンズではレンズの主点(H、H')はレンズの中心にあり、両者は同一です。
しかし複数のレンズエレメントで構成されるレンズでは主点が異なるのが普通で、厳密な光学式を定義するときに 主点間距離(HH')を考慮します。主点間距離を考慮した光学式は以下の式で表されます。
 
D = f(2 + M + 1/M )+ HH'  ・・・(Lens - 24)
  D: 撮影距離 = 被写体から撮像面までの距離
  f: レンズ焦点距離
  M: 撮影倍率。
     M=b/a  bとaは(Lens - 1)で定義。
  HH': 主点間距離
a = f(1 + 1 /M )  ・・・(Lens - 25)
 
b = f(1 + M)     ・・・(Lens - 26)
  M: 撮影倍率
  a: 物体点の位置からレンズ主点Hまでの距離
  b: レンズ主点H'から結像点までの距離
   (2009.07.02 Len-24の記述に誤りがありました。
2009.06.27 S氏よりご指摘があり訂正しました。Sさんどうもありがとうございました。)
上の式は、主点間距離(HH')を考慮に入れた撮影距離(D)とレンズ焦点距離(f)、撮影倍率(M)を表したものです。
この式は、拡大撮影を行うときの撮影距離を求める場合に有効です。
また、主点(H、H')をもとに被写体までの距離(a)と結像位置までの距離(b)を上の式で簡単に求めることができます。
撮影倍率が小さい時(M<<1/100)、bすなわち結像位置は限りなく焦点距離fに近づき、aの物体までの距離は、焦点距離fに撮影倍率の逆数(1/M)を掛けた値になります。
拡大撮影などのようにMの値が1よりも大きくなると、物体の位置aは限りなく焦点距離fに近づき、結像位置は倍率Mに比例して焦点距離fの倍数で遠くなります。
M=1で、a=b=2f、つまり使用するレンズの焦点距離の2倍の位置に物体も像も位置することになります。
 
▲ 口径比と絞り(Aperture Ratio, Diaphragm)
 
レンズをよく見るとf50mmF2.0というような標記に出会います。
アルファベットの「F」が二つも出てきます。
レンズに詳しい方なら、この標記の最初がレンズの焦点距離を表し、次の標記がレンズの明るさを表すものであることを知っています。
焦点距離を表すf50mmという標記は、焦点距離(focal length)が50mmであるという意味であり、これはよく理解できます。
しかし絞りの意味のFというのはどういう意味を持つのでしょうか。
英語では、絞りはDiaphragmという言葉があるのに、あえてF.stopとかF number という言葉を当てています。
この言葉が何から由来しているかは、「F値の由来」のところで述べました。F値は、レンズ焦点距離fに対するレンズ口径の比で示される値です。
 
▲ レンズマウント
 
レンズマウントは、カメラに取り付けるための口金で、とても重要な意味を持っています。
有名なレンズマウントとしては、産業用CCDカメラ(CMOSカメラ)に使われているCマウントであり、35mm一眼レフカメラに使われているニコンFマウント、放送局のENGカメラに使われているソニーENGマウントなどがあります。
レンズマウントの歴史的な意味については、「レンズのいろいろ」で述べました。
 
▲ レンズ設計
 
レンズ設計は、我々ユーザが直接に関わることはありません。
我々は、出来合いのレンズを使えば良いのでレンズ設計など考えなくてもよいのです。
しかし、レンズを使うユーザであっても、どのようにレンズが設計されるのかという概要を知っておくことは、レンズと関わっていく上で決して無意味なことではないと思います。
レンズは芸術の塊であるとされています。
たしかにきれいに磨かれたレンズは美しく機能的です。
その美しく機能的なレンズも、その設計に際しては設計上の制約があまりにも多く、収差と格闘しながら最適なレンズ設計がなされています。
レンズ設計では設計者のひらめきと地道な光線追跡計算が必要不可欠でした。
コンピュータのなかった頃、光線追跡計算に費やされた時間は途方もないものであったと言われています。
以下に、本格的な写真レンズの開発経緯と写真レンズの設計について紹介します。
 
【ペッツバール(Petzval)と写真レンズ】
 
写真レンズ設計の基本は、現在になっても19世紀のペッツバール(Jozeph Miksa Petzval : 1807.01.06 - 1891.09.17、スロバキア人)の時代から変わっておらず、光線追跡(ray tracking)という計算手法が使われています。
光線追跡は、ドイツ人のフラウンホーファー(Joseph von Fraunhofer : 1787-1826)が考案したものと言われています。
 
写真レンズの詳しい話は、項目を改めて述べるとして、ここでは、本格的な写真レンズの黎明としてのペッツバールの果たした役割と、ペッツバール以後の写真レンズの足跡を述べます。
そして、なによりも写真レンズを作る設計が極めて忍耐のいる作業であることを紹介したいと思います。
 
ペッツバールはハンガリー生まれの数学者で、オーストリアのウィーン大学で数学教授の職を得てラプラスの数式処理(ラプラス変換)を研究していました。
 
■ ペッツバールの新しい写真レンズ
 
レンズ設計手法は、彼の研究の主流ではなかったようですが、ひょうんなことでレンズ設計に関わることになります。
1839年の夏のことです。
フランスのパリ科学アカデミー研究所のアラゴがダゲールの写真術を発表してから、性能の良い写真レンズが必要になりました。
アラゴと交流のあったウィーン大学教授のエッティングスハウゼン(Anrease von Ettingshausen) は、写真術の発表を聞いて写真レンズの必要性を痛感し、帰国後、同じ大学の数学者であるペッツバールに設計を依頼しました。
彼は、依頼を受けて1840年に設計に着手し、レンズ収差を考慮した光線追跡法を考えだして、ポートレート用色消しレンズを製造しました。
1840年は、ガウスの近軸光線の理論が発表された年でしたが、レンズ設計の包括的な収差を総括できるザイデルの収差論(1856年)が出る16年も前の事でした。
レンズに対する数学的理論の裏付けはまだ十分ではなかった時代です。
ペッツバールは、自らの数学的能力で一気に高性能レンズを作り上げてしまったことになります。
 
このレンズは、当時使われていたメニスカスレンズと比べ、口径比がF3.4と16倍も明るく、描写力も格段に優れたレンズだったと言われています。
メニスカスレンズとは、メガネレンズのような両面が同じ方向の曲面できたもので、両凸ではなく一方が凸でもう一方が凹面構成となり全体として凸の性能を持つレンズです。
ペッツバールレンズは、4枚のレンズで構成され、焦点距離f=149mmで、口径比F/3.4、φ90mmのイメージサークルを持っていました。
35mm一眼レフカメラのイメージサークルよりも4倍、2/3インチCCDカメラの撮像エリアより8倍も大きなレンズです。
このレンズ設計にあたっては、当時計算能力が秀でていたオーストリアの砲兵隊一個小隊がかり出され、光線計算に協力したという話が残っています。
 
このレンズによって、従来、30分以上も露光にかかっていた撮影が1分半に短縮できるようになりました。
この成功を経て、ペッツバールのレンズはオーストリアの光学会社(Peter Friedrich Voigktl穫der氏によるフォクトレンダー社)の手によって1841年に製品化され、そしてパリ万国博覧会に出展され銀メダルを獲得しています。
この写真レンズの登場は、ダゲール(L.J.M. Daguerre、1787-1851)が銀塩感光材料を発明し写真の基礎ができた2年後のことです。
フォクトレンダー社のカメラレンズは、ツァイスやライツのカメラレンズができるまでの間、優秀なレンズとして君臨しました
 
■ ペッツバール以前の写真レンズ
 
写真が発明された当時、つまり、ペッツバールが明るい切れの良いレンズを作る前まではたいした写真レンズなどなく、画像がなんとか得られる程度のものだったことが伺えます。
ダゲールが用いたレンズは、風景画家や肖像画家が使っていたカメラオブスキュラ用のもので、このレンズは当時、英国の物理学者ウォラストン(William Hyde Wollaston:1766-1828)が作ったものです。
写真が作られる前までのカメラオブスキュラは、目で見る人物や風景の転写が主であったので画角が40-50度のレンズが求められていました。
このような目的から広角用単レンズであるメニスカスレンズが登場したのです。
ウォラストンは、当時メガネレンズの収差を研究していて、視線を動かしても(眼球が回転しても)良質な像が得られるレンズ、すなわち、非点収差を重点的に除去して広角をカバーするメニスカスレンズの研究を行っていました。
このメニスカスレンズは、カメラレンズとしても良質なものでした。
そこで、彼は遠視用メニスカスレンズを裏返しに使う方式を1812年に考え出し、画角60°の単玉写真レンズを作りました。
このレンズは眼鏡用のもので、それを逆さに使っているために、レンズの絞りは目の瞳と同じ位置と大きさにセットされていました。
カメラオブスキュラで風景を写し取り、エンピツでなぞるにはこのレンズで特に大きな問題ではありませんでした。
しかし、写真感光材ができて、写真撮影用に使うレンズとしては周辺部の収差が大きいので、ダゲレオは焦点距離f=340mmで口径φ81mm、レンズ前面に絞りを入れた口径比F14のシュバリエレンズ(Chevaliers' lens)を新たにあつらえました。
シュバリエ(Chevalier)はフランスの光学技術者です。
このレンズは、フリントガラスとクラウンガラスを貼り合わせて色消しを図ったメニスカスレンズでした。
シュバリエの作ったレンズでも暗かったので、ペッツバールが登場したというわけです。
ペッツバールのレンズも、しかし、画面中央部でこそ球面収差、コマ収差、色収差が十分にとれて開放時良好な画像が得られはしたものの、周辺部は像面湾曲が甚だしく画角20°程度しか使用に耐えませんでした。
このために、彼の発明したレンズは画角の狭い撮影用に使われ、人物撮影用のポートレートレンズとして有名になっていきました
 
■ 写真レンズの位置づけ
 
望遠鏡や顕微鏡は1600年頃に発明されていますから、写真レンズは、240年を経て写真感光材料ができた後にそれに追従してできてきた格好です。
望遠鏡や顕微鏡の分野では色消しの技術も進み性能のよいレンズができていました。
それでもドイツのフラウンホーファーが完成度の高いガラスレンズを作り出した1810年頃に至っても、明るいレンズはできなかったようです。
品質のよい光学ガラスができるようになったのは、ペッツバールがレンズを作った30年ほど後のことです。
より高度な品質の安定した光学ガラスが作られるようになったのは、ドイツのアッベとショットの時代になってからで、1889年のことです。
この年、ショット社によってバリウムクラウンガラスが開発されて、像面湾曲と非点収差が除去できるアナスチグマートレンズが作られるようになりました。
1900年を越え、第一次世界大戦を通じてレンズ光学、写真工学は急速に進展していきました。
第二次大戦中、米国のKodak社は希土類ガラスを開発し、これが戦後の大口径レンズを生む原動力になっていきました。
 
写真の発明と発展とそれをサポートする明るくて切れの良いペッツバールレンズは、世界的に有名になりましたが彼自身はこの恩恵にあずからず、一財産を築いたのは製造会社のVoigktl穫der社(フォクトレンダー)だったと言います。
この会社は、ドイツのツァイス、ライツ社などが優秀なカメラレンズを開発するまで優秀なカメラとレンズを生産していました。
ペッツバールの最後は貧しかったと言います。
彼は、このほかに望遠鏡やオペラグラスの設計・製造にも携わりました。
ペッツバールの門下生に、物理学で有名なボルツマン(Ludwig Boltzmann)がいます
 
 
【光線追跡】
 
光線追跡は、被写体の任意のポイントを数個選び、そのポイントから数十本の光線を引き出してレンズに入射させます。
レンズ面に入射した光線をスネルの法則を適用させ、進行していく光線経路を逐次追いかけて、最後のレンズ面から出た光線が撮像面のどの位置に落ち着くかを丹念に計算していきます。
最後の計算結果は、像面を貫く座標の差から横収差(Δy、Δz)が求められ、光軸や主光線と交わる位置から縦収差(Δχ)が求められます。
この光線追跡は、スネルの法則を基本としていますから、三角関数計算が主計算となり計算精度は7桁が必要となります。
7桁の計算はコンピュータで行うと24ビット数値になります。
8ビット処理のパソコンでは3回に分ける必要があるので、ストレスなく計算を行うには32ビットCPUがほしい所です。
32ビットCPUは、パソコンでは1990年代で実現された性能でPentium4も32ビットCPUです。
1960年頃までは、コンピュータが普及しておらず、当時の技術者達は算盤と7桁の対数表(対数表はかけ算と割り算をそれぞれ足し算と引き算に変換処理できるので計算時間が早く間違いが少なかった)を用いて、二人一組で1面毎に計算結果を照合し、誤算を防止しながら光線追跡を行っていました。
 
通常、レンズは4枚から6枚程度あり、レンズ1個に対しては両面(2面)あるので、合計8面から12面の計算が必要になります。
この光線追跡に費やされる計算は、熟練した人で1面当たり5分から10分かかり、12面あるレンズでは1本を追跡するのに2時間程度かかることになります。
光線追跡は、1本ではなんの情報も得られず、被写体から50本程度の光線を出させて追跡させるため、50本の光線追跡で収差の状況を把握するには100時間の計算が必要になります。
1日8時間の労働として12.5日、約2週間の労働を必要としました。
計算は、これで終わったわけではありません。
2週間の計算によって、レンズの収差のおおよその傾向が把握できたに過ぎません。
この計算結果を基に、レンズの曲率半径を変えたり、レンズエレメントの間隔を少しずつ変えたりして収差の改善の傾向を読み取りながら、最適な収束条件を求める計算を何十回、何百回となく繰り返します。
レンズの最適条件を求めるため、100回の計算を行ったとして200週間、4年近くの歳月がかかることになります。
普通は、計算するグループをいくつかに手分けして作業を進めるために、4年はかからないにしても1年程度の設計期間は当たり前であったことがうかがえます。
コンピュータが嘱望されていた設計分野の一つがレンズ設計であったことがこのことから十分に理解できると思います。
 
【コンピュータによる光線追跡】
 
世界で最初にコンピュータが開発されたのは米国で、ミサイルの弾道計算に使われました。
日本でコンピュータが国産化された動機は、光学設計にありました。
1956年3月、富士写真フィルムの岡崎文次氏 (1914-1998)の手により 1700本の真空管を用いた「FUJIC」というコンピュータが開発され、レンズ設計に使われました。
それだけコンピュータの導入が望まれていた何よりの証拠だと言えます。
 
岡崎氏は、1939年に東京帝国大学を卒業後、富士写真フィルムに入社しレンズ設計を担当する中で、10年後の1949年にコンピュータによるレンズ計算手法の開発に着手し、20万円の予算を元に7年後の1956年3月に完成を見たそうです。
これが日本の国産化による初のコンピュータでした。
このコンピュータは、クロック周波数30KHz、2進法3アドレス(3ビット)、255WORDメモリ(4080ビット)の超音波水銀遅延線による記憶装置を持ったものだったそうで、加減演算を 0.1ms = 1/10,000秒、乗除演算を1.6ms =1/625秒 で行いました。
この性能は、人による計算の2,000倍の性能だったそうです。
つまり、設計時間が1/2,000に短縮された計算になり、1年の計算が半日以内に短縮されたことになります。
このコンピュータは、開発されてから2年半の間に富士写真フィルムの小田原工場で社内、社外のレンズ設計に活躍したそうです。
 
現在のレンズ設計用のコンピュータは、1秒間に800面もの計算をするほどに性能が上がっているそうです。
人手に寄っていた時代の実に250,000倍の高速演算になります。
コンピュータのおかげでレンズ設計はより速く最適化レンズ構成が決められるようになりました。
レンズエレメントの多いズームレンズの発展も、プラスチックレンズによる非球面レンズの設計もコンピュータ支援なくしてあり得なかったことでしょう。
  


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■ レンズの収差(Aberrations) (2005.09.20)
レンズは、妥協のたまものと言われています。
しかし、妥協といえども我々にすばらしい映像を提供してくれる「目」であるわけですから、妥協の次元が違うのは当然のことで、これまで多くのレンズ設計者たちが切磋琢磨し珠玉のレンズを作り上げてきました。
レンズにはいろいろな収差があります。
一つの収差を取り除こうとすると他の収差が大きくでてきてしまい、あちら立てればこちら立たずという背反する性格を持っています。
レンズには、以下に示すように大きく分けて単色での収差と色収差の二つがあります。
さらに、単色での収差には5つの収差があり、色収差には2つの収差が知られています。
単色光の5つの収差のことを、これらを3次の数式を使って総括的に表したドイツ人の天文学者・数学者ザイデル(L. Seidel: 1821-1896)にちなんでザイデルの5収差と呼んでいます。
 
 
■ 球面収差 - 軸上での焦点が合わない。

■ 非点収差 - 光軸外での焦点が合わない。

■ コマ収差 - 光軸外で彗星のような尾を引く。

■ 歪曲収差 - 像の歪み。

■ 像面湾曲 - 結像面上に像が集まらない。

 

 

 

 

● 単色での収差
 
収差
■ 軸上収差 - 波長による屈折率の違いで光軸での焦点が合わない。

■ 倍率色収差 - 色によって像の倍率が異なる。

● 多色の収差(色収差)
 
▲ 色収差 (Chromatic Aberration)
色収差は、レンズ収差の中で球面収差とならんで一番大きな収差です。
他の収差は光軸の周辺に現れるのに対し、色収差と球面収差の二つは軸上(中心部)でも現れます。
従って、この収差は根本的な収差とも言えます。
色収差は光の波長に依存しているため、レンズが屈折作用を伴う限り完全には除去できないものです。
空に広がる虹や、光を分散させるプリズム、厚いガラス、それに水槽などを通して見る物体の周辺が、赤や青ににじんで見えることを経験されていると思いますが、これは光の波長によって媒質内での屈折率が変わって、そのために光路が変わることに起因しています。
この理由により、屈折作用のレンズでは、光軸上で波長によって焦点がずれる軸上収差(Axial Chromatic Aberration)が現れ、周辺部でも波長によって像の大きさが異なる倍率色収差(Lateral Chromatic Aberration、Chromatic Difference of Magnification)が現れます。
焦点距離の長い望遠レンズや、屈折率の高い顕微鏡レンズでは色収差は顕著に表れます。
 
色収差を除去するのは、凸レンズと凹レンズを組み合わせて正と負の力で屈折を打ち消すやり方が有効で、それに加えて低分散光学ガラスを使うのが有効です。
歴史的に見ますと、色収差を除去する問題はレンズができた比較的早い時期から認識され、2種類のレンズ(凸レンズと凹レンズ)を貼り合わせるという色消しレンズによって達成されて来ました。
可視光波長の中の2波長を取って色収差補正を取ったレンズをアクロマートレンズと言い、3波長による色収差補正レンズをアポクロマートレンズと言います。
色消しの理論は、ドイツのカール・ツァイス社のアッベが理論的に導き出して、アポクロマートは顕微鏡レンズとして製品化しました。
 
 
 
上の右のグラフ(「色収差レンズと色収差補正の度合い」)に、色収差を除去したレンズとしないレンズでの波長による軸上収差の度合いを表しました。
単レンズでは、d線を焦点位置とした場合に青色部から赤色部に向かってほぼ一直線に収差が出ていることがわかります(一次曲線)。
アクロマートレンズでは、F線とC線の軸上での焦点一致を見ています。
しかし、その前後では焦点が前後に動いて二次曲線となっています。
興味深いのは、青色から紫外にいたる波長では、赤色から赤外域よりも色収差が急激に伸びていることです。
紫外レンズの製作が難しいのは、光学ガラスの選定もさることながら、紫外域の顕著な色収差のためです。
紫外域全体に渡る収差を取り除くのは至難の業です。
 
■ 色収差の指標 - アッベ数
 
アポクロマートはアクロマートの2波長による色収差補正に加え、合計3点の波長を使って収差を取ったものです。
アポクロマートの収差曲線は、d線の焦点位置をくねくねとつかず離れずに寄り添っていることがわかります。
アポクロマートの色収差補正曲線は3次曲線になっています。
表では、C線とF線、それに紫外部の3点で焦点の一致がありますが、レンズの目的によって3点目の波長を任意に決めているようです。
 
色収差の補正は、アッベが導いた以下のアッベ数が大きな設計要素となります。
 
    νd = (n d -1)/(n F - n c) ・・・(Lens - 27)
       νd : d線における光学ガラスの分散値(アッベ数)
       n d: d線における屈折率
       n F: F線における屈折率
       n c: C線における屈折率
d、F、C: d線はヘリウム発光に含まれる589.3nmの輝線、F線は水素発光に含まれる486.1nmの輝線、C線は水素発光に含まれる656.3nmの輝線。ちなみに、D線(アルファベット大文字のD)は、ナトリム発光の複数輝線の中央線である589.3nm。アッベ数は、当初ナトリムの輝線のD線が使われていたが、近傍に複数の輝線があって精度を求める上で適切でないため、ヘリウムの輝線であるd線が使われるようになった。
のアッベ数を用いて色消しレンズの設計を行います。
アッベ数というのは、光学ガラスの波長に対する屈折率の変化の度合いを、輝線スペクトルの波長を使って求め、波長間の傾きとして求めたものです。
可視光領域の波長に対して同じ屈折率をもったガラス(プリズム効果のないガラス)であれば、アッベ数は非常に大きな値となります。
アッベ数の高いガラスを低分散ガラスと言います。
低分散で有名な光学材料に蛍石があります。
レンズ設計は、すべてこのアッベ数が基本となっているので、アポクロマートレンズでもd線、F線、C線は大事な波長です。d線とかF線というのは、ドイツ人フラウン・ホーファー(Joseph von Fraunhofer: 1787-1826)が太陽のスペクトル輝線を発見したときに、輝線を波長別に順番に振ったものです。
光学設計では、アッベがこの波長でアッベ数を定義したので重要な意味を持つことになります。
こうした輝線は、ナトリウムの発光や水素の燃焼発光で比較的簡単に取り出すことができる波長であったため、光学ガラスを測定する際に便利でした。
 
色収差を補正する場合、ことさらにd線、F線、C線での軸上の一致を見ようと設定すると、赤色部と青色部がかなり離れてしまうため、目的によっては紫外部に軸上の一致を見させて可視光全般にわたって良好な収束を見ているようです。
 
アッベは、1868年、アポクロマートの光学理論を導き出していましたが、実際のアポクロマートの顕微鏡ができるまで20年かかっています。
3波長での色消しができる光学材料ができなかったからです。
アポクロマートレンズが製品化できるようになったのは、低分散光学材料であるフッ化カルシウム(蛍石)結晶が入手できるようになってからです。
当時、蛍石は天然の中にしか見いだすことができず、天然のものは小さいので顕微鏡でしかアポクロマートレンズは製品化できませんでした。
従って、アポクロマートという言い方は主に顕微鏡レンズに対して使われていました。
それが、人工で大きなフッ化物(LiF、CaF)ができるようになって、写真レンズにも使われるようになりました。
 
■ 色収差の補正の仕方
 
色収差を補正する式は、上のアッベ数を使って以下のように表します。
 
   1/(f1・ν1) + 1/(f2・ν2) = 0 ・・・(Lens - 28
      f1 、 f2: 色消しを行う2枚のレンズの焦点距離
      ν1 、ν2: 色消しを行う2枚のレンズのアッベ数
 
 
この条件に合うレンズ焦点距離と光学ガラスを選べば色消しレンズが出来上がります。
ただ、同じ光学ガラス(ν1 = ν2)を使って、f1 = - f2 とすると、上の条件を満足するものの、これでは単なるガラス板になってしまって、レンズとしての用はなしません。
従って、両者の焦点距離は異なったものを選定し、その焦点距離を元に分散の異なった光学ガラスを使うという手法になります。
つまり、まず希望する焦点距離fを決めます。その焦点距離は、
 
   1/f1 + 1/f2 = 1/f ・・・(Lens - 29
 
で求められます。
焦点距離fを求めるには、幾通りかのf1 、 f2の組み合わせが考えられます。
それらの組み合わせに対して、先に述べた分散を考慮した色収差補正式を使って最適なガラス材質を導き出します。
また、この組み合わせで最適値が求まっても、この組み合わせの中には、像面湾曲が著しいものがあるため、以下の式(ペッツバールの和、Petzval sum)を満足させなければなりません。
 
   1/(n1・f1) + 1/(n2・f2) = 0 ・・・(Lens - 30
     n1 、 n2: 色消しを行う2枚のレンズの屈折率
 
このようにして、条件を狭めて行って最適な色消しレンズの組み合わせが求まります。
こうした条件を満足するレンズの組み合わせは、以下の傾向に収れんします。
 
・ 凸レンズ:屈折率が高くて分散が低いガラス(バリウムクラウンガラス)
・ 凹レンズ:屈折率が低くて分散が高いガラス(フリントガラス)
 
この条件で最適な色消しレンズを求めていきます。
ショットが優秀な光学ガラスを作る(1886年)までは、凸レンズ部で使いたい屈折率が高くて分散の低い(アッベ数の高い)光学ガラスがありませんでした。
ショットが開発したバリウムを含んだ重クラウンガラス(SKガラス)によって、色消しレンズの性能が向上しました。
また第二次世界大戦(1943年)の最中、米国Kodak社がさらに新しい光学ガラスを開発します。
このガラスは、希元素を含んだもので屈折率がより高くて分散の低い光学ガラスでした。
この光学ガラスの完成で、性能のより良い光学レンズができるようになりました。(光学ガラスチャート参照)
 
色収差には、光軸上で現れる軸上色収差と光軸から外れた位置にできる倍率色収差があります。
倍率色収差と言うのは、光軸から外れた画像の周辺部で表れる色によるズレです。
波長によって像の大きさが変わるのでこのように呼ばれています。
この収差は、レンズ斜めから入る光によって生ずるもので、コマ収差や非点収差と同じように、レンズを対称に配置させたり、絞りを中央部に配置することにより除去されます。
 
▲ 球面収差 (Spherical Aberration) (2005.09.24追記)
 
球面収差は、今までに何度も紹介してきました。(近軸光線絞りと集光ボケ光が集まる焦点位置FストップとN.A.
色収差と並んでレンズのもっとも根本的な収差と言えるものです。
レンズが球面でできている限り本質的に持っている収差です。
球面収差を除去するのは、凸レンズと凹レンズの組み合わせで行い、レンズ中心から高い位置での光線を低い位置より弱めに曲げます。
このレンズの組み合わせは、色収差を取るときにも使われています。
従って、色収差と球面収差はこのレンズ組み合わせで最適になるような光学材質と球面形状で求められることになります。
球面収差を補正したレンズをアプラナート(Aplanat)と言います。
アプラナートレンズではレンズに入射する平行光はどの高さからでもレンズ焦点に集光します。
アプラナートは、同時にコマ収差も補正することができます。
球面収差の補正の仕方は、『■ 絞りと集光ボケ』を参照してください。
 
■ アプラナート(aplanat)
 
球面収差は、レンズの周辺部から入射する光線と中心部の光線とが同じ焦点位置に集光しないことによって生じます。
たしかに、レンズ周辺部と中心部ではレンズから屈折して焦点に届くまでの距離が違うわけですから、このような現象が起きるのは理解できることです。
であるならば、レンズ焦点位置を中心にしてレンズの像側主面を球面状にしてやれば、レンズの高い位置からでも希望する焦点位置に光が集まるようになるはずです。
このように考えたアッベは、有名なアッベの正弦条件を唱えます。
アッベの正弦条件を満足したレンズがアプラナートであり、球面収差の補正されたレンズという事になります。
 
■ アッベの正弦条件(Sine Condition)
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イエナ大学のアッベが、1866年にツァイス社に技術顧問として招聘されたとき、顕微鏡レンズの性能向上に導入した収差低減条件が正弦条件です。
この条件を見いだしたことにより、レンズ性能が格段に向上しました。
この条件は主に、レンズで形成される像が一点に集まらない球面収差、および周辺部に行くに従い焦点像が外に流れるコマ収差を除去するのに大いに役立ちました。
 
アッベは、ツァイス社に招聘されてまず、顕微鏡レンズを製作する製造工程の改革に取りかかりました。
当時の製造工場は、マイスター制度が厳然と残っていて、それぞれの職人が個別に製品を作り上げていました。
そのような体制のもとでは、当然品質のバラツキが出ます。
ばらついた顕微鏡レンズを調整し、使えるシロモノにして出荷するのが職工長の仕事でした。
こうした顕微鏡はレンズ同士の互換性がなく、一対で使わなければなりませんでした。
アッベは、そのような製造システムを見直し、レンズ寸法のバラツキや光学特性の許容値を設けて互換性のある部品を製造するシステムを作り上げました。
 
製造過程を見直した彼は、次にレンズ性能の向上に取りかかります。
この時に有名なアッベの正弦条件が生み出されました。
対物レンズは、これまで経験的に、光を取り入れる見込み角(後に開口数 =N.A.と呼ばれる値)が大きい方が、分解能がよく良く見えることが認められていました。
アッベは、当初、N.A.よりも収差を抑えることによって問題解決の糸口をつかもうとして、N.A.を小さくして、そのかわりに球面収差を十分に吟味したレンズを設計しました。
しかし、そのレンズは解像力が低く、従来から職工長らが組み上げているレンズに性能で及びませんでした。
そこで今度は、N.A.を上げて(明るいレンズにして)球面収差も補正したレンズを作ったところ、今度は、画像中心での解像力は満足できるものの、中心から少しでも外れた周辺部では像がボケてしまいました。
アッベは、これらの失敗をもとにレンズの明るさ(N.A.)と球面収差の関係を解き明かし、アッベの正弦条件として簡単な関係式を導き出しました。
この原理を導入した新しいレンズは、極めて良好な性能を発揮しツァイスの顕微鏡の名声を高めていきました。
 
このエピソードは、興味深い内容を含んでいます。
一つは、アッベといえども一つの原理を編み出すまで2、3の失敗を経ていること、
そして、理論よりも先に現実に優秀な顕微鏡ができていたこと、
しかし、経験的に出された優秀なものには継承が難しいこと、
反対に、理論的に構築されたものは普遍性をもつ(誰でも簡単に作れる)こと、です。
 
アッベの正弦条件は以下の式で表されます。
 
   sin u / sin u' = m ・・・(Lens - 31
     u : 物体より放出されレンズに
        入射する光線の光軸に対する角度
     u': レンズから像へ収束する射出光が
        光軸に対する角度
     m: 定数(像倍率)
 
レンズに入射する光の角度とレンズから射出して像を結ぶ光の角度の正弦値の比を一定にする、というのがアッベの正弦条件です。この式はuが90°の時、即ち物体が無限遠にあって、sin u = 0の時、
 
   h' / sin u' = b ・・・(Lens - 32
     h': 入射平行光がレンズに入る高さ
     b: = f (像側レンズ焦点距離)
 
と表されます。この式は、入れ替えると、
 
   sin u' = h' / f  ・・・(Lens - 33
 
となり、極めてわかりの良い式となります。
無限遠からレンズに入る物体光が一点に集まるには、この関係を満足していなくてはならないという事ですから、入射平行光は、レンズの像側主面から屈折して焦点位置(f)に集光することが前提となります。
この条件を満足したレンズが球面収差のとれたレンズでありアプラナートレンズとなります。
こうして見ると、球面収差のとれたレンズというのは、物体側も像側もともに主面は湾曲していることになり、両者の湾曲した主面を作るレンズが良いレンズになることが理解できます。
アッベの正弦条件を満足する球面収差のとれたレンズは、斜めから入射した光も主面が湾曲しているため、ある程度のコマ収差まで改善することができます。
しかし、広角レンズにおいては、すべてのコマをアプラナートで除去することはできないようです。
 
 
■ 単レンズの球面収差
 
単レンズ(凸レンズ)での球面収差の差を見てみましょう。
同じ焦点距離を持った凸レンズでも、形状はいろいろ設定することができ、それぞれの場合の球面収差は随分と違いがあります。
 
 
 
上の図では、同じ焦点距離で形状の異なるメニスカスレンズ、平凸レンズ、両凸レンズについて、それぞれレンズの向きを変えて収差の度合いがどのようになるかの関係を表しています。
この図を見ると、メニスカスレンズは球面収差が大きくて、両凸レンズが無難な球面収差特性を示すことが理解できます。
また、同じレンズを使ってもレンズの向きによっては収差の差異が認められ、物体や像が遠くにある側に屈折の強い面を向けた方が球面収差を抑えることができます。
上の図では、左から平行光が入射しますから物体光が無限遠になります。
従って平行光の入射する側に曲率の大きい面を向けた方が球面収差が少なくなり、両凸レンズでは、両者の曲率半径(1/r1、1/r2)の比が1:1.5となるレンズが、球面収差を最も小さくすることがわかります。
 
 
  
 
 
上に示した(A)と(B)では、どちらが集光が良いでしょうか。
答えは(A)で、平凸レンズの場合、平面側に放射してくる入射光を受け、さらに集光する射出側にも平面を向けます。
そして、曲率を持った側を平行光にあてた方が集光が良くなります。
(A)のレイアウトは、一点から出た光を平行光にするために平面を入射側に向けているので平行光の精度が上がります。
平行光を集光させるのに今度は逆向きに凸レンズを配置すると、一点に集まりやすくなります。
一方、(B)の配列では、(A)とは逆配列であるため逆効果となって思うような効果が得られません。
 
結局の所、光の屈折は屈折の入射角が小さければ小さいほど球面収差が少なくなりますから、それを念頭に入れてレンズ光学系を組みます。
一つのレンズで強い屈折を起こそうとすると球面収差が強くなります。
顕微鏡レンズでは、そうした弊害を抑えるために、左に示したような複数のレンズを組み合わせて徐々に光を曲げていき、球面収差を抑える工夫がなされています。(右図。)
球面収差は、単一レンズで急激に光を曲げようとするときに起きやすいので、複数のレンズを使って徐々に曲げていくと言うのが常套手段です。
複数のレンズを使うと、レンズ表面の反射で透過率が悪くなったりフレアの多い画像となる心配がありますが、それを加味しても球面収差の画質劣化よりは良好になるようです。
レンズコーティングは、第二次世界大戦後に一般的になり(レンズコーティング技術は、1936年、Carl ZeissのAlexander Smakula博士が発明した)、レンズコーティング技術の確立以降、複数枚のレンズによる収差補正レンズがたくさんでるようになりました。
 
  
▲ 非点収差 (Oblique Astigmatism) (2005.09.25追記)
 
読んで字のごとく、本来一点に集まらなければならない物体の任意の一点からの放射光が一点に集まらない収差を言います。
この説明から見ると、球面収差も非点収差と言えそうですが、光学用語では光軸から離れた位置での収差を非点収差と言っています。
英語では、Oblique Astigmatism という表記になっていて、斜めから入射する光に対する収差であることが端的に表現されています。
従って、非点収差 は光軸から離れたところで顕著に現れます。
 
非点収差 は、人の目の乱視によく似ています。
眼鏡店でメガネを作る時に、放射状に何本も線が出たチャート(ジーメンススター : Siemens' star )を使って、どの方向がボケるかという乱視の度合いを検査します。
非点収差 はまさにそのボケを示しています。
 
非点収差 は、光軸中心から離れていく方向にボケが現れる放射状のサジタル(Sagittal)面と、光軸を中心とした円周方向のメリディオナル(Meridional)面で区別されています。
サジタルという表現と言いメリジオナルという表現と言い、両者は難しい言葉です。
この言葉は、立体断面を切るときに使う表現のようで、人体を解剖する際に人体を縦に切る断面をサジタル断面と呼んでいました。
元の意味は、矢印(矢)から来ているようです。
光線が矢を射るような方向での断面ということでこの名前がついたのでしょう。
 
また、メリディオナルという名前も難しく、これは南の方向というのが原義だそうです。
メリディオナルは、別名タンジェンシャル(tangential)とも呼ばれ子午線とも訳されています。
 
像ができる焦点面での収束光は、レンズ光軸の中心では許容錯乱円の項目で述べたような光の集まり方をし、多くの場合、ボケは円形状であり焦点が合うに従ってそのボケ量が小さくなります。
しかし、レンズ光軸を外れた位置に結像する場合、少々複雑な形状で光が収束します。
光が捩(ねじ)られるような形で集光します。
こうした複雑な集光の様子は球面鏡では顕著に現れ、シュリーレンに使う凹面鏡での集光点近傍では非常によく認められます。
凹面鏡では、焦点の手前で収束光は横長となり、それが捻(ひね)られるような形で縦長に回転して進み、焦点から離れるに従って再び発散していきます。
横長の像と縦長になった像の中間が妥協する焦点となります。
非点収差 は、まさにこのような焦点像を結ぶのです。
右上図は、斜めから光が入った場合の収束光の様子を示しています。
光軸上の収束とはかなり違ったものになることが理解できます。
 
非点収差 の補正は結構やっかいで、レンズ設計の歴史の中でも後代になって補正ができるようになりました。
それまでは、レンズを絞ってこれらの収差が現れない条件で使っていました。
 
非点収差の補正がとれたレンズをアナスチグマート(Anastigmat)と言います
アナスチグマートは像面湾曲の収差も補正します。
非点収差は、アスチグマティズム(Astigmatism)と言い、非点収差 のとれた(これに加え像面湾曲も補正された)レンズをアナスチグマート(Anastigmat)と言います。
両者の言葉は、とても近くて混同してしまいがちですが、原義を紐解くと以下のようになります。
最初に「stigma」という言葉があって、これは小さいという意味でした。
このstigmaに「a」という否定接頭語がついて、小さくない、つまり非点を表す「astigma」となり非点収差 という言葉に当てられました。
さらにそれを否定する言葉として「an」を接頭語として使って「非点収差は無い」という二重否定にしました。
「an-a-stigma」という言葉はそのような経緯から来ています。
 
非点収差 を補正したレンズを開発したのは、1890年のことで、ドイツのCarl Zeiss社のルドルフ博士(Dr. Paul Rudolph:1858〜1935)の手によって完成しました。
このレンズは、Protarという商品名で売り出されました。
 
非点収差の補正もやっかいですが、言葉の理解も相当やっかいです。
人の目の「乱視」が非点収差 を理解するのに一番わかりが良い、と言えばなんとなく理解してもらえるのではないでしょうか。
 
  
▲ コマ収差 (Coma) (2005.09.24追記)
コマ収差は、天体の彗星(comet)のような尾を引いた点になることを言います。
コマは、画像の周辺部でおきる収差で、斜めから入射した光が一点に集まらずに外側に流れるように収束する現象です。
簡単に言えば、コマ収差とは光軸外で生ずる球面収差のことです。
光軸外で生ずる球面収差には、先に述べた非点収差もあります。
非点収差 は、斜めから入る光束の光軸に添ってできる奥行き方向の収差であるのに対し、コマ収差は、焦点面に拡がる収差になります。
つまり、コマ収差では、斜めから入る光線は焦点面に焦点を結びます。
しかし、焦点面の一点ではなくずれて焦点を結んでしまうのです。
これは、言い換えれば斜めから入射する光は、入る角度によって像倍率が異なっていることを示しています。
このため一点に集まってほしい点像が周辺に行くに従い像倍率変化を起こしますから、周辺に行くに従い像がボケて大きくなり、尾を引いた彗星(コマ)のような像になるのです。
コマ収差は、であるならば、斜めから入射する光束の作る像倍率を入射角全般にわたって同じ倍率にしてやれば、補正できるはずです。
これには、アッベ(Abbe)が示した正弦条件(Sine Condition)が当てはまります。
この条件を満足しているときは、光軸からあまり離れていないところまでコマ収差が除かれます。
この関係式は、コンピュータなどない時代に、簡単な式で収差が除去できるので当時としては本当にありがたい式だったようです。
球面収差とコマ収差を同時に除去することをAplanatism(アプラナティズム)と言い、Aplanatismの光学系をアプラナート(Aplanat)と呼んでいます。
 
コマ収差のある画像は、例えば小さな点や夜景で街の灯りが点として撮影される場合、画像周辺部では画像の中心から放射状に尾を引いたような画像となって現れます。
また、小さな点ではなく、ある程度の大きさをもった形状であるならば輪郭がボケるという現象が現れます。
そのボケ方が、画像の中心方向に対して外側が片ボケしているというような場合にコマが現れていると言います。
 
コマ収差は、絞りによって比較的簡単に除去でき、標準レンズに採用されているガウス型レンズでは、開放絞りから1〜2段に絞るとほとんど確認できないくらいに改善されます。
写真レンズが絞りをうるさく言う理由の一つが、こうした画像の周辺部での収差なのです。
画像は、中心部の画像と周辺部の画像では画質が大きく劣化し、この画質差をなくすのがレンズ設計の腕のふるいどころとなります。
 
 
▲ 歪曲収差 (Distortion) (2005.09.18)
 
四角いものが四角く写らずに変形してしまう現象を言います。
歪曲収差は、レンズの絞りの位置に起因して現れます。
この関係については、▲ 絞りの位置による像の歪み の項で触れました。
歪曲収差は、レンズの口径や焦点距離に依存せず絞りの位置によって起きるので、この収差を除去するにはレンズエレメントを対照に配置しその中心に絞りを配置するようにします。
歪曲収差は広角レンズに現れやすいものですが、魚眼レンズのような像倍率の変化による画像の圧縮とは異なります。
また、歪曲収差は光軸となす角度ωの3乗に比例することがわかっていて、広角になればなるほどその傾向が強くでます。
しかし中心部では収差が小さいので広角レンズでも画角の小さい範囲で使うのであればその影響を無視することができます。
 
歪曲収差は、画像からものを計測しようとする場合に無視できない誤差となります。
歪曲収差は、写真製版とかICを作るフォトリソグラフィーのレンズ製作で真っ先に考慮される誤差です。
写真レンズでも近接撮影を目的にしたマクロレンズでは歪曲収差の少ない設計になっています。
こうしたレンズは、歪曲収差がでない焦点距離(標準レンズから中遠レンズ)を選んで製作されています。
しかし、中には、例えば、航空測量用のレンズでは超広角レンズを使って、しかも歪曲収差を極端に抑えたレンズが作られています。
 
■ 航空写真(測量用)のカメラレンズの歪曲収差
 
航空写真は、偵察としての軍需目的から出発しました。
最初の航空カメラができたのはドイツと言われ、第一次世界大戦が始まった1914年にドイツ映画のパイオニア、オスカー・メスターが作ったと言われています。
その後、このカメラの威力に目をつけた連合軍やソビエトなどでは、密かに、しかも大規模な予算を計上して偵察カメラの開発がなされました。
飛行機にカメラを載せて、地上高くから地形や建設物を写真におさめる手法は、飛行機が発明されてからのことになりますから、第一次世界大戦を契機に、第二次世界大戦、東西の冷戦を通じた1970年終わり頃まで連綿と続きます。
衛星からの宇宙写真も開発されました。
 
ツァイスもご多分にもれず、この世界でも優秀なレンズを提供します。
航空写真は、写真から地図を作る関係上、幾何学歪みがうるさく論じられます。
また、一回の飛行でできるだけたくさんのエリアを精密に写真として記録したいので、広角で歪みのない、解像力の高いレンズが求められます。
この要求に応えたレンズが以下に示す航空カメラ用レンズです。
 
こうした航空測量カメラのレンズ設計では、天才レンズデザイナーのベルテレ(Ludwig Bertele)がとても有名です。
彼は、Carl Zeissでバイオゴン(Biogon)、ゾナー(Zonnar)などのレンズを設計し、戦後(1945年)、スイスの光学機器会社WILDに移って航空カメラレンズ Aviogonを設計します。
右のレンズは、1968年に設計されたスーパーアビオゴン(Super Aviogon)です。
彼は、このレンズを設計する前までに、1948年に画角94°のアビオゴンを設計し、翌年の1949年には画角63°のアビオタール、1963年にはカラー/赤外線撮影のユニバーサル・アビオゴンを設計しています。
スーパー・アビオゴンは、焦点距離3 1/2インチ(f88.9mm)、口径比がF/5.6で、画角120°の性能を持っています。
このレンズで9インチx9インチ(228.6mmx228.6mm)のフィルムに地形をおさめます。
高度3,000mの距離からだと10km四方の地形を写真におさめる計算になります。
このレンズの歪曲収差は、±0.030mm(30um)と言われています。
他のレンズ、たとえば、もう少し画角が狭い航空レンズ(アビオゴン)では10um程度の歪曲収差になるそうです。
30umの歪曲収差というのは、228.6mmのフィルム画面に写る地上の情報が30umと違っていないことを示しています。
その誤差は0.013%です。
120°の広い画角でしかも歪曲収差が0.013%以内というのはとても信じられない値です。
 
広角レンズで気づくのは、コサイン4乗則による画像周辺部の光量低下です。
120°を持つ画角では周辺光量の落ち込みは相当なものです。
レンズ構成を見る限りでは、レンズの前と後ろの両側に相当強い凹型のメニスカスレンズが組み込まれているので、周辺部の光量低下をこれで補っているように見受けられます。
このレンズレイアウトを使うとコサイン4乗則に従わない周辺部の光量を稼ぐことができるようになります。
しかし、それでも光量を十分にまかなえるまで補正されているとは考えられません。
Super Aviogonがどのような周辺光量を補った画像であるのか私にはよくわかりませんが、周辺光量を補う補正ガラスはおそろしく高価であったという資料もありました。
 
このレンズの解像力は、平均で40lp/mm程度あるそうです。
画角を緩めた90°程度のレンズでは60-80lp/mmの性能が出せるといいます。40lp/mmの解像力というと、228.6mmのフィルム像面に投影して18,300本の線がかける計算になり、フィルム上で12.5um程度の分解能を持ちます。
この性能は、10kmの地上で0.5m程度まで識別できる能力となります。
 
こうしたフィルムカメラの性能は、現在でのデジタルカメラでは絶対置き換えることができません。
現在のCCDリニアセンサーは、4,000画素が限度です。
18,300本というとリニアセンサー9本分(フィルムの解像力の倍がCCDの等価画素)に相当します。
 
こうした、幾何学歪みのないレンズは、物体側と像側に対してシンメトリカル(対称型)な形状になっています。
また、広角レンズであるためにレンズの外側は大きな凹型メニスカスレンズが配置されているのも特徴です。
 
大きさは、レンズの前面口径だけでもφ120mmほどあり、鏡筒を含めたレンズアセンブリー(レンズコーン)は250x250x200Hmmほどになります。
このようなレンズを設計するのはもちろん、光学材料の選定、レンズ研磨工程、レンズコーティング、レンズ群の組付けにも相当な技術を要するものと思われます。
スイスのWILD社は、1921年測量光学装置メーカとして出発し、第二次大戦を通じて航空測量用のカメラを本格的に作るようになりました。
1987年には、ドイツのLeitz社と合併しWild Leitzグループを作り、Leitzのブランドで航空測量システムを供給しています。
  
  
▲ 像面湾曲 (Curvature of Field)
 
像面湾曲は、像が平面上に結像せずに湾曲し、光軸を離れるに従って光軸方向にずれる(倒れ込む)現象です。
考えてみれば、撮像面を光軸方向に垂直に立てると、レンズ中心から光軸中心の結像面までの距離と周辺部までの距離では周辺部への距離が長くなります。
従って、この収差が補正されていないレンズでは周辺部の像面は中心部の像位置より光軸方向に対して前に来ます。
通常、フィルムやCCD撮像素子は平面でできていて光軸に対して垂直に配置されているので、像面湾曲の補正がなされていないレンズを使って像を結ばせると、中心部から離れるに従ってピントがぼけた像ができてしまいます。
像面湾曲は、非点収差 と極めて近い関係の収差です。
 
使い捨てカメラでは、安価なプラスチックレンズを1枚しか使っていないために像面湾曲収差がレンズでは補正できず、フィルム面を湾曲に保持させることにより補正しています。
■ ペッツバール和(Petzval sum)  (2005.09.25)
 
像面湾曲の度合いを端的に表す簡単な関係式があります。
ペッツバールは、写真機ができた当時画期的なペッツバールレンズを作りました。
その彼が数学的に収差を検討し、その中で求めた関係式が以下に示すペッツバール和(ペッツバールの条件式)でした。
この関係式は、平面の物体がレンズによって像を結ぶときに、以下の条件が満足できれば像は平面上に展開されるというもので、誤差(ρ)が出たときは、1/ρが像面の湾曲曲率となるとしたものです。
 
   - Σ(1/ni x fi) = 1/ρ ・・・(Lens - 34
      nifi: レンズ群の焦点距離とその屈折率
      ρ: 像の湾曲曲率、ρ = ∞(1/ρ = 0)の時、像は平面となる。
 
この計算は、レンズを設計するときは、構成されるレンズ群の焦点距離と屈折率を調べて必ず実行されるそうです。
現在はエクセルでも簡単にできる計算式です。
この式は、例えば、BK7(屈折率n = 1.58680)の光学ガラス1枚だけでできた焦点距離f=50mmのレンズを使った場合、像面湾曲は -79.34(= ρ)となり、結像面に対して半径79.34mmの曲率で光軸方向に倒れるような像となります。
8.8mmx6.6mmのCCD撮像面の場合、高さ方向の6.6/2 = 3.3mmの位置では、68.54um前に像ができます。ライカサイズの撮像素子面(36mmx24mm)では、0.8922mm(892.2um)となり、かなり前に像ができることになります。
屈折率は波長によっても変わりますから、色によって像面湾曲も変化します。
 
 
【ザイデル (Philipp Ludwig von Seidel:1821-1896)】
1821年ドイツに生まれます。
日本の年代でいくと江戸時代後期にあたります。
彼の幼少期は、郵便局に勤める父親の仕事の都合で学校を転々としました。
18才で学校を卒業した後、すぐに大学に入らずに数学の家庭教師を雇い数学の勉強を始めます。
このときの家庭教師が、ガウスの元で数学を勉強していた優秀なギムナジウム(大学進学コースの高等学校)の教師であったため、彼の数学素養をいっそう開花させることになりました。
1840年、19才の時にベルリン大学に入学します。
当時の慣習として大学在学中に他の大学への留学が認められていたので、彼もその例にならってケーニヒスベルグ大学に学び、当代の最高数学者、ヤコブ(Carl Gustab Jacob Jacobi)、ベッセル(Friedrich Wilhelm Bessel)、フランツ・ノイマン(Franz Ernst Neumann)らの手ほどきを受けました。
この後、ミュンヘン大学へ移り博士号を取得しました。
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博士号は、天体望望遠鏡に使われるミラーの数学的考察についてであり、6ヶ月後には、光学とは関係のない連鎖分数の収束と発散に関する数学論文を書き上げてミュンヘン大学の講師の職を得ました。
以後、ミュンヘン大学にて天文学と数学に功績を残した。
 
ザイデルの功績は、光学、特にレンズの収差論において傑出した足跡を残したことです。
彼の収差論は、数学を巧みに応用して単色光で現れる5つの収差を一つの式で書き表し、収差を除去するレンズ設計の際の一つの指標を作り上げたことでした。
レンズの設計およびその考察には、オランダのスネル(もしくはフランスのデカルト)が発見した屈折の法則によって三角関数が多用されます。
複数のレンズを組み合わせた光学設計では、sinθ = θと近似した近軸領域(ガウス領域)が主流でした。
計算が楽だからです。
しかし、この領域での考察は像のできる位置は特定できるものの、像の質を論議するには何のヒントも得ることがなく、誤差が大きすぎました。
ザイデルは、入射/射出光線を sinθ = θ + θ3/6 まで展開して光線の式を構築しました。
3次の項によって数式化された光学式は、球面から成るレンズの収差が数学的にきれいに整理され、5つの係数となって数式化された。5つの係数は、とりもなおさず上で述べている5つの収差となりました。
 
ザイデルは、レンズの性質を3次項まで取り上げた数式でまとめ上げましたが、この数式を解いて5つの収差が取り除かれるレンズデータが即座に得られるかというとそういうものではありません。
あくまでもレンズの性質を1つの式で書き表せるというものであって、レンズの性質を理解して補正への手引きをしてくれる有用なツールとして位置づけられるだけのものです。
 
ザイデルの式では、3次項までしか考慮していないので、写真レンズのように広角で明るいレンズ(焦点距離が短く口径の大きなレンズ)では誤差がなお無視できなくなります。
精密な光学設計では光線追跡法にかなうものはありません。
 
ザイデルは、自分の学問の成果を同じ大学の天文学者で光学器械製造会社を持っているシュタインハイル(Karl August von Steinheil: 1801-1870、息子はAdolph:1832-1893)に提供し、アプラナート(Aplanat)という対称型広角レンズを1866年に作りました。
このレンズは、非常に性能がよく、以後、このレンズから様々な発展型レンズが生まれました。
このレンズは、1840年にペッツバールの設計したポートレートレンズと双璧をなす初期の写真レンズの傑作でした。
 
彼の晩年は決して幸福とは言えませんでした。
失明が原因で大学教授とアカデミーの要職を早期に辞し、全く見えなくなった彼の看護は、彼が生涯独身で通し家族がいなかったために同じ独身を通した姉が彼の面倒を1889年まで看ました。
彼の亡くなる最後の7年間は、教会の聖職者の未亡人の看護にたよったと言われています。
 
また、学術的に功績の多かったザイデルでしたが、同国で同年代の数学者リーマン(Georg Friedrich Bernhard Riemann:1826-1866)の編み出した幾何学を邪道なものとして生涯を通して認めませんでした。
 
 
■収差の補正されたレンズ
 
以下に挙げたレンズの名前は、どのような収差補正を施したレンズであるかを知ることができます。
歴史的に見てみるとアクロマート(色消しレンズ)が最初の収差補正のレンズで、最後にアナスチグマートに落ち着いたと言えます。
色消しレンズは、写真レンズができる前から望遠鏡レンズや顕微鏡レンズで使われていました。
アナスチグマートレンズの出現は1890年です。
ダゲールが写真手法を編み出してから50年あまりが経っています。
 
  ★ アクロマート(Achromat)レンズ
         二波長の色収差を補正したレンズ。
         1757年英国の光学器械業者ドロンド(John Dollond:1706-1761)によって発明。特許を取得。
         ドロンドは、絹織物工だったが後に光学の専門家となり、1761年皇室メガネ商に任命された。
         ドロンドの娘婿がラムスデン(六分儀、接眼レンズの光学技術者)。
 
  ★ アポクロマート(Apochromat)レンズ
         三波長の色収差を補正したレンズ。
         1868年、アッベが発明。1886年、顕微鏡レンズとして商品化。
 
  ★ アプラナート(Aplanat)レンズ
         球面収差とコマ収差を補正したレンズ。
         1866年、ドイツのシュタインハイルが命名。
 
  ★ アナスチグマート(Anastigmat)レンズ
         非点収差と像面湾曲を補正したレンズ。
         1890年、ドイツツァイス社のルドルフ(Dr. Paul Rudolph:1858〜1935)が命名。
         Protarレンズという商品名で販売。
 
以上のように写真レンズは、色消しレンズから始まって、非点収差、像面湾曲までの補正をおこなったアナスチグマートレンズが出来上がりました。
次項で、これらのレンズがどのような経緯を経て進化してきたのかを述べてみたいと思います。
 

 
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 写真レンズ(Photographic Lenses)
 
■ 写真レンズ開発の歴史  (2005.07.27記) (2006.09.11追記)
 
写真レンズの発達に関する資料はあまりたくさんありません。
レンズがこれほど発達したにもかかわらず、レンズが発達してきた系譜を一般の人たちに理解されていないのは先人たちに申し訳ありません。
ここに写真レンズの発達の流れを振り返ってみたいと思います。
 
映像に関わるレンズは、大きく分けて4つあるようです。
 
一つはメガネ。メガネの需要は昔から高くルネサンス時代のイタリアで花開きました。
 
二つ目は天体望遠鏡。メガネ製造が発達したイタリア、オランダで作られて大いに発展します。
レンズ収差も天体望遠鏡の製作過程で改善されてきました。
光学に従事する学者に有名な天文学者が名を連ねていたのも理解できます。
 
3つ目は顕微鏡。
天体望遠鏡とは反対の小さな世界に目が向けられました。
顕微鏡は、しかしながら天体望遠鏡ほどには優秀な頭脳が集結しなかったようで、町々の職人さんが手作りしていたという感を拭いきれません。
従来、顕微鏡はイギリスとオランダ、フランス、ドイツなどで職人により経験的に作り出されていました。
その顕微鏡の世界に一大ブレークがおきます。
1886年ドイツのカール・ツァイス社のエルンスト・アッベによる光学理論の裏付けと新しい光学ガラスを導入した顕微鏡の発明です。
アッベは、数学的な裏付けを持って収差を除去し、それに見合う精度の高い光学ガラスを作り出してアポクロマートの顕微鏡を作り上げました。
顕微鏡はこの時代を境にして新しい時代に入ったと言えます。
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4つ目のレンズが写真レンズです。
写真レンズの系譜についてこれから話をしたいと思います。
写真レンズは、写真撮影法が編み出されて急速に広まっていきます。
顕微鏡よりも天体望遠鏡よりも需要がありました。
人間の眼と同じ働きをして記録に残しておけるものですから評判にならないはずはありません。
そういう潮流におされて写真レンズは改良に改良を重ねて発展しました。
 
写真術は、1839年にフランスで発明され、この評判はすごいものだったようです。
フランス政府によって発表される以前から、映像を記録し保存できる器械ができたという噂はヨーロッパ中に知られていて、公表された数日後にはパリの光学器械屋の店頭にダゲレオタイプの器械が並び、これを買い求める人たちが後を絶たなかったと言われています。
当然、写真を撮る写真館が街のあちこちにできました。
写真館は、主に肖像画を撮ることが主な商売であり、写真を撮ってもらう料金は10フラン(当時の熟練職人の2日分、現在の日本円では6万円程度か)でした。
高価な写真は、庶民が一生に一度晴れ姿で撮るものであったに違いありません。
写真館は3階建てになっていて、3階がスタジオになっていました。
そこには小窓がしつらえてあって、太陽光をスタジオ内に取り入れて人物を照らし出しました。
スタジオ照明など無い時代でしたから天気の良い晴れた日が写真撮影の日であったことでしょう。
写真を撮ってもらう人たちは、まぶしい太陽光にさらされて、感光板に露光を行う1分もの間じっとしていなくてはなりませんでした。
 
写真術は、日本にもほどなく入っていきます。
フランスで発表された2年後の1841年6月1日、薩摩藩の御用商人、上野俊之丞(うえのとしのじょう)がオランダ人を通じて、ダゲレオタイプのカメラと感光材料、現像・定着薬品一式を輸入し、藩主島津斉興を撮影しました。
(実際はもう少し後という説もありますが、日本の写真記念日がこの日になっていますので、1841年6月1日としておきます。)
以後、島津斉彬、徳川慶喜、坂本龍馬、近藤勇、高杉晋作など幕末の志士達が次々に写真に収められました。
司馬遼太郎の「燃えよ剣」には、近藤勇が写真を撮る件(くだり)が出てきます。
近藤勇は顔に白粉(おしろい)を塗り(顔を明るくして)長時間カメラの前に座っていたと言います。
それがあの有名な近藤勇の肖像写真であったのでしょう。
坂本龍馬は新しもの好きだったようで、彼も写真機の前でポーズを取っています。
当時の日本人には、写真に対して魂を抜かれる忌まわしいものという意識も合ったようで、みんながみんな喜んで写真機の前に座ったようではなったみたいです。
 
▲カメラレンズの祖、イタリア:
 
カメラに使われるレンズが最初に形になったのは、1589年、イタリア人のポルタ(Giovanni Battista della Porta)であると言われています。
彼はレンズを使ったカメラオブスキュラ (camera obscura) を考案した人として名を知られています。
カメラオブスキュラの考えは以前からあり、アリストテレス(Aristoteles:BC384-BC322)の時代より装置の考えができていました。
カメラレンズの源はイタリアにありました。
ガラスの製造及び眼鏡レンズの発達がここで行われていましたから、カメラオブスキュラ用のレンズもイタリアで作られました。
この装置には、凸レンズが使われ、部屋の中を暗くした小屋の天井に真下に向けてレンズが取り付けられていました。
小屋の中には平たいテーブルがおかれていて、レンズの上には鏡が斜め45°におかれて外界の風景をレンズに送り込み、暗室仕立ての小屋におかれたテーブルに像を結ばせました。
レンズの前には入射絞りがおかれていて画質向上が図られていました。
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カメラという言葉は部屋を指し、オブスキュラは暗いというラテン語です。
レンズの前にミラーを置いたのは、レンズで結ばれる像が左右、上下反転するので鏡によって鏡像だけでも正そうとしたものと思われます。
また、当時のカメラオブスキュラは見せ物として成り立っていたので、お金を払ってこの小屋に入りレンズを通して外の風景を見る際に、鏡があると360°の風景を見ることができて人気があったと言います。
カメラオブスキュラは、見せ物興行の他に画家の道具としても使われていて、最初は小屋ぐらいの大きなものだったものがレンズが良くなるにつれてだんだんと小さくなり携帯に便利な箱になりました。
現代のカメラの原型がカメラオブスキュラだったのです。
 
 
▲レンズの向上:イギリス:
 
カメラオブスキュラ用のレンズは、1804年に英国の化学者ウォラストン(William Hyde Wollaston:1766-1828)がそれまでの凸レンズに代えてメニスカスレンズにしたことで、格段の向上を見ました。
メニスカスレンズというのは、眼鏡に使われている三日月型のレンズで、両面が同一方向に湾曲したレンズのことを言います。
遠視用の眼鏡レンズを逆向きに、つまり、凹面を入射側にして取り付けてカメラオブスキュラ用レンズとしました(右図最上段)。
 
メニスカスレンズは、両凸レンズよりも広い範囲で平坦な像を得ることができました。
ウォラストンの単玉レンズは、60°の画角を持っていました。
彼が作ったこのレンズは、Periscopeレンズ(ペリスコープ、潜望鏡)と呼ばれました。
 
ウォラストンは、当時高名な化学者で、ロジウム、パナジウムの発見者として知られ、プラチナ(白金)の精錬手法を確立した人として有名になりました。
彼の編み出した手法によって精錬して作られたプラチナ器具の販売は潤沢な収入源となり、化学の研究にいっそうの専念ができたと言います。
彼は、英国人の化学者マイケル・ファラディの1世代前の化学者であり、ファラディの師匠である王立研究所のハンフリー・デイビー卿と共同研究もしています。
 
ウォラストンは、自らの研究テーマを遂行する上で光学装置が必要となり、研究装置用のレンズを作ったり、カメラオブスキュラを改造してカメラルシーダ(Camera Lucida)を発明したり、ウォラストンプリズムを作ったりしました。
 
ウォラストンより先に、凸レンズと凹レンズを組み合わせた色収差と球面収差を除去する色消しレンズが、英国ロンドンのドロンド(Dollond)によって作られていましたが、凸レンズに使われたクラウンガラスと凹レンズに使われたフリントガラスの品質と均質性が乏しく、ウォラストンのメニスカスレンズの方がはるかに性能がよかったと言います。
ウォラストンのメニスカスの単玉レンズは、最近まで、110カメラのような小さいなサイズのフィルムを使った安価なコンパクトフィルムカメラに採用されていたそうです。
 
 
▲ 写真の始まり、フランス;
 
光学ガラスの品質は、1790年、スイスのギナン(P.L. Guinand)によって向上し、以後良質なものが作られるようになります。
それまでの光学ガラスは英国がもっとも進んでいたそうですが、それでも品質は誇れたものではなかったそうです。
 
ギナンは、ガラスを溶解中に攪拌することを考え出し均質な光学ガラスを作ることに成功しました。
この成功のおかげで色消しレンズの性能の良いものができる目処が立ち、1839年、フランスのダゲールが写真手法を考案したときに、撮影レンズとして同国のシェバリエ(Chevalier、カメラオブスキュラの製造業者)によって色消しレンズが作られました(右図上から2段目)。
このレンズは、フリントガラスとクラウンガラスを使った2枚の貼り合わせレンズで、焦点距離f=380mm、口径φ81mmであり、レンズの前面から68mm離れた位置に直径27mmの絞りをおいた口径比F/14のものでした。
現在の写真レンズに比べて随分と大きいものです。
これのレンズが、6 1/2 x 8 1/2 インチの写真乾板に像を結んだのですから、イメージサークルの大きいレンズと言うことができます。
集合写真で街の写真屋さんが使う箱形写真器の原型がこのダゲレオタイプのカメラだったのです。
 
 
▲ 数学的手法の導入、ドイツ:
 
しかし、それでもまだ、写真に像をおさめるレンズとしては十分なものではなく、レンズ口径比もF/14と暗く、写真感光剤の感度が低いのも手つだって、撮影には白昼のもとでも30分以上の露光を必要としました。
この条件からフィルムの感度を算出すると、ISO 0.004( = 1/3,000)となります。
ダゲールが発明した写真は、したがって、発明された当初は被写体が動かない風景を撮影することが多く、しかもレンズにも樽型の歪曲収差が残っていたため建物の撮影にも不適当でした。
このレンズはもっぱら風景写真に使われたため、Landscape Objective(風景レンズ)と呼ばれていました。
 
シェバリエの後の2年後、1841年にペッツバールレンズが登場します。
ペッツバールは、当時としては画期的な大口径(F/3.4)のレンズ(焦点距離f=149mm)を設計しました(右図三段目)。
しかしながら、彼の設計思想とは裏腹に、当時の光学ガラスといえばギナンの功績はあるもののクラウンガラスとフリントガラスの2種類しかなく、この2つの光学ガラスを使っただけではペッツバール自身が導いたペッツバールの条件を満足させることができませんでした。
従って、このレンズは画像中央部のみが先鋭で、周辺部の画像では顕著な劣化が認められたため、画角を狭くせざるを得ませんでした。
こうしたことからペッツバールのレンズは、ポートレートレンズとして使われました。
 
 
▲ 広角レンズ、イギリスとドイツ
 
ペッツバールレンズができてから24年が経った1865年、ロンドンのダールメイヤ(John Henry Dallmeyer:1830-1883:生まれはドイツウェストファリア =Westphalia、1851年、21才の時にロンドンに移民、Ross社設立時の光学設計者)は、3枚のレンズを貼り合わせて一つのレンズとする単玉(トリプルアクロマチックレンズ)を着想し、風景用広角レンズ(Wide Angle Landscape Objective)を設計・製造しました。
このレンズは広角で確かに切れが良いものでしたが、単玉のために映像の歪曲を取り除くことができませんでした。
 
これを取り除く方法としては、絞りを中心において両側にレンズを挟んで歪曲収差を取り除くしかなく、ダールメイヤは、トリプルアクロマチックレンズを開発した翌年の1866年に歪曲を補正したレンズを開発し、Rapid Rectilnear(ラピッドレクチリニア)という商品名で売り出しました(右図最下段)。
同じ年の1866年は、ドイツミュンヘンにあるSteinheil社もAplanat(アプラナート)という名前で同様のレンズを作っています。
 
歪曲収差を補正するレンズ構成の概念は、1841年、英国スコットランドの写真家トーマス・デビッドソン(Thmas Davidson:1798-1878、フランスのダゲールが写真法を公開するやすぐさまカメラを製造販売を行った人)が考えだしていました。
 
これらのレンズは、口径比がF/8のメニスカス型の色消しレンズを使って絞り位置で対称に配置していました。
このことにより、ペッツバールレンズよりは暗いものの、球面収差がよく取れ、非点収差もあまり目立たず、対称構造のために歪曲収差がよく補正され、直線は直線として撮影できました。
歪曲がないことから、彼のレンズはRectilinear(直線)と名付けられました。
 
ミュンヘンのシュタインハイル(Hugo Adolph Steinheil:1832-1893)も、英国スコットランドのダールメイヤと同じ年1866年に同じ発想のレンズを作ります。
シュタインハイルのレンズはAplanat(アプラナート)と呼ばれました。
同時期に2つの発明者が現れたのでどちらが先に作られたのかで当時論争になりましたが、シュタインハイルの方が数週間早く発明したと認められました。
シュタインハイルは、1881年に当時としてはもうこれ以上収差が取りきれないと言われたAntiplanet(アンチプラネット)レンズを開発します。
このレンズは非点収差を極力抑えて良好な平面像を得ることができたと言われています。
それ以上に、このレンズは収差が数値的に十分に考慮されて、これ以上は当代の光学ガラス(イエナガラス以前のガラス)を使っては除去できない所まで来ていました。
 
柔軟なレンズ設計に対応するために、新しい光学ガラスが望まれる時代がやって来ていました。
 
 
▲ 光学ガラス製造の確立、ドイツ:
 
光学ガラスの製造の確立の立役者は、ドイツJena(イエナ)のカール・ツァイス社の技師長エルンスト・アッベ博士(Ernst Abbe:1840-1905)とドイツWitten(ヴィッテン)のオットー・ショット博士 (Otto Schott:1851-1935) の3人を挙げることができます。
1877年のことです。
光学ガラスの特性をまとめ上げた両者の業績は、光学機器製造の大革命であったと言えるでしょう。
 
1877年、オットー・ショットは小さなガラス製造所を起こしてアッベ博士と連携をとりながら、ガラスにできるものはすべて白金ルツボに入れて20-60グラム程度のガラスにし、アッベ博士のもとに送りました。
アッベはこれをプリズムに磨いて、分光計を使って精密に測定し光学的特性を精密に調べ上げ、数多くの光学ガラスを得てそれをグラフとしてまとめ上げました。
グラフは屈折率と分散をパラメータにした2次元グラフでできていて、数百種類に及ぶ光学ガラスを二つのパラメータで相関を取って、光学設計の際に必要な光学ガラスが一目瞭然にわかるようにしました(■光学ガラスチャート参照)。
アッベは、光学ガラスの性質を示す値として、ガラスの屈折率はもちろん、波長全体に渡ってどの程度の屈折率の差があるかを数式で示した分散値に注目したのです。
アッベの分散値(アッベ数)とは、
 
   νd = (n d -1)/(n F - n c) ・・・(前出)
      νd : d線における光学ガラスの分散値(アッベ数)
      n d: d線における屈折率
      n F: F線における屈折率
      n c: C線における屈折率
      d、F、C: d線はヘリウム発光に含まれる589.3nmの輝線、F線は水素発光に含まれる486.1nmの輝線、
           C線は水素発光に含まれる656.3nmの輝線。ちなみに、D線(アルファベット大文字のD)は、
           ナトリム発光の複数輝線の中央線である589.3nm。
 
で表される数値です。
彼は丹念にガラスの屈折率を調べて、屈折率にどのような傾向があるのかを考察しました 。
 
新しい光学ガラスを作った中で、特にバリウムクラウンガラス(SKガラス、屈折率が強い割に分散が低い=アッベ数が高い)の開発は、光学設計に自由度を与え、これまで不可能とされてきたレンズ収差を取り除くことに多大なる貢献を果たしました。
これらの光学ガラスは、カール・ツァイス社とショットが新しく建てたガラス工場の地イエナにちなんでイエナガラスと呼ばれました。
 
イエナガラスを使って最初に写真レンズが作られたのは、1887年、英国ロンドンにあったRoss社から出されたConcentricレンズ(焦点距離3インチ、f=75mm)です。
このレンズは「同心円」という名前のごとく、絞り位置を中心として前玉と後玉が対称に配置され、前玉も後玉も平凸・平凹レンズの二枚貼り合わせですべて同じ厚さと曲率になっていました。
ただし、このレンズの口径比はF/16と暗く、これ以上明るくすると球面収差が強くでてしまい使い物にならなかったそうです。
F/16という明るさにしたことで非点収差 が良好に補正され、像面もほぼ平坦で60°の画角を満足のいく画質でカバーできたそうです。
このレンズをF/45まで絞ると80°の画角まで良好な画像が確保できたために、建築物などの撮影に威力を発揮したそうです。
 
ロンドンにあるRoss社のConcentricレンズは、絞り位置を挟んでレンズの構成と曲率がまったく対称であったので、レンズを絞らないと球面収差が十分に取りきれない欠点がありました。
その欠点を克服したのがドイツツァイス社でアッベ博士の助手をしていたルドルフ(Paul Rudolph)でした。
ルドルフはレンズ設計法に精通し、良好なアナスチグマートを得るために卓越した才能を発揮してProtar(プロター)レンズを1890年に世に出します。
自社の光学レンズ(イエナレンズ)を使って自社で設計したレンズを世に送り出したのです。
Protarレンズは、Ross社のConcentricレンズと構成は同じですが、絞りを挟んだ前玉が後玉より大きく作られていて、後玉には新しい光学ガラス(バリウムクラウンガラス)を使った新式の色消しレンズが配置されていました。
前玉の旧式色消しレンズによって収れん作用を持たせ、後玉の新式色消しレンズで発散作用を持たせて両者の収差の相殺作用で球面収差と非点収差 を同時に補正することができました。
ルドルフは、その後も意欲的な写真レンズを次々と設計し写真レンズの基礎を築き上げ、ツァイスレンズの名声を不動のものにしました。
 
 
【ツァイスとアッベとショット】
 
現代光学機器の原点ともなったツァイスとアッベとショットは、どのような関係であったのでしょう。
3者のどの人を欠いても現代の光学の発展は遅れていたに違いありません。
以下に、3人の人となり、相互の関係を述べることにします。
 
■カール・ツァイス(Carl Friedrich Zeiss:1816-1888)
 
カール・ツァイスは、ドイツワイマールに生まれました。
父親は玩具職人であったと言われています。
グラマースクールを卒業後、光学機器を製造するお店(師匠はフリードリッヒ・ケルナー)に奉公人として働き、イエナ大学(The University of Jena)で光学、物理学の講義を受けました。
1846年、彼が30才の時に独立して、小さな光学機器を作る店をイエナに開業し、簡単な顕微鏡や光学機器などの製造販売を細々と始めました。
イエナ大学も当然大切なお客様でした。
顕微鏡製作を始めたのは、植物学の教授であるシュライデンからの勧めがあったからと言われています。
当時の彼の会社はまったく無名で、ツァイスの名前が少しは知られるようになったのは、1847年、彼が31才の時あたりからであり、奉公人を一人雇った時からでした。
この年には顕微鏡を専門に製造する店となって、解剖学用の単玉の顕微鏡製造を始めました。
この顕微鏡は、その年23セット売れたと言われています。
彼は次に複合レンズを使った顕微鏡製造に乗り出して、これが評判となりました。
出来が良かったのです。
1861年、彼が45才の時にはドイツで最高の栄誉とされる科学器機のゴールドメダルを受賞しました。
この頃には彼の工房には20名の従業員をまかなうまでに大きくなっていました。
1866年までに、彼は1000台の顕微鏡を製造し販売しました。
彼は正規の大学教育を受けていなかったので、顕微鏡製造で性能を向上させていくのはトライアンドエラー(試行錯誤)しか方法がなく、現状に甘んじることなく絶えなる光学の問題点を解決していくためには、光学の理論的な裏付けのできる技術指導者が必要なことを痛感していました。
 
そうした折り、彼はイエナ大学で数学と物理学で教職をとっている26才若い有能な学者、エルンスト・アッベと知り合うことになります。
当時のアッベは駆け出しの無給の大学講師でした。
田舎大学のイエナ大学には潤沢な物理実験器具が無く、アッベは満足に動きそうもない実験器具に手を加えながら、学生に物理実験を教えていたと言います。
実験器具を手直しをする時に、自分の手ではどうしてもできない所は外に頼むしかなく、イエナの町では腕の良い精密機械業者がカール・ツァイス社であったので、それがもとで二人は交流を深めることになります。
当のカールの会社でも、先に述べたような顕微鏡作りに性能の良いものができずに悩んでいた矢先でもあったので、双方は良き理解者と協力者になって行きました。
カールは、アッベと共同で1869年に顕微鏡の光源装置を開発します。
 
1872年、カールはエルンスト・アッベを彼の会社に招き入れて、共同で光学機器の性能向上を目指して技術開発を行っていきました。
アッベは、光学に関して明晰な判断と数学の理論を持っていて、彼の発見した球面収差を補正する正弦条件(sine condition)を用いて理想のレンズ作りがツァイス社で始まりました。
 
1884年頃からは、オットー・ショットがガラス光学技術を提供することとなり、ショットの良質ガラスをレンズ材料とすることによって世界最高水準の光学機器を提供できるようになり、ツァイスの名前をさらに有名にしていきました。
 
カール・ツァイス自身は、ツァイス財団を築きあげず72才で天寿を全うします。
.
彼の意志を受け継いで、ツァイスを財団に仕立て上げ労働条件を改善した会社運営の舵を切ったのは、彼よりも24才若く、彼の死後17年長く生きたアッベ博士でした。
.
20世紀に入って第二次世界大戦が終わる1945年までの半世紀は、カール・ツァイス社は世界の最先端を行く光学機器会社でした。
しかし、第二次世界大戦におけるドイツ敗戦によって、ロシアに占拠されたイエナの地はカール・ツァイス社が分断されるという事態に見舞われました。
第二次世界大戦後、ドイツの東西分断によって、ドイツ東部にあったイエナはソ連占領統治下に置かれることになります。
しかし、連合軍は、世界最高技術を持つカール・ツァイスの光学技術がソ連にわたることを恐れ、ソ連軍に先んじてイエナに入り、技術者の多くを半ば強制的にシュトゥットガルトに移動させ、もう一つのカール・ツァイス社として光学機器の生産を引き継がせました。
一方、ソ連軍はイエナにあった工場群を接収、残った技術者もソ連に送りました。
これによってカール・ツァイスは東西に分裂し、西側はシュトゥットガルト近郊のオーバーコッヘンに新会社が設立され、東側はイエナに半官半民の「人民公社カール・ツァイス・イエナ」が置かれることになりました。
カール・ツァイスは、東西ドイツ双方で生きることになったのです。
東西両国に分かれたカール・ツァイス社は、どちらがツァイスの名やコンタックス等商標の権利を持つかで法廷闘争に及ぶ長年にわたる争議が続けられました。
 
1989年、ドイツ統合後には、再び一つになりました。
財団傘下の企業として、カール・ツァイス社やツァイス・イコン社(Zeiss-Ikon)、ショット・グラス社 (Schott Glas)などがあります。
 
 
■エルンスト・アッベ(Ernst Abbe:1840-1905)
 
アッベは、紡績工を父に持つ貧しい家庭に生まれます。
奨学金によってイエナ大学で物理学と数学を学び、その後ゲッチンゲン大学で熱力学によって学位論文を取得しました。
1863年、23才の年にイエナ大学に講師の職を得て物理学と数学の研究に入ります。
1870年にはイエナ大学の物理学と数学の教授(ただし員外教授)になり、1878年、38才の時にはイエナ天文台と気象台の台長に任命されています。
天文台とはいえ、田舎町イエナの天文台は質素なもので、家族の住む小さな家が天文台についていたのでそこで生活をしていた程度でした。
天文の施設はお粗末なものであったと言われています。
その間、1866年にはツァイス社から技術所長の招聘を受け、光学の研究に没頭していくようになります。
ツァイス社の技術所長と言っても従業員5名の小さな会社のことです。
光学顕微鏡の理論的解明協力を依頼された当時のアッベは、26才の無給の大学講師でした。
暮らし向きは貧しかった。
しかし、当然、彼には光学によって財をなしたいとか、学問の世界で有名になって学府の長に立ちたいという野望は希薄でした。
その証拠に、彼の学問が世間に認められるようになった1878年、ベルリンの有名な物理学者ヘルムホルツが彼の家を訪ね、学問の都であるドイツ帝国の首都ベルリンに出て、ベルリン大学の物理学教室の特別教授の職に就く申し出をしたそうです。
彼は、しかし、その職を断りイエナでのカール・ツァイスとの顕微鏡の共同研究の道を選びました。
清貧の求道者のようでした。
彼がイエナ大学であまり良い待遇を受けていなかったのは事実のようで、彼は生涯正教授になることはありませんでした。
それは一つには彼の出自がよくなくプロレタリアート出身であった事が大いに影響していました。
アッベは、イエナ大学の正教授であるカール・スネルに認められ、彼の娘を嫁にもらうという幸せをつかんでいましたが、イエナ大学から認められるまでには至らなかったのです。
また、彼の家族に不幸が襲います。
1874年末から彼の家族のすべてがチフスにかかってしまいます。
家族を救うためには自分も健康になることはもちろん経済的な助けが必要でした。
この状況の中で、アッベはツァイスに手紙を出しています。
ツァイスからの提案は、彼の会社の共同経営者となることであり、その見返りとして全売り上げの利益のうち1/3をアッベが受け取るというものでした。
彼らは、1876年にその契約を交わします。
 
1868年、アッベは顕微鏡におけるアポクロマチックレンズを考案します。
ただし、この顕微鏡もこれを作り上げる光学ガラスがなかったために、ショットが作ったイエナガラスができあがるまでの20年間、1886年まで待たねばなりませんでした。
また、アッベは、1869年に顕微鏡に使う照明手法を考案し、その光源装置を製作します。
1872年には、彼を有名にするレンズ収差に関する正弦条件(Sine Condition)や光学の倍率限界を解き明かします。
数年の後には、彼の理論に裏打ちされたツァイスの17種類の顕微鏡レンズが完成しました。
顕微鏡レンズの開発にあたって、彼が示した光学材料の性質を示すアッベ数(Abbe Value)は、光学設計の大切な設計数値となりました。
アッベ数とは、3成分の波長(C線、D線、F線)の屈折率を使った逆分散値で、この数値をきめ細かく決めた光学ガラスの製造と品質管理によって、光学機器は設計通りの性能が出るようになりました。
またアッベは、精密工学分野でも足跡を残し、測定物と基準物を同一の軸上に配置して機械的に生じる誤差をできるだけ小さくするアッベの原理を編み出し、これを応用した測長器を開発しました。
測長器は、ツァイス社で光学機器を製造する際に、精度が良く歩留まりのよい製品を作るのに不可欠なものでした。
アッベは生産技術でも多大な足跡を残したことになります。
 
1882年、イエナガラスも完成せず、アポクロマチックレンズもできていない時期、ドイツの医学学者コッホ(Heinrich Hermann Robert Koch:1843-1910)がツァイスの顕微鏡を使って結核菌を発見します。
その当時のコッホは、ベルリンの帝国衛生院の所員でした。
アッベは、コッホに油浸系顕微鏡を紹介し、明るさを大幅に向上させるための改良を施した照明装置付き顕微鏡の活用をアドバイスしたと言われています。
ツァイス社は、レンズのみならず装置そのものまで深い洞察力で装置を向上させていたことが伺えるエピソードです。
 
ちなみに、細菌はフランスのパスツールが1862年に発見しています。
20年もの歳月をかけてようやく完成させた至宝のアポクロマート顕微鏡を、アッベは意図的に特許化しませんでした。
当時、ツァイスには、同国のライバルであるエルンスト・ライツ社(Ernst Leitz, Wetzlar:1850年設立)がいました。
アポクロマート顕微鏡ができたとき、いよいよ自分たちの会社(ライツ)も終わりかと思ったと言います。
しかしアッベがあえて特許を申請しなかったことにより、ヴェッツラーにあるエルンスト・ライツ社もアポクロマート顕微鏡製造ができるようになりました。
 
1888年、アッベのよき理解者、カール・ツァイスが亡くなります。
アッベが58才の時です。
アッベはツァイスの亡くなった1年後、彼らの会社を私物化せず公のものにするためカール・ツァイス財団を作ります。
財団を作る際に、カールの息子ローデリッヒ・ツァイスがカールの財産を相続して発言権を持ち、アッベとは違う方向で会社を運営しようとしていたので、アッベは善意を尽くして財団設立に同意させたと言われています。
この財団のすごいところはアッベ自らの財産を提供したのみならず、ツァイス社が発明した多くの特許を無料で公開したことです。
この財団は、現代の企業が取り入れている労働者の働きやすいいくつかのアイデアを盛り込んでいました。
その代表的なものは、1日8時間労働であり、有給による休日休暇や、労働災害や病気による保険の適用などでした。
アッベの父が、紡織工として一日16時間の労働で身を粉にしてアッベを育てた時代背景と、同時期の同じ地域の哲学者、経済学者、革命家であるカール・マルクス(Karl Heinrich Marx:1818-1883)が共産主義を唱えて闘争に立ち上がった社会背景を考えると、プロレタリアート出身のアッベが、当時の極悪なまでの社会労働環境をマルクスとは別の方向で改革し、先進的な会社経営を打ち立てたことは記憶にとどめておくべき事だと思います。
 
アッベの晩年は、光学技術の科学者と言うよりも会社を運営する経営者という色合いが濃くなります。
経営者としても時代を先取りする優れた雇用システムを取り入れた希有な才能を発揮しました。
 
 
■オットー・ショット(Friedrich Otto Schott: 1851-1935)
 
ドイツウィッテン(Witten)で板ガラス製造を営む家に生まれました。
父親がガラス工業組合の副会長を務めるほどであったから、彼は比較的裕福な家で育ちました。
幼い頃よりガラスに馴染んで成長し、ガラスの製造、特性をそらんじるまでになりました。
彼は、光学ガラスの祖と言われています。
ショットは、アーヘン工科大学で化学工学を学んだ後、1875年、イエナ大学で窓ガラス製造時の欠陥に関する論文で博士号を取得しました。
 
1876年、彼が26才の年にスペインにヨウ素と硝石を精製する工場を立てます。
アッベ博士とは、年が11才離れています。
カール・ツァイスとは35才離れています。
ショットがイエナ大学に入った当時、アッベ博士は同大学の員外教授の職にあり、カール・ツァイスの会社の技術顧問としても活躍していました。
ショットは、アッベ教授の光学理論を理解し、精度の良い光学ガラスの必要性を十分に認識していたと思われます。
ショットとアッベ教授とは光学ガラスに関する意見交換がずいぶんとあったようで、1877年から光学ガラスの基礎研究が両者の間で始められています。
1879年、ショットは新しい光学ガラス特性の見解を聞くために、酸化リチウムを含んだ新しい光学ガラスをアッベ博士の元に送りました。
測定の結果、そのガラスはアッベが望んでいた性質を持つものではなかったがショットの仕事ぶりに大いに感銘を受けたと言われています。
以後、アッベとショットは光学ガラスに関して長い書見のやりとりを続けることになります。
3年の技術書見交換を通じて新しい光学ガラスを作り出す段階にまでこぎつけ、1882年、ショットは研究する場所をイエナに移しました。
そしてさらなる新しい光学ガラスの試作実験が続けられました。
この試作実験は、ショットとツァイス社による光学ガラス研究所の設立という形であらわれました。
しかし、この研究には非常に多額の資金が必要であったため、ツァイスとアッベだけの力だけでは研究を継続することは不可能になりました。
そこで、彼らはプロイセンの助成金を申請し、その資金で新しい設備投資を行い研究所をスタートさせました。
1884年には、マインツ(Mainz)に新しい光学ガラスを開発するためのSchott & Genossenガラス工業所を設立しました。
この会社はカール・ツァイス社との共同出資の工場でした。
 
1886年には、非分散光学ガラスを開発し、44種類のガラスをリストアップした製品目録を完成させました(■ 光学ガラスチャート 参照)。
彼らの製品目録は、従来の体系とは大きく異なっていました。
従来の光学ガラスが比重だけで区別されていたのに対し、彼らの製品リストには、屈折率や3本のスペクトル線の分散値、比例値まで記載されていました。
この精密な光学特性を出せるショットの光学ガラスの完成によって、アッベが20年以上も構想してきたアポクロマートの顕微鏡が実現しました。
ショットはさらに、1887年から1893年にわたってホウ酸珪素による光学ガラスを開発し、イエナガラスの品質を不動のものとしました。
 
1891年、彼が40才の年には、アッベ博士の趣旨に賛同して自分の持っていたショット企業に関する持ち株をすべてカール・ツァイス財団に移しました。
以後この財団は、ツァイスグループとショットグループの2本柱で運営されることになりました。
 
 
▲ 写真レンズの基礎の確立と光学ガラス製造の確立、ドイツとイギリス: (2005.10.02追記)
 
イエナガラスが、光学レンズの世界に与えた影響は多大なものがあります。
イエナガラスができるまでの光学機器は、イギリス製のものが圧倒的に性能がよく、ドイツの製品には2流のレッテルが貼られていました。
イエナガラスができてからというもの、光学機器の精度が一気にあがりました。
イエナガラスを作ったCarl Zeiss社は、この素材をもとに顕微鏡、写真レンズ、双眼鏡、望遠鏡、光学測定機器などに珠玉の製品を作り出して行きました。
イエナガラスは、ツァイス社のみならずイギリスやフランス、自国の光学機器メーカからも競って買い求められ、この光学ガラスによって性能の良い光学機器が作られて行きました。
 
このようにして、光学機器の歴史を振り返って見ますと、イギリスが意欲的に光学機器を作り、光学ガラスはドイツのイエナで確立された感を持ちます。
1800年代は、産業革命を果たしたイギリスが機械工業では群を抜いた技術を持っていました。
イギリスはヘンリー・モーズレー、ジョセフ・ウィットウォースなど傑出した工作機械の技術者が現れ、当時最先端の工作機械を世に送り出していました。
ネジなどの機械要素の規格化にもいち早く着手していました。
レンズなどの光学製品も自然イギリス製のものが一番品質がよく、写真カメラもレンズもイギリス製のものが良質とされていました。
ドイツ製は当時二流品とみなされていました。
今の観点から見ると想像もできないことです。
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機械・光学産業で二流の国であったドイツが、エルンスト・アッベとオットー・ショットによって光学の国と言われるようになった基盤を作ります。
そのもっとも大きなものがイエナガラスの開発でした。
アッベは、ショットと協力して今までに無かった新しい光学ガラスを開発し、新種の光学ガラスを誰に対しても分け隔て無く広く使ってもらうようにしました。
 
 
■ 光学ガラスチャート  (2005.10.14追記)
 
下図は、光学ガラスのチャートです。
横軸にアッベ数(分散)を取り、縦軸に屈折率を与えて光学ガラスの特性をチャートに表したものです。
光学ガラスは、現在、ドイツのSchott社を始め、日本のOHARA、HOYA、ニコンなどの光学ガラスメーカからいろいろな光学ガラスが出ていて、各社独自にこうしたチャートを作って配布しています。
このチャートを最初に作ったのは、イエナガラスで有名になったショット社です。
 
 
 
光学ガラスチャート
 
図の中の太字で書かれた文字は、大まかなガラスの分類を表すもので、太文字から光学ガラスのおおよその組成と性質を知ることができます。
アッベ数が55以上のものは、クラウン(ドイツ語でKrone = 王冠)で「K」が与えられています。
νd(アッベ数)が45以下のものは、フリント(Flinte = 散弾銃。英語のflintは火打石を示す)と呼ばれ「F」が与えられます。
KとFの前につけられている「L」と「S」は、軽い(Leicht)と重い(Schwer)と言う意味があり、SFを日本語では、重フリントと言っています。
重フリントは、屈折率も高く分散も高い(アッベ数が低い)ので見るからに重いガラス材料で、古くは鉛を入れたガラスのことをフリントガラスと呼んでいました。
このほか、Ba、Laという字がついているのは、バリウム、ランタンの略で、ガラスにこうした元素成分が含まれていることを示しています。
新しい時代のガラスです。
アッベとショットが上に示した光学ガラスのチャートを作り出して、光学ガラスの特性が一目で把握できるようになりました。
イエナガラス以前は、上のグラフの薄黄色の領域で示したガラスしかありませんでした。
このガラスは、大きく分けてフリントガラスとクラウンガラスと呼ばれているものです。
両者の組み合わせで色消しレンズが作られました。
1700年の中頃にこれらの光学ガラスが作られたようですが、ガラスが均質でなく脈理もあったりで満足のいく光学レンズを作り出すのがとても難しかったそうです。
1600年の始めにガリレオが作った天体望遠鏡は、ガラスの透明度さえままならず脈理も多く、そんなレンズを使って宇宙を覗いていたのです。
フリントガラスとクラウンガラスが品質よく作られるようになったのは、1790年のスイス人ギナンによる光学ガラス製造法の確立からです。
アッベとショットは、従来の光学ガラスにバリウムを添加することによって、屈折率を保ちながら分散を低く抑えるガラスを作り出しました。
これが図の薄いピンクで囲まれた領域のガラスです。
グラフの上部にある水色の領域は、太平洋戦争後に作られた光学ガラスということになります。
イエナガラスから50年ほど経った1940年代に、米国のモーレー(George W. Morey、ワシントン・カーネギー研究機構地球物理学研究所)は、La2O3などの希土類元素酸化物が従来のバリウム(BaO)より屈折率を高めて分散をおさえる働きがあることを突き止め、Kodakより商品化されました。
実用化までにはいろいろな困難があったようで、ランタンを含んだガラスは経年変化によって黄色に着色するなど新しいガラスは多くの問題を抱えていたそうです。
それらの問題を解決するため、一つには従来の粘土ルツボを使っていた製法を改め白金ルツボを使うようになったと言われています。
おそろしく設備投資のかかる話です。
現在では、さらにアッベ数の高い光学ガラスが開発され、蛍石に近い低い分散を持つフッ素化合物異常分散ガラスができるようになりました。
これらのガラスは、望遠レンズなどに威力を発揮しています。
ガラスチャート図を見ていると、光学ガラスは、日本列島のような分布図の上に乗っかるように新しいガラスができてきた感じを受けます。
別の見方をすると、分散を抑えながら(アッベ数を高く維持しながら)屈折率の高いガラスを作って来た歴史ともとれなくありません。
▼ BK7
 
我々が、もっともよくお世話になるBK7という光学ガラスは、アッベ数が64.17、屈折率が1.5168のもので、光学ガラスの中ではあまり屈折率が高くなく分散も低い部類のものです。
このガラスは、B (= 硼砂)を混ぜたK(クラウン)という意味で硼珪クラウン (Borosilicate Crown) を意味しています。
アッベとショットが1884年にイエナガラスを完成させたとき、新種のガラスのなかに新しいクラウンガラス(BK)も入っていました。
屈折率を同じにして分散を低くした(アッベ数が高い)クラウンガラスでした。
BK7は、耐久性が優れキズがつきにくく分散も少ないので、プリズムの材料に多く使われました。
一眼レフカメラのペンタプリズムや双眼鏡、虫メガネ、ルーペなどにたくさん使われています。光学ガラスの中でもっとも多く溶解されているものです。
 
▼ 光学材料
 
参考までに、光学ガラスの他に我々がよく知っている光学材料であるダイヤモンドやサファイア、石英、パイレックス、蛍石、アクリルなどがどの位置にあるかを図に載せておきました。
ダイヤモンドは、屈折率が他の光学材料に比べてず抜けて高いことがわかります。
サファイヤは、結構屈折率が高く、研磨も面倒なので光学ガラスとしてはあまり利用されず、良好な機械的特性や、耐熱性、酸・アルカリなどの耐腐食性に着目して、光学的な支持台や高温、高圧環境の観測窓に利用されます。
石英は、BK7に近い屈折率と分散をもっていることがわかります。
石英は紫外線から赤外まで幅広く光を透過し、耐熱性、耐衝撃性にも優れていることからレーザ光学部品としてよく使われます。
パイレックスは耐熱性が良く石英より安価なので、高温場で使用する光学ガラスに使われます。
アクリルは最近注目を浴びている光学材料です。
コンタクトレンズや眼鏡の材料によく使われています。
樹脂はガラスのような亀裂破壊が少なく、粘りがあり軽いので近年光学ガラスとしての利用価値が高まっています。
また、金型を作ってモールド製法によってレンズがたくさんできるので非球面レンズを大量にしかも安価にできます。
そうした特徴が評価され、いろいろな分散と屈折率を持った樹脂が作られています。
樹脂は、注目すべき光学特性をたくさん持っていますが、欠点は温度と湿度によって体積と屈折率が光学ガラスよりも大きく変化することです。
精密な光学機器に応用するには注意が必要です。 
 
■ 光学ガラスの特徴 - ガラスって? (2006.04.21)(2009.05.24追記)
 
ガラスという物質は、どういう特性を持っているのでしょうか。
ガラスは水飴と同じ、と言われてもピンとこないと思います。
ガラスは「固溶体(こようたい)」と呼ばれています。
つまり、水飴が仮に固まっている状態、というわけです。
ということは、ガラスは条件さえ整えば液体となります。
古いガラス窓を見ると表面が大きくうねっているのを見ることがあります。
長い時間経過でガラスが歪んでしまったのです。
つまり、ガラスは結晶構造を持っていないことになります。
しかし、石英の仲間には結晶構造を持ったものもありますし、ダイアモンドもサファイアも結晶です。
しかし、一般的にガラスは固溶体で温度を上げると水飴のように柔らかくなります。
また、ガラスは、可視光域(一部近赤外域)で透明であり、熱によって細工が容易にできます。
ガラスに金属添加物を入れることにより発色ガラスを作ることもできます。
この特性によって工芸品を始め、理化学機器製品に多用されてきました。
 
▲ 特徴:
ガラスは固溶体である。
結晶質構造ではない。
熱を通しやすい。
電気を通しにくい。
応力が集中すると破談(亀裂破壊)しやすい。
▲ 金属とガラス:
金属とガラスは性質が大きく異なります。
金属は、基本的に金属色をしていて、透明ではありません。
透明な金属はありません。
金属は電気を良く通しますが、ガラスは電気を通しません。
金属は、結晶構造が複雑で部分部分で結晶構造を持つものの個々の結晶粒塊が集まってできたものがほとんどです。
一部固溶体のものもあります。
 
▲ 無機材質とガラス:
無機材質の代表的なものは、陶器です。
陶器とガラスには、共に壊れやすい、電気を通さないという特徴があり、熱に対しては陶器は強くガラスは水飴になってしまいます。
また、陶器は一般に光を通さない不透明体であり、ガラスは透明です。
 
▲ 樹脂とガラス
樹脂とガラスの違いは、樹脂は破談しにくく、ガラスは衝撃に弱く破壊しやすいことです。
 
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■ 代表的な写真レンズ - ガウス、トリプレット、テッサー(Gauss、Triplet、Tessar) (2005.08.26)(2018.09.12追記)
 
写真用のレンズはこれまでにいろいろなタイプのものが作られて来ましたが、写真レンズ開発の源流をたどってみると、その原点は光学ガラスが安定して供給されるようになった1900年前後に行き着きます。
この時期に基本的な写真レンズの光学レイアウトが完成したように思います。
それがガウスタイプのレンズであり、トリプレットタイプであり、テッサータイプです。
この3つのタイプからさらに枝分かれして多くの進化した写真レンズが生まれたと考えます。
こうした写真レンズの基礎となった三つのレンズについて簡単に紹介したいと思います。
 
■ ガウスタイプ(Gauss)1888年
 
このレンズは、大口径の標準レンズの代名詞になっているレンズ構成で、レンズエレメントが絞りを挟んでおよそ左右対称のレイアウトになっています。
偉大な数学者の名前の付けられたレンズですが、ガウス(Johann Carl Friedlich Gauss: 1777 - 1855)が実際に設計したわけではありません。
ダゲールが写真を発明した当時、ガウスは60才を過ぎていて、写真レンズには深く関わっていません。
彼は天文学を研究テーマにしていましたから、彼の若い頃は望遠鏡に深い関心がありました。
1817年、40才の彼が示唆した望遠鏡の対物レンズは、2枚のメニスカスレンズでした。
これは、それまで望遠鏡の主流であった凸レンズと凹レンズを貼り合わせるフラウンホーファー型とは全く異なった概念でした。
フラウンホーファー(Joseph von Fraunhofer: 1787-1826)は回折格子を考え出した人として有名で、レンズ磨き職人としても非常に有名な人です。
たくさんの秀逸な望遠鏡を製作しました。
ガウスの唱えた対物レンズは、球面収差と色収差がよく一致するという特徴(spheroachromat)を持っていましたが、いかんせん製造が難しかった。
だから、彼のレンズは一度も望遠鏡として使われることはありませんでした。
70年後の1888年、イエナガラスの普及もあって、米国の天文学者クラーク(Alvan G. Clark)は、ガウスの提案した対物レンズを借用して絞りを挟んで両側に2組配置するというレンズ構成を思いつき、特許を取って米国のボシュロム(Bauch&Lomb:1853年設立)から販売しました。
しかし、彼の設計では色収差がかなり残っていたため、ドイツのカール・ツァイス社のレンズ設計者ルドルフ博士(Paul Rudolph: 1858 - 1935)は、メニスカスレンズの1対を貼り合わせたレンズに置き換え、クラークの4枚構成から合計6枚構成に代えたレンズを完成させました。
これが1895年に発売されたプラナー(Planar、f=60mm、F3.5)というレンズです。
さらに、プラナーでは、レンズレイアウトを対称にすることに固執したためにF3.5の開放ではかなりのコマ収差が出てしまい、コマ収差を除去するためには2、3絞り絞らなければなりませんでした。
この問題を解決したのが、英国のT.T&Hobson社のリー(Horace William Lee: 1889 - 1976)でした。
彼は、左右対称性を崩し、レンズ個々において個別の屈折率をもった光学ガラスを当て、コマ収差を大幅に除去しました。
このレンズはF/2の明るさと画角50°を包括するレンズで、「Opic」(オピック)という商品名で販売されました。
ここにガウスタイプの一応の完成を見るに至りました。
以後、ガウスタイプは幾多の変形を経て現代では標準レンズの代表的なレンズレイアウトとなっています。
 
 
 
 
 
■ トリプレットタイプ(Triplet)1893年
 
英国クック社(Thomas Cooke & Sons)の光学技術者テーラー(Dennis H. Taylor:1862-1943)の設計した、3つのレンズエレメントから構成されるレンズです。
テーラーはレンズコーティングの発見者としても有名です。
ツァイス社のルドルフ博士がプロターと呼ばれるアナスチグマートレンズを開発していた同じ時期、1893年に、非常にシンプルなレンズレイアウト構成によってアナスチグマートを達成する手法がテーラーによって考えだされ、トリプレットレンズと命名されました。
トリプレットレンズは、凸凹凸の三枚の単レンズを離して配置することで、2つの色収差とザイデルの5収差が自由にコントロールできるという大きな特徴を持っていました。
凸凹凸のシンプルな構成によるレンズは、中央に配置された凹レンズが収差を除去するのに一人何役もこなすことができました。
凹レンズが何役もこなすには、3つの光学レンズエレメントに新しい特性の光学ガラスが必要でした。
その光学ガラスにイエナガラスが活躍しました。
クックレンズは、面白いことに、クックのいたThomas Cooke & Sons社では作られませんでした。
というのは、Thomas Cooke & Sons社では天文関係の仕事で手一杯で、写真レンズのビジネスにはまったく興味を持たなかったからです。
そこで、クックレンズの製造権を英国LeicesterにあるTaylor, Taylor & Hobson社(TT&H社)に譲り渡すことにし、以後、Cookeレンズは、映画の世界、特にハリウッドで名声を得るようになりました。
 
 
■ テッサータイプ(Tessar)1902年
 
テッサーレンズは、1902年ドイツCarl・Zeiss社のPaul Rudolph博士によって設計されました。
ルドルフ博士(Paul Rudolph :1858-1935)は、アッベの助手としてイエナ大学を卒業後ツァイス社に入社しました。
ルドルフの助手であったエルンスト・ヴァンデルスレブ(Ernst Wandersleb:1879-1963 )もまたイエナ大学を卒業後ツァイスに入り、珠玉の写真レンズを次々と設計していきました。
テッサーの由来は、ギリシャ語のTetra(4つの)という言葉から来ていて、4枚構成のレンズを使ったのでこの名前がついたと言われています。
テッサーレンズは、イギリスCooke社で開発された3枚構成のトリプレットレンズを多分に意識しています。
テッサーレンズは、トリプレットレンズの後玉をアクロマチックレンズ(色消しレンズ = achromatic doublet)で構成したものでした。
以後、テッサーに分類されるカメラレンズがたくさんできました。
ツァイスのライバル、ライツ社のライカ(ライツ社のカメラ、Leitz Cameraの略称)に使われていた有名なエルマーレンズは、ツァイスのテッサーの特許が切れてからマックス・ベレーク博士(Max Berek:1886-1949)によって設計されました。
テッサーレンズは、カール・ツァイスに特許料を払って、米国のボシュ&ロム社、イギリスのロッス社、イタリアのF・クリスタカ社、フランスのE・クラウス社などが生産しました。
35mmフィルムを使ったカメラは、ツァイス社の「コンタックス」よりライツ社の「ライカ」の方が有名だったようです。
というのも、ライツ社はそもそも写真好きが多かったようで、ライツ社のカメラ、ライカは1913年に技術者であったオスカー・バルナック(Oskar Barnack:1879-1936)によって生み出されます。
当時主流であった写真乾板を使ったカメラがどうにも重く、簡単に持ち運びできるカメラを作りたいと考えていたバルナックが、映画用の35mmフィルムを小さく切って、カメラに納めて撮影したのが始まりとされています。
(バルナックが両手を拡げた一尋(ひとひろ)の長さをフィルムの長さと決めて36枚撮りの原型となりました。)
ライカは、レンズももちろん優秀でしたが、カメラ自体が非常に良くできていて、例えば、フォーカス調整のためのレンジファインダー機構、フィルム巻き上げ機構、カメラのホールディング(手持ち感)、フォーカルプレーンシャッタ機構、堅牢性などライバルに比べ群を抜いていたようです。
ライカに装着されたレンズは、1925年のほんの初期の間は、ライツ・アナスチグマット(Leitz Anastigmat)f50mmF3.5(3群5枚構成)とエルマックス(Elmax)f50mmF3.5(3群5枚構成)が使われ、1926年からマックス・ベレーク博士によるエルマー(Elmar)レンズf50mm(3群4枚)になりました。
エルマーレンズはレンズ枚数が少なくて画質が良かったので生産効率が上がり、ライカの生産に大いに貢献したと言われています。
全く余談ですが、昨今のデジタルカメラの進歩に伴って、デジタルカメラの生き残りをかけてフィルムカメラでノウハウを蓄積した一眼レフカメラメーカと、電子技術を得意としたAV家電メーカの競争が激化しています。
AV家電メーカは、光学系(レンズ)のブランドイメージがないので、ツァイスレンズを採用したり、ライツのレンズを採用して総合ブランドイメージを高める努力を払っています。
これらのレンズがいかに有名であるかの証左と言えましょう。
 
【ドイツ数学の巨匠 - ガウス(Johann Carl Friedrich Gauss:1777-1855】 (2005.07.27記)
 
ドイツが生んだガウスは、天才の名をほしいままにした数学者としての位置づけが私の中にあります。
同時代に、フランスのフレネル(Augustin Jean Fresnel、1788-1827)がいます。
ガウスの小学校時代、1+2+3+・・・+98+99+100の合計和をいとも簡単な数式に置き換えたエピソードや、当時の教師が、もう彼に教えることは何一つ無いと言わしめたほどの早熟で早くから数学的才能が開花していました。
多くの優秀な数学者がそうであるように、彼は天文学を専門とし、1807年、30才の年にゲッチンゲン天文台長となって後、40年間その職にとどまりました。
ガウスは数学者としての位置づけが強い反面、数理をもとにした物理学への貢献も多大なものがありました。
磁気の単位であるガウスや、複素平面の概念を取り入れたガウス平面、最小二乗法の発見、自然界に現れる誤差の分散(正規分布=ガウス分布)の定義など馴染深いものが数多くあります。
光学の分野でもガウスは足跡を残しています。
レンズの主点という考え方を最初に使ったのがガウスであり、主点を用いてレンズ公式(近軸光線)を導きました。
レンズ公式とは、1/a + 1/b = 1/f という馴染みの深い簡単な公式です。
この公式が成り立つ光学の領域を近軸光線、ガウス領域と言っています。
レンズの主点の考えを著した彼の論文は、1840年の発表であるので彼の晩年の研究ということになります。
彼の研究テーマは、数学と天文学が主なものであり、光学は天体望遠鏡の関係から考察の対象としたように見受けられます。
レンズ設計も行っていて、後に写真レンズの標準となるガウスタイプのレンズはガウスの設計したレンズが発端となっています。
しかし、現在のガウスタイプのレンズそのものをガウスが着想したかというとそうではなく、有名な学者の名前をニックネームのようにして使ったという感をぬぐいきれません。
 
 
 
 
■ 至宝のカメラレンズ - 映画カメラに使われるツァイスレンズ
 
上の写真のレンズは、映画カメラ(ドイツ製アリフレックス = ARIIflex) に使われているレンズです。
外径がφ80、長さが76mmあります。ずっしりと重く(720g)ガラスの塊のようなレンズです。
このレンズは、ドイツのカール・ツァイス社が設計製作した焦点距離f85mm、T2.1の性能を持つPlanar(プラナー)と呼ばれるレンズです。
プラナーは、1895年(今から110年も前に)、カール・ツァイス社のレンズ設計者ルドルフ博士が設計したガウス型のレンズで、当時画期的なレンズとして名前が知れ渡り、一世を風靡しました。
そのため、今でもこのブランドが残っています。
レンズの絞りがFナンバーでなく、Tナンバーになっていることに映画撮影が光量を正確に要求するシビアな世界であることが理解できます。
レンズマウントは、アリフレックスカメラのマウントで、ステンレス製のツバの厚いフランジが四方向に出ていて、ピンガイドによってカメラのガイドピンに合わせて挿入し、カメラ側に装備されている回転式レンズホルダを回してレンズを装着します。
レンズ絞り(Tナンバー)がレンズの一番先にあり、その次にフォーカス調整リングが配置されています。
絞りの後の2つの数列は撮影距離であり、フィート数字が赤でメートル表示が白です。
全周数字だらけでわかるように、フォーカスはレンズ鏡筒をほぼ1回転回すことができ、撮影距離0.9mから無限大(∞)までのフォーカス調整が可能です。
0.9mというとかなり近距離の撮影で、この距離まで収差を取っているのか、と感心します。
それでレンズの明るさがT2.1。
レンズが重いわけです。
フィートとメートル表記の間にあるギアの歯形のようなものは、フォーカスリングの滑り止めです。相当深く刻まれていてシビアなフォーカス調整に応えられるようになっています。
フォーカスリングを回すフィーリングは重すぎず軽すぎず、希望する位置でフォーカスリングがピタっととまる感触です。
このフィーリングは昨今のオートフォーカス35mm一眼レフカメラレンズでは味わえません。
オートフォーカスレンズではモータでレンズを繰り出すため、手動での操作を考えていません。
そうした電動レンズを手動で動かそうとするとまことに不満です。
わずか1/3の回転角で近距離から無限遠まで合わせようとして、その上回転もスムーズでなく、微妙なピント合わせに四苦八苦してしまいます。
映画カメラで使われるレンズでは、ドイツのZeissのレンズの他、イギリスのクック(Cooke)のレンズも有名です。
クックというのは、Thomas Cooke & Son社のことで、英国人デニス・テーラーがトリプレット型のレンズを発明したことで有名な会社です。
クックブランドのレンズは、実際にはこの会社で製造されず、Taylor, Taylor & Hobson社(TT&H社)で製造・販売されていました。
この会社は、映画業界ではとても有名なレンズメーカーで、映画カメラ(米国Bell & Howell、Michell)向けにレンズを作っていました。
現在は、Cooke Optics Ltd.(Leicester)となって映画用、大判用のレンズを製造・販売しています。
これに対して映画カメラの勇であるドイツARRI社(Arnold & Richter)は、自国のレンズを採用したというわけです。
 
 
■ 標準レンズ (2020.01.11記)
 
撮影画角が人間の視角と同じ50度程度をもつ写真レンズを標準レンズと言います。
ンズ構成は、右に示すようにガウスタイプとなっていて絞りを挟んで対象型となっています。
右のサンプルレンズは1962年に製造されたものです。
画像歪みがもっとも少なく収差も素直にとれて大口径化しやすいレンズとなります。
1962年当時の明るいレンズの必要性は、速い露出時間を得るという理由よりも、ファインダーを明るくしたいという要求によります。
当時の一眼レフカメラは、レンズから入射する光を反射ミラーで跳ね上げてファインダーで見ていました。
口径の小さいレンズは暗くてフォーカスを合わせずらい問題がありました。
1960年代の標準レンズは、F2.0、F2.8程度でありユーザの要請によりF1.4となりF1.2の明るいが作られました。
夕方や夜間の撮影に威力を発揮したのは言うまでもありません。
こうした明るいレンズは標準レンズに顕著で、広角レンズや望遠レンズでは明るいレンズはあまり見かけません。
収差を取るのが大変でコストも高くなり現実的ではないようです。
デジタルカメラ時代になって撮像素子の感度が上がり電子ファインダーになると、ことさらに大口径のレンズを開発することともなくなってきました。
大口径レンズは収差を抑えるためにたくさんのレンズエレメントを使い、このためにレンズの反射が多くなってF4やF5.6で使用する場合では大口径レンズにしない方が画質が良いことがあります。
 
■ 広角レンズ
 
右のレンズは、 f = 13mmの焦点距離を持つライカサイズ(フルサイズ)の超広角レンズです。
撮影画角が対角線換算で118度あります。
この画角は、カメラから3メートル離れた対象物を、8.3メートル x 5.5メートルの範囲で切り取ることができます。
前玉が180度(半球形)はあろうかというほどの球形をしています。
広範囲から入射する光を徐々に曲げていき撮像面に導いています。
このレンズは、一眼レフカメラ用のレンズであるため、反射ミラーをフィルム面とレンズ後玉部の間に配置する関係上、レンズの中心位置(第二主点 H')がレンズのない位置にあります。
また、レンズの前焦点(F)は、レンズの中にあります。
レンズ前部についている花びらのようなツバはレンズフードで、画像形成に関係しない光線がレンズ内に入って乱反射によって画像のコントラストが低下するのを防止するのとむき出しになったレンズを保護する目的があります。
1976年に開発されたこのレンズは、画質の良さから世界的な名声を受けて、今日まで40年間製造され続けています。
 
■ 望遠レンズ
 
望遠レンズは、画角は10度程度以下と狭いレンズで、遠くにある被写体を引き寄せて拡大撮影するのに使います。
レンズ口径が大きいのにもかかわらず焦点距離が長いので口径比が小さくなります。
F2.8は望遠レンズでは明るいレンズとなります。
望遠レンズではF4からF5.6が一般的で、F8と言うレンズもあります。
上図に望遠レンズ構成を示します。
レンズは3グループで構成され、真ん中が凹レンズとなっているためトリプレット型となります。
真ん中の凹レンズ群が前後に移動することにより焦点位置が変わり、フォーカス機能を持ちます。
通常のレンズはレンズ全体を前後に移動させてフォーカスを行います。
しかし望遠レンズは大きくてレンズ全体を前後に動かすのは大変なので、内部の中央部の凹レンズ群だけを前後させてフォーカスする方法がとられました。
これをインナーフォーカス方式と言います。
前玉には、異常分散のEDレンズ(Extra-low Distortion Lens)が二枚使われています。
異常分散レンズは、蛍石に代表される色収差の極めて低い光学ガラスで、顕微鏡レンズや望遠レンズにはなくてはならないものでした。
昔は、こうした異常分散ガラスは蛍石のように天然でしか入手できず大変高価なものでした。
それが人工で作られるようになると安価になり、入手しやすくなりました。
その結果、一気に望遠レンズの性能が上がり、かつ、価格も抑えられるようになりました。
EDレンズの恩恵は、双眼鏡や望遠鏡、顕微鏡にも及んでいます。望遠レンズは、天体撮影の他にスポーツ分野に多く使われ、オリンピックが開催される年を狙って新しいレンズが開発されて来た感を持ちます。オリンピック開催は、カメラメーカーにとって自社のブランドを誇示する大きな檜舞台であるようです。
 
 
 

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■ レンズの解像力(Resolving Power) (2005.10.01)(2006.04.10追記)
 
これまでレンズの形や仕組み、絞りの作用などをいろいろ述べてきましたが、最終的にレンズの性能評価はどのように行われているのでしょうか。
映像は最終的には人間の判断にゆだねられるので、芸術という観点からは、レンズの客観的な数値表現は難しいものでした。
画像は、人によって淡い色彩が好みであったり、原色が好みであったり、キッチリと画像の隅々までピントを合わすよりも少しぼかした方が好きであったりとまちまちです。
しかし、計測という観点から映像を見ると、四角いものは四角く、像はできるだけシャープに、色は現実の色に忠実に、というのが好ましい映像のあり方だと考えます。
従って レンズは、物体の一点を像の一点としてシャープに結ばせることが基本的な要求性能となります。
物体から出た光が一点に集まらなければ良好なレンズとは言えません。
良好なレンズを示す客観的な数値表現としては、レンズの解像力が採用されてきました。
レンズの性能は、この性能がすべてというわけではありません。
しかしながら、客観的な数値表現としてはこれがもっとも端的に言い表せる数値上の性能表現であるために採用されているのです。
 
レンズの解像力は、どれだけ細かい線巾を像として識別できるかというもので、数値の単位として本/mm(lp/mm)が使われています。
lpは、lines pairの略です。これは1mm当たりのどれだけの細かい白黒のペアの線が結像するかを示した数値で、数値が大きいほど細かい線の像を結ばせることができ性能が良いと言えます。
解像力は、『▲ レンズ解像力の数値的表現』の項でも触れました。
実際にどのような方法でレンズの解像力が測定されるのかというと、レンズチャートと呼ばれる細線が刻まれたチャートを使って検査するレンズを通して像を作り、どの程度の細かい線(本/mm)まで像として結んでいるかを調べます。
検査をする際に、どの程度まで見えるかの判断が検査者の能力で決められてしまうのはよくありません。
また、レンズの中心部と周辺部でも性能は違ってくるでしょうし、白黒のはっきりした格子縞と淡い縞では結像の度合いが変わって来ます。
 
 
▼ 濃度によるレスポンス、周波数によるレスポンス
右に示すような一定間隔のストライブ(格子状)のチャートを使って、レンズを通して像を作ったとき、どのように像が結ばれるでしょうか。
一般的に、解像力を評価する場合、強度レスポンスによる方法と、空間レスポンスによる二つの評価法があります。
強度レスポンス法は、チャート(縞 = ストライブ)の濃度を変化させて(濃い濃度から薄い濃度に変化させて)像がどのように追従するかを見る方法であり、空間レスポンス法は、ストライブの周波数を高くしていって(非常に細かな縞格子を使って)どこまで追従するかを見る方法です。
基本的に、強度が弱くなるに連れて(コントラストの弱い被写体になるにつれて)、像のレスポンスが悪くなります。
また、周波数が高くなると像はそれに追従できずに強度レスポンスも悪くなって行きます。
こうしたレスポンスを評価する際に使うチャートは、白と黒のコントラストが1:1000、もしくは1:30のもので、周波数は、格子間隔を√2、もしくは2^1/3、2^1/4の等比数列で刻んだものにしています。
コントラストが1:1000というのは、白い部分の明るさと黒い部分の明るさの比がこれだけあるということです。
つまり輝度比がこれだけあるということです。
一般のCCDカメラは、8ビット濃度で画像を得ているので濃度範囲は1:256となります。
この意味では1:1000のチャートは、10ビット(1,024諧調)の濃度諧調を持つことになります。
こうしたチャートは印刷によって作られますが、印刷は一般のCCDカメラよりも深い階調が得られるのです。
透過型のチャートでは、光学ガラスにアルミなどを蒸着することによってこうしたコントラストを持つものを製作しています。
このチャートを使ってレンズで大きく拡大投影させ、レンズを通した拡大像を見てうまく像を結んでいるかどうかを調べます。
像は、場合によっては顕微鏡を使って調べることもあります。
 
▼ 中心部と周辺部のレスポンス
 
レンズは、中心部と周辺部では当然解像力が異なるので、それを調べるためレンズチャートも中心部と周辺部に解像力チャートを配置します。
一般に、レンズ中心部は解像力が高く、周辺部に行くほど解像力が落ちるため、中心部のチャートは細かく、周辺部のものは荒く設計するのが普通です。
良質なレンズでは、レンズ中心部は100本/mm程度の解像力があり、周辺部で60本/mm程度あります。
4x5インチフィルムを用いる大判カメラレンズでは、イメージサークルが大きいので大きな像面エリアすべてにわたって良好な解像力を求めるわけにはいきません。
多くの場合、レンズの絞りを絞るというのは、中心解像力を落として周辺収差を改善させ全体的に解像力を平均化することをねらいとしています。
こうすることにより、4インチx5インチ(101.6mmx127mm)の像面エリアを50本/mm程度の解像力でカバーすることができます。
50本/mmは、撮像面上で10um単位の像を結像させる能力ですから、このレンズを使ってCCD固体撮像素子でしっかりととらえるには5um単位の画素を持つ必要があります。(「▼フィルムのレスポンス、固体撮像素子のレスポンス」参照。)
5um単位の固体撮像素子は小さいサイズのものでしか供給されておらず、4x5インチサイズの写真乾板に替わる固体撮像素子は世の中にないので、レンズの性能は固体撮像素子に比べて十分あることがわかります。
このレンズの性能を十分に引き出す固体撮像素子があるとすれば、その画素数は、20,000x25,400画素となります。
ちなみに、35mmライカサイズ(24mmx36mm)フィルム用レンズの場合、平均解像力を70本/mmとすると、6,720 x 10,080画素相当になります。
現在の高級デジタル一眼レフカメラの画素が、4,000x3,000画素になっているので、レンズの性能から見るとこの程度の画素が必要にしてかつ十分な性能であると言えるでしょう。
それ以上の画素をカメラが持つとレンズの性能が劣るためにレンズ性能の良いものを使うか、画像処理を使って擬似的に画質をあげる必要が出てきます。
 
▼ タンジェンシャル方向とラジアル方向のレスポンス
 
レンズの解像力は、非点収差 の影響によって画像の任意の点で放射方向(ラジアル方向、サジタル方向)と円周方向(タンジェンシャル方向、メリディオナル方向)で解像力が変わってきます。
従って、画像の任意の点で双方(サジタル方向とメリディオナル方向)の解像度を検査する必要があります。
画像中心部では非点収差 の影響は皆無ですが、画像周辺部にいくほど顕著にこの影響が現れてきます。
この理由から、レンズを評価する解像力チャートでは、下に示すように、放射状にテストチャートを配置し、サジタル方向とメリディオナル方向での解像力をチェックするようにしています。
▼ 解像力チャート
 
上で述べたように、画像全般にわたって解像力をチェックするためにいろいろなテストチャートが開発されてきました。
JIS規格でもレンズ性能を検査するチャートの規定があり、専用のチャートを製造販売しているメーカもあります。
チャートは、基本的には先に述べた格子状のものとドット状(もしくはドーナッツ状)のもの、それに菊の花びら形状のものがよく知られています。
こうしたチャートの大きさの異なったものを並べて、画像の部位によってどこまで再現できるかを検査します。
検査する値は、多くは[lp/mm](ラインペア/ミリ、ミリ何本)という言い方で表現します。 
 
JIS解像力チャート。解像力の細かさを若干ずらして直交配置したもの。数値は、格子巾ペアの間隔。3.5は、白黒一対が3.5mmの間隔を示す。
JIS規格の解像力チャート。2^1/3の等比級数で作られる。縦方向と横方向で組み合わせられている。
ドットチャート。歪曲の度合いをチェック。
濃度と色情報をチェックするカラーチャート
四半円形状のターゲットチャート。自動読み取りソフトで使うチャート。レンズの歪みを計測。
ジーメンススター(Siemens' Star)ターゲット。放射状に拡がる菊状のターゲット。焦点ポイントのチェックや非点収差のチェックに利用される。

 

上のチャートのうち、解像力をチェックするのは最上段左に示した短冊状の格子線を使います。
格子線のピッチは、縦と横の何組かの構成でできあがっています。
このチャートが白黒一対の巾が3.5mmだとして、これを撮影倍率1/50に縮小してカメラに撮影したとすると、この格子は撮像面で、
 
      3.5/50 = 0.07mm(14.29本/mm)
 
となります。
ドット状のチャート(上右図)は、主に歪みのチェックに使われます。
このチャートは、解像力というよりも像の歪みを主に調べるチャートです。ターゲット中心を画像解析ソフトウェアで自動的に特定する場合には、その下の図に示したような四半円形状のターゲットマークが使われます。
 上図の中程左にあるチャートは、濃度や色を見るためのものです。このチャートではグレーが18段階(85%〜3.5%)に分かれ、カラーは、赤・緑・青・シアン・マゼンタ・イエローの三原色で構成されています。
このチャートでは、レンズというよりもレンズを含めたカメラが正しく濃度や色情報を記録しているかのチェックを行います。
上図の下に示したものは、ジーメンススターと呼ばれるもので放射状の形状をしています。
放射形状のチャートは非点収差 をチェックするのに都合が良く、どの方向にピントが出ていないかを知ることができます。

 
▼ アナログとデジタル(Analog vs. Digital)  (2006.05.23追記)(2020.01.02追記)
 
映像を結ばせるレンズは、アナログの情報伝達要素です。
アナログ要素であるレンズを評価するには、上で述べたようなチャートを目的に応じて使い分ける必要があります。
映像を記録するCCD(CMOS)固体撮像素子は、映像を「画素」という1単位に分解する点でレンズとは異なり、デジタル要素と言うことができます。
固体撮像素子ができる以前の撮像管を使ったテレビカメラや銀塩フィルムは、画素という概念がないのでアナログ要素でした。
アナログのレンズを使って、アナログの撮像管テレビやアナログの銀塩フィルム感光材に記録する組み合わせは、アナログ + アナログとなります。
現在は、アナログのレンズとデジタルの撮像素子が組み合わさったアナログ + デジタルが主流となっています。
アナログ+アナログの記録からアナログ+デジタルの記録に変わることにより、画像の性能をどのように評価したら良いのでしょうか。
 
■ デジタル
 
デジタル信号評価にはアナログ信号の評価とは違った評価法が取られます。
デジタルは、アナログと違って性能限界が明確です。つまりデジタル機器による情報伝達は、デジタルサンプリングされた性能以上には情報を伝達することはできないのです。
CCDカメラの場合、カメラの画素以上の解像力は得られません。もう少し詳しく言うと、画素の半分しか解像力がありません。
これは、米国の科学者シャノンとナイキストが明らかにしたことです。
ただし、計測する画像があらかじめわかっているときは、画像の形状から類推してサブピクセルまでの処理をすることがあります。
たとえば、円形形状があらかじめわかっているとき、その中心位置を円形形状から重心位置を計算してサブピクセルまで計算で求めることがあります。
これは、画像の持っているデータの本質的なものではないので、この項での説明は省いています。
 
■ アナログ
 
アナログの場合、デジタルと違って細かい情報を見切ることはしません。
細かいところまでそれなりに情報を伝達します。
画像や音声などの細かな部分は、人の五感でいうと余韻に相当します。
細かいところまで余韻を残したアナログ記録が銀塩フィルムでありオーディオのレコード盤であると言えます。
オーディオのアンプでは、現在でも真空管を用いたものが作られています。
東京八王子にあるオーディオ・テクネ社という小さな会社は、真空管を使ったオーディオアンプを作っている会社ですが、このアンプは高い評価を(特にイタリアで)得ています。
真空管アンプは真っ正直な増幅が可能です。
トランジスタは真空管の増幅機能を真似たものですが、NFB(Negative Feed Back = 負帰還)による増幅が基本となっているために全帯域に渡って素直な増幅ができません。
トランジスタアンプでは、後処理によって高音部や低音部にイコライザを用いて補正を加えなければなりません。
方や真空管はリニアリティが優れていて、微小な音から大きな音まで素直に増幅します。
原音を忠実に再生するのに真空管アンプほど優れるものは他にないのです。
こうした理由から一部のオーディオ愛好家や音楽ホールでは、現在でもなお真空管アンプによる音響装置が作られ、そして使われています。
エレキギターのアンプが真空管使用のものが多いのはある程度納得できます。
もっとも、小さい部屋や車の中で聴く音楽であればiPodで十分でしょうし、駄菓子のように音楽を頬張るのであれば高価で運用に大変な真空管アンプを使う必要は全くないでしょう。
時計も、デジタル(水晶発振子によるカウント回路内蔵の時計)が主流である中、アナログ(テンプ=振り子とヒゲゼンマイを使った時計)もしっかりと根付いています。
特にスイスの高級機には昔ながらのアナログ時計が高い人気を呼んでいます。
30万円、50万円、100万円といったアナログ高級時計を宝物として購入する人達が所得の低い若い世代にまで広がっているように見受けられます。
1日に10秒も狂う高級時計と、10日に1秒しか狂わない5,000円のデジタル時計(高級アナログ時計の100倍の精度)で、どうして精度の出ない高価な時計が売れるのでしょう。
最近では、一生の間に1秒と狂わない電波時計も2万円くらいで購入できます。
科学的に理解しがたい五感(人の心)の満足度がこうしたアナログ時計を希求する事例だと思います。
日本の大手時計メーカは、1970年代後半に大々的にデジタル時計に切り替えてしまったのですが、未だ根強いアナログ時計の需要があることと、スイスの小さな時計メーカーの高級ブランドメーカーが現在も根強い人気を誇っているためブランドイメージを呼び戻す目的から再びそうした時計を作り始めました。
計測の分野から見ればアナログ時計が復活する機会はありません。
(モーター)スポーツの計時システムなどでは、ほとんどのケースでデジタル時計が使われています。
ただ、宇宙飛行士は今でもアナログの手巻き式時計(スイスのオメガ社SpeedMasterは、アポロ計画で採用された宇宙飛行士用の時計)を使っているそうです。
バッテリを使わず、シンプルで頑丈というのが採用されている理由だそうです。
1日に10秒遅れても正確な計時は宇宙船の計時システムが担ってくれるため、非常用として人の側にいてアシストするという考えのようです。
 
いずれにせよ、私たちはアナログとデジタルの両者の特性を十分に理解しておく必要があります。
 
以下、回りくどいかもしれませんが、アナログ記録とデジタル記録の違いについて触れておくことにします。
 
▼ デジタルとは(2006.05.28追記)
 
デジタルという概念を復習しておきましょう。
デジタルとは何でしょうか。
デジタルと言う言葉が出てきた背景には、デジタルでない世界からデジタルの世界になった、という意識革命を促す意味合いが込められていました。
デジタルの対語がアナログです。
デジタルを一言で言うと「数値化」です。
もっと突き詰めていうと「0」と「1」の二種類しかない記号表現の世界ということができます。
(現実の生活では、「0」と「1」の二つだけの数値表記ではとても理解できないので、十進法の数値表記をさしてデジタルと言っています。)
この「0」と「1」の数値表現を数学では二進法と言っています。
数値化の世界では、今や二進法が全世界を席巻し全ての数値世界を支配しています。なぜならコンピュータに使われている算術手法が二進法であり、コンピュータ内部で行われている処理 が全てこの2進法であるからです。
従って、デジタル画像ももとをたどっていくと二進法の数値記述となります。
「0」と「1」だけの世界がかくも高い信頼を得て世界を支配するようになったのは興味あるところです。
パソコン(いや、広い意味でIC技術を使ったデジタルプロセッサー)のおかげで、デジタルの世界がみるみる広がって行きました。
 
■ 二進法(Binary Notation)
 
二進法についておさらいをします。
二進法というのは二つの数字だけの数的表記の世界です。
2つの数字しか扱わないのです。
十進法は10個の数字をもっていて、9という値に一つ値が加わると桁が上がって10となり、0〜9の九通りの記号で数を表して加減乗除を行っています。
小学校で習う算術が、この10進法による加減乗除に他なりません。
これに比べ二進法は、「0」と「1」の二つの数しかないために、「1」にもう一つ加えても「2」とする事ができず、桁が繰り上がって「10」となります。
二進法では簡単に桁が上がっていきます。
数値が2通りしか取れないので当然と言えば当然です。
従って、「1001」という4桁の二進法の数値表記は、十進法に直すと一桁の「9」となります。
「1111」は15に相当します。
二進法では、それぞれの桁での表記が「1」と「0」しかないので、コンピュータのロジックでは、それぞれの桁に電流を流す、流さない、電位を持っている、持っていないというスイッチの「ON」、「OFF」に相当させて情報を処理させることができます。
パソコンの記録媒体であるCD(コンパクトディスク)では、ディスクの記録面(ピットpit = 情報の小さい穴)にレーザ光を当てて、ピット面での光の反射の有無で「0」と「1」を表現しています。
ハードディスクドライブ(磁気記録媒体)では、記録面の磁性体の状態、「N」と「S」の極性によってデータ記録しています。
このように、二進法は「ある」と「ない」の二つの表現方法であると言ってもよいと思います。
「ある」と「ない」のわかりの良い簡単な算術が、コンピュータの発達で世界を支配するようになりました。
このようにコンピュータは、電気スイッチ(「ON」と「OFF」)のかたまりでできているといっても過言ではなく、電気を通したり止めたり、あるいはそれを保持して演算を実行し、その結果の数値を2進法として記憶したり表示部に回しています。
コンピュータでは二進法で情報(数値)を入力することをビット(bit)を立てると言っています。
たとえば、「1001」という数値は4つの桁のビットを立てているわけであり、これをある時間タイミング(クロック)で別の4桁のビットとの間で加減乗除を行っています。
この4桁のビットでの演算処理を4ビット処理と言っています。(上図参照。)
4ビット(24 = 16)では、16通りの数値表現ができるので、十進法の10通りの数値を4ビットに当てて二進法による処理がなされてきました。
3ビットだと8通りにしかならないので、十進法の数値を割り当てることができません。
人間が理解しやすい10進数との狭間にあって、2進法は4ビットを一つの単位として扱われるようになりました。
その後、アルファベットの文字や記号(+ - & %)などを当てはめる必要ができたので、4ビットの倍の8ビット(256通り)が入力の基本桁数となり、1バイト(byte)と呼ばれるようになりました。
さらに、漢字や世界言語を当てはめる必要から2バイト( = 16ビット、65,000通り)処理が主流になっていきました。
 
10進法
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
2進法
0
1
10
11
100
101
110
111
1000
1001
数字の10進法表記(上段)と2進法表記(下段)
2進法処理装置である最初のマイコンは、4ビットから始まりました。
1970年代後半のマイコンキットでは、8ビットCPUが開発され、NEC9801シリーズで有名になったパソコンでは16ビット対応になり、現在は32ビットから64ビットの桁数を持つに至っています。
64ビットは十進数に直すと200京(2,000,000兆、19桁)の数字に相当します。
この膨大な数字を1つのタイミングクロックで演算処理できるようになりました。
昔は、一度にこのような桁での計算ができなかったので、精度が要求される計算では、桁を何回かに分けて処理していました。
ビットの少ないパソコンでは処理に時間がかかるわけです。
64ビットの演算を通常のCPUのクロックである500MHzで行うとすると、十進法の19桁単位の計算を1秒間に5億回繰り返して行うことができます。
これらの数値は、我々の日常生活には及びもしない数の世界です。
しかしながら、デジタル画像を見たり送ったりする場合にはこの程度の演算が必要になってきます。
 
私たちは2進法で物事を考えることが苦手で、逆にコンピュータは10進法で計算をすることができません。
従って、人がテンキーを使って10進法に従った数値を入力すると、すぐさまこれを2進法に変換してコンピュータ内部の処理に回します。
コンピュータ内部で処理された結果を人が判断する際には、2進法で処理されたデータを再度10進法に直してモニタなどに表示しています。
最近では、数値だけの表示が見づらいので、表やグラフに直して表現しています。
アナログ表記にしているわけです。
 
こうしたデジタルの革命は、トランジスタの発明と発展を抜きにして語ることができません。
トランジスタの発明によって、高速演算処理が可能なデジタル回路が発展しました。
(トランジスタ以前には真空管でデジタル回路が作られ、電気による計算機ができる前には、イギリスの数学者チャールズ・バベッジ(Charles Babbage:1729-1871)が歯車による計算機を発案しています。)
トランジスタの発展につられるようにしてデジタル機器が進歩したのです。
トランジスタの発展は、集積回路技術、もっと言うと、シリコン半導体(トランジスタ初期はゲルマニウム半導体が主流)を使った集積技術があったからこそなし得ました。
その発展の究極がCPUの高集積化、ICメモリの高集積化です。
ゲルマニウムを使った半導体では、今のような集積回路の発展は不可能でした。
シリコンの精製技術、そしてシリコンの酸化膜によるプレーナー技術がなければ今の集積回路は生まれていませんでした。
トランジスタの集積化とともにIC(Integrated Circuit)が1960年に発明され、デジタル素子(IC素子、TTLデジタル回路)が米国テキサスインスツルメンツ社から発売されました。
TTLデジタルICファミリー素子の発明によりデジタル回路が大いに普及します。
ちなみにICトランジスタを使ったコンピュータは、1964年に開発された米国IBM社によるIBM/360が最初です。
デジタル装置のもっとも身近なものは、デジタル時計です。
電卓はマイコンの元祖です。
パソコンはデジタルそのものです。
現在は、CD 、DVD、オーディオ、カメラまでデジタルの時代になりました。
テレビ放送もデジタル化が進んでいます。
1990年前半まではテレビ画像を送信するのはアナログでした。
画像はとてもたくさんの情報があり、これをデジタルで送信するのは技術的に無理だったのです。
NHKが開発したハイビジョンは、開発当時アナログで送信されていました。
それでも送信帯域が足りないのでMUSEと呼ばれるアナログ圧縮により画像を送っていました。
この方法ではスポーツなどの動きの速い画像は処理が追いつかずに前の画像が持ち越されてダブった画像になりました。
現在ではハイビジョンもデジタルになり画像のダブりもなくなっています。
デジタル処理の驚くべき発展というほかないでしょう。
現在のきらびやかなデジタルの世界は、元をたぐっていくと「0」と「1」の電気情報に行き着きます。
 
■ 標本化(デジタイズ)の基本要素
 
デジタル化を行う場合に問題になるのが、元のデータ量をどのくらい細かく細切れにして、「0」と「1」の情報に変換するかということです。
たとえば、音声信号(オーディオ)の場合、1秒間にどれだけ細かく音を標本化すれば原音に忠実なデジタル音になるかという問題があります。
オーディオCDでは1秒間に44,100サンプリング(44.1KHz)で標本化を行っています。
従って、このサンプリング(標本化)ではこれ以上の周波数(高音部)は含まれていないことになります。
人の耳は20kHzは聞こえないという前提に立った規格です。
また、CDでは、音の深さを16ビットと規定しています。
CDに記録されたミュージックの音の強さは1:65,000のダイナミックレンジを持つことになります。
それ以上の音圧に関しては原則として再生できないことになります。
デシベルでいうとこの16ビットの音圧は96dBに相当し、人間の可聴音圧120dBに少し足りないレンジとなります。
オーケストラは、120dB程度まで音が出るそうですので、静かな音から最大音までを同じ条件で収録してCDに納めることは無理となります。
 
デジタル画像では、画像を標本化するのに画素(pixel = ピクセル)という考え方を導入しました。
CCD カメラの構造は、画像をデジタルにする上で格好の素子でした。時間(T)と空間(X、Y、D)に対する標本化がデジタルの基本概念です。
 
■ 自然の量(アナログ量)→コンピュータ処理(デジタル量)→人間の認識(アナログ量)
 
自然の世界は、音にしてもレンズを通した画像にしても、「0」と「1」の情報でできているわけではありません。
量は無限大にあり、量の変化は滑らかです。
こうした自然界にある量をアナログ量と言いますが、この量の変化をコンピュータが処理をするとき、もとのアナログ量をデジタル量に変換して処理を行い、その結果を出力する際に再びアナログ量に戻すという工程を経ます。
この変換をAD変換(Analog to Digital Transfer)、DA変換(Digital to Analog Transfer)と言っています。
音声も電話回線もテレビ送信もコンピュータの高性能化と小型化によってどんどんデジタル化されています。
人の認識がアナログを好み、自然界にあるものがすべてアナログ(ただし、量子力学では飛び飛びの値を取る)であるのになぜ、デジタル変換をしなければならないのでしょう。
それは、デジタル化した方が便利だからです。
なぜ便利なのか? そのことについて述べることにします。
  
 
■ なぜ「0」と「1」の記録が安定しているのか。 - デジタル記録とアナログ記録
 
アナログ情報量とデジタル情報量について述べます。
アナログ量というのはデジタル量の対語としてできた言葉です。
従って、コンピュータが作る量をデジタル量と言いそれ以前の量(自然界にある連綿と続く数えられない量)をアナログ量と言います。
これを画像について言うと、人によるスケッチや絵画、フィルムを使ったカメラ画像、 VHSテープによるビデオ画像などはアナログ画像と言って差し支えないでしょう。
アナログ量の特徴は、画像の濃淡を連続的な変化量として記録していることです。
これらをコピーする場合、元画像と完全同一なものを得ることは難しく、保管する間にも画像品質が経年変化してしまいます。
スケッチは、筆記具の筆圧、濃淡、色などによって記録されるので、人が描く限り一つとして同じものはできません。
フィルム画像は、銀塩粒子が光の強さに反応して黒化銀として現像され定着されるものであり、アナログ記録の顕著なものです。
そのフィルム像も完全に同じ像を作るのは難しく、使用するフィルムの製造条件、保管、現像条件の厳しい管理をしなければ良質の複製画像を得ることができません。
VHSテープによる映像記録も、テープ面に記録された磁気量を磁気ヘッドによって拾い上げて電気信号に変換しています。
テープの走行安定性、テープの磁気量保存能力、磁気ヘッドの性能によって再生画像の品質が大きく変わってきます。
デジタル画像は、こうしたアナログ情報を永遠に固定してしまい、何度コピーしても元の情報を損なうことがないと言う魔法のような能力をもっています。
 
デジタル画像の代表的なものは、デジタルスキャナーで取り込んだ画像データがあり、それにデジタルカメラの画像データ、ビデオカメラからの映像を画像ボードを介してコンピュータに接続して取り込む画像などがあります。
端的に言えば、コンピュータに保存されたデータ(文書、音楽、画像)はすべてデジタルデータです。
なぜならば、コンピュータは、「0」と「1」しか扱わない(扱えない)世界だからです。
 
ハリウッドで作られる映画は、基本的には35mm(もしくは70mm巾の)映画フィルム(アナログ)で撮影が行われますが、現像を終えた後の画像処理、効果処理などはすべてデジタル処理がなされています。
こうしてできあがった作品は全編デジタルで保存され(A/D変換)、配給時にレーザプリンタで再びフィルムに焼き付けコピーされて(D/A変換)、映写機で上映されています。
SFXと呼ばれるジャンルの映画(ロード・オブ・ザ・リング、スターウォーズ、ターミネータ、ジュラシックパーク、キングコング)などは言うに及ばず、米国ピクサー社が手がけるアニメ(ファインディング・ニモ、Mr.インクレディブル、カーズ)などはデジタル映画の典型です。
一昔前(1994年)に作られた映画「フォレスト・ガンプ」(トム・ハンクス主演、ロバート・ゼメキス監督、アカデミー賞6部門受賞)は、自然なドラマの流れの中に、おやっ?と思う映像シーンが多数見受けられました(ニクソン大統領に会うシーン、ピンポンのシーン、両足を切断された軍曹のシーンなど)。
これらはすべてデジタルで作られたものです。
「アポロ13」という映画にも本当か?と思ってしまうようなデジタル画像で作られたロケットの打ち上げシーンや宇宙活動のシーンが多数ちりばめられていました。
このように、デジタル映画はつぎつぎと新しい世界を切り開いて行きました。
 
デジタル画像は、コピーしてもなぜ情報に変化がない(劣化しない)のかというと、デジタル画像の情報が「0」と「1」の二つしか取り得ないからです。
さらに、その「0」と「1」の情報を電気的に記録する場合、「0」の情報が0V〜0.8Vまでの電圧、「1」の情報が2.7V〜5Vという具合になっていて、情報を記録する際に少々電圧に変動があってもしっかりと「0」と「1」の情報を伝えることができるためです。アナログ情報の場合、例えばビデオ信号は、 0.3V〜1.0V間の電圧が明るさ情報となっていて、0.7Vの間に黒から白までの情報を入れなければなりません。
0.1Vの電気的なノイズが入っても画像が大幅に変わってしまいます。
方やデジタル記録では、0.1V程度の変動でも情報に影響を与えることは全くないのです。
デジタル保存の真骨頂がここにあります。
 
■ なぜデジタルなのか?
 
デジタル画像が発達した理由の一番大きなものは、何度も言いますがコンピュータの発達です。
もっと広く言うとデジタル電子回路の発達です。
逆に言えば、コンピュータの発達無しにはデジタル画像の発展はあり得ませんでした。
一昔前のコンピュータは、今に比べて格段に能力が劣り、画像を記録するにも再生するにも大変な時間がかかっていました。
したがって、米国のNASA(航空宇宙局)とか政府の大きな研究所のような高性能のコンピュータを所有する機関以外ではデジタル画像を扱うことは事実上不可能でした。
12年前(1994年当時)のパソコンを考えて見ましょう。
当時は、インターネットが産声を上げた時期で、画像が配信できるWWWネットワークソフト = Netscape Navigatorの前身であるモザイク・コミュニケーションズ社製の「モジラ・バージョン0.9」が発売された時期です。
HTML言語(HyperText Marking up Language)とWWW(World Wide Web)が1989年にティム・バーナーズ・リーによって開発され、その言語で記述された文章はどんなパソコンでも回線を通じて全世界、津々浦々、いつでも即座に読み出せるというものでした。
当時の通信手段は、専用の回線のある施設は別として、電話回線によるRS232Cの転送速度の9600bbs(9,600ビット/秒)が主流でした。
パソコンには現在主流になっているUSB2.0(Universal Serial Bus)も、IEEE1394(The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc. = 米国電気・電子標準化団体が採用した1394番目の規格)も、ましてイーサネットなどという高速通信インターフェースなどもついていません。
Comポート(RS232C)とプリンタポート(セントロニクス)、もしくはSCSI(スカジー)と呼ばれるインターフェースが主流だったのです。
その中で、長距離転送ができるのはシリアル転送であるRS232Cでした。
この通信規格は、米国機電子工業会(EIA = Electronic Industries Association、1997年よりElectronic Industries Alliance)が1969年に決めたもので、テレタイプに使われていました。
この規格はシンプルな規格で、電話回線を使って全世界と通信できたので一躍脚光を浴びました。
CPUは1993年に開発されたPentium(66MHz)が使われていて、DRAM16MB、HDD400MB装備が一般的でした。
当時のパソコンの画面は、640x480画素、RGB各8ビットの画像表示が主流となっていました。
今となってはびっくりすることに、この表示は、画像表示というより文字表示でした。
当時、文字表示は文字のコード(2バイト)を画面表示ジェネレータに送って、ジェネレータ部で文字を発生させて1文字24ビットx24ビットで画面に表示させていました。
従って大きさも固定されていたので、文字の大きさは半角、倍角、4倍角程度しかサポートできていませんでした。
VGAモニタでレポートを書くとき、文字は20文字x26文字と固定されていたので400字詰め原稿用紙程度でした。
当時、滑らかな文字と画像をふんだんに使って表示できたパーソナルコンピュータは、マッキントッシュ(Macintosh、アップル社)しかありませんでした。
滑らかな文字を自由な大きさで描くことができるようになったのは、Windows98からです。
それでも滑らかな文字(ポストスクリプト)を表示するにはかなり高性能のパソコンが必要でした。
この事実からわかるように、10年ほど前(1990年)のパソコンは640x480画素のデジタル画像を1秒間に60回程度リフレッシュして描画することは画像表示ボードの性能、CPUの性能、そしてメモリ容量の点からも恐ろしく困難であったのです。
画像の表示はきわめてノロマでした。
ですから、当時のパソコンは決められた画素数によるドット文字による通信が中心で、見た目にかっこいいポストスクリプト対応の文字や画像表現によるホームページは作ることができませんでした。
ポストスクリプトというのは、米国Adobe社が長年開発してきた言語表示の言語で、文字を数式で表す言葉でした。
ビットではなく数式です。文字を数式で定義していたのでどんな大きな文字でもスケールを多くすれば滑らかな表示をすることが可能だったのです。
しかし、1990年当時のパソコンではポストスクリプトを処理する能力が貧弱で1画面を作り上げるのに恐ろしい時間が必要だったのです。
当時のRS232Cによるデータ転送では1秒間に最大9600ビットのデータしか送ることができませんでした。
通常、データを送る場合にはエラー処理などがあって、設計速度そのままでデータを転送できることはほとんどありません。
イーサネット通信にしても規格速度の1/10〜1/20程度がせいぜいです。
そうしてみると、RS232C通信では1秒間にせいぜい960ビット(120バイト)の情報しか送れないことになります。
VGAモードの画像表示を画面をすべてビットマップで処理しようとすると、640画素x480画素x3色x8ビット = 7,372,800ビットとなり、RS232Cの通信回線でこの画像を送るとなると2時間程度かかってしまいます。
画像を圧縮して送る手法は、1984年にコンピュサーブ(CompuServe)社がGIFという画像ファイルを完成していて、それを追いかけるようにJPEGファイルができあがります
1994年当時は、JPEG画像もパソコン上で使われるようになっていました。(画像の圧縮は、FAXを送る目的で開発されたようです。)
このJPEG画像をもってしても1枚のデジタルカラー画像を送るのに10分程度かかってしまいます。
方やテレビ(アナログ画像)では、同等の画像を1秒間に30枚で送るシステムをとっくの昔に完成させていました。
当時アナログ画像はデジタル画像に比べて2〜20万倍も高速に送ることができたのです。
実際問題、2000年まではビデオ信号による画像記録の方が遙かに速くて便利であったので、CCDカメラで撮影する画像もVHSテープや8mmビデオテープを使ってアナログ記録を行っていました。
VHSテープが衰退し、代わってDVDやHDDによる大容量デジタル記録が普及してきたのは、記録媒体が安くなり、MPEG圧縮技術が進み、CPUの性能が向上した2004年あたりからです。
その間、インターネットの高速化も図られ、デジタル化が一般家庭にまで及びました。
こうしてデータ転送の問題が解決されるようになると、俄然デジタル画像の優位性がクローズアップされることになります。
デジタル画像の恩恵は以下で述べます。
ただ注意しなければならないことは、デジタルはすべてにおいて万能ではないことです。
デジタル化の最も大事なことはアナログデータを必要にして十分なデジタルデータに数値化することです。
粗いサンプリングでデジタル化されたデータは時として全く役に立たないことがあります。
 
■デジタル記録 - 処理の基本的な考え方
 
自然界に存在するアナログ量をデジタル化する考え方を述べます。
デジタル化の一番の根本は、量子化です。
これは、アナログ量をどれだけ細分化して「0」と「1」に分けるかという考え方です。
量子化はサンプリング(標本化)とも言われています。
画像の標本化には以下のパラメータがあります。
 
   1. 空間を量子化する度合い - 画素(512x512画素、720x480画素、1280x1024画素、など)に分ける。
   2. 濃度を量子化する度合い - 8ビット(256階調)、10ビット(1024階調)、16ビット(65,000階調)濃度などに分別する。
   3. 時間を量子化する度合い - サンプリング周波数(撮影速度、コマ/秒)を使って時間を細切れにする。
   4. 情報を多重化する度合い - 複数データを統合処理する。
 
■ 連続量を区分化し数値化する
 
連続量を区分化する手法は、数学の微分・積分の考え方を取り入れています。
ただし取り入れたのは微分・積分手法の一歩手前の手法である区分求積法でした。
区分求積法の中で、特に有限の量子化手法を採用して、連続量を細切れにしてモザイク情報にしました。
無限数を範疇に入れてきれいな連続関数とする高校の数学で習う積分法までをコンピュータに求めませんでした。
ゴツゴツした量子化でも「良し」と見切るやり方にすごみがあります。
つまり、このことはデジタル画像は慎重にサンプリングをしなければ、必要にして且つ十分な情報を提供するものにはならないことを示唆しています。
こうして出来上がったデジタル画像(見切りが悪いとゴツゴツ画像になる)は、どれだけコピーしてもアナログ記録(テープレコーダ、銀塩写真)のように劣化することがありません。
もっとも、画像フォーマットの中のいくつかは圧縮によるデジタル保存時に元のデジタル画像よりも画質が劣化してしまいます。
  
 円をデジタル化する際の注意点。
画素を荒く(量子化を間違える)と十分な情報を記録できない。
左の図は360dpi(dot per inch)で画像にしたもので、右は50dpiで行ったもの。
 
 
■ デジタルの長所、短所
 
これまでに長々とデジタルについて述べてきましたが、デジタルの考えは極めて見切りの良い考え方であり、その処理は単調な作業であると言えます。
コンピュータでなければとても行えない作業です。
適切な量子化のもとでデジタル化されたデータは品質の劣化がなく、何度コピーしても品質は同じになります。
最後にデジタルの長所、短所をまとめておきます。
 
【長所】
 ・コピーによる品質の劣化無し。
 ・データ通信に便利である。
 ・編集、加工が容易である。
 ・互換フォーマットによるデータの共通化が可能。
 
【短所】
 ・量子化(デジタイズ)によっては品質が劣化する。
 ・データ量が多い。
 
 
▼ フィルムのレスポンス、固体撮像素子のレスポンス (2006.07.07追記)
 
レンズを通してできた像を記録する時に、フィルムを使う場合と固体撮像素子(CCD、CMOS)では特性が変わります。
両者の大きな違いは、フィルムがアナログ記録であるのに対し、固体撮像素子はデジタル記録であることです。
個体撮像素子では、撮像面に画素と呼ばれる小さな光を蓄える部屋が作られていて、そこで画像が区切られます。
部屋(画素)で情報が仕切られるということは、情報が細切れになることであり、デジタルサンプリング(標本化、量子化)されることを意味します。固体撮像素子では、画素数以上の情報を得ることは基本的には不可能です。
(ただし、被写体の形状がわかっている場合、例えば円形のものを写す場合、複数の画素から円形の形状や中心位置をサブピクセル単位まで計算によって求めることは可能です。)
2/3インチCCD(8.8mm x 6.6mm)で、800x600画素を持つ撮像素子自体の解像力は、
 
   800画素/8.8mm x 1/2 (本/画素) x 1/2 (ナイキスト限界) = 22.7本/mm
 
となります。
反面、銀塩フィルムのようなアナログ記録は画素という概念がなく、銀塩粒子の大きさが解像力の決定要因となります。
また、アナログ画像は、デジタル画像のように量子化によってある解像力以上になると情報が突然に消えることはありません。
アナログ記録では、細かい情報に対して突然に無くなることはなく徐々に無くなっていき、最後までかすかに情報を持っています。
銀塩フィルム自体は、白黒フィルムでおよそ200本/mm程度の解像度があり、カラーフィルムで100本/mm程度の情報を持っています。
アナログ記録媒体は、一般のCCD 撮像素子の100倍以上の情報を持ちえるのです。
 
▼ ナイキスト周波数の考え方 (2006.05.22追記)
 
最近の光学書やCCDカメラの関連書籍を読んでいると、解像力の項目にナイキスト線図という言葉が出てきます。
これは、古典的な光学分野では使われなかった言葉です。
デジタルの世界で登場してきた言葉です。
ナイキスト線図とはどのようなものなのでしょうか。
それに、ナイキストというのはどんな人物なのでしょうか。
ナイキスト(ハリー・ナイキスト、Harry Nyquist、1889.2.7 - 1976.4.4)は、スウェーデンのNilsby生まれの物理学者で、自動制御理論の研究で知られています。
彼は18才の時に米国に渡って帰化を果たし、ノースダコタ大学で電気工学を学び、エール大学(イェール大学、Yale University)で博士号を取得しました。
大学卒業後、28才の年の1917年から1934年までの17年間、AT&T研究所(American Telephone and Telegraph Compnay)に勤め、電信画像と音声通信の研究に従事しています。
その後、1934年から1954年までベル電話機研究所に移り通信技術の研究に従事しました。
当時のベル研究所からは、きら星のごとく有名な研究者達が輩出されています。
トランジスタを作ったショックレー(1947年)や、CCD素子を考案したW.S.ボイルとG.Eスミス(1970年)、レーザの研究で知られるタウンズ(Charles H. Townes:1915〜)、コンピュータの世界を席巻しているUNIXを構築したケン・トンプソンとデニス・リッチ(1968年)もベル電話機研究所の研究員でした。
私のライフワークである高速度カメラも、このベル電話機研究所で産声を上げました。
この時代、第二次世界大戦から東西冷戦時代にかけてのアメリカは、国を挙げて国防に取り組み、トランジスタの開発もレーザの開発もインターネット(通信分野)も活発な研究が進んで、ベル電話機研究所は特に優れた研究成果を出していきました。
 
1927年、AT&T研究所で通信技術の研究をしていたナイキストは、アナログ信号をデジタルサンプリングする際に、これを再現するのに取り出したいアナログ信号周波数の2倍が必要であることを突き止めて発表しました。
これが後に、ナイキスト - シャノンのサンプリング定理(標本化定理 = Sampling Theorem)と呼ばれるようになり、デジタル信号処理をする上で非常に大切なものとなりました。
シャノン(Claude Elwood Shannon, 1916.04 - 2001.02、米国ミシガン州生まれ)は、情報理論に関する有名な数学者でコンピュータ技術の基礎を築き上げた人です。
彼の数学的メスによってナイキストの発見の数学的裏付けがなされました。
標本化定理とは、要するに、音声信号とか画像信号、温度データなどのアナログ信号をデジタル信号として取り込む際に、ほしいアナログ情報信号の2倍以上のサンプリングを持ったデジタル信号処理が必要である、という理論です。温度制御をおこなう温度管理で10Hzの確からしい温度データが欲しいとき、これをデジタルサンプリングする場合、最低0.05秒に一回(20Hz)でデータを取らないと正確な温度計測ができないことを意味します。
また、例えば、100Hzで振動している物体を計測するには最低200Hzでサンプリングできる測定系が必要であることを示しています。
2倍のサンプリングがあればなんとかデータが読み取れる、というのが標本化定理です。
 
ここで一つの試みが行われます。
CCDに代表されるデジタル撮像素子は、撮像面が碁盤の目のように区切られていて、画素という単位でレンズによるアナログ像が標本化されます。
固体撮像素子では、画素が画像情報の基本単位となってこれ以上の細かい情報は基本的には読み出すことができません。
画素をナイキストのサンプリング定理に当てはめますと、像の情報は、カメラの画素の半分しか記録できないことになります。
1,000mm x 1,000mmの対象物を1,000画素 x 1,000画素でとらえると、情報は1mm四方ではなく、2mm四方(500 x 500サンプリング)の記録となります。
下図に示したデジタルカメラで写した解像力チャートの画像は、上の説明をよく表しています。
白と黒の画像は4ピクセル(2ピクセルx2)以上ないと十分にその情報を伝えることができません。
2ピクセルがデジタル画像の最小検出単位になることをよく物語っています。
方やレンズは、CCDカメラのように映像を升目に分けることはなく、アナログの光学要素と言えます。
光ファイバーのような繊維で映像を情報伝達するものも、標本化するとして差し支えないでしょう。
 
■ 開口率(Fill Factor)と解像力
 
ここでちょっとした疑問がわき上がります。
レンズとは直接関係ありませんが、デジタルサンプリングした時の疑問です。CCDカメラに使われている固体撮像素子は1画素分がすべて受光部ではなく、一部分しか受光部として使っていません。
受光部が一画素の面積に占める割合を開口率(Fill Factor)と呼びます。
電子シャッタ機能があるインターライン型CCDカメラ(現在のほとんどのCCDがこのタイプ)は、素子部に転送回路を配線しなければならない関係上、開口率は20%程度です。
古典的なCCDカメラであるフレームトランスファ型では、画像の転送を画素上で行うので開口率が100%になっています。
一般のCCD素子の場合、受光部が点在する画素でアナログ情報のどこまでを忠実に再現できるのでしょうか。
結論から言いますと、周波数的には開口率が低いカメラの方が細かい部位を再現できる反面、正しい位置情報は欠落してしまいます。
 
 
 
 
   
 
   
デジタル画像を扱う場合には、アナログ記録では問題にならなかった上記のことに注意して画質を検討しなくてはなりません。
デジタル情報は、情報の限界がはっきりしていて、限界以上(サンプリング周波数の半分以上)の情報はあえて入れない工夫がされているのです。
サンプリング周波数よりも高い周波数を入れると、間引きされたおかしな情報が現れてしまいます。
これが幽霊(エイリアス)でありモアレになります。
空間的にはエイリアス情報が現れ、時間的にはストロボ効果画像になります。
高速で回転している物体がゆっくりと回転して見えたり逆回転して見えたり止まって見えるのは、実際の物体の回転に比べ画像サンプリングが低くて間引きされてしまうからです。
映画やテレビコマーシャルで車や幌馬車の車輪が逆回転して見えるのはこの現象です。
方やアナログ情報を扱うレンズやフィルム(銀塩感光材料)では、デジタルサンプリングに悩まされることがありませんから、以下に述べるMTF(Modulated Transfer Function)曲線による解像力の評価法が採用されています。
この考え方は情報伝達関数という工学手法から来ています。
 
 
▲ MTF曲線(Modulation Transfer Function Curve) (2006.02.12)
 
MTF曲線による評価法では、上の 「 ▼ 濃度によるレスポンス、周波数によるレスポンス 」で述べた格子縞のチャートを撮像し、その像の強度レスポンスから右のような特性曲線を得ます。
この曲線は、横軸に解像力の周波数成分をとり、縦軸にコントラストのレスポンス(強度レスポンス)を取っています。
グラフは、横軸の右に行くほど細かい画像成分を表し、画像周波数が高くなります。
縦軸のコントラストとは、信号情報(画像では濃度情報)をしっかり伝達する度合いを示し、1.0という値は100%の伝達(完全な伝達)であり、0.5というのは半分に減衰した情報伝達となります。
一般的に画像成分の周波数が高くなると、記録情報はそれに十分について行けなくなり、最後はまったく反応しなくなります。
周波数が低い成分ではコントラストレスポンスが強く得られ(情報が正しく伝達され)、周波数が高くなるにつれてレスポンスが悪くなり、ついには反応しなくなります。
(情報が伝達されなくなる。)
この周波数とレスポンスの関係カーブをMTF(Moduration Transfer Function)曲線と言っています。
光学用語としてOTF(Optical Transfer Function)という言い方もあります。
このMTF曲線によってレンズの描写能力をある程度理解することができます。
右図に示した曲線は、数種類の特徴あるMTF曲線です。
 
(1)は理想のMTF曲線です。高い周波数に渡って高いコントラストを示しています。こうしたレンズは文句なく性能の良いレンズです。
(2)は、ある程度の周波数まで高いコントラストを持つものの、細かい部位になるとコントラストが極端に低下します。
(3)は、低い周波数でコントラストが低下するものの、高い周波数までなんとかコントラストを維持しています。
(4)は即座にコントラストが落ちてしまうものです。ピントボケの写真やレンズ開放における周辺部の描写ではこのような画像が見られます。 
この図で興味あるところは、(2)と(3)の曲線を持つ画像の描写です。
(2)はコントラストの高い描写で(3)はコントラストの低い描写となります。
曲線から判断すると、高い周波数までコントラストを持つ(3)の方が写真描写としては良いように見受けられますが、実際は(2)のほうがきれいに見えます。
(3)はソフトフォーカスのレンズとなります。
 
このように、写真レンズは目的にあった描写を求めてレンズ設計がなされます。
レンズの評価は難しく、芸術鑑賞用として使うレンズの評価はさらに曖昧です。
その中にあって、MTF曲線は数値的な評価ができる数少ない手法です。
 
 
▲ デジタル画像の注意点 - モアレ
 
固体撮像素子(CCD、CMOS)と組み合わせたレンズの使用では、個体撮像素子の画素の能力に合わせたレンズの選択が必要となります。
つまり、個体撮像素子の解像力以上の性能を持ったレンズが必要になります。
レンズはアナログ、個体撮像素子はデジタルであることを頭に入れておくべきです。
デジタル素子ではエイリアス現象(幽霊現象)が現れます。
 
個体撮像素子では、例えば12um角の画素であったとすると、素子の解像力は
 
  1/(2x12E-3) mm/lp = 41.67 lp/mm ・・・(Lens - 35)
 
 
が限界となります。
これ以上の細かい像に対しては理論上解像しないことになります。
細かい画像は、解像しないどころか左に示したようなモアレ画像となって現れます。
この図は、固体撮像素子そのものの画像ではありませんが、およそこのようなモアレ画像となります。
オリジナル画像(左図上)の中心部の細かい部分は、高い周波数成分を持っているため、撮像素子の画素と干渉を起し、画像情報が間引きされて低い周波数成分として現れてしまいます。
 
■ エイリアス
 
デジタル素子では、自分の持っているサンプリング周波数(画素)以上の細かい情報が入ると元画像とは違った画像が現れることになるのです。
デジタルサンプリング工学では、このような現象をエイリアス(幽霊)と呼んでいます。画像工学ではこれをモアレと呼んでいます。
デジタル情報では、デジタルサンプリング以上の元情報を入れると、元の現象とは異なったサンプリングがなされるという宿命があります。
デジタル工学ではサンプリング周波数よりも細かい周波数に関しては入力しない手だてが取られています。
それが、ローパスフィルタ(Low Pass Filter)とか、High Frequency Cut Filterと呼ばれる周波数除去手法です。
サンプリング工学ではアンチエイリアスフィルタ(Anti Alias Filter)として知られています。
 
■ 光学的ローパスフィルタ
 
CCD 素子についても、このような手だてを取っているものがあります。
CCD撮像素子に使われるローパスフィルタ(画素ピッチよりも細かい情報を入れさせないフィルタ)は、水晶の複屈折原理を利用したもので、光学研磨した薄い石英ガラスを撮像素子の前面に配置します。
こうすることによって、細かい情報がここでカットされて画素以上の大きな情報のみが撮像素子に投影できるようになります。
 
ローパスフィルタを挿入した撮像素子では、みかけの解像力が半分になってしまいます。
半分になってもおかしな画像(モアレ、擬信号)が現れるより良いという判断です。
この場合、、例えば12umx12umの画素を持つ画像素子の解像力は、41.67本/mmの半分の20.8本/mmとなります。
 
デジタルデータは、このような観点から標本化以上のデータを得ることは不可能であることが理解できます。
 
 
▲ 複合解像力(複数レンズの組み合わせによる解像力、レンズと撮像素子の総合解像力)(2005.12.08)(2006.04.16追記)
 
実際の所、画像の解像力はレンズと記録媒体(固体撮像素子、フィルム)の組み合わせで決まります。
レンズ単体ですばらしい解像力を持っていても撮像素子の解像力が劣っていれば何にもなりません。
また、レンズを複数組み合わせて光学系を作った場合にも、総合解像力は減ります。画像は、レンズ光学系と記録素子の総合評価で決まります。
その上、フィルム(アナログ記録)と固体撮像素子(デジタル記録)では考え方が少し変わります。
■ アナログ記録媒体の場合
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アナログ記録のフィルムを使った総合解像力は、(▲ レンズ解像力の数値的表現)で触れました。
アナログ素子が複数組み合わさった系では総合解像力は、以下の近似式で表されます。
 
   1/R = 1/R1+ 1/R2 +  ---  + 1/Rn ・・・(Lens - 36)
R1、R2、Rn: 解像力に関係する光学系要素個々の解像力(本/mm)
 
この関係式は経験式です。
光学系を組み合わせた時に総合解像力を検討するときに参考にすべき式です。
この関係式は、レンズ単体とフィルムを組み合わせたフィルムカメラの場合、レンズの解像力(80本/mm)とフィルムの解像力(150本/mm)では総合して52本/mm程度になる、という具合に求めます。
この関係式は、米国の物理数学者で写真計測機器(航空測量カメラ)の開発に従事したAmrom H. Katz(1915-1997)が1948年に書き表したのが最初で、その後いろいろな研究者が実験を行って実験式を導き出しています。
Katzの法則によれば、100 lp/mmの性能を持つレンズと100 lp/mmの性能を持つフィルムを使うと、総合解像力はその半分の50 lp/mmになり、フィルムが300lp/mm程度の高解像度を有するものであれば、総合解像度は悪い要素であるレンズに収れんするとしています。
 
 
■ デジタル記録媒体の場合 (2020.01.02追記)
 
デジタル記録を行う固体撮像素子(CCDカメラ、CMOS カメラ)では、撮像素子の画素が解像力の決定的な要素となります。
上に挙げた関係式以前に、固体撮像素子の画素サイズ(S)で基本的な解像力が決まってしまいます。
 
1画素の大きさ(um)
撮像素子の相対解像力(本/mm)
40x40
12.6
25x25
20
12x12
41.6
9x9
55.6
6x6
83.4
4x4
125
 
   R 本/mm = 1/(2xS) ・・・(Lens - 37)
      S: 固体撮像素子の1画素当たりの大きさ(mm)
  
1990年代初め、1画素が40 um x 40 um のCMOS 固体撮像素子を使った高速度カメラが発売されました。
このカメラは、4,500コマ/秒の撮影ができため、かなり速い高速度現象を即座に撮影して再生ができるようになり、新しい時代を切り開いて行きました。
しかし、このカメラは画素が256画素x256画素と粗いものでした。
これを右の表で見ると、12.6本/mmの解像力となります。
この程度の素子をまかなうレンズは、かなり安価なものでも十分なので、このカメラを使う限りレンズを慎重に選ぶ必要はありませんでした。
ただし、40umサイズで256画素x256画素ありましたからイメージサイズが10.24x10.24mmと大きく、1インチ(1型)の大型のC マウントレンズか、Nikkorレンズ(F-マウント)を使う必要があり、1/2インチ(1/2型)程度のレンズでは画像周辺部にケラレが出てしまいました。
現在のCCD 素子は、計測用では12 um x 12 um サイズが多いようです。
このサイズでは、41.6mm/本の解像力を持つことになりますから、レンズは倍以上の83本/mmの解像力を持つものが必要です。
なぜ倍程度の解像力を持つレンズが必要であるかと言うと、固体撮像素子と同じ解像力を持つレンズを使うと総合解像力で固体撮像素子の持つ解像度性能が維持できないからです。
総合解像力は、上で述べたKatzの式を考慮すると、
 
    1/41.6 本/mm  +  1/83 本/mm = 1/27.4 本/mm ・・・(Lens - 38)
 
の式より、27.4mm/本となりそうですが、アナログのレンズとデジタルの固体素子ではこの式はそのまま当てはまりません。
Katzの式はアナログ媒体の総合解像力を経験的に示したものであり、固体素子(デジタル)が介在する場合には、はっきりとした量子化処理があるためにレンズの解像力が固体素子の性能以上であれば限りなく固体素子の解像度に近づくと考えられるからです。
もし、固体撮像素子にモアレを防ぐためにローパスフィルタが挿入されているとすると、12 um x 12 umサイズの素子自体の解像力はローパスフィルタによって20.8本/mm換算になるので、レンズは倍の41.6本/mmの性能を持ったもので十分であると考えます。
ただし、デジタル素子の解像力は、20.8本/mm以上の画像は全く受け付けないので、強度レスポンスは、この値を境に100%近くから0%まで急激に減少します。
方やアナログ素子(レンズ)は、緩やかにレスポンスが変化します。
 
この観点から見ると、アナログ素子(レンズ)の解像力は、デジタル素子の持つ(ローパスフィルタを考慮した)解像力の地点で80%以上の強度レスポンスを持っていることが望まれます。
アナログ素子の場合、強度レスポンスが10%程度のわずかに解像度を保った状態でも解像力があると見なすことがあるので、両者の解像度の換算には十分な考慮が必要です。
 
12 um x 12 umの画素を持つ固体撮像素子は41.6本/mmの解像力を持ち、この解像力で十分なレスポンスを持つレンズは2倍の83本/mm程度の解像度を持ったものが望まれます。
例えば、12 um x 12 um画素サイズで1280x1024画素の素子の撮像素子は、素子の大きさが15.36x12.29mm(対角線19.7mm)となり、C マウントレンズではこれをカバーできません。
ニッコールレンズではこの範囲をカバーできますが、画像の周辺部においても83本/mmの解像力を保つのは怪しくなります。
12umサイズよりも細かな固体撮像素子では、レンズ性能が解像力に大きく左右すると言っても差し支えないでしょう。
固体撮像素子の画素サイズがレンズの解像力よりも遙かに細かいために、レンズの性能が画質を左右するようになります。
特に、4umサイズのCCD 素子では、レンズに250本/mm以上の解像度が要求されるので、こうしたレンズを作るのは恐ろしく困難であることが理解できます。
また、4um画素の素子にレンズの情報を集めようとすると回折という問題が起きて、これを考慮したレンズを使用しなければなりません。
つまり、レンズの絞りがF/4以上になると回折により4umのボケとなるために、レンズはそれ以下の明るい口径比で使わなければならないことになります。
この観点(レンズの解像力の観点)から述べると、一般の固体撮像素子では1画素4umが限界ではなかろうかと考えます。
 

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■ 機能別レンズの種類
 
■ 虫メガネ(magnifying glass, loupe) (2006.02.22)(2006.08.02追記)
 
レンズの一番基本的な器具である虫メガネについて基本的なことをおさらいしておきましょう。
虫メガネの原理を知ることによって、レンズ、写真レンズ、顕微鏡レンズを深く知ることができます。
虫メガネは、小さなものを拡大して見るための凸レンズです。
ルーペとも呼んでいます。
お年寄りがお世話になるレンズが、天眼鏡(てんがんきょう)であり老眼鏡です。
これらは、基本的には虫メガネです。
老人の場合、裸眼では近くのものが見えませんから、ものを遠くにおいて見ることになります。
そうすると、ものが小さくなってしまうので、虫メガネを借りて老人の目の合う位置に像を持ってくる必要が出てきます。
さらに、見るものが小さい場合、大きな像にする必要があります。
つまり、老人の場合、小さい物体を適切な距離でしかも十分に大きく見えるための道具(虫メガネ、天眼鏡、老眼鏡)が必要なのです。
若い子(近眼者)が使う遠くのものをしっかりと見るための近眼レンズとは趣が異なります。
 
虫メガネの基本的な性能は、小さな物体を凸レンズの焦点距離近傍に置いて、拡大された『虚像』を作ってその虚像を人が見るというものです。
虚像は、凸レンズの焦点距離の近くに置けばおくほど拡大することができますが、拡大像が遠くの位置にできてしまうため大きく拡大しても像が遠くの位置にできてしまい、相殺されて拡大が期待できなかったり、凸レンズの性能によっては拡大像がぼけてしまうため大きな拡大は期待できません。
一般の人の目は、250mm近辺の物体が一番見やすい位置となるために、虫メガネを持つと自然と目が虫メガネに近づいて、25cmの所に虚像ができるように調節しています。
 
結果として、以下に示すような配置となります。
 
 
上の図では、被写体は虫メガネの焦点位置近傍(あくまでも近傍)に置かれます。
焦点位置よりも遠くに置いた場合、虚像はできません。
焦点位置より近く(虫めがね側)に置くと虚像は小さいものになります。
人が虫メガネをかざして被写体を覗くとき、自然と一番見やすい距離で、なおかつ最も大きな拡大を得ようとしてレンズを前後させて被写体を焦点位置近傍に置くようになります。
 
▲ 明視の距離
 
実際に、凸レンズをかざして小さい物体を覗くとき、人は一番見やすい距離に虚像ができるようにレンズの位置を調整しています。
それが多くの場合、明視の距離(the least distance of distinct vision, 250mm)と言われている距離です。
しかし、実際の所その距離は人によってまちまちで、近視の人は100mmのところでものを見るかも知れませんし、遠視の人は400mmの距離で見るかも知れません。
その意味では、虫メガネの倍率は一般的なもので、人によって変わると言えるでしょう。
 
▲ 虫メガネの倍率
 
虫メガネの倍率では、人は拡大像を250mmの位置から見るという大前提に立って以下の倍率の公式を導いています。
 
     M = 250/ f + 1 ・・・(Lens - 39)
        M: 倍率(被写体からの像倍率)
        250: 明視の距離(the least distance of distinct vision)(mm)
        f: 虫メガネの焦点距離(mm)
 
▲ もう一つの倍率の表し方
 
虫メガネのもう一つの倍率の公式として、a → fと近似させて、かつb が250mm(明視の距離)に像を結ぶと仮定して、倍率M=b/aをa→f、b→250に近似させて、
 
     M = 250/f  ・・・(Lens - 40)
 
としているものもあります。
aがfに近づけば、bは250mmよりもどんどん遠くの無限遠に移ってしまうので、この式は少し無理があります。
fが5mmのような焦点距離の短いものであれば、bの250mmは大きな値となり得るので正しいと言えますが、虫メガネの焦点距離が長いものではこの式は当てはまらなくなります。
 
▲ 視角による倍率
 
別の見方をして、視角の大きさで比較してみましょう。
微小物体Lを拡大してL'としたときのそれぞれの視角(ω、ω’)についての比較です。
裸眼で250mmの位置でLを見たときの視角 tan ω=(L/2*250)と、虫メガネ(f)でbの位置に拡大したときの視角 tan ω’=(M*L/2*b)において、その比を求めると、
 
 
tan ω’/tan ω = (M*L/2*b)/(L/2*250)= M*250/b  ・・・(Lens-41)
M = b/aより、
tan ω’/tan ω = 250/a ・・・(Lens-42)
 
となり、虫メガネの前に置く物体の位置(a)で倍率が変わることを教えてくれています。
aは通常虫メガネの焦点距離(f)に近い位置に置かれるので、a→fとすれば先に述べた倍率の公式 M=250/f と等しくなります。
しかし、この条件は、a→fとしてもbの絶対値がaよりも大きいことが必要です。
従って、この式は遠い位置にできる無限遠像について当てはまる倍率公式となります。
 
▲ 焦点距離の長い虫メガネ
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話が込み入りますが、老人の眼鏡はf300mmからf500mmのものを使っています。
このレンズは倍率が低いので虫メガネとは言い難いのですけれど、ある程度大きく見えます。
新聞を読むときの大きなレンズもこのような焦点距離の長いレンズを使っています。
このレンズを使って小さな文字を見た場合に、M=250/fの公式を当てはめると小さい倍率値になってしまいます。
例えば、f=300mmのレンズでは、M=250/300=5/6=0.83となり裸眼で見るより小さい値になってしまいます。
この場合には、虫メガネで物体像を250mm(明視の距離)で見るという前提に立って、aを焦点距離の近傍に置くという条件を緩めた、M=250/f + 1の公式を当てはめます。
この場合、M=250/300 + 1 = 1.833となり、aは焦点距離300mmの近くというよりかなりレンズ側に近づいた136.4mmの位置に物体を持って来ることになります。
また、1/a + 1/b = 1/f の式からb = -250mmを当てはめてf = 300mmからaを求めると、a = 136.4mmとなりM = 1.833の倍率となります。
新聞を読む虫メガネは、倍率をあげるというよりも近くにあるものを少し距離を離して見やすくするために使われていることがわかります。
 
これらの式からわかることは、レンズの焦点距離fが短いものほど像倍率が大きくなり、小さいものを拡大して見ることができるということです。
この倍率を求めるには、1/a + 1/b = 1/f という公式を使って、b = -250mm (像が虚像でレンズの左側にできるので負記号となる)を前提としてa → fに近づけるという形で求めています。
虫メガネの場合、f = 125mm〜50mm程度が中程度の倍率(M=2〜5)となり、拡大を要する虫メガネでは、 f =25〜10mm程度のものが使われて10倍から25倍の倍率となります。
10倍程度の虫メガネでは 、物体を50um程度まで人の眼で見ることができます。
 
しかし、これらの定義は大まかな取り決めのようです。
人の眼自体も厳密な取り決めがありませんから1割程度の誤差は無視して差し支え無いのかも知れません。
私の目は裸眼では無限遠(遠く)にピントが合いません。
つまり無限遠光学系は組めないことになります。
そうすると、虫メガネの倍率は、M=250/fではなく、M=1+250/fのような気がします。
 
▲ 虫メガネの倍率 - まとめ
いろんなことを述べましたが、一般的に虫メガネの倍率は、M = 250/f としている文献を多く見かけます。
遠視の人なら、無限遠近くに像を結ばせても問題なく虚像を見ることができますからこの式で問題ないのでしょう。
私のように極度の近視と遠視が混じっていると、25cmぐらいが一番楽に像が見えるので上に示した倍率が正しいようです。
ルーペや顕微鏡の接眼レンズの倍率(x5とかx10)も、簡単な公式(無限遠での虚像による算出、 M = 250/f)で求められているようです。
 
私の手元には、x10(10倍)のルーペがあります
(右写真の3つのルーペの真ん中と左のルーペが10倍です)。
このルーペを使って細かなものを覗く場合は、確かに重宝します。
が、1mmのものが10mmのものに見えているかというと、どうもそのように拡大されてはおらず、せいぜい3mm程度の大きさにしか見えません。
光学計算では確かにそうした倍率になっていますが、私の目の感覚としては指示された倍率ほどには認識できません。
 
虫メガネで大事なことは、小さい物体を楽に見ることです。
例えば新聞を読むとか、小さな虫などを観察するとか、時計などの精密部品の調整作業に使う際に重宝するツールです。
この場合に大切になる性能は、倍率よりも視野となります。
倍率が高いルーペは、焦点距離が短く厚いレンズとなるため口径の大きなものを作ることが困難で、その結果、視野が狭くなり文字を拾うのも物体の全体をとらえるのにも苦労してしまいます。
大きな視野を得るレンズはとても使いやすいものです。
 
私の持っているルーペ(右写真の3種類)のうちで一番右のものが一般的な虫メガネとよばれるもので、比較的低い倍率で多くの視野を見るのに使います。
真ん中のルーペは、x10の拡大率があり携帯用です。
レンズ口径が小さいので広い視野を見ることはできません。
一番左のルーペは、お椀(盃)を逆さまにしたようなもので、お椀の縁面が焦点面になります。
従って机の上にこのルーペを伏せて置けば机の上に置かれた椀内にあるものが拡大して見えます。
倍率はx10倍でお椀の縁まで良好な視野を持っています。
広い視野があると見るのに疲れなくて便利です。
 
■ メガネ(a pair of glasses)  (2006.07.09追記)
 
メガネは、近視、遠視、乱視などの障害を持った人の眼をレンズの力を借りて補正する器具です。
歴史的にみて、光学ガラスが発達した背景の大元にメガネの需要があったことは疑いのない事実です。
現在の40才代以上の人の半分はメガネのお世話になっているのではないでしょうか。
60才以上はほとんどでしょうし、20才以上では3割以上がコンタクトやメガネなどで矯正をしていると思います。
そうして見ると、日本人の4割近くがメガネ(及びコンタクトレンズ)をかけていることになります。
4000万セットの保有需要、それも3年〜5年で買い換える需要はかなりのマーケットと言えるでしょう。
 
私自身も年を重ねるにつれてメガネのお世話になって来ました。
小学校までは私の視力はすこぶる良く、裸眼で視力1.5、調子の良いときには2.0が見えていました。
田舎育ちで山で育ったせいか近くのものを見る生活が少なかったからと思います。
中学になると、机に向かって本を読むことや、ものを書くことが多くなったせいもあり、視力がどんどん落ちていって、高校3年の頃には視力が0.8程度まで落ちてしまいました。
困ったことに右の視力は0.8なのに左の視力が極端に悪くなり0.1になってしまいました。
それに加え、夜の三日月を見ると月が3つにも4つにも見えるという乱視を患ってしまいました。
その後、年を重ねて45を過ぎたあたりから、近くのものを見るのが辛くなり、今では遠近両用のメガネを作り替えても近くが見えずらくなるという状態になってきました。
若い時代に、初老の人が眼鏡越しに相手の顔を見たり、書物などを遠くにかざして読んでいるのをおもしろおかしく見ていた自分が、今まさにその年になって、老いの人たちの気持ちがわかるようになりました。
 
人の眼の属性は、光と光の記録 - ヒトの目(http://www.anfoworld.com/Lights.html#humanseye)を参照して下さい。
 
 
 
 
 
メガネによる視力の矯正は、視度調整と非点収差除去 の二つがメインです。
つまり、遠視、近視、乱視の矯正がメガネの主な働きと言えます。
メガネの大きさに比べて眼の虹彩の大きさは7mm程度であるので、メガネの射出瞳は小さくなりF ナンバー(口径比)の大きなレンズとすることができます。
実際に、人はメガネの一部を通してしか視野を注視しないので、レンズの持っている球面収差やコマ収差を無視してもさして大きな支障はなく、色収差も大きな影響を与えません。
従って、メガネ用のレンズは、眼球が回転(回旋)しても非点収差が現れないような考慮をすればよいことがわかります。
つまり像面湾曲と非点収差 がメガネレンズ製作上の考慮すべき収差となります。
これは写真レンズに比べて製作上大きな相違点です。
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メガネは1枚のガラスレンズで作られます。
写真レンズではこのような芸当はできません。
メガネは眼球が動いて広い範囲をカバーする関係上、レンズの大きさは直径60mm程度でメニスカス形状をしています。
近視用のレンズは凹面を形成し、遠視用では凸面となります。
さらに、これに乱視が入るとトーリック面(トロイダルレンズ)が加わります。
お年寄りの遠近両用レンズでは、かってはメガネが上半分と下半分の二つに分けられて、近視用と遠視用のレンズが組み合わさったバリフォーカルレンズでした。
これは、メガネの真ん中水平にレンズを分ける境目が入っているレンズです。
このレンズは見てくれが悪いために、最近では境目を無くして徐々に変化させたレンズ(累進屈折力レンズ)が主流になっています。
複雑なレンズ形状は、プラスチックの成型技術が向上したために数多く作られるようになりました。
この恩恵によって、私のような複雑な眼(左右の視力が異なり、乱視があって、近視と遠視を合わせ持った眼)を矯正できるレンズを作ることが可能になりました。
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メガネは、眼球回旋を中心点として球面状の像を結びます。
像面が湾曲していていても、眼球は像面の一部しか利用していないので問題はありません。
眼球が回旋して広い範囲を見るためには、像は逆に回旋中心に沿って湾曲していた方が都合が良いのです。
カメラの場合その像面は平面になっていなければならないので、メガネをカメラレンズとして使うと中心部にフォーカスを合わせても周辺部がぼやけてしまいます。
もっとも、近視用のメガネレンズは凹レンズなので実像の結像作用はなくカメラレンズとしては使用できません。
メガネレンズでは、上の図に示したように、眼球の回旋中心Rを中心とした球面の像面(FPS)を作ることが理想です。
(近視用レンズでは、虚像の像面を作ります。)
球面状に理想の像を供給するかがメガネレンズ設計上の重要なポイントとなります。
安定した球面状の像面が作られれば、眼球が回転して広い視野を見ても網膜に楽に像を形成することができるようになります。
■ 一眼レフカメラ用レンズ(Single Lens Reflex Camera Lenses)  (2006.07.16記)(2006.09.20追記)
 
一眼レフレックスカメラは、下図に示すように35mm巾のフィルムを使ったライカサイズ(イメージサイズ24mmx36mm)のカメラで、カメラの頂部に配置したペンタプリズムとリターンミラーを介してカメラレンズが作る像を直接視認できるようになっていました。
この機構によって、フィルムに写る像の構図やフォーカスが簡単にかつスピーディに行えるようになりました。
このカメラは携帯性が非常に良く、交換レンズも自由に使えることから1950年から2000年までの50年間、写真の世界ではもっとも進んだカメラとしてその地位を確保して来ました。
デジタルカメラとなった現在でも一眼レフレックス方式は十分にその能力を発揮しています。
 
写真カメラは、一眼レフカメラだけかというとそうでもなく、一眼レフカメラが作られる前には、同じライカサイズのレンジファインダー式のカメラがありましたし、ブローニーフィルムを使った二眼式のカメラもありました。
有名なライカは、一眼レフカメラではなくレンジファインダー式カメラでした。
また、ライカサイズのカメラができる以前には、シート状のフィルムを使った大判式ボックスカメラが主流でした。
現在は、135タイプの35mm巾フィルム感光材に代えてCCDやCMOS などの固体撮像素子を組み込んだものが主流になってきています。
 
 
▲ 一眼レフカメラの特徴
 
一眼レフカメラ用レンズ(フィルム用)の特徴を以下に示します。
 
   (1) 撮影用のレンズを直接使って(レフレックスファインダーを通して)、被写体の画角やピント調整を行う。
   (2) 24mm x 36mmのイメージサイズを包括するレンズである。
   (3) レンズとフィルムの間にファインダー用の跳ね上げ式ミラーが入るために、
      フランジバック(レンズの取付面からフィルム面までの距離)を47mm程度
     (ニコンF マウントのフランジバックは46.5mm)確保している。
      → f20mmなどの広角レンズでもフランジバックは47mm程度の長い距離が確保される。
   (4) レンズの着脱がバヨネットマウントであるためレンズ交換が容易。
   (5) プロからアマまで多くのユーザがいたのでコストパフォーマンスの最も良いレンズとなった。
   (6) レンズ焦点距離はf18mmからf400mmまで十数種類ある。
   (7) ズームレンズの需要と技術の集積などで高画質で安価なズームレンズが出始めている。
 
このカメラにはプロからアマチュアまで幅広いニーズに応えたため、たくさんの種類のレンズやストロボなどのアクセサリーがそろいました。
 
 
▼ デジタル一眼レフカメラ
 
■ Kodak DCS
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2000年より、記録媒体をフィルムから個体撮像素子に代えたデジタルカメラが一般的になって来ました。
プロフェッショナル用デジタルカメラの始まりは、1991年の米国Kodak社が開発したDCS100(Digital Camera System)が最初だと記憶しています(図左、図下参照)。
当時、Kodak社は他社に先駆けて独自の大型CCD素子を作っていたので、その素子(1.3メガピクセル)を既存のNikon一眼レフカメラ(Nikon F3)に組み込んで販売しました。
CCD素子は、1024画素x1280画素(素子サイズ16.4mmx20.5mm)で、電子シャッタ機能を持たないものだったので、カメラのフォーカルプレーンシャッタで露出を行っていました。
その時に使われていた撮像素子サイズは、ライカサイズより小さかったために、焦点距離f28mmのレンズが標準レンズとなっていました。
イメージサイズ(撮像面の大きさ)で標準レンズの焦点距離が変わる理由を以下の図に示しました。
f28mmの焦点距離を持つレンズは、ライカサイズでは広角レンズの部類に入ります。
ライカサイズの広角レンズには明るいレンズがなく、口径比F2.8程度が最も明るいもので、標準レンズf50mmF1.4に比べて4倍も暗いものでした。
また、このカメラは、SCSIのインターフェースで、ショルダーバックのパワーサプライ部とデータ部(左図の電源及びコンソール)に接続されていて、撮影した画像データを保存することができ、さらに保存した画像データをパソコンに送ることができました。
 
kodak社のDCDより遅れること11年後の2002年9月に、キヤノンからライカサイズ(フルサイズ)のデジタルカメラ キヤノンEOS-1Dsが発表されました。
このカメラには、24mmx36mmという大きなCMOS撮像素子が使われ、4,064x2,704画素(2004年時点では4,492画素x3,328画素)を持っていました。
撮像素子をライカサイズにすることにより、イメージサイズがフィルムサイズと同じになるため、従来のフィルムカメラと同じレンズワークで作品が制作できるメリットが出てきます。
これはプロカメラマンにとってはとても魅力的な性能でした。
 
■ フィルムカメラの衰退
 
2006年2月にショッキングなニュースが入りました。
ニコンがフィルム一眼レフカメラ市場から撤退することを表明したのです。
フィルムカメラは2機種残してすべて生産を中止するというものです。
機を同じくしてコニカ・ミノルタもフィルム事業から撤退する発表を行いました。
(コニカ・ミノルタはこの事業部門をソニーに売却します。)
フィルムカメラはどんどん市場を無くしています。
我々、映像計測屋が困るのは、安価で優秀な一眼レフカメラレンズが無くなってしまうことです。
ここ数年、マニュアルフォーカスのレンズの製造が中止されて(Ai Nikkor f105mmF1.8s、Ai Nikkor f35mmF2s、Ai Nikkor f85mmF1.4Sなど)、オートフォーカス用のレンズに生産をシフトしている状態になっています。
オートフォーカス用のレンズは、手動によるフォーカス合わせがやりづらいのです。
私のように既存の安価で性能の良いレンズを使っておもしろい光学系を作るものにとって、この情報は辛いものです。
 
2006年8月のデジタルカメラ業界は、コニカ・ミノルタのデジタルカメラ部門を買収したソニーがαシリーズのデジタル一眼レフカメラで攻勢をかけ、キャノンに次いでシェア2位を得たというニュースがありました。
3位はニコンで、昨年まではキャノンとニコンで8割のシェアを持っていた業界地図が大きく塗り替えられました。
私はソニーのαシリーズのデジタルカメラをよく知りません。
ソニーのブランドバリューと強固な販売ルートでミノルタαシリーズの後継を一気に押し上げたような気がしています。
彼らのレンズはミノルタのレンズだと思います。
 
 
最近のデジタル一眼レフカメラのレンズを見てみると、イメージサイズがライカサイズ(フルサイズ)より小さいために、レンズをコンパクトにした専用のレンズが生産されはじめています。
これらのレンズはほとんどがズームレンズ(f18mm〜f200mm)です。またこれらのレンズはF3.5程度と暗く、我々の計測分野では中途半端な代物です。
これらズームレンズの開発は、屋外撮影用のデジカメの使用を主目的としていて、1本のレンズで撮影範囲を自由に変えられるズームレンズの需要を反映したものと想像します。
私自身ズームレンズには良い思い出が少なく、こうしたレンズを計測用に使うことにためらいを覚えます。
レンズ性能がどんどん向上しているという事実も認めないわけではありませんが、ズームレンズは総じて、
・レンズが暗い、
・単焦点レンズに比べて切れ味が今一歩悪い、
・幾何学歪みがズームによって複雑に変化する、
・計測用では定置で使うことが多くズームレンズの利用価値は一般目的より高くない、
などの理由で、今なお単焦点レンズを利用しています。
 
▼ フルサイズ撮像素子
 
一眼レフカメラといえば、ドイツのライツ社が採用した24mmx36mmのイメージサイズ(ライカサイズ)が大切な規格でした。
このフィルムサイズですべてのフィルムアクセサリーが統一されて来ました。
ライカサイズは、ドイツライツ社が小型携帯フィルムカメラ(ライカ)を作ったとき(1913年)、彼らが採用したフィルムサイズでした。
映画用フィルム(35mmフィルム巾)を借用して開発者、オスカー・バルナックの両手を拡げた長さに切ってカメラに詰め込みました。
映画のイメージサイズが18mmx24mmだったので、24mmを縦巾として同じ比率になるように横幅を36mmとしました。
これがライカサイズと呼ばれるものです。
バルナックの一尋(ひとひろ)の長さに切られたフィルムは36枚の撮影ができました。
ライカサイズのカメラは、レンジファインダー方式から一眼レフ方式になり、アマチュアからプロに至るまでこぞって使いだしました。
 
■ 初期の撮像素子
 
一眼レフカメラがフィルムからデジタルに移行していったとき、撮像素子の大きさにライカサイズを持ったものはありませんでした。
そんなに大きなCCD素子を作る技術がなかったのです。
当時(1991年)は、コダックが開発した1024画素x1280画素(素子サイズ16.4mmx20.5mm)が最高のものでした。
それでもそれは相当に高価で、カメラ(Kodak DCS)の価格は150万円ほどしていました。
このカメラは画像サイズが小さいために、標準画角のレンズがf28mmとなり、ライカサイズでは広角レンズに相当するものです。
このようなレンズは、明るくて切れの良いものが少なく、レンズの選択に苦労したことを覚えています。
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2006年現在のニコンのデジタル一眼レフカメラは、5種類発売されていますが、撮像サイズはすべて23.6mmx15.8mm(0.2〜0.3mm程度のバラツキはある)になっています。
これらのデジタルカメラはライカサイズ(フルサイズ)の撮像素子を持っていません。
彼らはこれをAPSサイズと呼んでいるようですが、APSサイズはちょっと違います。
APSサイズは、フィルムサイズの1つで1995年に規格化されました。
Advanced Photo Systemの略です。
フィルムが高画質になったのでフィルム巾を35mmから24mm巾に小さくしてカメラを含めたシステムの小型化を狙いました。
しかし、デジタル化の影響もあってあまり普及しませんでした。
イメージサイズは16.7mmx30.7mmとなっていて、ニコンのデジタル撮像素子に比べて大きくかけ離れています。
 
■ キャノンのCMOS素子
 
フルサイズ撮像素子は、ライカサイズと同じイメージサイズを持ったもので24mmx36mmの大きさです。
とても大きな撮像素子です。
フルサイズを採用したデジタル一眼レフは、私の知る限りキヤノンのEOS-1Dしかありません(2006年現在は、Canon EOS-5D)。
計測カメラでは、Redlake社のMegaplusに 24mm x 36mm フルサイズのCCD撮像素子を使った電子冷却、電子シャッタ内蔵の12ビット110万画素のカメラがあります。
電子冷却で110万画素のCCDカメラは聞いただけでとてつもない消費電力が想像され(10W〜20W)、バッテリ駆動の一眼レフカメラには到底採用されない撮像素子です。
従って、キャノンは消費電力の少ないCMOSのフルサイズの撮像素子を採用したのだと思います。
ちなみにキヤノンのデジタルカメラはすべてCMOSセンサーです。
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フルサイズの撮像素子は、レンズから見たらどのようなメリットがあるのでしょうか。
フィルムカメラで撮影をしてきたプロカメラマンにとって、フルサイズのデジタルカメラは、
・彼らが所有しているレンズが引き続き使え、
・カメラアングルもカメラレンズと画角の関係も従来と同じなのでとても使いやすく、
・フィルムからデジタルに移行する際に違和感が少なく、スムーズに移行できる
と思います。
(ただし、広角レンズではフィルムと固体撮像素子では周辺光量の低下が問題になります。)
フルサイズ固体撮像素子ではf50mmが標準レンズであるのに対し、イメージサイズの小さいデジタルカメラではf28mmが標準画角となり、ボケ味も変わってきて撮影された画像の感覚が異なってしまいます。
それに加え、デジタルカメラでは広角レンズが潤沢になく、広角効果を狙った撮影が難しくなります。
 
  
▼ 広角視野での撮影
 
このサイトのレンズの歴史を読まれてきた方は、レンズ、特に写真レンズ開発の歴史は広角の歴史であったことを理解されたと思います。
広角レンズは光を集めるのが難しく、明るい口径比の製作が困難です。
 
写真カメラからデジタルカメラへ移行する時に、カメラメーカが頭を悩ませた技術課題として以下の項目があったと思います。
 
  ・撮像素子の大きさ - 撮像素子をどのくらいの大きさにするか
    →大きい素子を使いたいが、大きい素子は高価である。
  ・低消費電力 - 消費電力をできるだけ抑えたい。
    →携帯使用ではバッテリの寿命が命。
     大きい撮像素子では消費電力が大きくなる。
  ・明るい受光部 - 感度を上げるために受光部はできるだけ
     開口率の大きいものを使いたい。
    →電子シャッタ構造は受光部(開口率)が小さくなる。
     フォーカルプレーンシャッタとの共用で電子シャッタは
     装備しない。
  ・発熱 - 長時間露光をする場合、発熱に対する配慮を
     しなければならない。
    →価格上、電子冷却方式は採用できない。
     長時間(1/2秒以上)露光では、熱雑音が素子に
     入り込み画質が低下する。
  ・フランジバックの確保 - 一眼レフであるため、
    ミラーを跳ね上げるスペースを確保しなければならない。
    →フランジバックの距離を45mm〜50mmとして、
     リターンミラーを跳ね上げるスペースを確保しなければ
     ならない。
    →広角レンズの設計が難しくなる。
  ・画像周辺部の光量低下 (右図参照)
    →画像周辺部へ斜めから入ってくる光線において、フィルム
     では問題が少ない光量不足がデジタル素子では顕著にあら
     われる。
     その理由は、固体撮像素子が構造上斜め入射光に対して効
     率よくフォトダイオードに入射できないことに由来する。
     解決として、イメージサイズの大きい(入射光線の角度が
     緩やかな)レンズや専用のデジタルカメラレンズ(周辺光
     量を上げたレンズ)を用いる。
 
こうして見ると、デジタルカメラでは広角レンズ開発が大きな問題になっていることが理解できます。
この問題は、計測用カメラにおいても使われている固体撮像素子が小さいために、広い範囲での撮影を行おうとすると焦点距離の短いレンズを使わざるを得ず、必然的に周辺光量の低下が問題になります。
周辺光量低下の問題は、レンズ自体にもCOS4乗則があってフィルムカメラでも同じ問題を抱えていました。
■ デジタル素子の奥目構造
 
デジタルカメラではそうした問題に加えて、撮像素子自体に周辺光量を受け取りにくい構造的な問題を持っています。
撮像素子では、画素の30%程度しか受光部がなく、回りが電子回路で囲まれているため斜めから入る光が正しく受光面に到達しない問題があるのです。
受光部が、時として縦横比に違いがある場合(下左図)、水平方向の周辺部と垂直方向の周辺部では光量低下の度合いが変わってきます。
 
  
 
 
上の図は、計測用CCD撮像素子の構造を示しています。
CCD撮像素子(インターライン型)は、撮像素子上に転送部が配置されていて遮光膜で覆われています(上図左)。
受光部は1画素の半分程度で縦長になっています。
転送部と遮光膜は、受光部(フォトダイオード)より高くなっていて、受光部は低い位置に配置されます。
この1画素が上右図のように画素数分だけびっしりと並べられます。
そうして見ると、撮像素子の上下方向は、転送部(遮光膜)に邪魔されることなく光が当たるので上下方向の周辺部でも光が届きやすくなりますが、水平方向では転送部が邪魔して周辺部に行くに従い入射光をブロックしてしまいます。
マイクロレンズを配置したとしても斜めからの入射光をフォトダイオード部に集光させることは困難になります(右図)。
このような理由で、固体撮像素子、特に電子シャッタ機能のあるCCD素子では水平周辺光量が低下する問題が起きてしまいます。
 
フルサイズCCD素子を使った計測カメラでは、素子にマイクロレンズを装着しているにもかかわらず、斜めから入射する周辺部での光量は中心部より半分以下に落ちてしまうことが先の説明で理解できました。
計測カメラは、例えば高精細の液晶製品の製造過程で液晶セルの濃度レスポンスを検査する工程に高解像力のものが使われます。
この時に計測カメラで問題になるのが周辺光量の低下です。
こうした問題を解決するために、画像処理による光量不足を補う処理に加え、より大きなイメージサークルを持つレンズ(6x6、6x7などの大型カメラ用のレンズ)を使うことで周辺光量低下の対策を立てています。    
 
今後、デジタルカメラ特有の問題を克服するようなレンズが開発されて行くと思われます。
こうしたレンズは、デジタル素子専用(もっと言えばカメラメーカが採用した撮像素子専用)となるため、おいそれと他のカメラに流用できない問題を持っているかもしれません。
 
 
 
■ ビデオカメラ用レンズ(CCTV Lenses)  (2006.07.16追記)
 
コンシューマ用のビデオカメラに装着されているレンズは、カメラにズームレンズが予め取り付けられていてカメラとレンズは切り離して使うことはできませんが、監視用のビデオカメラや計測用カメラ、高速度カメラなどには、一般的に「C」マウントタイプのレンズが使われています。
上で述べた35mmフィルムのフルサイズカメラのレンズに比べて小ぶりなのが特長です。
 
▼ 価格対性能
 
CCTV(Closed Circuit TeleVision)レンズは、歴史的に見ますと、テレビカメラの解像力が525本(画面の縦の走査線数)であったため、それに見合うだけの必要十分なレンズをあてがえばよいのでフィルムカメラ用レンズに比べて画質を要求されることがありませんでした。
監視カメラなどに要求されるレンズは、写っていれば良いという程度でした。
それよりも、価格が一番の関心問題であったようです。
1980年代までの産業テレビ向けCマウントレンズは、絵がなんとか写れば良いという代物でした。
映画用のレンズや35mmライカサイズ用カメラレンズに比べると、製品の品質も格段に劣っていました。
写真カメラや映画カメラに従事してきたものがCCTV用のズームレンズを使うと、のけぞるようにビックリします。
画質があまりにも悪いのです。
よくもまあこんなレンズが使われるものだと、変な感心をしたりもします。
しかし、価格が30,000円から50,000円と聞けば納得もし、ユーザも納得ずくで使っているという事情も理解できます。
映画用のズームレンズは200万円以上もします。
 
しかし、CCTV用のズームレンズの情けない所は、フォーカスが甘いことです。
フォーカスリングを回してピント調整してもピントが合うようで合わない、あとちょっとでピリッとしたフォーカスが来そうなのに逃げてしまう。
そしてフォーカスを合わせてズームを変えていくとどんどんフォーカスがボケてしまいます。
映画用のズームレンズではズームをする際にピントがずれるというのは御法度です。
絶対にあってはならない要求性能です。
なぜなら映画撮影の効果上ズームアップ・ダウン撮影(被写体をどんどん大きく写したり引いていく撮影法)は欠かせないからです。
ズーミング撮影法ではズーム中にピントがはずれてはならないのです。
しかし安価なズームレンズはズームしたときに容易にピントが外れます。
実は、ズーミング中にフォーカスが変わらないレンズの設計というのは結構やっかいで、それだけで設計・製造コストが上がるという問題を抱えています。
そうした意味で、ズーミングでフォーカスがずれることを大前提としたレンズが現れてバリフォーカルレンズとして売られています。
レンズメーカが価格を抑えた焦点距離可変のレンズを供給しだしたのです。
このレンズは、画角を合わせたら頻繁には画角を変えないという撮影目的を前提としています。
しかし、このレンズも切れ味はあまり芳しいものではありませんでした。
 
▼ 映画用Cマウントレンズ
 
数年ほど前(2005年当時)に、高速度カメラを使用されているお客様のところへお邪魔したとき、お客様から悲痛なクレームを受けました。
そのお客様は、20年来高速度撮影に従事され16mm高速度カメラから最近のデジタルカメラまで使われて来られた方でした。
そのお客様に、最新のデジタル高速度カメラを納入しそのカメラに30,000円程度の固定焦点用CCTVレンズをお付けしました。
お客様は20年前に購入したニコン社製のシネニッコール(Cine Nikkor、f25mmF1.4、f50mmF1.4、Cマウント)(右写真)をお持ちでした。
彼は、そのレンズと新しく納品したCCTVレンズを使って同じ被写体を撮影し、あまりの画質に違いに愕然とされました。
私もその画像を見て愕然としました。
シネニッコールレンズはすごく切れが良かったのです。
シネニッコールは、1995年頃生産を中止したCマウント16mm映画用のレンズです。
当時80,000円ほどしました。
ニコンの関係者に言わせるとそのレンズは戦後まもなく設計されたもので、40年間特に大きな変更もなく製造が続けられたものだそうです。
古いレンズなのに一番新しいレンズよりも格段に優れた性能を持っていました。
現在はシネニッコールはありません。
Cマウントレンズは時代が下がるにつれて、価格的な問題と需要の問題もあってか多様化し、市販品製品の間で品質にかなりのバラツキがあることがわかりました。
このバラツキの比は、ライカサイズのフィルムカメラレンズ(ニコンとかペンタックスとかオリンパスとかキヤノン)の比ではありません。
 
この件を通して、私は次のことを学びました。
・Cマウントレンズならなんでも良い(どうせ画質が悪い)という考えを捨てよう、
・もう一度Cマウントレンズで切れの良いものを探しだそう、
・もしなければ少々高くなっても作ろう、
ということでした。
Cマウントレンズを作っているメーカはたくさんあります。
その中で、現在、なんとか使えそうなCマウントレンズを見つけだし、高精細の高速度カメラや計測カメラに手当をするに至っています。
 
同じ価格帯でもレンズ性能に大きな違いがあることを身をもって体験した次第です。
最近のデジタルカメラの台頭に伴って、CCTVレンズメーカも時代の流れに合った良いレンズを作ってくれることを心から願ってやみません。
 
【Cマウントレンズの大きなマーケット】
 
Cマウントレンズが使われているマーケットは、監視カメラとFA(Factory Automation)分野です。
これらの分野は、固体撮像素子を採用したカメラが高性能、低価格になって急速に発展しました。
カメラの需要を掘り起こしたのです。
その需要を埋めるべくレンズメーカもたくさん現れるようになりました。
 
この分野で使われるレンズは、固定焦点距離レンズ(焦点距離6mm〜50mm)が圧倒的に多く、ズームレンズはそれほど多くありません。
望遠レンズよりも広角レンズの方が需要が多く、f100mm以上の望遠レンズを見ることはCマウントレンズではほとんどありません。
こうした要求には、ENG(放送用ビデオ)カメラレンズか一眼レフカメラの望遠レンズを流用することになります。
監視カメラの分野では、モータを内蔵した電動レンズが需要を増しています。
遠く離れた所から遠隔操作を行う必要上、電動カメラ雲台(パンチルト架台)と一緒に使われます。
 
FA分野では、製造工程の品物の検査にカメラが使われます。カメラが安価になって画像処理技術も進み、ラインの工程毎にカメラを配置し、製造品の欠陥、ラベル検査など、単一センサーではチェックできない箇所を検査しています。
こうした分野では物体の計測、キズの可視化などが主目的になるため、テレセントリックレンズが多く使われています。
顕微鏡に取り付けたコンパクトなカメラも主流になってきています。
■ 大判カメラ用レンズ(Large Format Lenses)
 
大判カメラ用レンズは、ライカサイズ一眼レフ以上のものを言います。
4x5サイズのボックスカメラ用のレンズがこれに相当します。
このレンズはイメージサークルが大きく、レンズ自体も大きいのが特徴です。
こうしたレンズは、需要があまりないのでレンズの種類が限られてしまうことと、高価であること、レンズ口径が暗いという特徴を持っています。
しかし、この種のレンズはなんと言ってもイメージサークルが大きくて切れの良いレンズが多いため、特注でレンズを作り特殊撮影目的に使うメリットは十分にあります。
これらのレンズは、レンズシャッタが内蔵されています。
 
 
 
写真製版用レンズ
 
半導体製造用リソグラフィレンズ
 
航空測量用レンズ
 
■ 紫外レンズ(Ultra Violet Lenses)   (2006.02.26)(200609.10追記)
 
青色領域よりも短波長側に透過能力を持ったレンズが紫外レンズです。
200nm〜400nmでの紫外域の透過能力を持っています。
紫外域に透過を持つ光学材料は、石英、フッ化カルシウム(CaF2、蛍石)の二つしかないので、この材料をうまく組み合わせたレンズが作られています。
色収差は、色収差のところでも述べたように波長が短くなるにつれて屈折率も強くなるので、広い紫外波長域で収差を取ることが困難です。
200nm〜400nmの紫外領域と、400nm〜600nmの可視領域では光の屈折の度合いが違います。
従って紫外レンズで色補正を良好に保つのは至難の業です。
 
従来、紫外レンズは、旭ペンタックスのTakumar(ウルトラアクロマチックタクマー、f85mm、F4.5)と日本光学のニッコール(UV Nikkor f105mm、F4.5)(写真右)が市販品として入手可能でした。
これらのレンズは、220nmの紫外から900nm近辺の赤外まで色収差が取られていて、紫外領域のみならず、赤外領域までの撮影が可能でした。
このレンズは、偽造文書の鑑定、絵画・宝石の検査、皮膚病などの医学写真分野、植物、動物の生態観察などに使われていました。
しかし、この特殊なレンズは需要がそれほど多くあるわけではなかったために、1970年中頃に製造を中止してしまいました。
1990年に入って、ニコンが再びUVニッコールを作り始めたものの、1996年にはまたまた製造を中止してしまいました。
現在では、栃木ニコンが同種の紫外レンズを製造販売しています。
 
近年、FA(Factory Automation)分野において、紫外カメラによる製品検査が脚光を浴びるようになり、FAカメラ用レンズを供給しているPentax Cosmicarから、C マウント用のUVレンズが供給されるようになりました(f25mmF2.8、及びf78mmF3.8)。
CCD 素子及びカメラを作っているテキサスインスツルメンツ社もCCTV カメラ用1インチUVレンズ(f23.95mmF4.09)を販売しています。
また、(株)レンズ屋からもCCTV用のUVレンズとしてf25mmF2.8のレンズが販売されています。
 
UVレンズは、可視光域にも透過性能を持っていますが、多くのレンズは色収差を取っていないために、これらのレンズを使用するにあたってはレンズ前面にUVフィルタを装着することが前提となっています。
このフィルタによって余分な波長をカットしてシャープな像を得るようになっています。
UVニッコールレンズ(現栃木ニコンUV-105mm F4.5)は、220nm〜900nmまで色収差を取ったアポクロマートレンズであり、可視光でフォーカス調整をしても紫外域のピントが合うレンズです。
F4.5と暗いレンズではあるものの、焦点合わせの点では使い勝手の良いレンズです。
 
【紫外線の発見】
 
紫外線の発見は、赤外線の発見から遅れること1年、1801年にドイツの化学者リッター(Johann Wilhelm Ritter: 1776-1810)によってなされました。
彼は、英国人天文学者ハーシェル(Sir Willam Herschel:1738-1822)が発見した赤外線の追試験を行っているときに、青色の外側にも、人の眼には見えないけれど塩化銀が反応する光があることを突きとめたのです。
当時、光が波長に依存して色が変わるということはまだ明確になっていませんでした。
リッターが紫外線を発見した1801年にイギリスのヤング(Thomas Young、1773-1829)が光の干渉・回折理論を発表しています。
したがってこの頃はまだニュートンの光の粒子論が主流であり、色と波長の特定は明確ではなかったのです。
この時代では、ニュートンが行ったプリズムを使って光を分散し、可視光の外側にも何か光めいたものがあるという発見で十分だったのだと思います。
十数年ほどして、回折格子を作ったドイツ人の職人フラウンホーファーが太陽光を分析して暗線があることを発見しました。
これがフラウンホーファー線と言われるものです。
1814年のことでした。
この時には回折格子はまだ性能が悪かったのでプリズムを使っていました。
フラウンホーファーは、この暗線がどんな波長であるのかを調べるために、1817年に回折格子を使って特定します。
この頃には光の波長と色の関係が十分に認知されていたと思います。
 
■ 赤外レンズ(IR = Infra Red Lenses)  (2006.07.21追記)
 
赤外レンズは、可視光の範囲外にあたる赤外域を使って像を作るためのレンズです。
一般の写真レンズでは900nm程度までの赤外光を透過します。
それ以上の長い波長、例えば1um〜10umでは光学ガラスそのものが透過特性を示さないために、専用の光学材料を使います。
光学材料のおおざっぱな波長透過特性を以下に示します。
 
  ・フッ化カルシウム(CaF2): 0.2um〜7um (低分散、望遠レンズに使用)
  ・フッ化リチウム(LiF): 0.12um〜7um (コーティング材として使用)
  ・フッ化マグネシウム(MgF2): 0.12um〜7um (コーティング材として使用)
  ・石英ガラス(SiO2): 0.22um〜2um  (機械強度良好)
  ・サファイア(Al2O3): 0.25um〜3um  (機械強度良好)
  ・シリコン(Si): 1.5um〜6.5um (機械的強度良好、高温に耐える、赤外線光学材料として使用)
  ・ジンクセレン(ZnSe): 0.7um〜15um (赤外線光学材料として使用)
  ・ゲルマニウム(Ge): 2um〜20um (赤外線光学材料として使用)
  ・岩塩(NaCl): 0.2um〜21um (赤外分光装置に使用。潮解性あり。脆い)
  ・臭沃化タリウム(KRS-5): 0.5um〜40um (難溶であるが柔らかい。赤外線ウィンドウ用)
  ・臭塩化タリウム(KRS-6): 0.4um〜34um (難溶であるが柔らかい、赤外線ウィンドウ用)
  ・臭化カリウム(KBr): 16um〜40um (分光プリズムとして使用、吸湿性あり)
  ・塩化カリウム(KCl): 15um〜30um(分光プリズムとして使用、吸湿性あり)
  ・沃化セシウム(CsI): 0.25um〜70um(もっとも長波長まで透過。X線の蛍光板にも利用)
  
これらの光学材料のなかで、シリコン(3um〜5um帯域の赤外カメラ)、ゲルマニウム(10um帯域のカメラ)がレンズ用に使われます。
赤外レンズは、可視光のカメラの持つ近赤外域の感光特性を利用したものと、中赤外の3-5um帯域の熱映像装置(サーマルカメラ)、それに遠赤外の10um帯域の熱映像装置(サーマルカメラ)に分類されます。
 
熱映像装置は、物体から放射される赤外線そのものを検知して映像化するもので、照明装置は必要ありません。
暗闇でも熱を持っている物体であれば像として可視化することができます。
低い温度(摂氏20度)ではLong Waveの10um帯域のサーマルカメラが有効で、摂氏100度程度になりますとShort Waveの3-5um帯域のサーマルカメラが有効です。
その理由は、低い温度では近赤外域の光エネルギーを多く放射しないので暗い物体となってしまうからです。
物体が摂氏400度程度になりますと、可視光手前までの赤外線を放射するようになるので簡便な赤外CCDカメラで映像が映るようになります。
 
赤外レンズは、従って近赤外領域(700nm〜900nm)であれば通常の可視光レンズを利用することができます。
ただし、レンズ表面にマルチコートを施してある場合には、コーティングによって赤外領域がカットされてしまうので注意が必要です。
近赤外領域のカメラは、レンズ、固体撮像素子を含め安価に入手できるので、監視カメラによく使われます。
 
 
 

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 顕微鏡レンズ(Microscope lenses)  (2006.03.04)(2006.07.03追記)
顕微鏡(Microscope)は、小さな物体を拡大して見るための光学器械です。
一般的に、ルーペを使って認識できない小さい物体を拡大観察するのに使われます。
現在の主流の顕微鏡は、対物レンズ(Objective lens)接眼レンズ(Eyepiece)の2つのレンズコンポーネントで構成され、二つのレンズで像を拡大します。
対物レンズは、倍率が1/2倍から250倍まであり、このレンズで拡大された像はさらに接眼レンズで拡大されます。
接眼レンズの倍率は、10倍が一般的です。
従って、対物レンズと接眼レンズの二つのレンズを使った総合倍率は、両者の積で示され5倍から2500倍となります。
光学顕微鏡の倍率限界は、扱う光の波長できまり、回折による像のボケから1000倍が限界と言われています。
この倍率限界は、ドイツ・ツァイス社のエルンスト・アッベが明確にしました。
 
レンズ性能でもっとも問題になるのは、レンズの明るさ(N.A. = Numerical Aperture、開口数)と分解能です。
顕微鏡ができた当初は、ふたつのレンズを組み合わせると収差がひどく像がぼけてしまったので単一のレンズ(小さなボールレンズ)で作られていました。
しかしボールレンズでは拡大に限界があるため、次第に複合顕微鏡が主流の座を占めるようになりました。
この顕微鏡の改良発展に、ドイツのZeiss社が大いに貢献します。
 
以下に顕微鏡の基本的な構成を示します。現在の顕微鏡は、対物レンズ(標本に近いレンズ、物体に対したレンズ)と接眼レンズ(眼に近いレンズ、アイピース)の組み合わせが一般的です。
上の顕微鏡は、代表的な顕微鏡の透視図です。
この顕微鏡は生物顕微鏡で、標本に光を透過させる方式です。
顕微鏡にはしっかりとした支柱があって、装置の中心には標本を置くためのステージがあります。
標本を挟んで上半部には対物・接眼レンズの光学系があり、下半分には照明光源光学系があります。
対物レンズはともかく照明光学系に多くのレンズが使われているのは興味あるところです。
顕微鏡では、照明光学系も大切な要素であることがこのことから理解できます。
顕微鏡の照明光学系としては、ケーラー照明が有名です。
上に示した顕微鏡にもこの照明光学系が採用されています。
この照明法は、非常に微小な標本に対して光を効率よく当てて対物レンズの口径に対しても効率よく光を入れ込み、なおかつ余分な光をカットする工夫がなされています。
集光レンズは、平行光束を標本めがけて一斉に集中できるように集光させています。
標本に対して回り込む光がないので(シャドウグラフ光学系の一種、テレセントリックな光源であるため)、標本を非常にコントラスト良く観察することができます。
 
 
 
上の図が、顕微鏡の基本的な光学的レイアウトです。
標本AB( = 被写体、対象物)は、対物レンズ(Lo)の近くにおかれます。
対物レンズの焦点距離が短いのは、拡大に都合が良いのとたくさんの光を集めることができるからです。
焦点距離が長くなると光をたくさん集めることは難しくなります。
対物レンズは、標本ABをA'B'に拡大します。
この拡大率が対物レンズに刻印されているX20などの倍率となります。
対物レンズLoでできた像A'B'をさらに接眼レンズLeを使って拡大し、A"B"の虚像を作り、これを眼で観察します。
対物レンズLoによる像の拡大率Moは、
 
   Mo = A'B'/AB  ・・・(Lens - 43)
 
で表され、
接眼レンズの拡大率Meは、
 
   Me = A"B"/A'B'  ・・・(Lens - 44)
で表されます。
最終的な顕微鏡の拡大率Mは、対物レンズの拡大率Moと接眼レンズの拡大率Meを掛け合わせたものになり、
 
   M = Mo x Me = (A'B'/AB) x (A"B"/A'B') = A"B"/AB  ・・・(Lens - 45)
となります。
 
対物レンズのレンズ先端から標本までの距離を作動距離(さどうきょり、Work Distance、W.D.)と言います。
顕微鏡レンズでは、対物レンズの焦点距離が短いためどうしても作動距離が短くなります。
 
同焦点距離(どうしょうてんきょり、Parfocal Distance)とは、対物レンズの取り付け面から標本までの距離を言います。
同焦点距離の同じ対物レンズを使えば、顕微鏡のターレット(レボルバー、回転レンズ取り付け機構)に複数の対物レンズを取り付けて回してもその都度フォーカス調整を行う必要がありません。
 
鏡筒長(きょうとうちょう、Mechanical Tube Length)とは顕微鏡本体の筒の長さを示し、対物レンズ取り付け面から接眼レンズを落とし込む筒上面までの距離となります。
顕微鏡の初期のものは、この機械鏡筒長が定められた対物レンズが使われていて、像A'B'が正しい位置に来るように決められていました。
こうしないと、鏡筒長の異なった対物レンズを用いるとフォーカスが正しく合わなかったり、倍率が正しく反映されなくなります。
鏡筒長は、有限補正対物レンズにおいて重要な要素となります。
 
有限補正対物レンズとは、顕微鏡の初期の頃の対物レンズで上の光学レイアウトで示した使い方をするものです。
対物レンズによってA'B'の実像が有限距離にできるのでこう呼ばれています。
しかし、最近の顕微鏡レンズは、無限遠補正対物レンズが増えていて、対物レンズの鏡筒に「∞」のマークがついています。
このタイプのレンズは、顕微鏡の機械鏡筒長さを自由に選ぶことができるので、落射照明装置とか偏光子などの光学付属品を自由に追加することができます。
 
無限補正対物レンズは、像A'B'を無限遠に作るので対物レンズ単独では結像できません。このレンズだけでは接眼レンズでA'B'像を拡大して見ることができないのです。
従って、無限補正対物レンズを使う顕微鏡では、顕微鏡内に結像レンズ(Tube Lens)が組み込まれていて接眼レンズにA'B'像を送るようになっています。
このため、無限補正対物レンズで得られる像倍率は、結像レンズの焦点距離を加味して求められています。
 
以下に、対物レンズと接眼レンズの性能について述べます。
 
 
【対物レンズ(Objective lens)】
 
対物レンズは、顕微鏡で最も大切な光学要素です。
顕微鏡のレンズは、詰まるところ凸レンズの一つなのですが、使用する目的が目的なだけに様々な光学的改良が施され現在のような形になりました。
顕微鏡の対物レンズは、一般撮影用のカメラレンズとは異なった性能表現が使われています。
顕微鏡レンズには絞りもなければフォーカス調整のためのフォーカスリングもありません。
その代わりにいろいろな記号が刻印されています。
 
右に対物レンズの外観を示します。
以下、刻印の意味を右の写真を参考に見ていきましょう。
 
▼ブランド表示:
 
表示の最上段にあるのが、顕微鏡対物レンズを作っているメーカー表示です。
世界的に見て顕微鏡対物レンズを作っているメーカはそれほど多くありません。
日本のNikon、OLYMPUS、ドイツのZeiss、Leicaが主なところで、工具顕微鏡分野では日本のMitsutoyo、ユニオン光学があり、光学部品メーカーでは、Edmund社、中央精機、Newport社などがあります。
 
▼光学補正(プラン、アクロマート、アポクロマート、フルオリート)
 
右の写真の二番目に刻印されている文字は、対物レンズのグレードを表します。
どのくらいの光学補正が施されているかの目安となります。
右の写真では、Plan Fluorと表示されていて、これは像面湾曲(Plan)と球面収差、色収差(Fluor)がよく補正されているレンズという意味になります。
Fluorは、色収差の意味ではなく蛍石の意味で、低分散光学材料を使っているので色収差が補正できていることになります。
 
この項目では他に以下のような刻印があります。
 
・Acro、Acromat: 2波長での色補正(アクロマチック)。
・Fluor、FI、Fluar、Neofluar、Fluotar: 蛍石を使った光学補正。
・Apo: 3波長での色補正(アポクロマチック)。
・Plan、PI、Acroplan, Plano: 像面湾曲補正。
・EF、Acroplan: Extended Field (field of view less than Plan)。より精密な像面湾曲補正。
・N、NPL: Normal field of view Plan。通常の像面湾曲補正。
・Plan Apo: 3波長色補正と像面湾曲補正。
・UPLAN: オリンパス社の総合像面湾曲補正(Universal Plan)。
▼倍率/開口数(N.A.)
 
右の写真の三段目にある数字は、顕微鏡の最も大事な性能である倍率と明るさを表します。
10xとある場合は倍率が10倍であることを示し、スラッシュ以下の数値は開口数を示しています。
開口数はsinθ正弦関数値(θはレンズがほおばる入射光束の角度、θ =<90°)ですので、媒質が空気である場合は、1.0が最大となり一番明るいレンズとなります。
しかし、顕微鏡レンズでは液浸とよばれる液体の中で使うものがあり、この場合の開口数は、液体の屈折率が高いので1.0以上になります。
対物レンズの倍率は、x1/2からx250まで各種のレンズが作られています。
撮影倍率を表す目印として以下に示す色表示(カラーコード)もあり、双方でレンズの倍率を確認することができます。
 
▼光学補正オプション
 
倍率表記の下に印字されている表記は、光学補正のオプションでレンズがどのような目的に適しているかを示しています。
参考例の写真では、DICという表記がされています。
DICは、Differential Interference Contrastの略で微分干渉タイプのレンズであることを示しています。
DICの次に刻印されている表記Lについては、以下の「▼作動距離」の所で触れます。
 
・CF、CFI: Chroma - Free、Chroma - Free Infinity-Corrected。
        ニコン社のブランドで、色補正済みのレンズという意味です。
        CFIは、無限遠補正を加えた色補正レンズです。
        これらは、対物レンズ、接眼レンズ双方に独立した色補正が
        なされているため互換性があります。
        同様のものにツァイスのICS(Infinity Color - Corrected System)があります。
・DIC、NIC: Differential Interference Contrast、Nomarski Interference Contrast。
         微分干渉顕微鏡の意味です。
・Oil、Oel: オイルによる液浸を表します。対物レンズと標本の間をオイルで満たします。
・Glycerin: グリセリンによる液浸を表します。対物レンズと標本の間をグリセリンで満たします。
・Water、WI、Wasser: 水による液浸を表します。対物レンズと標本の間を水で満たします。
・HI: Homogeneous Immersion。均一液体による液浸を表します。
      対物レンズと標本の間を均一液体で満たします。
▼有限補正・無限補正、鏡筒長 = Mechanical Tube Length)
 
参考写真の一番下左に示された値は、鏡筒長を示しています。
「∞」は無限遠を示す記号なのでこのレンズは無限補正(Infinite Corrected)の対物レンズとなります。
歴史的にみますと、複式顕微鏡(対物レンズと接眼レンズの組み合わせのレンズ)ができたときに、対物レンズと接眼レンズの距離を決めて(つまり顕微鏡の筒の長さを規定して)、対物レンズや接眼レンズ交換の際に正しく結像できるようにしました。
これが鏡筒の長さとなってRMS(Royal Microscopical Society)によって160mmとして規格されました。
160mmは、機械的鏡筒長(Mechanical Tube Length)と呼ばれているもので、対物レンズを取り付けるレボルバー面から接眼レンズを取り付ける筒の上面までの筒の長さを表します。
現在ではNikon、OLYMPUS、Zeissが160mmを採用し、Leicaが170mmを採用しています。
また金属顕微鏡の機械鏡筒長は、210mmが主流です。
 
近年の顕微鏡は、鏡筒間にビームスプリッタを入れたり偏光子を入れたりする必要から、鏡筒を長くしたい要求が出てきています。
こうした要求に応えるために顕微鏡レンズを無限補正「∞」にすることにより、鏡筒の長さを気にすることなく顕微鏡システムを構築することができるようになります。
無限補正のレンズは像を無限遠に結ばせることができるので、鏡筒の長さを気にすることなくどの位置に接眼レンズを置いても正しい倍率の像を得ることができます。
 
従って、新しい顕微鏡システムでは無限補正による対物レンズが主流となっています。
以下に有限補正と無限補正の顕微鏡のシステム図を示します。
 
 
上の図を見ますと、無限遠補正「∞」の対物レンズでは、対物レンズ焦点位置に標本を置いて像を無限遠に作っています。
像は、従って、結像レンズを用いて作らなくてはなりません。
無限補正レンズによる顕微鏡は、鏡筒に必ず結像レンズがついています。
結像レンズによって作られた像A'B'を接眼レンズでのぞき、拡大像として見ることは有限補正レンズとかわりません。
無限遠に像を結ぶ対物レンズを使うことにより、対物レンズと結像レンズの間の距離に自由度を持たせることができ、顕微鏡鏡筒をだるま落としのだるまのように積み重ねていろいろな光学系を挿入することが可能となります。
 
▼ ガラスプレート厚さ補正
 
「∞」刻印と「/」で区切られた右の数値「0.17」は、標本を押さえるガラスプレパラートの厚さの指定値です。
現在の標準的なガラスプレートの厚さは0.17mmです。
ガラスプレートの厚さが変わっても補正できる対物レンズもあり、こうしたレンズは、補正環と厚さ補正数値が刻まれていて、使用するガラスプレートの厚さに応じて補正環をセットできるようになっています。
補正環のついたレンズは、以下の刻印が施されていることがあります。
・Corr、W-Corr、CR: 補正環付
▼作動距離(Work Distance)
 
最下段の∞/の右に表示されているWD 16.0は、作動距離を表しています。
WDはWork Distanceの略で、次の16.0mmは作動距離の値を示していて、対物レンズ先端から試料までの距離(=作動距離)が16.0mmであることを示しています。
作動距離が長いレンズに関しては、光学補正オプションの段の右に以下のような表記があります。
上の写真ではDICの右にLという表記があり、長作動距離レンズであることを示しています。
 
・L、LL、LD、LWD: 長作動距離
・ELWD: Extra-Long Working Distance
・SLWD: Super-Long Working Distance
・ULWD: Ultra-Long Working Distance
▼カラーコード
 
対物レンズの先端部には倍率と液浸使用であるかどうかのカラー帯表示があります。以下色と倍率の関係を示します。
 
x1/2: 色なし
x1〜x1.5: 黒
x2〜x2.5: 茶
x4〜x5: 赤
x10: 黄
x16〜x20: 緑
x25〜x32: 青緑
x40x50: ライトブルー
x60〜x63: コバルトブルー
x100x250: 白
Oil液浸: 黒
Glycerol(グリセリン)液浸: オレンジ
Water液浸: 白
特殊液浸: 赤
 
▼ 取り付けネジ
 
顕微鏡の取り付けネジについては、■レンズの働きの▲顕微鏡レンズの所で触れました。
取り付けネジについては140年も前の古い規格のRMS(Royal Microscopical Society)ネジがあります。
その他にM25(メトリック25mm口径)、M32(メトリック32mm)の規格があるようです。
取り付けネジに関しては、レンズには特に表記がありません。
同一メーカーのものを使えば問題なく使用できるのであえて表記はされてないのかも知れません。
NikonとOLYMPUSではネジ径が違います。
工業用顕微鏡を作っているメーカーは、互換性を持たせようとして、古い規格のRMSネジを使っています。
 
 
【接眼レンズ(Eyepiece、Ocular)】 (2006.09.04記)(2006.11.01追記)
 
接眼レンズは、顕微鏡を構成するレンズ群の中にあって人の目の側にあるレンズです。
このレンズを通して対物レンズによって作られた像をさらに拡大します。
従って、このレンズは虫メガネの一種とも言えるべきものです。
虫メガネは、簡単な凸レンズでできていて安価なことが重要な要素ですが、顕微鏡に使う虫メガネ = 接眼レンズは、対物レンズでいったん拡大された像をさらに拡大する働きをもつために通常の虫メガネと構造が若干異なります。
顕微鏡では対物レンズの性能が一番大切です。
しかし、対物レンズで結ばれた像をさらに拡大させて、人に見やすくさせる働きを持つ接眼レンズも大切な役目を担っています。
 
ここで、単純な虫メガネと顕微鏡で使われる接眼レンズの違いについて述べておきましょう。
 
1. 虫メガネの対象物が自然にある小さい物体であるのに対し、
    接眼レンズは顕微鏡対物レンズを経て結ばれた中間像を対
    象物とし、この像を拡大する働きを持っている。
  2. 対物レンズによる中間像を見ているため、接眼レンズ部に
    視野レンズを入れないと像の中心部分しか拡大できず視野
    が狭くなる。
  3. 顕微鏡に取り付けるため、規格化された細長い筒状になっ
    ていて制約を受ける。大きな筒径は規格外となる。
  4. 対物レンズで作られた像を拡大するために、像の収差は物
    体とは異なったものとなる。接眼レンズは対物レンズを考
    慮した収差が取られている
 
こうした理由があるために、顕微鏡の接眼レンズは普通の虫メガネとは違ってたくさんのレンズで構成された構造になっています。
 
▼接眼レンズのタイプ
 
顕微鏡に使われる接眼レンズには大きく分けて、ホイヘンスタイプ(Huygenian Eyepiece)、ラムスデンタイプ(Ramsden Eyepiece)、ケルナータイプ(Kellner Eyepiece)、ペリプランタイプ(Periplan Eyepiece)があります。
望遠鏡ではもっとたくさんの接眼レンズが作られています。
接眼レンズの進化は、主に色収差などの光学補正の目的や、視野の確保にありました。
歴史的には、今述べた順番通りに作られて来たので、順番通りに性能が上がったと解釈して良いと思います。
 
これらの接眼レンズは、アッベ(1840年生)が生まれる以前から考案されているものなので、顕微鏡用というよりも天体望遠鏡や双眼鏡、各種光学計測装置のアイピースとして考案され、それが複式顕微鏡の発達とともに導入、進化したと考えて良いと思います。
天体望遠鏡や双眼鏡での接眼レンズの役割はとても重要です。
双眼鏡ではできるだけ広い範囲を一度に見たいので視野の広い接眼レンズが求められ、多くのタイプが考案されてきました。
望遠鏡の接眼レンズについては、望遠鏡の所でも触れています。
 
接眼レンズの基本的な考え方は、虫メガネ(ルーペ)です。
顕微鏡の像は虫メガネで見る像と違って、物体からの光そのものではなく対物レンズで作られた実像です。
その像は限られた光束によって形成されているために、時にはその像に収差が残っています。
つまり、普通の物体を拡大するのとは勝手が違うのです。
従って、通常の虫メガネを使って顕微鏡の接眼レンズとしたのでは、像の全体を観察する人の目に集めることができず周辺部が暗くなってしまいます。
もちろん周辺部の収差も取り切れていません。
また、接眼レンズの鏡筒には大きさの制約があるので、虫メガネを利用すると筒の口径で像の大きさが制限されてしまいます。
こうした不具合をなくすために、顕微鏡の(望遠鏡の)接眼レンズ(アイピース)が作られました。
接眼レンズでは、対物レンズからの光束を効率よく集めるための視野レンズ(しやれんず、Field Lens)が組み込まれていて、発散していく像の光束を曲げて眼レンズ(がんれんず、Eye Lens)に送り込んでいます。
 
下の図に接眼レンズの仕組みを示します。
この図から視野レンズの働きがよくわかると思います。
視野レンズはすばらしい機能を持っている反面、対物レンズの像を小さくしてしまいますから、拡大率は下がってしまいます。
拡大率が下がっても、視野が大きくとれることのほうが重要であることをこの図は教えてくれています。
 
 
.
 上図: 基本的な接眼レンズの仕組み
◆ ホイゲンタイプ(Huygenian Eyepiece)
 
オランダの物理学者ホイヘンスが1703年に考案したアイピースです(上図参照)。
このタイプの接眼レンズを顕微鏡分野ではホイゲンと呼び、望遠鏡分野ではハイゲンと呼んでいます。
2枚の平凸レンズの凸面はいずれも対物レンズ側に向いています。
2枚のうち、像側にあるのが視野レンズで、眼の方にあるのが眼レンズです。
このタイプの接眼レンズでは、対物レンズからの像が接眼レンズの中の視野レンズの後方にできました。
 
ホイゲンタイプは、初期の接眼レンズであり、望遠鏡の接眼レンズとして作られました。
比較的低倍率の目的に利用します。
レンズ構成が少ないため安価です。
 
2枚のレンズの関係は、視野レンズ(f1)が眼レンズ(f2)の3倍の焦点距離を持っていることと、2枚のレンズ間距離が、眼レンズ(f2)の2倍になっていることで、これが色消しの条件となります。この条件の時、この接眼レンズは都合良く見えます。
 
また、f1 = 2 x f2で、レンズ間距離がf2の1.5倍である時も色消し条件が成り立ちます。
 
【色消し条件】
 
色消し条件とは、分散(ν1、ν2)の異なった凸レンズと凹レンズ(f1 、f2)を組み合わせて、f1 x ν1 + f2 x ν2 = 0という条件式が成り立つとき、色収差がなくなるというものです。
同じ材質の2枚のレンズを同一光軸で距離dを置いて配置する場合には、下の式が成り立ちます。
  d = (f1 + f2)/2 ・・・(Lens - 46)
    d: レンズ間距離
    f1、f2: レンズ焦点距離
   上式は、
   d = (f1 x ν1 + f2 x ν2)/(ν1 + ν2)が本来の式であるが、
   ガラスの材質が同じなので、ν12 として導かれる。
 
ホイゲンタイプの接眼レンズでは、視野レンズの焦点距離が長く眼レンズの3倍(f1=3 x f2 )なので、d =(3 x f2 + f2)/2 = 2 x f2 が色消し条件となります。
 
◆ ラムスデンタイプ(Ramsden Eyepiece)
 
ラムスデン(Jesse Ramsden: 1735 - 1800。英国数学者、天文学者)が1783年に考案したアイピースです。
ホイゲンタイプの接眼レンズが現れた80年の後に登場しました。
ラムスデン48才の時の作品です。
 
ラムスデンの義理の父親、すなわち彼の奥さんの親父さんがドロンド(John Dollond:1706-1761)という人で、世界で始めてレンズの色消しを考案して特許を取得した人です。
ドロンドはメガネ屋で、ロンドンで手広くメガネを作って販売する傍ら色消しレンズのできることを伝え聞き、ガラス屑(廃材)を利用して色消しレンズの製造を始めました。
これが商売的に大いに当たり財をなしました。
そうした商才に長けたドロンドとは違って、娘婿のラムスデンは実直一徹な性格だったようです。
 
彼は機械技術屋として毎日工場でヤスリがけをし、精密機械装置を作っていました。
彼の作品には、精密六分儀があり、誤差1umの精密な親ネジを15年間かかって作り上げています。
産業革命が始まる前の時代、ろくな工作機械ができる前の時代にヤスリを使ってすばらしい精密機械を作っていました。
彼が接眼レンズを製作したのは、彼が手がけた糸線測微尺(ファイラー・マイクロメータ、Filar Micrometer)と呼ばれる天体観測用光学装置に使うためでした。
 
ラムスデンタイプは、焦点距離が同じ2枚の平凸レンズの凸面がお互いに向き合っています。
このレンズもホイゲンタイプ同様、視野レンズと眼レンズの二つで構成されていますが、対物レンズからの像が、視野レンズの前方にできるのが大きな特徴です。
これはホイゲンタイプと違って接眼レンズの外側に像を置くことができるので、像の位置にレティクルや視野マスクを自由に置くことができて便利でした。
また、このタイプの接眼レンズは、視野が広く取れることから広視野接眼レンズ(Wide Field type)として知られています。
収差も良くとれているので高倍率の対物レンズに使われます。
 
ラムスデンタイプの接眼レンズの色消し条件は、二つのレンズが同じ焦点距離のものを使っているのでf1 = f2となり、これより、d =(f1 + f1)/2 = f1、つまり、レンズ間距離dを焦点距離分だけ離して作られます。
そうすると視野レンズ上に眼レンズの前焦点が来ることになります。この条件だと、視野レンズ面に付着したチリやホコリ、レンズのキズがクッキリ見えてしまうため都合が悪くなります。
そのため、焦点を少しずらして、つまり、d = 0.85f1 として眼レンズの焦点位置を視野レンズの前に持ってくるようにしています。
こうすると色消し条件からずれるので色収差が若干出るようになります。
その不具合を解消したものが次のケルナータイプとなります。
 
◆ ケルナータイプ(Kellner Eyepiece)
 
ケルナー(Carl Kellner:1826 - 1855。ドイツ光学設計者。Leitz社の前身の会社を創設。29才で他界)が1849年に考案したアイピースです。
ラムスデンタイプの接眼側 = 眼レンズ(Eye Lens)に収差を補正したアクロマティックレンズを使用しています。
色消しが非常に秀逸であったために、広い視界を得る接眼レンズ用として、また、高倍率のアクロマート対物レンズ用の接眼レンズとして使われました。
ケルナーの接眼レンズは、開発当初、見掛け視界が40°程度であったそうです。
 
ケルナーは、1849年、23才の時にWetzlarに小さな光学会社(光学研究所 = Optical Institute)を設立します。
Ernst Leitz社の前身です。
当時、この会社は12名の従業員だったそうです。
彼は1855年、結核を患い29才の若さで亡くなります。
彼亡き後、彼の未亡人が引き継いで会社を存続させ顕微鏡を作り続けます。
Kellnerが亡くなった年、カール・ツァイスは39才、エルンストアッベは15才でした。
当時は、ツァイス社も小さな町工場でしたがKellnerの会社も小さな町工場でした。
この会社が急速に成長するのは、1864年、21才の精密機械工 Ernst Leitz(1843 - 1920)が合流してからです。
合流の5年後、1869年にライツはケルナーの会社を引き取り、エルンスト・ライツ社と社名を変えます。
彼の会社が有名になったのは、双眼タイプの顕微鏡が大いに当たってからです。
また、1913年、同社の技師オスカー・バルナックの手によるフィルムカメラ(ライカ)の製作で人気を博して後大いに有名になります。
 
◆ ペリプランタイプ(Periplan Eyepiece)
 
光学収差をさらに除去したタイプのアイピースで、4群7枚のレンズで構成されています。
ケルナーの後継会社Leitz社が設計しました。
この接眼レンズは、セミプランタイプやプランタイプの高倍率対物レンズ用として開発されました。
このアイピースでは、光軸中心から離れた周辺部の色収差の除去と、損面湾曲の除去、高倍率での各種収差の除去を目的としています。
そうした理由で初期の接眼レンズに比べてレンズが多くなっています。
 
▼ 視野レンズ(Field Lens)
 
先に説明したように、接眼レンズのもっとも大きな特徴は視野レンズというものが使われていることです。
顕微鏡の接眼レンズを取り出して虫メガネとして使おうとしてもピントがうまく合いません。
ルーペとして使おうとすると、物体を置く位置に接眼レンズ自体が当たってしまいます。
実は、レンズが物体に当たってしまうのは、接眼レンズを構成している視野レンズ(Field Lens)が物体を置く位置近傍に配置されているからです。
視野レンズがない接眼レンズでは、対物レンズによって拡大された像の中心部のみしか眼に入ってきません。
第一結像から接眼レンズに入る光束が拡がっているので、口径の限られた接眼部のレンズでは捕らえきれないのです。
そのため、光束を曲げて接眼部のレンズに向かわせる工夫が必要になり、その目的のために視野レンズが使われるのです。
図:接眼レンズの仕組み 参照
▼ 視野数(Field of View)
 
顕微鏡の接眼レンズの性能を示す数値の一つに、視野数(Field of View)があります。
この数値は、接眼レンズで見える視野の大きさを示していて無次元数で表示されます。
20とか30という具合です。
この視野数は、実は、観察者が見ることのできる視野を表していて、接眼レンズの結像面の視野の大きさを示しています。
20というのは結像面を20mmの視野で見ることができることを示しています。
従って、x20倍の対物レンズと視野数20の接眼レンズの組み合わせでは、対物レンズによって20倍の像が第一結像面にできて、そこではφ20mmの視野が確保されているので、φ1mmの物体がφ20mmの像となって、それが視野として見ることができるようになります。つまり、
 
物体の視野(mm) = 視野数/対物レンズの倍率(M o) ・・・(Lens - 47) 
 
という関係になります。
視野数が大きい方が広い範囲を見ることができます。
視野数は大きいほど観察が行いやすくなります。
視野数の大きい接眼レンズは高価です。
望遠鏡では見掛け視野角という言い方で角度で視野の大きさを表しています。
 
▼ 視野倍率
 
接眼レンズの倍率です。
一般的にはx5、x10、x20程度の倍率が多いようです。
接眼レンズの倍率が大きければ顕微鏡の総合倍率が上がりますが、上で述べた視野数が小さくなり広い視野が得られないので、一般的にはx10、x20が多いようです。
 
顕微鏡の総合倍率は、
 
顕微鏡総合倍率(M) = 対物レンズの倍率(Mo) x 接眼レンズの倍率(Me) ・・・(既述)
 
となります。
対物レンズで大きくした像(倍率M0)をさらに接眼レンズで大きくする(倍率Me)という意味が上の式に表されています。
 
 
▲ ケーラー照明(Koehler Optics)  (2006.03.01)(2006.06.21追記)
 
ケーラー照明は、透過型顕微鏡(生物顕微鏡、倒立顕微鏡)に使われている照明方法で、ドイツ人実験科学者ケーラー(August K喇ler、1866-1948)が1893年に編み出した手法です。
当時、ケーラーは、ゲイセン大学(Geissen)動物学研究所のJ.W.Spengel教授の助手として働いていました。
彼の編み出した顕微鏡照明手法は、顕微鏡撮影技術を一変させたと言われています。
顕微鏡下での撮影は、倍率を上げていくとどうしても光量が足りなくなり、照明光源を直接被写体に照射するクリティカル照明を取らざるを得ませんでした。
クリティカル照明では光源像が直接被写体に投影されるので、光源像の濃淡が被写体像に重なって均一な照明を得ることが難しくなります。
ケーラーは、クリティカル照明法の欠点を見抜き、均一な照明でしかも標本上に強い光を当てる方法を考案しました。
 
ケーラー照明法の基本的なことは以下の三点です。
 
(1) 光源(フィラメント)をいったん結像させる光学系(コレクタレンズ)を設けて、開口絞り部に光源像を作る。結像した光源像をさらにレンズ(コンデンサレンズ)によって標本面に投影させる。
  →開口絞りは明るさの調整を行う。
 
(2) 光源像の視野を調整する視野絞りは、標本面に結像していること。
  →視野絞りは標本面に照射する光源像の大きさを調整する。
 
(3) 視野絞りと開口絞りはそれぞれ独立してそれぞれの働きをする。
 
ケーラー照明は、光源像をいったん視野絞りにおいてそれをコンデンサレンズで適切に標本面に投影させることにより、均一な照明を確保しました。
視野絞りの光源像は、視野の絞りを調整することにより均一な明るさで標本面の明るさを調整することができます。
また標本面に結像するように視野絞りを置き、視野絞りを調整することで視野に関係のない光をカットすることができ像をより鮮明にさせることができました。
ケーラー照明は、110年経った今も均一高輝度照明法として現役で生き続けています。
 
ケーラーは、1900年、34才の時に顕微鏡製造で有名なツァイス社の下でエンジニアとして働き始め、生涯をZeiss社で過ごし新しい顕微鏡開発のために尽力しました。
1900年といえば、カール・ツァイスはこの世になく、アッベの晩年にあたる年です。
顕微鏡で一時代を築いたツァイスが、彼らの顕微鏡に一層の磨きをかけたのがケーラー博士による照明法だったのです。
 
我々が、照明の光学系を考えるとき、カメラレンズを考慮することを怠りがちです。
右の図は、光源から出た光がどのような経路を通って目に入るかを示していて、顕微鏡レンズも大切な照明光学系の構成要素となっていることがわかります。
図に示したような背光(逆光、透過光)照明では、光源像と物体像の二つが光学系によってどのようにできるかを注意深く見る必要があります。
図では光源像についてのみの光路を描いていて被写体(標本)像については触れていません。
 
この図を見てみると、光源像はコンデンサの前焦点位置に一旦結像して、標本上では無限遠像となる平行光になっています。
このことは、標本上に透過する光線は極めてピュアな光であり、標本上の陰影を良好に伝達します。
コンデンサレンズの前にある開口絞り部では光源像が作られ、この開口絞りを調整することにより明るさを調整できます。
開口絞りを絞ると標本に入射する光の角度が立つ(鋭角になる)ため、標本上の物体の陰影がはっきりとし(焦点深度が深くなる)ピントの合う範囲が広くなります。
標本上を透過した光源像は、対物レンズの後焦点位置で再度結像します。
この位置が射出瞳位置となります。
右の図の赤い光線と青い光線で、同じ色の交わった所が光源像のできる位置となります。
赤い光線と青い光線の双方が交差する位置では、光の範囲が制限されます。
したがってこの位置に絞りを置いて光を制限すると視野が決まってしまいます。
また、青線と赤線が交差するポイントは像が置かれる位置と一致し、すなわち、標本上、中間像位置、網膜上はフィラメント像が均一になる(きれいにボケている)ことを示しています。

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■ 望遠鏡レンズ(Telescope Lenses)  (2006.03.09)(2006.10.04追記)

望遠鏡は、遠くのものを近くに引きつけて見るためのレンズ光学系です。
遠方の物体を扱うことから、物体から放射される光は、平行光束として対物レンズに入ります。
従って像は焦点位置にできます。
焦点位置にできた像をさらに拡大レンズ(接眼レンズ)を使って拡大し、虚像を見るという二つの手順を経て望遠レンズが成り立っています。
この手順は、顕微鏡と極めて似通っています。
凹面鏡の所でも触れましたが、平行光束を扱う大口径光学系には凹面鏡が好都合なので望遠鏡の対物レンズにはほとんどと言って良いくらい凹面鏡が使われます。
凹面鏡などの鏡を使った望遠鏡を反射型望遠鏡と言い、望遠レンズを使ったものを屈折型望遠鏡と言っています。
世界中のほとんどの天文台で使われている天体望遠鏡には、直径1メートルから10メートルの凹面鏡が使われています。
凸レンズでは、直径5メートルもの大きな光学ガラスの品質の良いものをあつらえることも、そしてそれを磨くこともおそろしく困難です。
反射型が主に使われる理由がここにあります。
 
望遠鏡の光学系は、顕微鏡と同じように対物レンズと接眼レンズで構成されています。
対物・接眼の両レンズで物体を拡大して虚像を見るという点では顕微鏡と同じです。
顕微鏡が非常に小さいものを近距離で見るため、対物レンズに焦点距離の短いものが使われるに対して、望遠鏡では遠い物体を見るために焦点距離の長いレンズが使われるのが大きな違いです。
従って、望遠鏡では大きさの度合いを示す倍率(M)は、顕微鏡とは少し異なって、両者のレンズの焦点距離の比で表します。
また、視角の度合いで表すこともあります。(望遠鏡の倍率参照)。
 
▲ 無限遠と有限距離(Infinity Optics、Finite Optics)
 
光学の世界では無限遠という言葉がよく出てきます。
無限遠とはどのくらいの距離を言っているのでしょう。
太陽は無限遠にあると見なして差し支えないでしょう。
夜空に光る星も文句なく無限遠にあると見なして差し支えありません。
富士山の全景が見える距離も無限遠として良いようです。
写真レンズを見てみると、撮影距離が5m以上になるとフォーカス位置は「∞」(無限遠)となりこの位置で止まってしまいます。
そう考えると、光学分野での無限遠というのは10m(メートル)以上と言っても良いようです。
ただ望遠レンズについてもそれが言えるかというと疑問です。
 
光学の世界で無限遠と呼べるのは、許容錯乱円(きょようさくらんえん、allowable image blur)で定義されているようです。
許容錯乱円は光学系の作るボケの量を示し、このボケと焦点距離、及び口径比で過焦点距離(かしょうてんきょり)を求めることができます。
過焦点距離では、その距離から遠くにある物体についてはすべて錯乱円に入ってしまい、カメラ撮影ではピントが合っているとみなされます。
つまり、過焦点距離こそがその光学系の無限遠点なのです。
 
過焦点距離については、すでに述べましたが、もう一度復習します。
 
H = f2/(δxF) ・・・(Lens-21)(既述)
  H: 過焦点距離
  f: レンズ焦点距離
  δ: 許容錯乱円
  F: レンズ口径比
 
上の式を見てみると、無限遠というのはレンズの焦点距離(そして許容錯乱円の値の取り方とレンズ口径比)によって変わってくることがわかります。
カメラレンズを使って過焦点距離を求めてみます。
焦点距離がf50mmのレンズで絞りをF1.4とし、許容錯乱円を撮像素子の2画素分の24umとして計算すると、74.4mが無限遠となります。
人の眼では、焦点距離がf17.1mmであり、口径比F3.4、視神経の分解能2.4umなので、35.8mが無限遠となります。
カメラレンズf50mmが物体を74.4m(= a)の距離でとらえるとき、カメラレンズの撮影倍率は、a = f(1 + M)より、M = 1/1,487となります。
およそ、撮影倍率が1/1000以下になるとき、物体は無限遠にあると考えてよいでしょう。
撮影倍率が1/1000の時、像はレンズの焦点距離位置より0.1%離れた位置にできます。
0.1%という値は、f50mmのレンズでは0.05mm(50um)に相当し、この分だけ焦点位置からズレた位置にできます。
この量は、フォーカス調整のためのレンズ繰り出しピッチを2mmとすると回転角9°に相当します。
この位置あたりでのフォーカス調整は微妙なものとなることがわかります。
多くのレンズでは、レンズの焦点合わせの刻印が5m当たりまでしかなく、次には∞のマークになっていて、その間のフォーカス調整は、フォーカスリングの回転が1/24回転(15°)程度となります。
遠くにある物体を15°の回転角でフォーカス調整するのは熟練が必要になります。
これを例えば、F16程度に絞ると、過焦点距離は6.5mとなるので、レンズフォーカスを∞の位置に合わせておいても、6.5mから無限遠まで許容錯乱円内のボケに収めることができます。
もっともこのボケはレンズ解像力21本/mmに相当するものなので、絞りこむことによって中心部の解像力が損なわれ、代わりに周辺部のボケが改善された全体的に平均化された画像となります。
▲ 望遠鏡の倍率(Magnification of Telescope)
 
望遠鏡の性能を表す数値に倍率があります。
顕微鏡では物体の拡大倍率で倍率を表現し、その数値は長さ次元から求められます。望遠鏡の場合、顕微鏡の倍率と少し趣が違って、遠くの物体を近くに引きつける度合いを倍率と言っています。
または、物体と同じ位置に望遠鏡で得られた像を作った場合、その大きさの度合いを倍率と言っています。
望遠鏡について書かれた参考書を見ると望遠鏡の倍率を示す公式として以下の式が紹介されています。
 
M = fo / fe ・・・(Lens48)
  M: 望遠鏡の倍率
  fo: 対物レンズの焦点距離
  fe: 接眼レンズの焦点距離
 
または、視角の度合いから以下の式でも表されます。
 
M = tan ω'/tan ω ・・・(Lens49)
  M: 望遠鏡の倍率
  ω’: 望遠鏡による像の視角
  ω: 肉眼で見た物体の視角
 
 
但し、本来は、M = ω’/ωですが、tanω→ω、tanω’→ω’と近似できる時に成立します。
両者は、非常にシンプルな式です。
レンズの焦点距離から求める倍率の公式では、対物レンズの焦点距離(fo)を接眼レンズの焦点距離(fe)で割ってやれば倍率が求まるとしています。
一般的に望遠鏡に使われる対物レンズの焦点距離はf400mm〜f1,000mm程度が多く、接眼レンズはf50mm〜f25mm程度が多いので、この組み合わせからすると望遠鏡の倍率は8倍〜40倍となります。
 
▲顕微鏡の倍率と望遠鏡の倍率公式の違い
 
私の高校時代、物理学の授業で顕微鏡の光学系と望遠鏡の光学系について習いました。
当時、顕微鏡の倍率と望遠鏡の倍率の公式が大きく異なっていて、かなりとまどったことを記憶しています。
顕微鏡レンズの場合、対物レンズ(fo)の焦点距離を2mm程度とし、接眼レンズの焦点距離をfe=25mmとみなすと、200倍程度の倍率が得られます。
これを望遠鏡の倍率公式に単純に当てはめると、M=2/25=1/12.5 となり、とても拡大など望めそうにない値となります。
当時の私は光学にあまり興味を持っていなかったので、望遠鏡の倍率公式と顕微鏡の倍率公式は鵜呑みにせざるをえませんでした。
 
しかし、素朴な疑問として、なぜ両者の倍率公式にこのような違いがあるのでしょう。
 
顕微鏡と望遠鏡の倍率公式の違いは、以下の理由から来ています。
 
  1. 被写体のおかれている位置が違う。
    → 顕微鏡は対物レンズの近くの焦点位置におかれ、望遠鏡では無限遠に置かれた被写体を扱う。
  2. 従って、両者では対物レンズによってできる像の位置が違う。
    → 顕微鏡は対物レンズ後方の 10f〜50f(fは対物レンズの焦点距離)位置に実像ができ、
      望遠鏡では、対物レンズの焦点位置近傍(しかも極めて近く)に像ができる。
  3. 対物レンズでできた実像を接眼レンズでさら拡大して虚像を作るのは両者ともほぼ同じ。
    しかし,顕微鏡では250mmの距離に拡大像を置こうとするのに対し,
    望遠鏡では無限遠(実際の像と同じ位置)に置こうとする。(ただし、これは個人差があり、有限距離に拡大虚像を置く人もいる。)
 
▲ 望遠鏡の倍率
 
望遠鏡の倍率は、人が裸眼で物体を見る視野角(ω)と望遠鏡で見たときの視野角(ω')比で求められるとするもう一つの公式があり、多くの参考書で紹介されています。
視野角とレンズの焦点距離には比例関係があるので、望遠鏡の公式を見る限り同じことを言っています。
 
この倍率について、一番の基本であるガウスのレンズ公式(1/a+1/b=1/f)を使って、望遠鏡の仕組みと望遠鏡の倍率を導いてみることにします。
この導き方は、他のどの参考書にも載っていないものです。
 
下図に望遠鏡の光学レイアウトを示します。
下の図は、対物レンズの働きと接眼レンズの働きをそれぞれ別々に切り離して2段に分けて示しました。
 
 望遠鏡の原理図 ケプラー式望遠鏡 (ケプラー式望遠鏡の説明)
 
望遠鏡を使う場合、被写体は非常に遠くにあります。多くの場合、対物レンズ焦点距離(fo)の1000倍程度離れた位置にあれば無限遠距離として差し支えないようです。
この値は、対物レンズ(fo)がf400mmなら400m(=a)となります。
この被写体位置から対物レンズが作る像は、対物レンズの焦点位置(fo)となります。この時の像の倍率は、
 
Mo = fo/a ・・・(Lens50)
 
で表されます。
従って、被写体(H)の像(h)は、対物レンズの倍率Moを掛け合わせた
 
h = H x fo / a ・・・(Lens51)
 
の大きさとなります。
この像(h)を接眼レンズ(fe)で拡大させます。
 
拡大像(h')を被写体と同じ距離(a)に作るとすると、拡大像(h')は、
 
h' = h x a/fe ・・・(Lens52)
 
となります。
また、接眼レンズの像倍率(Me)は、
 
Me = h'/h ・・・(Lens53)
 
ですから、
 
Me = h'/h = a/fe ・・・(Lens54)
 
と表されます。
望遠鏡の総合倍率(M)は、
 
M = Mo x Me ・・・(前述)
 
であることから、上に挙げた関係式を代入して、
 
M = Mo x Me =(fo/a) x (a/fe)= fo / fe  ・・・(Lens55)
 
となり、希望する倍率の関係式を導くことができました。
この公式で仮定を導入した項目は以下の通りです。
 
    1. a を対物レンズ焦点距離の1000倍としたこと。
    2. その結果対物レンズで得られる像(h)は焦点距離 fo の位置に結ばれること。
    3. そして接眼レンズで作られる最終像(h')位置は、被写体のある同じ位置( a)にできるとした。
 
私のように近眼持ちですと、無限遠のものを無限遠でみることはつらいので、もう少し見やすい位置で見ようとします。
もし、接眼レンズによってできる虚像(最終像)が虫メガネの倍率公式 Me = 250/fe に当てはまる位置にあったとすると、対物レンズの倍率Moとかけあわせた総合倍率Mは、
 
M = (fo/a) x(250/fe)=(250/a)x(fo/fe) ・・・(Lens56)
 
となり、倍率がグンと減ってしまいます。
これは、公式上の倍率から像を近くに引き寄せた分(250/a)だけ大きさの倍率表示が減ることになりますが、100m離れた10m高の建物が、25cmの明視の距離にあって、あたかもfo/400feの大きさで見えている、つまり10倍の倍率(fo/fe=10)を持った望遠鏡であるならば、10mの高さの建物が25cm(=10m/400)の高さに見えることを示しています。
これを視角で見ると、ω = tan-1(10m/100m)= 5.71°、ω' = tan-1(25cm/25cm) = 45°となり、7.9倍ほど大きく見えます。視角で見るとそれほど大きくは変わっていません。
 
要するに、望遠鏡の公式で示された倍率は、物体が無限遠にあるとき、像を物体と同じ無限遠の位置に拡大したときの両者の大きさの比を表しているのです。
この例では、100m離れた10mの建物をメガネで矯正した私が10倍の望遠鏡で覗いたとすると、100m先に100mの建物が建っているように見えるとも言えます。
100m離れた10mの建物の視角は、tan-1(10/100)= 5.71°で、倍率10倍の望遠鏡で覗いて見る100mの像は、tan-1(100/100)=45°となります。
5.71°のものが45°に拡大されたのです。
その比は、45/5.71=7.88です。
この値だと、望遠鏡の倍率10倍の値とまだ離れています。
1000m離れた場所の10mの建物はどうでしょう。
この時の肉眼の視野は、tan-1(10/1000)=0.573°で、望遠鏡では、tan-1(100/1000)=5.711°となります。
その比は、5.711/0.573=9.967となり10倍に近づきました。
この時、tanω'/tanωは、10となりこの式を用いる限り倍率は10倍です。
ですが視角を吟味すると異なります。
つまり、ω→tanωに近似させるときに無理があったのです。
 
このことから、望遠鏡の倍率公式は、無限遠で(つまり、無限遠の物体を無限遠に拡大して見る場合に)当てはまる式であることがわかります。
量販店の双眼鏡コーナーで倍率8倍の双眼鏡を手にして、10m程度離れた人の顔や広告看板を見ても8倍の大きさに見えず不思議な気持ちがしていたのですが、倍率にはこうした約束(無限遠でない物体に対しては倍率は必ずしも正しくないということ)があったのです。
天体望遠鏡で月や星を正常な視力の人が観察するときは、掛け値なしに倍率をかけた大きさで見えます。
 
▲ 簡易望遠鏡 - 双眼鏡(Binoculars) (2006.09.25記)(2006.10.13追記)
 
双眼鏡もりっぱな望遠鏡です。
双眼鏡は、天体望遠鏡と違って地上の物体を観察することが主な目的であるため、距離も50mから数kmの範囲で使うことが多いと考えます。
双眼鏡の倍率は、したがって以下に示す考え方をすると理解しやすいと思います。
つまり、双眼鏡の持っている倍率Mは、倍率の倍数分だけ物体距離を引きつけるという考え方です。
 
この考え方からすると、10倍の双眼鏡は、遠くのものを1/10に引きつけて見ることになります。
1000mのものなら100mに、500mのものなら50mに、という具合です。
しかしながら、10倍の双眼鏡の10倍はすべての条件で成り立つわけではありません。
距離が10mの時でも、近視の人が見ても、接眼レンズから目を離して見ても一定に10倍の倍率が得られるかというとそうはならないのです。
何回も述べますが、双眼鏡などで示される倍率は無限遠にある物体を見たときに当てはまる数値であり、実際にはもう少し込み入った計算式が必要となります。
しかし、難しい倍率をいろんな条件で当てはめるのは使う方も大変なので、便宜的に無限遠での物体を対象とした公称倍率を使っています。
 
  
▲ プリズム(Prism)
 
双眼鏡に使われるレンズの構成は、望遠鏡と同じく対物レンズと接眼レンズでできています。
ただし、双眼鏡は、地上の物体を観察することが主目的であるため、対物レンズと接眼レンズの間に像を反転させるためのプリズムが組み込まれています。
またプリズムは、光路を折り曲げることができるので物理的な光路長を短くできるメリットを持っています。
双眼鏡に使われるプリズムの種類によって双眼鏡の外形形状が異なります。
 
▼ ポロ・プリズム
 
双眼鏡に使われるプリズムにはポロ・プリズムとダハ・プリズムの2種類が主流です。
ポロ・プリズムは、1850年に発明したイタリア軍人、砲兵士官のポロ(Ignazio Porro、1801〜 1875)にちなんで名付けられたもので、直角プリズムを2つないし3つ使ったものです。
ポロは、軍人時代に光学計測装置の簡便性を痛感し、望遠鏡もコンパクトで使いやすいものを望んでいました。
ガリレオ式望遠鏡は正像が得られて便利な反面、視野が狭い欠点があり、反面、ケプラー式はガリレオ式よりも視野は広くとれるものの倒立像となってしまう欠点がありました。
ポロは、ケプラー式望遠鏡の光学系の間にプリズムを入れて倒立像を正立像に変換する方法を思いつき、特許を取り、軍隊を退役すると共に、イタリアとフランスに自らの光学工場を立てて望遠鏡と双眼鏡を中心とした光学機器の製造販売に乗り出しました。
しかし、彼の事業はそれほどうまく行きませんでした。
彼の存命中に彼の発明したポロ・プリズムによる双眼鏡は陽の目を見なかったと言われています。
このポロ・プリズムを使った双眼鏡をブレークさせたのは、カール・ツァイス社です。
 
ツァイス社のアッベ博士は、1894年(ポロの発明の44年後)に口径20mm、倍率8倍を持つポロ・プリズムの双眼鏡を完成させてこれが大きくヒットしました。
ヒットした原因は、ツァイスの双眼鏡の性能が本家のポロより格段に良かったからです。
1890年当時、ツァイス社はショット社と共同で、歴史的な事業となる良質な光学ガラス製造技術を確立し、BK7で知られる光学材料の前身のホウ酸珪素ガラス(硼珪クラウンガラス)を完成させていました。
この光学ガラスを双眼鏡のプリズムに採用したのです。
ツァイスの双眼鏡は非常に明るく鮮明であったので、瞬く間に軍隊を始めとした市場を席巻して行きました。
ポロの会社の双眼鏡は、プリズムの材質が悪く透明度が悪かったため厚いガラスを通った象は薄ぼんやりとして濁っていたと言います。
 
ちなみに、最近の双眼鏡に使われるプリズムの材質には、Bak4と呼ばれるバリウムクラウン光学ガラスが使われています。
BaK4(屈折率1.571[at 緑色]、全反射角39.53°)はBK7(屈折率1.518[緑]、全反射角41.72°)に比べて屈折率が高いので、プリズムの全反射がおきる角度に余裕があり、全反射が厳しい視野周辺部まで十分に光を反射させることができます。
また屈折率が高いので光学距離が長くなり、装置をコンパクトにすることができます。
BaK4は高価な光学ガラスですが、視野の広い双眼鏡には重要なものとなっています。
   
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▼ダハ・プリズム
 
ダハ・プリズム(ダッハ・プリズム)のダハとは、ドイツ語でDachと書き屋根という意味です。
英語表記でRoof Prismと呼ぶこともあります。
屋根型プリズムは、直角プリズムの斜辺部が屋根の形をした尾根形状になっていて、この尾根によって入射する光が交差して反射した像が左右反転する特徴を持っています。
鏡やプリズムで光を反射させると像が鏡像(左右反転)になってしまうのに、ダハ・プリズムを使うと像が反射しても鏡像にならないのです。
このプリズムは、双眼鏡などの人の眼を介した光学機器の接眼部位に使われることが多く、イタリアの天文学者で光学者でもあったG.B.アミチ(Giovanni Battista Amici :1786 - 1863)によって1843年に発明されました。
アミチプリズムは、直角プリズムの斜面を屋根型にしたものです(下左図)。
アミチは、ダハ・プリズムの他、コーナキューブ(入射した光が同じ方向に射出するプリズム、測距のターゲットに使われる光学部品)を発明したり、顕微鏡の対物レンズに半球状の単レンズを組み込んだり、油浸式の顕微鏡対物レンズを考案したり、台形プリズムを光軸の回りに回転させると回転角の2倍で像が回転することを発見したりと、光学の世界ではすばらしい業績を残しています。
台形プリズムは、それを実際に製作したプロシアの気象物理学者Dove(Heinrich Wilhelm Dove : 1803 - 1879)にちなんでドーヴ(ダブ)プリズムとも呼ばれています。
 
ダハ・プリズムを使った双眼鏡は、ポロ・プリズムを使ったものに比べて、鏡筒をストレートにすることができ、コンパクトにまとめることができます。しかし大きな口径の対物レンズに使うと、必然的にダハ・プリズムも大きくなり双眼鏡筒間の距離が広くなってしまい、人の両眼よりも広くなる不具合が出てきます。
従って、ダハ・プリズム式の双眼鏡は、中程度(中倍率、中口径)のものに多く利用されます。
 
また、ダハ・プリズムによる反射はすべてが全反射とすることができないため、部分的にコーティングを使った反射を利用しています。
これは、反射がすべて全反射であるポロ・プリズムと大きく異なります。
コーティング技術が進歩したとはいえ、このプリズムでは全反射に比べて光の損失があり暗くなるのは明白です。
この理由からプロフェッショナルユースでは今だポロ・プリズム式の双眼鏡が使われています。
 
ダハ・プリズムの難しさは、稜線の角度の製作精度とバリ取りにあると言われています。
屋根の角度を90°にできるだけ近づけて作らないと像にダブリが生じてしまいます。
角度の製作精度は、対物レンズの口径30mm、倍率x12程度の双眼鏡用で3.2"と言われています。
3秒という角度精度はかなり厳しい製作数値です。
また、ダハ・プリズムの稜線は鼻筋がビシっと通っていなくてはなりません。
稜線に丸味があると像に稜線が見えるようになります。倍率が大きくなればなるほど、ダハプリズムの稜線製作精度に高いものが要求されます。
 
 
上右図は、実際の双眼鏡に使われているダハ・プリズムの一つです。
このプリズムは2つのプリズムで構成され、頂角45度の二等面を持ち底面がダハになったプリズムと、22.5°の挟み面をもつプリズムで組み合わせられています。
このプリズムは、設計者にちなんでシュミット(Schmidt)・プリズムと呼ばれています。
また同じようなプリズムの構成のペシャン(Pechan)プリズムというものもあります。
このほか、アッベ(Abbe)の正立プリズム、ライツの正立プリズムなどがあります。
 
 
▼ 双眼鏡の性能
 
過日(2006.09)、とある目的で双眼鏡を購入しました。
量販店に出向き目的に合ったものを手にとって自分の目で確かめて決めました。
購入に先立って気にしたのが予算です。
予算は50,000円以内と決めていました。
その予算の値立てに特別な理由があったわけではありませんでした。
おそらくこの値段で十分に満足できるものが手にはいるだろう、それ以上の良いものがあってもその予算内で我慢しようと決めていました。
双眼鏡は屋外で使うことが多く、雨が降ったり寒かったりと環境に厳しい使い方をします。
その意味から、耐環境にすぐれた防水防処理のものを候補にあげました。
そして、視野が広くとれて明るく、倍率がx8からx10程度あって、できるだけ軽くて(1000g以下)コンパクトなものを選びました。
そしてメガネをかけたままで使用できること(ハイ・アイポイント)が条件でした。
その条件にあったものが右の写真に示した双眼鏡です。
 
販売店には、x8からx10程度の双眼鏡がたくさん陳列してありました。
値段も3,000円から300,000円の範囲でいろいろなものがありました。
小さなポロ・プリズムを使ったもの、ダハ・プリズムを採用したもの、オペラグラス、ズーム機能を持ったもの、形がカッコイイものなど本当にたくさんありました。
私は、持ち運びの観点から、ポロ・プリズム式の双眼鏡は大きくなりがちなので、右に示すような、鏡筒がストレートになったダハ・プリズムタイプを選びました。
 
次は、倍率です。
x8とx10では拡大率が25%ほど違います。
しかし、x10にすると、暗くなったり視野が狭くなったり、手ぶれが置きやすくなったり、像のキレが悪くなる可能性が出てきます。
そのことを気にしながら、x8からx10倍の双眼鏡をいろいろと見比べて、最終的に以下の性能のものを購入しました。
 
【主な仕様】
・対物レンズの口径: φ42mm
・倍率: x10
・プリズム: ダハ・プリズム
・プリズム材質: BaK4
・アイレリーフ(瞳距離): 16mm
(ハイ・アイポイント、接眼レンズから16mm目を離しても使用可能)
・実視界: 6.1°(双眼鏡の視野角度)
・見掛け視界: 61.0°(実視界に倍率をかけた値。双眼鏡で大きく映し出される視野)
・1,000m先視界: 107m(1,000m先にある107mまでの物体を一度に観察可能)
これは、1000 x tan6.1°で求められる。
・ひとみ径: φ4.2mm(対物レンズの口径42mmを倍率10で割った値)
・明るさ: 17.6(ひとみ径4.2mmの二乗値)
・コーティング: フェイズコート(PHC、Phase-Coated)及びフーリーマルチコート(FMC、Fully Multi-Coated)
プリズムは、光波に位相ズレを起こすことがあり、そのために画質が劣化するので、
それを防ぐ意味で位相差補正コーティング(Phase-Coated)が施されている。
対物レンズなどには、両面すべてにわたって多層膜コーティングが施されている。
・フォーカス距離: 2m〜∞
・大きさ: 153mm x 134mm x 49m
・重さ: 670g
・耐環境: 防水処理、鏡筒内は乾燥窒素パージ。全体がラバーで覆われ金属部が露出していないため寒冷地にても使いやすい。
 
購入した双眼鏡の値段は、標準価格で38,000円のものでした。
購入に際して、この双眼鏡と最後まで迷ったのは、同じシリーズの同じ形状で倍率が低いx8のものでした。
x8のものは、倍率が低いものの明るいためとても使いやすそうでした。
しかし、明るさがある程度満足できるのであればx10のものを購入したかったので、使いやすさを確かめてx10のものに決めました。
▼カタログ値の説明
 
双眼鏡の性能を一言で表す言い方に、モデル名にもなる10 x 42という表記があります。
これは、「X」という文字を挟んで左が倍率を表し、右が対物レンズの口径を示します。
私の購入した双眼鏡の表記は、10 x 42とありますから倍率が10倍で対物レンズ口径が42mmとなります。
この表記だけでは視野の大きさはわかりません。
遠くのものを1/10に引きつけてみることができるということだけわかります。
また、この表記から瞳径が4.2mmになることがわかり(口径を倍率で割ったものが瞳径となる)、ある程度明るいレンズであることもわかります。
以下、カタログに示される項目について述べます。
 
■ 明るさ
 
明るさは、カタログ値では瞳径の二乗を明るさとして表記しています。
購入した双眼鏡は、瞳径が4.2mmなので、明るさは17.6になります。
この値が大きいほど明るい双眼鏡と言えます。
 
■瞳径
 
瞳径は、対物レンズの口径を倍率で割った値です。
同じ倍率なら対物レンズの口径が大きいほど瞳径が大きくなり、必然的に明るい双眼鏡となります。
対物レンズの口径が大きいものは、高価で重量も重くなるため取り扱いも大変です。
アマチュア目的ならφ25mm〜φ50mm程度が適当と思われます。
人の瞳は、明るい所で2mm程度の大きさがあり、暗くなって瞳孔が開くと7mm程度になるそうで、暗いところを見る目的であれば、双眼鏡の瞳径は瞳孔の一番開いた状態をカバーする7mmが望ましいことになります。
ところが、瞳径が7mmを持つものはなかなかありません。
瞳径が7mmで倍率が8倍から10倍となると、対物レンズの口径が56mmから70mmとなるのでとても大きな双眼鏡になります。
今回購入した双眼鏡は、対物レンズ口径42mm、倍率10倍であるため瞳径は4.2mm(42/10 = 4.2mm)であり、瞳孔が開ききった7mmよりも小さい瞳径です。
しかし、この双眼鏡で月をみたり、星を見ても十分に見えました。月はクレータがすばらしくキレイに見えました。
私の目の瞳孔径は、夜でも4mm程度なのかもしれません。
天文同好会の方の情報によりますと、人の瞳孔は年とともに縮小し50才代ですと5mm程度になるそうです。
書物によく書いてある7mmの瞳孔径は20才の青年の大きさだそうです。
そうしてみると、この双眼鏡は私にちょうどぴったりの明るさを持っていることになります。
年を食うと目が利かなくなり暗い光学系になってしまい、物を明るく照らさないと十分に見えないことがよく理解できます。
昔、私が若かった頃、職場の初老の職人さんと仕事を一緒にしたとき、その方はデスクランプ(白熱電球)を絶えず手元にひきよせ部品を照らして作業をしていたのを思い出します。
当時の私(20才代)は少々まぶしいくらいの明るさでした。
 
上の写真は、双眼鏡を接眼レンズ部からみたものです。
接眼レンズの口径は、21mmもあります。
瞳径が4.2mmなのにその5倍もの大きなレンズが接眼レンズに埋まっているのです。これはちょっと考えると不思議な気がします。
どうしてそんなに大きな接眼レンズがついているかというと、その理由は以下で述べる視界の確保にあります。
接眼レンズの口径が大きいということは広い範囲の視界が得られることを意味しています。
対物レンズがとらえる物体像をできるだけ広く見ようとする場合、接眼レンズの口径も大きいものにしなければならないことは容易に想像できます。
 
瞳径4.2mmは、中央部だけでなく斜めからみても同じ大きさの4.2mmが確保されていなければ、接眼レンズにくっつけて瞳が動いて(眼球が回転して)視野を探ったときに、周辺部からの光が来ないので暗くなってしまいます。
そうした理由から、視野の広い接眼レンズでは瞳径よりも大きな口径になっているのです。
 
右の写真は、瞳径4.2mmで接眼レンズの口径が21mmであることを示しています。
双眼鏡を少し傾けて斜めから接眼レンズを覗いても、瞳径は大きさを変えずに見えます。
その傾きは+/-3度ほどで、これが実視界6.1度の根拠となっています。
視界が広いのはなんと言っても使いやすいものです。
 
今回、購入した双眼鏡は、画像のキレがすばらしく良く、明るく、そして視野の広いものでした。
双眼鏡は今まであまり使ったことはなく、高校時代(30年以上も前)に旅行した折、友人の持っていた双眼鏡を借りて見た記憶がかすかにあり、そのとき見た望遠鏡の像は明るい物体の回りでは青色と赤色がわずかににじんでました。
結婚して、小さい子供を連れて、東京タワーやランドマークタワー、北とぴあ、各地の旅行地を訪れた際に常設されているコイン式の双眼鏡を使わせてもらった時も、キレのよい像という記憶がありません。
しかし、今回のこの双眼鏡は像のキレがよくて色合いがすばらしくよかった。
私の目で見るよりも、双眼鏡を通して見た方が赤色や青色が鮮やかでした。
双眼鏡もここまで優秀になったのかと思いを新たにしました。
おそらくBaK4プリズムと位相差補正コーティングによる所が大きいと感じました。
 
 
▼ 望遠鏡の接眼レンズ(Eye Piece、Ocular) (200610.12追記)
 
接眼レンズは、顕微鏡の所でも触れました。
接眼レンズの歴史は、望遠鏡、双眼鏡、測距儀などの需要によって性能がよくなりました。
接眼レンズの性能は、上の「視界」の所でも述べたように、できるだけ広い範囲の視界をカバーできること、色収差などの収差を取り除くこと、できるだけ明るいこと、メガネをかけていても十分に視認できる瞳距離の長いもので決められます。
 
接眼レンズは、歴史的に見ると、オランダの天文学者ホイヘンスによって原型が作られ、次にイギリスの機械技術者ラムスデンがより使い勝手のよいものを作り、さらにドイツの光学技術者ケルナーが収差を考慮したレンズを作って一応の完成を見ます。
しかし、その後、視界の広いものが考案されたり、明るい光学系の採用や瞳距離の長いハイ・アイポイント(high eye point)(high eye relief)のレンズが作られるようになり、現在も広視野で収差の少ないレンズの開発が続けられています。
 
右のカメラは、35mm映画用のカメラ(アリフレックス)です。
このカメラの真ん中から斜め上に突き出ている棒状のものがカメラファインダー(アイピース)です。
カメラファインダは高い倍率を要求されないアイピースですが、高画質で明るいアイピースを求めた結果このような長くて太いものになっています。
 
また、左に示した天体望遠鏡用のアイピースは、米国TeleVue社(社長:Albert Nagler[1939〜]、1977年に設立)のナグラー タイプ5と呼ばれるものです。
この接眼レンズは、2インチ(φ50.8mm)の接眼鏡筒に取り付けるもので、メガネをかけたままで覗くことができ(瞳距離12mm、ハイ・アイポイントタイプ)、見かけ視界82°を持つ広視野ものです。
焦点距離がf20mmですから中程度の倍率を持っています。
このレンズは、大きさが2インチ(φ50mm)で重さが 1kg もあるためずしりとくる大きなものです。
これは、ニッコールレンズのf180mmF2.8程度の大きさと重さに匹敵するものです。
このレンズを見ると、顕微鏡アイピースとはかなり趣が違うことがわかります。顕微鏡ではこれだけの太い鏡筒は装着できません。
視野を広く取るというのは、このぐらいの大きな接眼レンズが必要であることを教えてくれています。
 
下の光学系は、ナグラー5そのものではありませんが同じメーカーのシリーズであるナグラーの広視界接眼レンズ光学レイアウトです。
先に説明したハイゲン(ホイゲン)タイプやラムスデン、ケルナーの接眼レンズと比べると随分と違うことがわかると思います。
図の左端にあるレンズが視野レンズで負のレンズになっています。
これはハイ・アイポイントにする場合に負のレンズを使うのだそうです。
眼レンズは、広い視界を得るため大口径レンズになっているのがわかります。
 
 
 
▼ 視界(Field of Vision、Field of View、Visual Field)
 
いくら倍率が高くても広い範囲が見えないようでは望遠鏡の魅力は半減です。
広い視野を高倍率で明るく見えて、しかも取り扱いが楽であるというのが望遠鏡(双眼鏡)の理想です。
視界は、望遠鏡で覗いて見える視野の範囲です。
視界が大きければ大きいほど広い範囲を一度に見ることができます。
視界は角度で表され、視界に望遠鏡の倍率を掛け合わせると見掛け上の視界が求まります。
視界の狭い望遠鏡は目的の対象物を探し当てるのに苦労します。
また双眼鏡では、バードウォッチングとか競馬、スポーツ観戦などに使うために被写体が動くものが多く、視界が広い方が使いやすくなります。
視界は、接眼レンズの性能によって大きく変わります。
望遠鏡の接眼レンズは、見かけ視界の確保と瞳距離(ひとみきょり、eye relief、eye clearance、= 接眼レンズの眼側のレンズ面から接眼レンズの射出瞳までの距離)、それと拡大倍率が大きな性能要素となります。
 
人の視界は、注視する場合に50度前後の視野を持ちます。
したがって、この視野が望遠鏡を選ぶときの一つの目安になろうかと思います。
見掛け視界が50度よりも狭いですと、覗き穴から覗いているような感覚を持ち、50度以上ですとストレス無く望遠鏡が覗けるようになります。
欲を言えばもっと視野が広くなると望遠鏡を使っている感じがなくなってきます。
視界は、しかしながら倍率を上げると狭くなる傾向にあるので無闇に広くとることはできません。
見掛け視界が50度前後で倍率が8倍程度が双眼鏡で望まれる性能の目安となるのではないでしょうか。
 
▼ 実視界と見掛け視界: 
 
実視界は望遠鏡を使って見える実際の視界(ω)であり、見掛け視界は望遠鏡で拡大された像の視界(ω')です。
両者には、
 
見掛け視界(ω') = M x 実視界(ω)
 
の関係があります。
この式を書き直せば、
 
  M = ω'/ω ・・・(Lens57)
 
となります。
この関係式から見ると、倍率10倍の望遠鏡では、3°の実視界を30°の見掛け視界で見ることができます。
実際には、対物レンズと接眼レンズの組み合わせでこうした視野が決まるので、まず、接眼レンズの視野(ω')があって、これに望遠鏡の倍率Mが加味されて実視界(ω)が求まります。
接眼レンズの視野(ω')が広ければ広い実視野を確保できます。
見掛け視界は人間の標準的な視野である40-50°は欲しいところです。
それ以下ですと、視野が狭まり望遠鏡の縁(円形)が見えるようになります。
見掛け視界が広いと観察が楽です。
望遠鏡の接眼レンズには、先に述べたナグラーのように80°〜90°の広視界を持つものも作られています。
これだけ広いとレンズを覗いているという感じを抱かないでしょう。
 
▼ 瞳距離(Eye Relief)
 
接眼レンズから観察する瞳までの距離を瞳距離と言います。
瞳距離が短いと眼を接眼レンズにぴったりとくっつけなければなりません。
このような接眼レンズは、メガネをかけた状態では覗きづらくメガネを外さなければなりません。
瞳距離が長いと接眼レンズから眼を離して十分な視界が得られます。
アイ・レリーフと同じように使われる言葉にアイ・ポイント(eye point)があります。
アイポイントは、瞳距離の位置を示した言葉です。距離ではなく位置です。
いずれにしても両者は似たような言葉で、似たような状況で使われます。
瞳距離が長い接眼レンズをハイ・アイレリーフとかハイ・アイポイントと呼んでいます。
こうした接眼レンズはメガネをかけたままレンズを覗くことができます。
 
▼ 瞳径(ひとみけい、exit pupil)
 
光学用語の射出瞳と同じ意味です。
射出される光が、瞳の位置ですべて集まる光束の径をひとみ径と呼んでいます。
従って、この位置に人の眼を持ってくると望遠鏡でとらえた光をすべてとらえることができます。
それよりも後に目を持ってきても、前に持ってきても、瞳孔に入る光束はケラレてしまい視野がかけてしまいます。
ちょうど鍵穴で部屋の中を覗くのに似ていて、眼を鍵穴に近づけないと鍵穴に遮られて中の様子が十分に見られません。
鍵穴の位置が瞳位置であり、鍵穴の大きさが瞳径となります。
 
先にも述べましたが人の瞳孔は7mmが最大で(年寄りはそれよりも小さく5mm程度)、それよりも大きい瞳径を持った接眼レンズを作っても瞳位置では人の瞳孔径しか使用しませんからあまり意味をなしません。
人の眼の使用に限った接眼レンズであるなら瞳径は7mmあれば十分です。
私ならば年寄りなので5mmで十分ということになります。
 
瞳径(d)は上の▼カタログ説明でも述べましたように、望遠鏡の対物レンズの口径(D)を倍率(M)で割ったものです。
 
  d = D / M ・・・(Lens58)
 
また、接眼レンズ部を遠くにかざして対物レンズから入って接眼レンズに抜ける光の束を見ても瞳径の大きさを知ることができます。
 
 
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▲ 望遠鏡対物レンズ(Objective)  (200610.16) (200611.19追記)
 
望遠鏡の対物レンズは、遠方物体をレンズ焦点位置上に収差のない良好な像として形成させることを目的としています。
物体が遠方にあるため、対物レンズの焦点距離は長くなり、多くはf400mm〜f2000mm程度となります。
すばる天体望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡に使われている主鏡の焦点距離は、もう一桁大きくてf15,000mm〜f57,600mmとなっています。
遠方から入ってくる物体光は、入射光角度が狭いために物体像が暗くなります。
そのため、入射する光をできるだけたくさん集める必要からレンズ口径を大きくしなければなりません。
しかし、口径を大きくすると色収差が強く表れるので、色収差を補正しながらできるだけ明るいレンズを作ることになります。
また、口径の大きいレンズ(φ200mm以上)では良質な光学ガラスの入手が難しいので、多くの場合、透過の特性と色収差に関係ない反射鏡(凹面鏡)が使われます。
 
地上の物体を見る目的には屈折型(レンズ)望遠鏡がよく使われますが、星などの天体観測用には反射鏡(凹面鏡)を用いた天体望遠鏡が使われます。
反射鏡は、色収差が出ない反面、球面収差を持っています。
軸外ではコマ非点収差も現れます。
この収差は、凹面鏡の宿命(近軸光線の項参照)です。
したがって、凹面鏡は口径比を低く(明るい光学系に)することができず、画角も大きく取ることができません。
この欠点は、しかしながら天体望遠鏡では我慢できる(我慢しなければならない)ものであるために、大きな天文台の望遠鏡ではほとんどと言って良いくらいに凹面鏡の反射型が作られているのです。
金に糸目をつけない大型反射望遠鏡では、広い視野で球面収差の出ない双物面鏡が使われたり、補正光学系(マクストフ・カセグレンシュミットレンズなど)採用されています。
 
以下に代表的な天体望遠鏡の種類を示します。
▼ 屈折型望遠鏡(ケプラー式)
 
望遠鏡の最初の説明で図に表したタイプです。
このタイプは、2組の凸レンズ群で構成されているのが特徴です。
歴史的に見ると、この望遠鏡は同じ屈折型に属するガリレオ式望遠鏡の発明の後、1615年に作られました。
屈折望遠鏡では代表的なものなので、最初に説明します。
双眼鏡も基本的にはこのタイプに属します。
この望遠鏡を実際に作ったのはケプラーではなく、彼は理論付けをしただけで、シャイネルが彼の理論から望遠鏡を作りました。
ケプラーは不器用だったようです。
ケプラー(Johannes Kepler, 1571 - 1630、独)は、1609年に作られたガリレイの望遠鏡の潜在能力に着目して光学の研究を始め、2年後の1611年に『屈折光学』という本を出しています。
この本には地上望遠鏡や対物レンズ、接眼レンズの光学系に関する光路図の記述がありました。
ケプラー式望遠鏡は、ガリレオ式の欠点である視野が広くとれないことを克服していました。
しかし、この望遠鏡では像が反転してしまう倒立像の欠点がありました。
しかし、天体はそれほど速く動くものではないので、この欠点よりも他の長所が活かされて現在も使われています。
ケプラーは、自分の考えた望遠鏡が倒立像になる欠点にも触れていて、必要であれば凸レンズをさらに加えて正立像に変換する手法も『屈折光学』の中に書きあらわしています。
双眼鏡では視野を広くとりたい関係上ケプラー式の望遠鏡が採用され、問題となる倒立像に関しては内部にプリズム(ポロプリズムやダハプリズム)を入れて正立像に補正しています(双眼鏡参照)。
 
屈折光学望遠鏡は、ニュートンの発明した反射望遠鏡が作られるようになって一度失速します。反射鏡のほうが当時としては利点が多かったからです。
しかし、1757年イギリスのドロンド(John Dollond、ラムスデンの義父)が色消しレンズを開発して、色収差のメドが立つと屈折型望遠鏡のブームが起きて、1900年までは大型の屈折型望遠鏡が作られて行きます。
ドイツのフラウンホーファーは、屈折望遠鏡の性能向上に大きく貢献しました。
ちなみに、屈折望遠鏡で最大のものは、1897年に作られた米国シカゴ大学附属ヤーキス(Yerkes)天文台のもので、口径40インチ(101.6cm)、焦点距離f1,935.494cm、F19.05でした。
この巨大な屈折望遠鏡は、現在もまだ現役で使われているそうです。
1メートルもある巨大なガラスレンズは、この天体望遠鏡を境に登場することはありませんでした。
その理由は、1850年代にガラスに銀メッキする手法が確立し、屈折型望遠鏡よりも大口径の反射鏡製作のメドがたったからです。
脈理(ガラス内部の光学的欠陥)の少ない大口径の光学ガラスを鋳込むのは、1メートル径が限界で現存する屈折型天体望遠鏡も1メートル口径が最大となっています。
 
■ ヤーキス天文台
 
ヤーキス(Yerkes)天体望遠鏡の建設を巡っては、おもしろいエピソードがあります。
 
19世紀末に火花を散らしていた大口径屈折望遠鏡の建設競争は、建設費用があまりにかかりすぎるために青色吐息の状態となっていました。
ヤーキス天文台に使われたレンズも、大学研究機関が進めていた望遠鏡建設計画が予算捻出困難になって頓挫しかけたものを、シカゴ大学の24才の若き助教授ジョージ・へール(George Elley Hale:1868 - 1938)の政治的外交手腕によって立ち直ることになりました。
へールは、非常に競争心が強く独創的な天文学者で、天文学のことなど全くわからない金持ちを口説いて巨大資金を払わせる天才的な手腕を持っていました。
彼はシカゴの鉄道王で百万長者のチャールズ・ヤーキス(Charles Tyson Yerkes)を口説き、大型望遠鏡建設に必要な30数万ドルを提供するよう丸め込み、説得し、懇願し、最後には脅しをさえかけて同意させました。
ヤーキスは、はじめレンズと架台だけ、つまり望遠鏡のみの資金提供に同意しただけであったそうですが、へールにさらに口説かれて天文台全体の建設費用34万9000ドルも提供したそうです。
大金持ちアメリカならではの話です。
へールは、その後大金持ちを次々と口説きカルフォルニアのウィルソン天文台(1908年、出資は富豪John D. Hooker)、パロマー天文台(1928 - 1948年、出資はロックフェラー財団、1,250万ドル)などの大型施設を次々と建設していきました。
 
▼ 屈折型望遠鏡(ガリレオ式)
 
この望遠鏡は、望遠鏡の走りとも言えるべきものです。
ガリレオ(Galileo Galilei、1564 - 1643)が発明したものではなく、1608年にオランダのメガネ屋ハンス・リペルシェ(Hans Lippershey、1570 - 1619)が特許申請して市販化したものを、1609年に天文学分野に応用すべく彼が改良して、天体観測に初めて使ったのです。
時計を発案したり、力学を構築したり機械仕掛けが何より好きだったガリレオでしたが、光学に関しては深くのめり込まずに計測手段としてしか関与していません。
後世の著名な天文学者が光学も主研究テーマとしたのに対して、彼は深く関わることはありませんでした。
 
ガリレオが用いた天体望遠鏡は、口径42mm、長さ2.4メートルで倍率9倍のものでした。
彼は、生涯に60本以上の望遠鏡を作り、最終的に口径56mm、32倍の望遠鏡を作りました。
発明当時の望遠鏡の口径が42mmであったというのは、現在の一眼レフカメラのレンズ程度の大きさで、現在からみると小さい口径です。
しかも、彼が製作した望遠鏡レンズの材質は、ビンやコップに使われる程度のガラスだったので、透明度や均質性に問題を抱え、不良品が多くてまともに使える望遠鏡は1割程度だったと言われています。
 
ガリレオが作った望遠鏡は、使われている2つのレンズのうち、対物レンズは凸レンズを使い、接眼レンズは凹レンズを用いています。
もちろんすべて一枚のレンズで構成されていて、色消し(色収差補正)とはなっていません。
彼の時代には色消しという概念がなかったのです。
彼の望遠鏡では、接眼レンズに負のレンズを使うことにより、物体像と拡大像が同じ位置の正像とすることができました。
ただし、この方式だと視界が狭くなるので、後年の天体望遠鏡は(倒立像になる)ケプラー式望遠鏡が多く作られました。
ガリレオが製作した望遠鏡の一つである口径37.5mm、長さ1,280mm、15倍のものは、実視界が約6'(6分)であったそうで、これは月の視直径(30' = 30分)の約1/5しかならないため、月全体を見ることが困難でした。
一般的にガリレオ式望遠鏡では倍率が上がるにつれ、視界はその二乗に反比例し、どんどん視界が小さくなります。
ケプラー式では、視野は二乗ではなく一乗であるのでその差は歴然です。
倍率を上げれば上げるほどガリレオ式は不利になります。
 
私の持っている双眼鏡は口径が42mmで倍率10倍、見掛け視野角が61度あります。
ガリレオが最初に作った望遠鏡をはるかに凌いだ性能です。
私の双眼鏡では月をすべて見ることができ、明るくしかも正像として観察できます。
クレータなどはくっきりと浮き上がって見えます。
 
余談ですが、ガリレオは自分で作った天体望遠鏡で太陽を観察して黒点も発見しています。
おそらく肉眼で太陽を覗いて黒点などの観測を長期間したものと思われます。
そのせいで晩年、1637年に片眼を、翌1638年には両目を失明するという不幸な目にあっています。
 
▼ 反射式望遠鏡(ニュートン式)
 
ガリレオやケプラーの望遠鏡の欠点、つまりレンズ(屈折光学系)を使ったのでは色収差が像の分解能を邪魔して性能が上がらないことに悲観し、代案として考え出されたのが反射鏡(ミラー)式望遠鏡でした。
ニュートンがこれを考案して作り上げたのは1668年で、ケプラーが屈折型望遠鏡を作ってから30年以上も経っています。
彼の望遠鏡は、反射鏡の直径が1インチ(25.4mm)、焦点距離が6インチ(152.4mm)で倍率が30 - 40倍であったそうです。
口径比はF6となっていました。おそろしく小さな反射望遠鏡でした。
ニュートンは、3年後の1671年12月に、一回り大きい口径34mm、焦点距離159mm、倍率38倍のものを製作し王立学会(Royal Society)に寄贈しています。
 
反射式望遠鏡で実際に役に立つものを作ったのは、ニュートンの発明から55年経った1723年で、ハドレイ(J. Hadley 1656 - 1742)による口径6インチ、焦点距離5フィート、口径比F10、倍率230倍のものでした。
ニュートンの歩んだ17世紀は、純度の高い光学ガラスの製造技術が確立されていず色消しレンズもなかったので、彼の取った方策は当時としては良いアイデアであったと言えます。
しかし、19世紀になると光学ガラス製造技術が進歩し、屈折型光学機器もすばらしい進歩を遂げました。
ミラーを使った反射光学系は、大口径のものが製作できるというメリットがある反面、広い視界を得ることができません。
そういう性質があったので、カメラレンズや地上望遠鏡、双眼鏡などには反射鏡によるレンズはほとんどなくなりました。
 
反射鏡を使った天体望遠鏡は、19世紀の後半にガラスの表面に銀メッキができるようになって大口径化が進みます。
現在の天文台の天体観測に使われる望遠鏡はほとんどが反射鏡式です。
大きな天体望遠鏡では口径10mのものも作られています。
屈折型のレンズではこれほど大きなものは不可能です。
 
▼ 反射式望遠鏡(カセグレン式)
 
ニュートンが関わった反射式望遠鏡の製作には、スコットランドの数学者・天文学者グレゴリー(James Gregory、1638〜1675)の影響が大きかったようです。
グレゴリーが1661年に発表した『Optica Promta(進歩した光学)』にヒントを得て、ニュートンが反射望遠鏡を製作したと言われています。
グレゴリー自身も製作に着手しましたがうまく製作できませんでした。
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カセグレン(Laurent Cassegrain、1629 - 1693、仏)もグレゴリーが考案した反射式望遠鏡を1672年に製作しました。
カセグレン式望遠鏡は、反射鏡の中心部に孔を空け、副鏡(凸面鏡)をメイン反射鏡(凹面鏡)の前(入射側)において光路を折り曲げるようにして配置してあります。
こうすることにより、鏡筒が短く作れるメリットと光軸が一致するという利点、それになによりも、主鏡である凹面鏡の球面収差を副鏡である凹面鏡がキャンセルする構造とすることができました。
この特徴が活かされて現在の主な天体望遠鏡は、カセグレン式、およびカセグレン式の改良型になっています。
 
・マクストフ・カセグレン(Maksutov-Cassegrain)望遠鏡
 
カセグレン望遠鏡で有名なものに、マクストフ(D. D. Maksutov:1896-1964、ソビエトの光学物理学者)が設計したカセグレン式望遠鏡があります。
この望遠鏡が作られたのは、1941年と言われていますから、第二次世界大戦中の開発ということになります。
反射式望遠鏡は、非点収差 が顕著に現れるのでその補正のためにいろいろな工夫がなされてきました。
マクストフは反射鏡の前に屈折レンズ(メニスカスレンズ)を置いて、屈折光学系と反射光学系の双方を組み合わせて収差を補正し、F10程度の明るさを可能としました。
この望遠鏡は、鏡筒を短くできるという特徴以外に鏡筒の前面部をメニスカスレンズで覆うことができるために、鏡筒内を密封することができ、筒内気流の抑えることができました。
またメニスカスレンズの中央部をコーティングして副鏡を形成させることができるので、副鏡を支えるスパイダー(支持棒)を排除することができ、像のボケ部が放射とならずに素直な像となります。
 
また、この望遠鏡はすべて球面の研磨で作ることができ、他の望遠鏡のように非球面研磨とか双曲面研磨をする必要がないので、製作しやすく安価にできるという特徴を持っています。
そのために、最近のカセグレン望遠鏡はすべてと言って良いくらいにマクストフ・カセグレン望遠鏡になっています。
 
反射光学系の望遠鏡に屈折光学系を入れたハイブリット望遠鏡をカタディオプトリック(Catadioptoric)望遠鏡と言います。
 
ちなみに、カタディオプトリックとは反射屈折光学という意味であり、反射光学をcataoptrics、屈折光学をdioptricsと言います。
 
以下に示すシュミット望遠鏡もカタディオプトリック式です。
 
 
▼ その他の反射望遠鏡1(ナスミス式)
 
ナスミス式反射望遠鏡を作ったナスミス(James Hall Nasmyth、1808 - 1890)は、スコットランドのエンジニア(機械技術者)でスティームハンマーの発明者として有名な人です。
当時、スコットランドは、ワット(James Watt: 1736 - 1819)など著名な蒸気機関の技術者を輩出し、産業革命に多大なる寄与をしていました。
ナスミスは機械技術者として名を馳せ多くの富を得て、48歳で引退してからは趣味の天体観測で月を観察するようになります。
彼は、隠居する前から趣味の天体望遠鏡作りと天体観測を行っていて、1840年から1842年にかけて次々と10インチ、13インチ、20インチ(φ508mm)のナスミス型反射望遠鏡を作りました。
自作の望遠鏡で月面を観測して本も出しています。
彼の父と兄は画家でしたから彼も画の才能があったのです。
彼の手による天体望遠鏡は、機械技術者らしい彼のアイデアが盛り込まれ、天体望遠鏡を赤道儀に沿って動かしても接眼部は絶えず一定になるように工夫されていました。
これによって天体望遠鏡を動かしても、観測者はいつも一定の観測位置で天体を観測できるようになりました。
この機構は非常に便利なもので、現在の大型望遠鏡には必ず装備されているものです。
 
 
▼その他の反射望遠鏡2(シュミット式)
 
反射望遠鏡は、反射鏡(球面鏡、放物面鏡)の特性上球面収差が出やすく、光軸を外れるととたんに収差が増してしまうため広い視野での観察ができない短所を持っています。
視野の狭い天体望遠鏡は、取り扱いが難しく観測に支障を来すことがあります。
またラージフォーマットカメラ(70mmフィルムカメラや写真乾板)を使って天体を撮影する場合、画像の周辺が収差によって劣化してしまう恐れがあります。
そうした画像周辺部(軸外)の球面収差を補正した光学系がシュミット式天体望遠鏡です。
この望遠鏡は、エストニア生まれのドイツ光学設計者ベルンハルト・シュミット(Bernhard Schmidt, 1879 - 1935)によって1931年に考案されました。
 
シュミットは、機械技術者で、小さい頃よりレンズ磨きが好きだったそうです。
彼の磨く反射鏡は誤差が少なく秀逸でした。
少年時代に事故によって右腕を無くし、左腕だけとなりましたが、左腕一本で磨き上げる鏡面はすばらしい出来映えでドイツ各地の天文台に優秀な望遠鏡を収めていきました。
 
シュミット・カメラはハンブルク天文台からの依頼によって、より明るくより広視野の望遠鏡を作るために開発されました。
シュミットは、ハンブルグ天文台の要求に応えるために、反射鏡の曲率中心位置に非球面の透過型補正板を置いて球面収差とコマ収差を補正した望遠鏡を開発しました。
この望遠鏡は、反射(球面)鏡の口径が440mmで補正板の口径は360mmであり、焦点距離f625mm、口径比F/1.75、視野16°の性能を持っていました。
非常に明るくて視野の広い望遠鏡です。
 
上の説明でわかるようにシュミット式望遠鏡は、良いことづくめのようですが、像面は平坦とならずに湾曲となってしまいます。
このため、フィルム面も像面に沿って湾曲させる必要がありました。
シュミット望遠鏡は、カメラでの撮影が主目的であったために、シュミット・カメラという言い方が一般的です。
シュミットカメラの目的は、広い視野の天体写真撮影をするのが主な狙いであり、銀河系の研究に使用されています。
先にも述べましたように、シュミット・カメラでは撮像面が球面湾曲しなければならないことから、現在でもフィルム(乾板)が使われることが多く、CCD撮像素子を使う場合は、像面湾曲を補正する補正板を素子の前に置いて使用されています。
 
▼その他の反射望遠鏡3(リッチー・クレティアン式)
 
リッチー・クレティアン(Ritchey-Chretien)式天体望遠鏡は、最近の大型天体望遠鏡の主流になっている方式でカセグレン方式の改良とも言えるべきものです。
この望遠鏡は、1920年代に登場します。
日本の大型天体望遠鏡「すばる」も米国宇宙望遠鏡ハッブルもこのタイプの反射望遠鏡になっています。
この望遠鏡は、主鏡と副鏡をともに双物面鏡構造とすることにより、良好な球面収差、コマ収差の除去に成功しています。
従って、このタイプの望遠鏡では、カセグレン式よりも広い視界を得ることができます。
リッチー(George Willis Richey:1864 - 1945)は、アメリカの天体望遠鏡製造業者であり、アンリ・クレティアン(Henri Chretien:1879 - 1956)は、フランスソルボンヌ大学の教授でした。
クレティアンはすぐれた光学設計者でもあり、アナモフィックレンズ(映画用のワイドスクリーン用のレンズ)発明者として名を残しています。
リッチーは、米国大型天文台の祖へール博士(George Ellery Hale:1868 - 1938)と共に1900年代初頭の米国天文台建設に携わり、ウィルソン天文台など数多くの天体望遠鏡の設計・製造を手がけていました。
視野の狭いカセグレン式の問題解決のため広視野の観察ができる望遠鏡製作を依頼され、友人のクレティアンに相談しました。
フランスのクレチアンとは、リッチーがパリ天文台で仕事をしていたときに知り合い、ともに研究を行った間柄でした。
クレティアンは、主鏡を凹双曲面として副鏡を凸双曲面にすれば収差がとれて広視野のものが作れるとアドバイスしました。
しかし、双曲面は製作がとても難しくテストする手だてもさらに難しいものでした。
リッチーはこの難題を克服し、1923年に50cmの望遠鏡を作り、1936年には、アメリカ海軍天文台に口径1mのリッチー・クレティアン望遠鏡を納めました。
以後、大型天体望遠鏡はこのタイプの望遠鏡が採用されるようになりました。
▲ 反射鏡素材 (2006.08.06記)(2006.11.19追記)
 
大型望遠鏡が作られるようになった下地として、反射鏡の素材の発展があります。
反射鏡の素材にどのようなものが使われているのかを、最近のものから順に歴史をさかのぼってみたいと思います。
■ULE(Ultra Low Expansion)
 
この光学素材は、米国コーニング(Corning)社が開発した膨張率の低い光学ガラスです。
線膨張率が 30x10-9/℃(0〜300℃)と小さい値を示し、現在の所、低膨張ガラスではドイツショット社のゼロデュアと双璧をなすものです。
組成は、二酸化ケイ素(SiO2)92.5%と二酸化チタン(7.5%)で作られ、二酸化ケイ素がプラスの膨張係数を持ち二酸化チタンがマイナスの膨張係数であるため、相殺されて低膨張率となります。
 
ULEの製造は、高温ガスを噴出させて二つの材料を溶かしながら噴出させ1ミクロン以下の小さい粒状として作られます。
このため、これを集めて径1.5m、厚さ16cmのブール(丸くて平べったいフランスのパンのブールに由来)を作ります(右図参照)。
この円板を2つ重ねて溶接し、これから1辺73.3cm、厚さ約30cmの正六角形の板(Hex = ヘックス)を作ります。
このヘックスが鏡材の1ユニットとなります。
このヘックスをきれいに敷き詰めて炉に入れて加熱させると互いにくっついて1枚の鏡材となります。
8メートルもの大きな素材は一気に作れないのでブールをつなぎ合わせて六角形のセルを作り大口径の素材を作っていきます。
 
ULEの対抗馬であるゼロデュアは、特性上熱処理ができないので(熱処理によって膨張率を調整するので)、溶接という作業ができません。
ULEではこれができるので大口径のものを作ることが可能です。
大きな口径の素材製作は、内部の歪みを残さないように作らなければならないため2年から4年の製作期間を必要とするそうです。
 
この素材は、「すばる」「ハッブル」「ジェミニ」に採用されました。
  
■ゼロデュア(Zerodur)
 
この光学材料は、ドイツのショット(SCHOTT)社が開発した膨張率の低い光学ガラスです。
光学ガラスセラミクスとも呼んでいます。
基本特性は、クラウンガラスK4に近く、光学ガラスとの違いは結晶化ガラスになっていることです。
通常、ガラスというのは光学ガラスも含めて結晶構造をしておらず、粘土の高い液体です。固溶体(こようたい)とも言います。
ゼロデュアは、水飴状のガラスではなく構造のしっかりした結晶状態のガラスを使っているのです。
従って、重量の70%が結晶性の微粒化結晶石英(大きさは約50nm)を含んでいます。
この微粒化結晶石英の回りをガラス状石英が包み込み、両者の膨張率の違い(結晶石英がマイナスでガラス状石英がプラス)でトータルの膨張率を限りなくゼロに抑えています。線膨張率は、0〜50℃で 20x10-9/℃ です。
 
ヨーロッパ南天天文台(ESO = European Southern Observatory)の大型反射望遠鏡VLT(Very Large Telescope)に採用されました。
 
■ボロシリケートガラス(borosilicate glass、ほう珪酸ガラス、PYREX)
 
この素材は、耐熱ガラスで有名なパイレックスのことです。
コーヒーサーバーのガラスポッドがこの耐熱硝子、パイレックスで作られています。
熱膨張が低いことからULEやゼロデュアが出現するまでの間、大型反射鏡の主流でした。
現在でも、取り扱いが良いことや製作コストが抑えられることからパイレックス使われています。
特にハニカム構造とする反射鏡ではこの材質が主流のようです。
 
パイレックス(PYREX)は、米国コーニング社(Corning)が開発したほう珪酸ガラスのブランド名で1915年に発売されました。
1934年に建てられた米国パロマ天文台の200インチ望遠鏡の主鏡に初めて使われました。
 
パイレックスが使われた経緯は、米国の天文学者へール博士(George Elley Hale:1868 - 1938)によります。
1917年の秋、ウィルソン天文台を建設したへール博士が、2人のスタッフを伴って新しい天体望遠鏡で星を観察するためにウィルソン山に登った時のことです。
観察は深夜に及び、夜が更けて温度がどんどん下がってくるにつれて、望遠鏡の性能がグングン上がっていることに気づきました。
つまり夜間に鏡が十分に冷えて正確な凹面に戻っていたのです。
この経験を通してへール博士とそのスタッフ、アダムスは、鏡材に熱膨張の低いものを使わなければならないことを痛感したのです。
 
この経験をもとに、次なる大型天文台(パロマー)の望遠鏡の鏡材には低膨張率のものを使うことを決め、その選定にはいりました。
当時、GEが製造している溶融石英がもっとも膨張率が低いものでしたが、大きな母材を鋳込むことができませんでした。
彼らが次に選定したのはコーニング社が製造しているパイレックスでした。
コーニング社はへール博士の要請を受けて、1931年に大型のパイレックス母材を鋳込むプロジェクトを立ち上げ、5年の歳月を経て200インチ、20トンの母材を完成させました。
パイレックス素材は大きくて重いので、補強構造用としてリブ(肋材)が付けられました。
これに費やされた費用は34万ドルと言われています。
 
現在、ボロシリケートガラスを使って大型主鏡の設計製造をしている機関にアリゾナ大学(The University of Arizona)があります。
アリゾナ大学は、大学研究機関でありながら大型天体望遠鏡の鏡を作る施設を持っているユニークな研究機関です。
アリゾナ大学の天文学部門の教授ロジャー・エンジェル博士(Prof. Roger Angel)は、英国オックスフォード大学出身で1974年にアリゾナにやってきて天体望遠鏡の製作に携わり、6.5メートルの主鏡を鋳込んで磨いています。
彼らは独自のハニカム構造のガラス製造工場を持っていて、それに使われているガラス材料が日本のオハラのE6と呼ばれるボロシリケートガラスでした。
このガラスの熱膨張率は鉄の1/10と小さいものの、先に紹介したULEやゼロデュアに比べると1000倍も大きくなります。
しかし、ULEやゼロデュアではハニカム構造にすることができず、この材質を使う根拠は十分にあるようです。
アリゾナ大学で進めている大型天文台LBTや、新MMTにはこの素材が採用されています。
日本でも、京都・岡山3.8m新望遠鏡でボロシリケートの鏡材が使われることになっています。
 
■溶融石英(Fused Silica)
 
パイレックスが使われるまで、熱膨張の低い光学素材は溶融石英でした。
しかし、この材料は大口径のものを作ることができません。
最初の取り組みは、1920年代にへール博士の要請を受けて米国GE社が3年の歳月をかけて60インチ(152.4cm)の素材を作ったのに始まります。
しかし、それが大口径素材としては最初で最後であり、以降、パイレックスに取って代わられるようになりました。
 
■青板ガラス(Soda-lime glass)
 
1910年代までの鏡の素材は、通常のガラスで作られていました。
光学ガラスではない通常のガラスが反射鏡に使われていた理由は、反射鏡ではガラス内部の脈理や透過率の品質は問われなかったからです。
ガラスが使われる前の反射鏡は、金属鏡が使われていました。
金属鏡とは、金属そのものを磨いて凹面(球面)状にしたものです。
ニュートンの時代は、この金属鏡でした。
ガラスを使った反射鏡は、ガラスの上に銀メッキができるようになった1850年代後半から登場します。
そのときに使われたガラス材料が青板ガラスと呼ばれるものです。
青板ガラスは、現在では一般的になっている窓ガラス材で、昔の水族館や船の窓に使われていました。
この素材を使った窓は厚くすると青く見えます。青く見えるのは、ガラスに鉄分が混入しているため赤色成分を吸収するからです。
最近の水族館の窓はアクリルを採用しているので、青くは見えません。
 
青板ガラスを使って大型の天体望遠鏡が最初に作られたのは、フランスのパリ天文台で、φ120cmF6.5の反射鏡でした。
これには、フランスの光学会社サン・ゴバン(Saint-Gobain)の青板ガラスが使われ、フーコー(Leon Foucault: 1819 - 1868)の助手A.マルタンが磨いて銀メッキ処理を施しました。
銀メッキ処理された反射鏡は、従来の金属そのものを磨きだした反射鏡と比べものにならないくらい明るいものでした。
この望遠鏡を使ってM.P.アンリ(Mathieu Prosper Henry: 1849 - 1903)は、火星にある衛星を2個発見しました。
 
大型ガラス素材の開発と銀メッキ(後にアルミメッキ)処理の技術革新がなければ、現在の反射望遠鏡の時代はなかったかも知れません。
現に、反射望遠鏡は1800年代は伸び悩み、光学材料の技術革新(色消しレンズの登場、高品質な光学ガラス製造の確立)もあり、屈折望遠鏡が花開いて1900年までは40インチ(101.6cm)までの大型望遠鏡が作られていたのです。
しかし、その後は、メッキ技術が確立されたのでふたたび大型の反射鏡が作られるようになりました。
その母材に使われたのが青板ガラスでした。
当時、フランスのサン・ゴバン社が供給する大型母材の青板ガラスが主流で、米国のウィルソン天文台の60インチ主鏡にもこの会社のものが使われました。
 
■金属鏡(Metal Reflection Mirror)
 
ニュートンが反射鏡による望遠鏡を作ったとき、反射鏡はブロンズ(真ちゅう)で作られていました。
真ちゅうをそのまま磨いただけの望遠鏡でした。
真ちゅうはスペキュラム合金(鏡金)とも呼ばれていて、当時、鏡として使うのに十分な硬さと反射を持っていました。
ニュートンが使用した真ちゅうは、銅66%、錫22%、ヒ素11%、それに銀少々という合金でした。
ヒ素を入れたのは合金を作るときに煮立った湯からスができにくかったからだったそうです。
反射率はおそらく40%程度であったろうと考えられます。
金属鏡は、使用するにつれて酸素に触れて曇ってきます。
従って反射鏡は定期的に磨き直す必要がありました。
それでも反射式望遠鏡は、屈折式望遠鏡よりも性能が良かったのです。
このことは、17世紀の時代では屈折望遠鏡に使う光学ガラスにろくなものがなかったことを物語っています。
反射率が悪くてもコンパクトにでき、口径を大きくすることで今まで見えなかった天体が見えるようになるのですから注目を浴びないはずはありませんでした。
 
金属鏡は進化を続け、1800年代の中頃には、イギリスのロッス(Rosse)(正式名はウィリアム・パーソンズ・ロッスWilliam Parsons Rosse:1800 - 1867)が反射率の高い真ちゅう(ブロンズ)を研究して銅70、錫30の合金を作ります。
この合金で反射率67%を達成したと言われています。
合金にヒ素を入れなかったのは、ヒ素を入れると合金が脆くなって耐久性がなくなり大口径化には向かないためでした。
ロッスは同時に真ちゅうを作る製造法も確立します。
つまり、大きな合金は脆く製造途中で割れやすい性質があるために、徐々に冷やしていくアニール(焼鈍)の方法を開発したのです。
彼は、その技術で口径6フィート(183cm)、口径比F8.83、厚さ7インチ(17.8cm)、重量9,000ポンド(約4トン)の主鏡をもつ望遠鏡を作りました。
この望遠鏡は、銀河系を発見したそうです。
 
1835年にドイツの化学者 J. フォン・リービッヒ(Justus von Liebig:1803-1873)がガラス板に銀を化学メッキする方法を発明しました。
これを応用して、ドイツミュンヘンの光学機器メーカであるスタンハイル(Steinheil)が100mm口径の凹面鏡に銀メッキを施しました。
銀メッキの反射率は、従来の金属鏡に比べ格段に良好で、しかもガラス表面にもメッキができることから、金属鏡に替えて光学ガラス上にメッキする反射鏡が脚光をあびるようになり、時代は光学ガラスを使ってその上にメッキ(コーティング)を施す鏡へと変わって行きました。
 
大型反射鏡が精度よくできるようになった技術革新の中で、フランスの物理学者フーコー(Jean Bernand Leon Foucault:1819 - 1868)があみ出した球面検査法(フーコー・テスト)の功績をあげないわけにはいきません。
フーコー・テストの発明により大型の球面鏡でも精度良く球面を出せるようになりました。
フーコーの考え出した検査法は非常にシンプルで、点光源を球面鏡に照射させて反射させ、焦点を結ぶ位置にナイフを切り込んで主光線を遮り、陰影がどのように変わるかを目視で検査するやり方です。
球面鏡が正しく研磨されていれば、ナイフエッジの切り込みで陰影が均一に消えていきます。
球面鏡に歪みがあるとナイフエッジの切り込みよって凹凸が現れます。
この状況を目視で確認しながら、球面を研磨していき均一な陰影像になるまでこれを繰り返します。
この手法は、シュリーレン光学系の原理にもなったものです。
 
▲ 反射鏡メッキ(Front Silvered Mirror)
 
反射鏡が天体望遠鏡の主流になったのは、鏡表面を反射効率の良い銀やアルミの精度良いメッキができるようになったからです。
メッキ技術は化学メッキから出発し、蒸着技術が確立されてからは分子レベルでの膜厚が可能になりました。
蒸着は薄膜技術になくてはならない手法で、現在の光学分野で大切なものになっています。
反射鏡では、銀とアルミによる蒸着が発展しました。
銀は可視光域に対し93 - 98%の反射率を持ち、アルミニウムは92 - 86%です。
銀の方が総じて反射率が高く赤外部ではアルミよりも良い反射特性を持っています。
また、銀は化学的も簡単にメッキできるので実験室レベルでよく利用されています。
ただ、アルミ蒸着に比べて耐久性がないために、現在の反射鏡にはアルミニウムが多く使われます。
 
耐久性があるアルミニウムでも、東京のようなところで使用していると3年くらいで目に見えて表面が濁ってきます。
我々がよく使う表面鏡やシュリーレン光学系の凹面鏡は、アルミニウム蒸着を施し、一酸化珪素(SiO)を保護膜として蒸着するのが普通です。
この保護膜はとても強いもので重宝します。
しかし、これは強すぎて逆に剥がすのがやっかいなので、天文台の大型反射鏡ではこの保護膜を使用しないそうです。
保護膜とは別に、アルミニウムの反射効率を高めるために使用する波長の1/4波長(0.1um〜0.2um)の膜厚で多層膜コーティングを施します。
使用される膜材料は、二酸化チタン(TiO2、屈折率2.35)、二酸化珪素(SiO2、屈折率1.38)などで、これを何層にも渡って蒸着し、可視領域に渡って97%の反射率を得ています。
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▲ 日本の最新式天体望遠鏡 - すばる(Subaru) (2006.08.)(2006.11.23追記)
 
地上から光学手法を使って精度のよい天体観測をしたい。
そういう目的で建設された天体望遠鏡の一つに日本の「すばる」があります。
地上で建設される天体望遠鏡は、大気の影響を受けてその揺らぎで十分な分解能が得られないと言われてきました。
そうした大気の揺らぎや主鏡の歪みを補正する技術、Adaptive Optics = 能動光学系技術が確立されて、格段の進歩を遂げます。
この項目では、アダプティブオプティクスの考え方を中心にすばるプロジェクトを紹介したいと思います。
 
▼ プロジェクト発足
 
新世代の天体望遠鏡は、1970年代から1980年初めにかけて始まりました。
その当時、欧米では3m以上の口径を持つ望遠鏡が次々と建設されていました。
日本では、当時から遡って20年前、1960年にイギリスから輸入した1.88m口径の岡山観測所の望遠鏡が最大でした。
その天体望遠鏡は、導入された当時は世界第10位であったそうですが、その後の大口径望遠鏡建設ブームの中にあって取り残されていく感が否めなかったそうです。
1982年に新しい天体望遠鏡建設の計画が動きだし、1990年代に完成させるプロジェクトが立ち上がりました。
これが「すばる」望遠鏡計画の母体です。
すばるは、1998年12月24日、ハワイ マウナ・ケア山(標高4,139m)に完成し、ファーストライト(first light、星からの最初の光を受けること)が行われました。
 
▼ 概略性能
 
すばる天体望遠鏡のもっとも大きな特徴は、以下の点にあると思います。
 
・主鏡の大きさが世界最高レベル: 口径8.2m、リッチー・クレチアン式
・主鏡の能動素子(Adaptive Optics)化で解像力が向上。
・天文台設置場所: 大気が安定し、光公害のないハワイマウナケア山に設置。
・観測装置: 高精細CCDカメラ及び分光装置の採用。
・主鏡(Primary Mirror)
 
主鏡は天体からの光を集める大切なところで、基本的に口径が大きいほどたくさんの光を集めることができます。
最近の最先端の主鏡は、10m径のものが主流となっています。
これだけの大きな鏡をつくるのは並大抵ではありません。
すばるでは以下の性能を持つ主鏡が採用されています。
 
・口径: 8.2m
・焦点距離: 15m
・口径比: F1.8(非常に明るい光学系)
・方式: リッチー・クレチアン式
・材質: ULE(米国コーニング社)
・厚さ: 200mm(口径と厚さの比: 42:1、薄い)
・重さ: 22,800kg
・研磨精度: 0.012um
・総合分解能: 0.23"(23/360000°)
 
この主鏡は、材料を米国ニューヨーク州にあるコーニング社が請け負い、4年の歳月をかけて鋳込み、研磨は米国ペンシルバニア州コントラビス社に持ち込んで、さらに3年の歳月を費やして完成しました。
研磨には、作業環境温度を一定にするために、米国ピッツバーグにある石灰岩の廃坑を採掘し直して30mの深さの穴を掘り、そこに研磨装置を設置して作業が行われたそうです。
7年の歳月を費やした計算になります。
 
▼ AO(Adaptive Optics = 波面補償光学装置、Active Optics = 能動光学装置)
 
鏡が大きく作れるようになったのは、鏡の歪みを微妙に調整できるマイクロアクチュエータ制御装置の確立があったからです。
鏡を大きくすると、その自重と温度変化で鏡が歪んでしまいます。
しかし、マイクロアクチュエータによって鏡の歪みを補正する技術ができあがると、鏡を薄くしても鏡面を理想通りに保持することができるようになりました。
鏡を薄くすると軽くなり取り回しも楽になります。
すばるの場合、薄くなった鏡を背面から261本のアクチュエータで押したり引いたりして鏡に応力を与えて、鏡が回転して位置が変わる毎に自重によって歪む鏡面を補正して理想的な鏡面を作るようになっています。
鏡を薄くしたことで、かえって精度の良いものにできるようになりました。
また、地上から天空を望む望遠鏡の宿命として大気の揺らぎによる画質の低下は避けられない宿命となっていました。
鏡の背面に配置された261本のアクチュエータは強制的に(能動的に)鏡を補正して、大気の揺らぎまでを補正する働きを持っています。
このような積極的な光学補償装置を波面補償光学系(アダプティブ・オプティクス、Adaptive Optics、AO)と呼んでいます。
なお、AOには、Adaptive Optics(波面補償光学装置)とActive Optics(能動光学装置)の二つの意味が混在して曖昧になっています。
ミラーやミラー保持機能の補整を行う周波数の低い補整をActive Opticeと言い、大気の揺らぎのような10Hzから1,000Hz程度の周波数の光学補整を行うことをAdaptive Opticsと呼ぶ傾向があります。
 
・ アクチュエータセンサー 音叉式センサ 
 
主鏡面を補整するアクチュエータの心臓部に、音叉式のセンサが使われています。
主鏡を保持する機構は、三菱電機(株)が設計、製造を担当しました。
アクチュエータに使われている圧力センサーには、おもしろいセンサーが使われています。
それは、新光電子(株)が1983年より開発・製造している音叉式センサーと呼ばれるものです。
新光電子(株)は、精密電子天秤の開発・製造をしている会社で、重さを量るセンサーとして彼らが開発した音叉式センサーを精密電子天秤に用いています。
すばる建設の技術者達が主鏡のアクチュエータセンサーとして目をつけたのが、この音叉式センサーでした。
 
音叉式センサーの特徴を右図に示します。
このセンサーは、荷重の検出機構に構造物の持つ固有振動数を利用しています。
物には最もよく共振する固有の振動数をもっています。
音叉はその代表的なもので、Uの字構造により極めて安定した固有振動数を発します。
この固有振動数を持つ発振源が外部より力を加えられると音源に歪みができて共振周波数が変化します。
その周波数の変化を検出して荷重を算出します。
すばるに採用された音叉式センサーは、秤量(ひょうりょう)1500N(約150kgf)にて0.01Nを検出できる分解能を持っています。
これは、150kgの力が加わった時、その力を1gの精度で測定できる(1/150,000)能力となります。
圧力を検知する測定装置は、音叉式センサーの他に、歪みゲージを使ったロードセル方式、コイルの電磁力(分銅の代わり)で重さを量るフォースバランス式(力平衡式)があります。
電子天秤はこれらの仕組みを使った製品です。
こうした重さを量る高精度センサーが幾種類かある中で、すばるのアクチュエータのセンサーに音叉式のものが選ばれた理由について、音叉式センサーは、
・堅牢な構造。
・シンプルで小型。
・作動時ウォーミングアップが不要なこと。
・温度変化に対する安定性が良い。
・消費電力が少ない。
.
などの特徴をもっていたからです。
右上に示した音叉式センサーは、U字音叉を二つ使用した構造となっています。この方がより安定した周波数の発振ができるそうです。
この金属音叉振動子をてこや支点機構のモノブロック構造の中に入れて厚さ3mm程度の一体構造として信頼性を高めています。
この構造物はワイヤ放電加工により加工されます。
このセンサーに電源を投入すると、音叉振動子に取り付けられている圧電素子に電圧が加わり、一定の周波数(約2,000Hz)で振動するようになります。
支点を介した力点部に加重が加わると支点を介して作用点にある音叉振動子に加重が伝えられて音叉振動子の発振周波数が変化(約200Hz)します。
その変化を周波数ピックアップ用圧電素子によって読み取りコンピュータ処理がなされます。
写真提供: 国立天文台

・ レーザガイドスターシステム(Laser Guide Star System)
 
大気の揺らぎを補正するシステムは、建設当時から順を追ってステップが上げられてきて、つい最近(2006.11.21、朝日新聞発表)では、大気のナトリウム帯域をガイド星としたレーザガイドスターシステム導入の完成を見て、全天にわたる光学補償ができるようになりました。
すばるがこれまで行ってきた大気の揺らぎを補償する方法は、見たい天体近くの明るい星をガイド星としていたために、ガイド星のない遠い銀河や超新星の観測ができませんでした。
今回のレーザガイドスターシステムは、観測したい天体に仮想の星(12等星程度の明るさ)を作ってその星を使って大気の補整を行うというものです。
疑似星(ガイドスター)を作るのにレーザを使います。
より詳しい原理を述べますと、すばる天文台より夜空にレーザ光を放射し、地表90km高にある大気のナトリウム帯域のナトリウム原子を励起させて発光させ、これを仮想の星とみなして、大気の揺らぎを観測し、AO(波面補償光学装置)によって補整するというものです。
AOを用いると、光学性能が10倍向上するそうです。
今回発表があったシステムは、589nmの発光を持つ4W出力のレーザが使われているそうです。
ナトリウムの励起光が589nmであるので、この波長の発振が行える効率の良いレーザ発振器の開発が国立天文台と理化学研究所で行われました。
固体グリーンレーザ (10W)+ 色素レーザによる基礎研究の後に、2つのNd;YAGレーザ(1319nmと1064nm、和調発生器で589nmを得る)を組み合わせた589nm発振、4W出力の装置(YAG和周波レーザ)が開発されました。
このレーザを使って、観測する天体に向けて放射し90km上空にある大気のナトリウム層を通過させて、径500mm、奥行き5,000mに渡るナトリウム発光(D線、589nm)を起こし12等星相当の擬似的な星を作り上げます。
この疑似星(ガイドスター)をすばるで見る場合、当然大気の揺らぎによってぼけた像となっているので、これをきちんとした像にするためにAO(Adaptive Optics)を使って正しい像になるように補整をかけます。
この装置は、主面鏡とは別の波面補償光学系(可変鏡)で行い、188個の能動素子によって2,000Hzの周波数で波面が補整されるようになっています。
補整に使う鏡の口径は、130mmで有効口径が90mmです。
この鏡は2mm厚の薄い鏡で、鏡には圧電素子が組み込まれていて電圧によって変形するようになっています。
補整は、大気から戻ってきた589nmのナトリウム発光光を主鏡で受けて188個のマイクロアレイレンズに導かれ、これを188本の光ファイバーで高速応答高感度光センサー(アバランシェフォトダイオード、APD)に導いて、ここで波面の分析が行われ可変鏡にフィードバックされます。
 
▼ ハワイ マウナケア山(Mt. Mauna Kea in Kona Hawaii)
 
大型の天体望遠鏡の設置には、大気の澄んだ場所で外乱光が少なく、一年中を通して大気の安定した場所が望まれます。
こうした場所は世界中でも数多くあるわけでなく、チリとハワイの2箇所が一番適した所だそうです。
すばるが設置されたハワイのマウナ・ケア山は、各国の大型天文台(合計13基)がひしめく大型天文台銀座のような所です。
マウナケア山頂は標高4,200mあり、地上の天候に左右されず一年を通して晴れた日が多くしかも乾燥しています。
回りに大きな都市がないため光害も少ない環境です。
 
▼ 観測装置
 
すばるには、以下に示すような光学観測器機が搭載されています。
ここでは我々がもっとも興味をもっているCCDカメラについて説明を加えたいと思います。
 
■ CCDカメラ:すばる主焦点広視野カメラ(Suprime-Cam、Subaru Prime Focus Camera)
 
すばるに使われている観測用CCDカメラは、Suprime-Camと呼ばれています。
我々映像計測屋にとって、最先端の天体望遠鏡にどのようなCCDカメラが使われているのかを知ることはとても興味あるところです。
Suprime-Camに使われているCCDカメラは、10枚のCCDチップで構成されています。
1枚のCCDチップは、2,048x4,096画素のチップで構成され、これがタイル状に2列x5段=10枚並べられ、焦点面に配置されモザイク状の画像を得ます。
従ってこのカメラは合計10,240画素x8,192画素の情報を持つことになります。
このCCDは、撮像面全体を -98℃で冷却し画像ノイズを抑え、16ビット(65,000階調)の画像が得られるようになっています。
CCDのタイプは、背面照射型フレームトランスファー型(Back-illuminated Frame Transfer CCD)と言って、光がCCDの背面から入射して受光します。
受光面積は100%で、受光部を使って画素情報が転送される仕組みになっています。
これをフレームトランスファ型CCDと言います。
CCDは、一般的にシリコン基板上にフォトダイオード部と転送電極などが作られていますが、ダイオード部や電極部に比べてシリコン基板が厚く、シリコン基板からダイオード部に浸入する熱ノイズが画像信号に混入してS/Nの高い画像が得られません。
背面照射型は、CCDの支持体であるシリコン基板を削り取って、削り取った面、すなわち、背面から光を入射させたものです。
この方法にすると微弱な光信号もノイズに邪魔されずに16ビット階調画像を有効に取得することができるようになります。
また、このCCDには画像転送部がなく、受光部を使って転送する方式なので、画像を転送する場合には撮像素子部を遮光しなければなりません。
このため、メカニカルシャッタが必要になります。画素転送も転送ノイズを抑えるためにゆっくり行われ、転送に要する時間は1分となります。
【仕様】
・主焦点に配置された10枚の背面照射型CCDチップで構成されるカメラ
・撮像素子数: 2,048 x 4,096画素 x10枚
        合計 10,240 x 8,192画素
・画素サイズ: 15um x 15um
・撮像面積: 153.6mm x 122.9mm(10枚のCCD合計)
・撮影波長: 300nm〜1,100nm
・濃度: 16ビット
・画像容量: 168MB/1枚合成
・メーカー: 米国SITe社、英国EEV(E2V)社、米国MIT-LL
・冷却: スターリングサイクルエンジン(3W x 2unit、176K = -98℃)
・撮影視野: 約30'(30/60°)。月の直径と同じ視野。
・読み出し時間:60秒
・飽和電荷: 80,000e-
・読み出しノイズ: 10e- 
・シャッタ: メカニカルシャッタ 1秒〜
・フィルタ: 有効サイズ 192mmx158mm、 10種類同時格納
天体観測に使われているCCDチップは、現在の我々が理解しているインターライン型CCDと違って電子シャッタ機能がありません。
このカメラに採用されているフルフレームトンスファ型はCCD素子ができた当初のタイプと言って過言ではありません。
また、このCCDを使うと決めた時代は1990年代前半であり、当時メガピクセルサイズの計測用CCDカメラはほとんどが電子シャッタのないフルフレームトランスファ型でした。
こうした天体観測用CCDチップを製作するメーカーは、英国のEEV(English Electron Valve、現E2V、Marconi社の傘下)社、米国ロッキード社傘下のSITe社、米国マサチューセッツ工科大学リンカン研究所のMIT-LLでした。
これらの機関が熱心に天体観測用のCCD素子を開発していました。
現在も、これらの機関が中心になって天体観測用のCCD素子を開発しています。
現在、我々が日常に使っているデジカメにも4,000x3,000画素程度の撮像素子が使われていて、画素だけを見ればあまり目新しい感じは受けません。
しかし、天体観測用に使われるカメラは、画素数もさることながら、画素1つ1つの特性や、電子冷却によるノイズの低減、転送時におけるノイズの低減、微弱光をとらえるための高感度であることが大切な性能となります。
右に示した図は、φ150mmのシリコンウェハーから作られるCCD撮像素子のパターン図です。
このウェハから6個のCCD撮像素子ができます(歩留まりが良ければ)。
すばるで使われている撮像素子は合計10個ですから、この基板で作られる6個のCCDにさらにもう一枚の基板から作られる素子をあてがう必要があります。
一般のCCD素子は非常に小さいので、同じφ150mmのウェハーからこれよりもはるかにたくさんの素子を作ることができます。
すばる望遠鏡に使われているSuprime-Camは、受光する電荷が80,000e-と言われ、読み出しノイズが10e-となっているので、S/Nで言うと78dB(8,000:1)の能力を持っています。
一般のCCDが256階調で10程度のノイズを持っていますから、その能力は、310倍もすぐれています。
このカメラは10年ほど前(1990年半ば)の設計思想で作られています。
今ではそれほど目新しくない高画素素子でも、当時は時代の最先端を行く技術でした。
当時は、1,000 x 1,000画素が一般計測に使われ始めた時代で、そんな大きな画像をデジタル処理するパソコンもありませんでした。
RAMメモリも32MB程度でHDDも1000MBがせいぜいだったので、多くはビデオ信号で画像を処理して、ビデオテープやビデオディスクで保存している時代でした。
そんな時代に168MBの画像によるカメラが作られていたのです。
 
すばる天体望遠鏡では、このほか、以下に示すような光学観測装置が装備されています。
 
■ コロナグラフ撮像装置(CIAO、Coronagraphic Imager with Adaptive Optics)
 
主焦点に取り付けられた暗い天体を赤外線で撮影するための装置。
明るい天体にマスクをかけて明るい天体の近くにある暗い天体を観測するもので、太陽以外の惑星の存在を探るのが目的。 
 
■ 微光天体撮像分光装置(FOCAS、Faint Object Camera And Spectrograph)
 
非常に暗い天体を観察する分光装置。1時間の露光で28等星を観察。
分光機能を備えていて銀河形成過程の研究に利用。
 
■ 冷却中間赤外撮像分光装置(COMICS、Cooled MidInfrared Camera and Spectrometer)
 
10um〜20um帯域の赤外線での天体観測をする装置。非常に長い波長の検出を行うため、装置は4K(-270℃)まで冷やされて使われる。
惑星の形成過程や系外銀河の形成過程を観測。
 
 
▼ すばる以外の大型望遠鏡
 
以下に、世界の巨大天体望遠鏡の一覧を示します。
この表から、大型天体望遠鏡は、ここ10年の間に次々に作られてきたことがわかります。
主鏡は単体で口径10mクラスまで作られるようになり、複数の鏡と組み合わせて10m以上のものができるようになっています。
これら大口径の望遠鏡が作られるようになった背景には、光学ガラスが低膨張率のものが作られるようになったことと、AO(Adaptive Optics)の進歩により大型で薄型の主鏡でも十分な解像力を持つことが可能になったことが挙げられます。
 
ランキング
呼び名
主鏡の大きさ
タイプ・口径比
天文台及び所在地
 完成年 
1
VLT
(Very Large Telescope、
巨大望遠鏡)
1620 cm
(820cm x 4枚)
カセグレン F13
ナスミス F15
クーデ
ヨーロッパ南天天文台
(European Southern Obserbatory, ESO)
セロ・パラナル
チリ
1998
2
ケックI、ケックII
(KECK)
1460 cm
(996cm x 2枚)
リッチー・クレチアン式
主焦点面 F1.75(明るい)
リッチー・クレチアン焦点面 F15
カルフォルニア大学・カルフォルニア工科大学
マウナ・ケア、ハワイ
アメリカ
1993
3
LBT
(Large Binocular Telescope,
巨大双眼望遠鏡)
1180 cm
(840cm x 2枚)
主焦点面 F4及びF15
合衆国・イタリア・ドイツ共同
グラハム山、アリゾナ
アメリカ
2004
4
GTC
(Gran Telescopio CANARIAS、
カタリーナ大望遠鏡)
1040 cm
リッチー・クレチアン焦点面
カセグレン焦点面
ナスミス焦点面 F15
Roque de los Muchachos Observatory
カナリー島
スペイン
2006
5
SALT
(Southern African Large Telescope、
南アフリカ大望遠鏡)
1020 cm
-
サザーランド天文台
南アフリカ
2005
6
HET
(Hobby-Eberly Telescope、
ホビー・エバリー望遠鏡)
920 cm
-
マグドナルド天文台
フォークス山 テキサス
アメリカ
1996
7
すばる
820 cm
主焦点面 F1.8
カセグレン焦点面 F12.2
ナスミス焦点面 F12.6
日本 国立天文台
マウナ・ケア、ハワイ
アメリカ
1999
8
ジェミニ北
800 cm
リッチーク・レチアン焦点面 F16
アメリカを中心とする7カ国の共同運営
マウナ・ケア、ハワイ
アメリカ
1999
9
ジェミニ南
800 cm
リッチー・クレチアン焦点面 F16
アメリカを中心とする7カ国の共同運営
セロ・パチョン
チリ
2002
10
マジェラン 1号
650 cm
グレゴリー焦点面 F11
カセグレン焦点面 F15
セロ・マンキ
チリ
2000

全世界の大型天文台

 
大型天体望遠鏡は、この他に、アメリカ国立光学天文台(アリゾナ州)では、25mの主鏡を持つELT(Exremely Large Telescope)の建設が計画されていて、ケック望遠鏡では、30mの主鏡を持つCELT(California Extra Large Telescope、カリフォルニア超巨大望遠鏡)の計画があります。
これらの巨大な口径を持つ鏡は、共に対角線1mの正六角形の球面鏡セグメントを蜂の巣状に組み合わせて一つの大きな鏡としています。
ELTでは、91枚を用い、CELTでは1,080枚を使うという計画です。
CELTは、その後2004年に第二案を発表し、セグメントミラーを大きくし対角線1.4mとして614枚にして30mの主鏡を作る案も出しています。
光学望遠鏡も10mを越える大きなものが登場する時代になりました。
▲ 宇宙に飛び出した最新式天体望遠鏡 - ハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope、HST) (2006.08.04)(2009.05.15)(2020.01.21追記)
 
わたしのハッブル宇宙望遠鏡に対する思い入れは、強いものがあります。
大きな望遠鏡を大気圏外に持ち出そうという構想もさることながら、それを実行に移し、我々に神秘な宇宙の映像を送ってくれたハッブル宇宙望遠鏡に感嘆と敬意を表せずにはいられません。
1980年代、米国の光学雑誌にたびたびハッブルの主鏡(Primary Mirror)の製作記事が紹介され、胸をときめかせて読んでいました。
ハッブル宇宙望遠鏡のプロジェクトは、波乱に満ちたものであり、順風満帆ではありませんでした。
それに加え、現在でもその運用を巡っては波乱に満ちており、寿命の終わる2013年までに終焉の方法を決定しなければならないのです。
こうした波乱含みのハッブル宇宙望遠鏡ではあるものの、ロマンに満ちた宇宙望遠鏡の素顔を紹介するのは価値があると思います。
おそらく日本では決して断行しえなかったプロジェクトであり、今後はこうしたプロジェクトはもうないであろうことを考えると、ハッブル望遠鏡のプロジェクトをここに記録しておくことは無駄ではないと考えます。
ハッブル宇宙望遠鏡プロジェクトは、途方もないお金がかかりました。
 
▼ 生い立ち
 
ハッブル宇宙望遠鏡は、宇宙開発時代と共に産声を上げました。
宇宙望遠鏡の構想は1946年に米国天文学者Lyman Spitzerの提案した大気圏外に設置する望遠鏡(Astronomical advantages of an extra-terrestrial observatory)に始まります。
米ソ両国で宇宙開発が始まった1950年代より20年後の970年代後半にアメリカ航空宇宙局(NASA)がグレート・オブザーバトリーズ計画を打ち出しました。
地球上では観測困難なガンマ線とX線、それに可視光(近紫外、近赤外を含む)と赤外線をカバーする大きな天文衛星を4機打ち上げるという計画でした。
可視光は、当然のことながら地上まで届く光線ではありますが、大気の揺らぎで画質が劣化するために、大気圏外での可視光観察が望まれていて、その意味で可視光望遠鏡ハッブルの期待は大きかったのです。
この計画は、1977年にまず予算がつき、可視光とガンマ線の天文衛星建設の認可が下りました。
これがハッブル宇宙望遠鏡とコンプトンガンマ線衛星でした。
ハッブルと言う名前の由来は、銀河系が驚くべき速度で移動していることを発見したアメリカの天文学者エドウィン・ハッブル博士(Edwin Hubble:1889 - 1953、系外銀河の提唱者、へール博士の弟子)にちなみます。
米国政府によるハッブル望遠鏡プロジェクトの認可がおりたものの、ハッブル望遠鏡が実際に宇宙に飛び立つまでに13年の年月がかかりました。
開発の遅れは、プライマリーミラー(主鏡)製作の遅れに加え、周辺装置の不具合、コンピュータソフトウェアのバグ、スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故が重なったことによります。
 
▼光学的性能
 
ハッブル宇宙望遠鏡は、大きさφ4.3m(太陽電池を拡げると巾12.0m)、長さ13.3mで重さが12トンあります。
望遠鏡の形式は、リッチー・クレティアン(Ritchey-Chretien)式でカセグレン式をさらに改良して視野を広く取ったものです。
ハッブルの主鏡は、米国Perkin-Elmer社(Danbury, Connecticut)(現在は、 Hughes Danbury Optical Systems社) が請け負い、設計製作が行われました。
主鏡は、口径2.5mで厚さが300mm、中心部に600mmの穴が空けられドーナッツ状になっています。
重さは900kgでした。
厚さと口径の比は1:8.33であり、感覚的にかなり薄い鏡です。
日本がハワイのマウナケアに設置した天体望遠鏡「すばる」の口径8.2mに比べてかなり小さい口径ですが、宇宙に持って行くにはこの大きさが精いっぱいだったのかも知れません。
鏡に使われた材料は、米国コーニング社(Corning)が開発した超低膨張ガラスULE(Ultra Low Expansion)であり、「すばる」の鏡材料にも使われています。
ハッブルの口径では、この材質を使ってもハニカム構造にすることができるようです。
「すばる」のような大口径主鏡ではハニカム構造とすることができないために、別の方法で作られています。
この鏡材をコンピュータ制御とレーザ計測手法によって1/20波長精度(30nm)で双曲面状に研磨していきました。
さらにこの鏡の上に、75nm(ナノメートル)厚のアルミ蒸着と25nm厚のフッ化マグネシウムのコーティングがなされました。
口径2.5mで30nmの精度の研磨加工と言うと、東京ドーム大のグランド(100m x 100m)を0.12mm以下の凹凸でならすようなものです。
そのぐらいにしないと紫外線から赤外までの光を精度よく一点に集めることができません。
 
■主鏡の主な仕様
・口径: 2.4m(94.5インチ)
・焦点距離: 57.6m(189ft)
・タイプ: リッチー・クレチアン(Richey-Chretien)型
・集光面積: 約4.3m2(46ft2
・口径比: F/24
・厚さ: 最大300mm
・材質: ULE(Ultra Low Expansion)
 
 
▼ミラー研磨のトラブル
ハッブル主鏡の研磨作業は、1979年に始まり1981年まで続きました。
この研磨作業の過程で、NASAはパーキンエルマーのやり方に異議を唱えたため、これからさらに作業が遅れ、大規模な追加予算計上も余儀なくされました。
NASAは、予算が突出するのを防ぐためにスペア用のミラーを製造することを中止し、ハッブルの打ち上げを1年遅れの1984年10月に延期させることも決めました。
研磨作業がなぜこれだけ遅れたのかというと、激しい受注活動のためにパーキンエルマー社が自分の技術部門が提出した見積よりもさらに低い見積と短い工期を提案して受注してしまったからだと言われています。
また、当時のパーキンエルマー社は、比較的小ぶりな精密光学機器の設計製造は実績があるものの、ハッブルのような大型で特別に精度の要求する部品の製作は初めてでした。
このプロジェクトを遂行するためにパーキンエルマー社は、最先端のレーザ測定機器と研磨加工機をあつらえて製作に入ったのですが、これがうまく行かず工程が遅れてNASAや関連機関からかなり強いプレッシャーがかけられたそうです。
そのプレッシャーもまた納期遅れにつながったとも伝えられています。
パーキンエルマー社とは別に、バックアップ用としてKodak社も同じミラーを製造する契約を結んでいて、旧来の手法によってNASAの要求する仕様を満たしたミラーを計画通り製作して納品しました。
これもパーキンエルマー社に強いプレッシャーを与えたようです。
Kodak社のミラーは、現在スミソニアン学術協会 (Smithsonian Institution)に展示してあるそうです。
パーキンエルマー社の受注したミラーは、実際にはさらに遅れたため、最終的には打ち上げが1986年9月まで延期されました。
打ち上げ予定の8ヶ月前、1986年1月にチャレンジャーの事故があり、NASAの宇宙計画そのものが遅れてしまいました。
ハッブル望遠鏡が最終的に打ち上げられたのは、それから4年遅れた1990年4月となり、ディスカバリーによって宇宙に運ばれました。
4年の延期期間中ハッブルはクリーンルームに保管され、打ち上げの順番を待っていました。
 
▼ 活躍
 
1990年に打ち上げられたハッブル望遠鏡は、すぐに活躍をし出したかというとそうではありませんでした。
打ち上げ後の2ヶ月目でハッブルに決定的な欠陥があることがわかりました。
念入りに作られた主鏡であったのにもかかわらず、球面収差がありピントのボケた画像しか得られないことがわかったのです。
ぼやけた像の原因は、口径2.4mの主鏡の端が、設計値よりもたった0.002mm(2ミクロン)平になっていたからでした。
このほんのちょっとした製造ミスが像を50mmにボケさせ、点像として結ばせることができなくしてしまったのです。
 
大きなプロジェクトを失敗に終わらせたくないNASAと天文学者チームは、画像処理ソフトを開発して球面収差を画像で補正する手法を考えだしました。
この画像処理ソフトウェアは、一定の成果をあげ、なんとかものになる画像が得られるようになりました。
このソフトウェアは優秀なもので、別の用途である乳ガンの検診に流用されるという副産物を得ました。
 
また、ハッブル望遠鏡は、当初からスペースシャトルによる定期的な保守、点検、アップグレード作業による運用が計画されていました。
アップグレードには、観測装置を最新のものに交換するサービス・ミッションや、望遠鏡の姿勢制御を司るジャイロ、それに太陽電池パネルの交換が含まれていました。
このプログラムを通じて、抜本的なハッブルの性能回復の修復プログラムが組まれました。
1993年に行われた最初のサービス・ミッション(Servicing Mission 1、SM1)は、4人の宇宙飛行士によって述べ5日間、合計35時間28分に及ぶ船外活動がなされ、主鏡の球面収差を補正する光学装置と周辺装置が組み込まれました。
このサービス・ミッションは、COSTAR = Corrective Optics Space Telescope Axial Replacementと呼ばれています。撮影カメラも2代目のWFPC2(Wide Field and Planetary Camera 2)に置き換えられました。ソーラーパネルも04ヶのジャイロスコープも交換されコンピュータもアップグレードしました。
この作業により、ハッブルはまさに「不死鳥」の如くよみがえりました。
この大きな手術を経てハッブルは、これまでにないクリアな天体画像を我々に供給してくれるようになりました。その中には、地上望遠鏡では決して見ることができない驚くべき高画質なものが多数ありました。
また、ハッブル宇宙望遠鏡の功績は、宇宙の年齢が約137億年であることを裏付ける観測や、地球から最も遠い「ウルトラ・ディープ・フィールド」(超深宇宙)にある銀河の発見、そして暗黒物質の環(a ghostly ring of dark matter、地球から50億光年離れた銀河団で発見されたもので、直径は260万光年。10億〜20億年前に二つの銀河団が衝突し、その衝撃で周囲の暗黒物質が波紋のように広がったとされる)などがあり、多くの成果をあげています。 
 
▼ 引退 (2020.01.21追記)
 
ハッブルは、その後何度かのサービス・ミッションを受け観測装置の刷新や運用装置の交換が行われています。
SM1: 1993年。COSTAR( = Corrective Optics Space Telescope Axial Replacement)。WFPC2カメラへの交換。
SM2: 1997年。GHRSの交換。FOSの交換。計測用テープレコーダを半導体メモリレコーダに交換。各種耐熱処理。
SM3A: 1999年。6ヶのジャイロのうち3ケが故障したためその交換(6ヶ交換)のための緊急出動。
SM3B: 2002年。FOC設置。NICMOSの復活。太陽パネルの交換(2回目)。
SM4: 2009年。最後の修理ミッション。6ヶのジャイロ交換。ACS、STIS交換。ニッケル水素バッテリ交換。3世代目のカメラWFC3交換。COS交換。
 
このハッブルも2013年で現役を引退すると言われていました。(が、実際は、2020年時点でも運用され、2030年から2040年まで使われ続ける予定と言われています。)
その後は、次世代のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope、JWST)が2013年に打ち上げられ(実行は遅れて2021年打ち上げ予定)、この望遠鏡にバトンタッチをする予定になっています。
ジェームズ・ウェッブは、NASAの第2代長官でアポロ計画を推し進めた人物です。
彼は在任中、惑星探査を含めた75回にも及ぶ科学ミッションを遂行させ、1965年の早い時期に宇宙望遠鏡の必要性を訴えてハッブル望遠鏡の実現に多大なる功績を果たしました。
その功績をたたえて、ハッブルの後継機に彼の名前が付けられることになったのです。
しかし、ジェームズ・ウェッブ望遠鏡は赤外望遠鏡であり、ハッブルのように可視光望遠鏡ではありません。
その理由からか、ハッブルの延命を望む声は強くあります。
 
輝かしい実績を残しているハッブルにも終焉の時は来ます。
その終焉は、現実的にはハッピーエンドになりそうもありません。
宇宙開発にはお金がかかります。
そして多くの事故が伴います。
スペースシャトルの事故の教訓以来、NASAはスペースシャトル計画に終止符を打ち、2008年までにスペースシャトルに代わる有人探査機(CEV)を開発し、これによって宇宙ステーションの建設を進めていく方針を打ち出しています。
宇宙ステーションは、ハッブル望遠鏡とは別の周回軌道で運用されています
従って、ハッブルのためだけに予算を計上してサービスプログラムを遂行することが困難になってしまいました。
ハッブルのサービス・ミッションは、船外活動が中心となるため非常に危険が伴います。
フェイル・セイフ(Fail - Safe Program、万一事故が起こったとき飛行士やスペースシャトルを安全に帰還させるというバックアッププログラム)が十分になされないサービス・ミッションは計画が立てられないという理由から、スペースシャトルはハッブルの維持(サービス・ミッション)を行わないことを決定したのです。
 
こうしたハッブルの余生をなんとか延命させたいという専門家や一般市民の声が大きな活動を行っていますが、現実には高額な予算や安全性も絡むため具体的な良案は示されていません。(→その後の発表2006.11、2009.05.15
 
▼ ハッブルの今後の問題
 
2013年に、ハッブルの役割が終わることは当初からの計画通りだとしても、その終焉までには多くの問題がつきまといます。
ハッブルは、スペースシャトルのサービス・ミッションを当て込んで建設されているため、維持管理作業が絶たれると寿命を縮めかねません。
ハッブルには、6個のバッテリーがあり、周回軌道時間( = 96分)のうちの夜の部分(最長で36分)で使う電気は、太陽電池パネルでの充電でまかなっています。
そのバッテリにも寿命があり、100,000回程度の充放電で命がつきると言われています。
この寿命は、2007年から2008年に訪れる計算になり、その間に新しいバッテリに交換しないと、ハッブルの寿命は尽きてしまいます。
 
また、ハッブルの姿勢を制御するジャイロは、6個組み込まれていて、運用には、3個のジャイロを使い、残り3個はバックアップ用としていました。そのジャイロは、打ち上げ早々、2個が故障で使えなくなり4個で運用を続けてきました。
2005年には、4個のジャイロを2個づつに分けて、2個で運用する方法に切り替えました
残り2個はバックアップ用です。
本来なら3つのジャイロを使わなければ精度の良い姿勢保持ができないのですけれど、やむにやまれぬ措置のようです。
その4つのジャイロのうち1つは、2008年に命が尽きると言われていました。
6ヶのジャイロは2009年の最後の修理ミッション、SM4、で交換作業が行われましたが、すべて同じタイプではなく、短時間寿命(約50,000時間)の設計の従来型ジャイロが3つと数十万時間の寿命をもつ改良型ジャイロ3つの2種類でした。
SM4の後、ハッブルは従来型ジャイロ3ヶで運用をしていましたがそのうちの二つはジャイロの寿命が来たため停止し、従来型ジャイロ1ヶと改良型ジャイロ2ヶで運用されてきました。
2018年10月運用していたジャイロの一つが寿命が尽きたので別のジャイロに切り替えたところ正常に動作しないという問題がおきました。
彼らは地上からの修復に取り組み、最終的に改良型ジャイロ3つでの運用を始めました。
しかし6ヶのジャイロは2009年に交換されたものの、そのうちの3つのジャイロは寿命が尽きて現在は3ヶのみとなって11年目を迎えようとしています。
NASAではハッブルの運用をできるだけ長引かせるためジャイロ1ヶでの運用を余儀なくされると言われています。
 
ハッブルは、長さ13メートル、重量12トンの巨大建造物です。
それが、地上高600kmの非常に低い軌道で周回しています。
2013年にハッブルの命が尽きたとき、ハッブルは大気圏に突入し南北緯度56度のどこかに落ちます。
巨大な建造物は、完全に燃え尽きることはないため残骸がいずれかの地上に落ちます。
その残骸を、安全な場所に打ち落とすための軌道修正を行わなければなりません。
今、NASAは、宇宙開発で重大な局面に立たされています。
それは主に予算です。宇宙開発には、膨大なお金を必要とします。
このハッブルプロジェクトに関しても、立ち上げ当初は4億ドル(500億円)を見込んでいたのに、実際の収支は当初の15倍の60億ドル(7200億円)にもなろうかと言われています。
巨大な予算をどのように計上していくかについても、米国で常に論議される重要な課題になっているのです。
 
●その後の発表 - SM4   (2006.11.01)(2009.05.15追記)
 
2006年11月1日付朝日新聞の夕刊で、米国NASAは、特別に、スペースシャトルによるハッブル宇宙望遠鏡(HST)の修理プログラム(サービスミッション、SM4)を実行すると発表されました。
米航空宇宙局(NASA)のマイケル・グリフィン長官は、10月31日の発表の中で、2008年5月にスペースシャトルを打ち上げて、7人の宇宙飛行士がハッブル宇宙望遠鏡に近づき、老朽化が進んでいる電池や姿勢制御装置を新品と交換するほか、新型カメラ(WFC3)などを新たに設置するとしました。
これまで、NASAは、ハッブルの修理飛行には、国際宇宙ステーション(ISS)に向かう通常の飛行とは運行が異なるため、シャトルに何らかのトラブルが発生した場合、シャトルの乗組員がISSに緊急避難するという安全対策がとれないため、ハッブルの修理プログラムに前向きではありませんでした。
また、NASAは、ISSの建設を急がなければならないという課題も抱えていました。
修理飛行を決めた理由について、グリフィン長官は、2006年を通したここ3回のシャトルの飛行でシャトル運営の安全性向上が確認できたことを上げていました。
シャトルの飛行を含めた修理プログラムにかかる費用は、約9億ドル(約1050億円)と見積もられています。
これまで使った全費用の15%( = 60億ドル x 0.15)を新たに計上することになります。
 
(2009.05.26追記) 2008年5月に行われるはずだったサービスミッション(SM4)は、11月に延期され、さらにアトランティスの打ち上げ直前に、ハッブル側に深刻な故障が起きたため(コントロール・ユニット/科学データフォーマッター = CU/SDF の故障のため、アトランティスで修理する必要が出てきたため)、打ち上げが再度延期されました。
SM4は、最終的に2009年5月11日にスペースシャトル・アトランティスによって、スコット・アルトマン船長以下7名のクルーが乗り込んで実行に移されました。
SM4は、11日間の任務で、5回の船外活動と、広角カメラ(WFC3)の取り替え、故障したデータ伝送装置の交換などが行われます。
このミッションがうまく行くと、ハッブルは2014年まで運用できるようになります。
 
SM4は、無事に遂行され、アルトマン船長以下7名のクルーは、現地時間5月24日午前8時、米国カルフォルニア州エドワーズ空軍基地に降り立ちました。(2009.05.26)
 
ハッブルは先にも述べましたように、NASAが現在進めている宇宙ステーション計画とは違う軌道のため、SM4に不測の事態が起きたときに、乗務員(クルー)を安全に退避させるための処置として、地上(ケネディ宇宙センター)で乗務員救助用のスペースシャトル「エンデバー」が待機していました。
すごい壮大なサービスミッションと言わざるを得ません。
また、ハッブル宇宙望遠鏡の人気と、任務の高さを改めて痛感した出来事でした。
 
 
▼ ハッブルに搭載されている光学カメラ (2006.11.09記)(2009.05.02追記)
 
・WFPC2:Wide Field Planetary Camera 2、1993年搭載
・2004年からは、3号機、WFC3 = Wide Field Camera 3 の運用が予定されていたが、延期されたため2009年5月まで待機しSM4で交換作業完了。
 
CCDカメラの発展に比べて宇宙に持っていくカメラはおいそれと簡単には交換できないために、現在のハッブルは1993年に打ち上げられた2代目のCCDカメラを16年間も使用しています。
現在のCCDカメラの発展に比べて、ハッブルのCCDカメラは古い感じを受けます。
しかし、それでもハッブルから送られてくる画像は息を呑むほどきれいです。
そのハッブルのCCDカメラの性能を以下に紹介します。
【WFPC2の仕様】
・タイプ: MPP(Multi-pinned phase)背面照射型CCD x4枚構成
・画素: 800x800画素
     (4枚のCCDをモザイク状に合成するため、合計1,600x1,600画素)
・メーカー: Loral Aerospace社
・素子サイズ: 15um x 15um
・波長感度: 120nm〜1,100nm
・撮像素子面処理: Lumogenコーティング(UVに感度を持たせたもの)
・視野角: 150"x150"(2分30秒角x2分30秒角)
・内蔵フィルタ: 48枚
・読み出しノイズ: 5e-
・ダークカレント: 0.0045e-/s/pixel(-88℃)
・飽和電荷: 53,000e-
・A/D変換: 12ビット
・露出時間: 0.11秒〜10,000秒(2時間46分)
・メカニカルシャッタ: 露光を制御する2枚羽根機械シャッタ。
・画像読み出し時間: 60秒
・電子冷却: -88℃
・特徴: 広角撮影が特徴。4つのCCD素子によるモザイク撮影。

ハッブルに搭載されているカメラ(WFPC2)(2009.05月まで運用)には、フルフレームトランスファー型CCDカメラ(Full Frame Transfer Charge Copuled Device)が使われています。

従って、転送中は光が入らないようにメカニカルシャッターで撮像面を覆わなければなりません。
また、高速で読み出すとノイズが入るので、ゆっくりと読み出します。
読み出しノイズを除去するために、CCDの操作はMPP(Multi-pinned phase)モードで行われています。
MPPとは、フルフレームトランスファ型CCDの長時間露光で行われる読み出しモードで、露光中に印加電圧を負電荷に振っておくやり方です。
こうすることにより受光中と転送中のノイズが低減されます。
素子は、1画素15umx15umで、現在のCCDに比べて大きいものです。
これが800x800画素で一つの撮像面を作っていますから、撮像素子面は12mmx12mmの大きさになります。
 
この撮像素子を4枚使って広い範囲の天体を撮影します。
4枚のCCDをタイル状に組み合わせて、1600x1600画素(実際はオーバーラップ分があるので1500画素相当)の画像を得ることができます。
CCDをタイル上に組み合わせると書きましたが、実際は、隣同士で貼り合わせているわけではありません。
画像処理工程で貼り合わせが行われます。主鏡から導かれたメインビームは、ピラミッドミラーで4分割されそれぞれ4つのCCDに入ります。
その間に、光軸調整機構とリレー光学系が入り、画角の調整、フォーカス調整が行われています。
 
ハッブルの画像の大きな特徴に、広い視野の天体撮影が上げられます。
ハッブル宇宙望遠鏡とカメラ(WFPC2)の組み合わせでは、1画素が0.1秒(1/36,000°)の視野になるように作られています。
800x800画素のCCDを4枚組み合わせますので、総合して1600x1600画素の画像となりますが、1600画素のうち100画素分がオーバラップする部分(のりしろ)となるためにモザイク撮影の総合視野は150秒(2分30秒角)となります。
これは、天体望遠鏡用のCCDカメラとしては広視野です。Wide Field(広視野)と名前が付けられている所以です。
 
右の図がWFPC2の撮影する視野 = 宇宙です。
4つのCCDカメラがそれぞれの宇宙空間を分担して撮影します。
右上のPC(Planetary Camera)だけは、視野をわざと小さくして、つまり、1画素あたりの視野角を0.048"と倍以上に小さくして分解能を上げています。カメラ撮影で言うところのズームアップ撮影となります。
WF(Wide Field)2、3、4カメラは、広い範囲の撮影を受け持ち、銀河系撮影に使い、PCカメラは、近くにある太陽系の惑星を撮影する目的に使います。
 
▼ 新しいカメラWFC3  (2006.11.09記)(2009.05.15追記)
 
ハッブルが1990年に打ち上げられて、2009年で19年が経ちます。
CCDカメラは、その間、1993年に2号機と交換されました。
そのカメラも16年が経ちました。
CCDカメラ業界で16年はとても長いスパンです。
この間、地上にある撮像素子は驚くほど進歩しました。
ハッブルにも、新しいCCD素子を入れ替えたいという要求は絶えずあり、計画にも乗せられていましたが、スペースシャトルの事故や、予算の削減、計画の変更などで実行が延び延びになっていました。
3番目のCCDカメラは、2009年5月、SM4(サービスミッション4)で2番目のカメラ(WFPC2)と交換されました。
 
WFC3(Wide Field Camera 3)カメラは、1997年にプロジェクトが発足し、2004年に完成して待機していました。
このカメラは、母体がハッブルに取り付けた1号機(WF/PC1 = 最初に打ち上げた時のカメラ)と同じであり、共有できる部品を流用しているそうです。
2006年10月末には、このカメラをハッブルに持って行って古いものと交換することが決まりました。
サービスミッション(SM4)が認可されて2008年5月に実行されることになったのです(実際は、一年遅れの2009年5月に遂行)。
 
このプロジェクトには、米国Ball Aerospace社(他に、NASA Goddarad Space Flight Center、STSci、JPL)が参画しています。
Ball Aerospace & Technology Corp. (BATC)社は、Ball Corporation社の関連会社で、宇宙開発関係の機器を開発している50年の歴史を持った会社だそうです。
この会社は、ハッブル宇宙望遠鏡の光学的な欠陥がわかったとき、1993年にその対策を請負い、COSTAR(Corrective Optics Space Telescope Axial Replacement)作業を行ってハッブルを見事に復活させた会社です。
この功績により、次期カメラの製作にも携わることになり、WFC3の製作を任されました。
 
WFC3は、これまでの4つのCCD素子に代えて、2つの素子にしています。
一つは近紫外から近赤外までを受け持つCCD素子で、もう一つは赤外域に感度を持つIR素子です。
 
【仕様 - 可視域カメラ】
・タイプ: 薄型背面照射CCD、2素子1枚構成
・画素: 2,051x4,096画素 x 2素子
     (合計4,102x4,096画素)
・メーカー: E2V - Marconi 社
・素子サイズ:15um x 15um
・波長感度: 200nm〜1,000nm
・撮像素子面処理: UV アンチリフレクションコーティング
・視野角: 164"x163" (0.04"/画素)
・内蔵フィルタ: 62枚
・読み出しノイズ: 3.1e-
・ダークカレント: 0.00014e-/s/pixel(@-88℃)
・飽和電荷: 85,000 e-/pixel
・A/D変換: 16 ビット
・露出時間: 0.5秒〜10時間
・電子冷却: -100℃
 
 
【仕様 - 赤外カメラ】
・タイプ: HgCdTeアレイ素子 モデル Hawaii
・画素: 1,024 x1,024画素
・メーカー: Rockwell Scientific社
・素子サイズ:18um x 18um
・視野角: 123"x137" (0.13"/画素)
・波長感度: 800nm〜1700nm
・内蔵フィルタ: 15枚
・読み出しノイズ: 30e-
・ダークカレント: 0.2e-/s/pixel(-88℃)
・飽和電荷: 100,000 e-/pixel
・A/D変換: 16 ビット
・露出時間: 4.3秒〜10時間
・画像読み出し時間: 約8秒
・電子冷却: 6段式電子冷却にて 145K(-123℃)
 
撮像素子が高画素になったことにより、1画素あたりの視野角が0.04"と従来のWFCPC2に比べ倍以上になりました。
撮影視野は164"となり、従来(150")より少し広くなりました。
読み出しノイズも、ダークカレント(暗電流)も従来のものより低減されていますので、このカメラによる画像は従来以上の画質が得られるものと期待されます。
 
■ WFC3の受光容量
 
WFC3カメラの高性能な一面を紹介します。それは、受光量とノイズの比(S/N)であり、それに加えて受光できる光の総量です。
これは、上の仕様でいうところの、
・読み出しノイズ: 3.1e-
・ダークカレント: 0.00014e-/s/pixel(-88℃)
・飽和電荷: 85,000 e-/pilxel
で示されています。
WFC3カメラは、1ピクセル当たり85,000e-の電荷を受光することができます。
受光時のノイズは、1秒間当たり0.00014e-しか入ってきません。
そして、受光した電荷を転送する際には、3.1e-のノイズが紛れ込んできます。
これを式に表すとカメラのノイズは以下の式で表されます。
 
ノイズ(e-) = 0.00014 x T + 3.1  e-/pixel ・・・(Lens59)
 
ここで、Tは時間(秒)を表します。
この式では、10秒の露光でもノイズは0.0014e-しか増えず、6時間の露光時間でやっと読み出しノイズと同等の3e-になることを示しています。
6e-のノイズを持った80,000e-の受光は、信号成分が圧倒的に多いと言えます。
すなわち、S/Nが良いカメラと言えます。
80,000e-の電荷を16bitに変換すると、65,000カウントあるうちのノイズに相当するのは5カウントとなります。
通常の8bitカメラ(256カウントの中の10カウントがノイズ)を見慣れた私にとっては、おどろくべき数値です。
ノイズを抑えるために素子を冷却し、ノイズの出ないCCDチップを厳選し、ゆっくり取り出しているからこそできることだと言わざるを得ません。
 
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■ フレネルレンズ (■ 単レンズ - フレネルレンズ の項参照) 
 
フレネルレンズは、すでに述べました。フレネルレンズを照明光学系に使うことがあります。
フレネルレンズを使う効果は、フレネルレンズが厚みを持たないレンズで大きい口径のものが使えることです。
このレンズは、画像取得用として使うには画質が良くないのでこの目的に使うことはあまりありません。
 
フレネルレンズについては、フレネルレンズの項を参照して下さい。
■ 光ファイバ(Fiber Optics)  (2006.11.26)(2007.05.13追記)
 
光ファイバーは、曲がりくねった管の中を光が自由に行き来できる水道管や電線のようなものです。
光ファイバーは、光の直進という既成概念を乗り越えたおもしろい性質をもっています。
まっすぐにしか進まないと思っていた光が折れ曲がったチューブの中を光が自由に行き来するのです。
現在の光通信の主役になっているのが光ファイバーです。
 
光が折れ曲がった導光管の中を進行することは、1854年、英国の物理学者John Tyndall(チンダル現象を発見した学者、レーリー卿の恩師)によって示されました。
彼は王立協会(Royal Society)の講演で、水が噴き出る上流に光を入れて水流に沿うように光が導かれることを実験しました。
1881年、米国マサチューセッツのエンジニアWilliam Wheelerは、金属パイプの内面を鏡面に磨いて家庭内の各部屋に配管し、上流部からアークランプ光を導き入れて照明光を分配する装置を考案して特許を取りました。
これらは、光の反射を繰り返せば光は曲がるように進むことを示唆していました。
特に、光の全反射による導光管のアイデアは、光のロスがなく無限遠に伝達できそうな潜在能力を持っていました。
その後、いろいろな研究者達によってガラスロッド、ガラスファイバーを使った光の伝達手法が研究されました。
1960年に、細いガラスファイバーが作られるようになると実用的な光ファイバーの目途が立つようになりました。
初期の光ファイバーは、製造上純度の高いものが得られなかったので実用には耐えられませんでした。
しかし、純度の高いガラスファイバーの開発とシングルモードファイバーの発明によって長距離光伝送が可能となりました。
 
光ファイバーは光の水道管のようなもので、水道管を流れる水のように光を自由に流すことができます。
自由に流れると言うと少し語弊があるかも知れません。
ファイバーに入射するすべての光が伝達できるわけではなく、ある条件を満たしたものだけが伝達されます。
制限を受ける要素は、ファイバーに入射する角度とそれに波長です。
広い範囲からファイバー内に入ってくる光は苦手ですし、紫外線とか赤外線が苦手なファイバーもあります。
 
光ファイバーは、情報転送手段として単繊維で使う応用以外に、繊維を束にして大量の光を伝達するライトガイドとして使うことがあります。
また、ライトガイドと同じように、繊維を束にして像を伝達するイメージガイドがあります。
このほか、ファイバーを束ねてプレート状にして、「オコシ」もしくは蜂の巣の巣穴のような形にしたファイバープレートがあります。
 
【光ファイバーの転送原理】
 
光がくねくねと曲がった繊維の中をなぜ転送されていくのでしょう。光ファイバーの原理図を左上図に示します。
光ファイバーの根本原理は、光の全反射です。
光ファイバーは、2種類の光学材質が同心円状に形成されたものです。
中心部をコア(core)と呼び、外周部をクラッド(clad = 被覆)と呼びます。
この両者の屈折率の違い(nc、nd)で全反射角度が決められます。
全反射角以上で入射する光は、光ファイバー内で全反射を繰り返して進みます。
全反射角度以下の光は全反射ができないので、光ファイバーから抜けてしまいます。
したがって、光ファイバーは、一定の入射角度(θ)以下で入射する光しか伝達できないので、これを光ファイバーの明るさと呼ぶこともあります。この角度(θ)を開口数N.A.として、以下の式で表します。
 
  N.A. = sinθ ・・・(前述)
      N.A. : 開口数、Numerical Aperture
      θ: 光ファイバへの入射角度
 
N.A.は、顕微鏡の対物レンズや回折にもよく登場する単位です。N.A.は、光ファイバーの種類によって異なりますが、N.A. = 0.40 〜 0.80程度が一般的です。
 入射角(θ)の度合いは、ファイバーを構成する光学材質の屈折率で決まり、以下の式で示すことができます。
 
 θ = sin-1√(nc2 - nd2) ・・・(Lens60)
   θ: 光ファイバへの入射角度
   nc: コア部の屈折率
   nd: クラッド部の屈折率
上の式より、光ファイバーに入射させてファイバー内部を全反射するための入射角度θは、コア部とクラッド部の屈折率により決定されることがわかります。基本的にコア部の屈折率が高くて、クラッド部の屈折率が低いものほどθが大きくなり、N.A.も大きくなります。
N.A.は大きい方が性能が良い、というと必ずしもそうであるとは言い切れません。
画像転送用のイメージガイドやライトガイド、ファイバーオプティックプレートでは、N.A.が大きいほどたくさんの光を受けいれて伝送できるのでメリットがある反面、光ファイバーのようなデータ通信には必ずしもメリットが出るとは限らないのです。
その理由については、以下の「モード」で述べます。
  
▲ ファイバーの材質 - 石英ガラス
 
光ファイバーには、多くの場合石英(SiO2)ガラスが使われます。
石英は、紫外から赤外まで良好な透過性能を持っていて機械強度も高く、高い温度にも耐えることから光ファイバーの主力的存在です。
光ファイバに使われる石英は、結晶石英ではなくガラス(アモルファス)石英を使います。
ファイバーは、そもそも可撓性(可とう性 = flexibility)を持つことが第一条件です。
くねくねと曲がらなければ光ファイバーの意味がないのです。
この意味から、結晶石英では材質そのものがリジッド(固体)ですから曲げることはできません。
方やガラス( = アモルファスの無機材質)は、結晶と違って固体ではありません。
窓ガラスなど固体に見えますが、実は固体ではなく、固まりかけた液体 = 固容体(こようたい、solid solution)です。
その証拠に、ガラスには歴然とした融点がありません。
熱を加えていくと水飴のように徐々に柔らかくなっていきます。
水などのようにはっきりとした融点がないのです。
だから室温状態のガラスというのは、実は粘度が極端に高くなった状態にあるのです。
 
このガラスの特性を利用して光ファイバーが作られます。
ガラスというと、硬くて割れやすいという印象を持ちます。
光ファイバーに使われるφ125um程度のファイバー繊維は、そうしたガラスの概念とは異なり鋼線の2倍の引っ張り荷重(約7kg)に耐えることができます。
FRP(ガラス繊維の強化プラスチック)などにガラスファイバーが使われる理由がここにあります。
このようにガラスファイバーは、強靱で引っ張りや曲げに対してかなりの強度を持つことがわかっています。
だからといって光ファイバーの取扱に気をつかわなくて良いわけではありません。
ガラスには表面に微細な欠陥(細かなキズや気泡)があってここに応力が集中すると亀裂が発生してしまいます。
ガラス表面に亀裂などの欠陥がなければガラスファイバーは理論上の強度を持つことになります。
従って、光データ通信に使われる光ファイバーの製造は厳しい品質チェックが課せられます。
長距離データ転送の光ファイバー埋設工事は、高額な設置費用がかかり保守も容易にできないため、光ファイバー欠陥に対する製造上の品質チェックを厳しく行って、ファイバー製造時に被覆をつけてファイバーを保護し、さらにファイバーに張力を与えて強度の足りないファイバーを破断させるというスクリーニング試験が実施されています。
 
光ファイバーの基本材料は、石英であることを述べましたが、クラッド部とコア部は屈折率を異にしなければならないため、コア部に不純物をドーピングして屈折率を高めています。
ドープする材料は、石英と最も相性の良いゲルマニア(Ge02)が使われます。
ゲルマニウム(Ge)は、周期律表上シリコン(Si)と同じIVB族に属し原子配列が似ているため、SiO2分子が簡単にGeO2に置き換えられるためです。
GeO2の比率を0 - 25モル%で変えてやることにより、石英単体(n = 1.458@λ1.3um)との比屈折率差Δを0 - 2.0%で変化させることができます。
このほかドープする材料には、ゲルマニウムの他にリン(P)を加えることがあり、屈折率を下げる目的には硼素やフッ素が使われます。
 
▲ 多成分ガラス光ファイバー(Multi-component Glass Optical Fiber)
 
光ファイバーに使われる材質には上記の石英の他に、通常のガラスであるソーダ石灰ガラス(soda-lime glass、Na2O-CaO-SiO2)のものもあります。
この材質は、データ通信用の長距離光ファイバーとして使うには損失の関係上適切ではありませんが、イメージガイドやライトガイド用としては十分な価値があり安価でもあるので現在も使われています。
 
▲ プラスチック(ポリマー)ファイバー(Plastic Optical Fiber = POF)
 
プラスチックファイバーは、シリコン樹脂やアクリル樹脂(ポリメタクリル酸メチル = PMMA)で作られています。
石英ファイバーに比べ安価であるため、短距離光ファイバー通信(社内でのLAN)などに使われています。
また、装飾用の光ファイバーやオーディオ用の光通信用ファイバー、自動車のハーネスなどにも使われます。
こうした応用には使い勝手が良く安価なプラスチックファイバーの利点が活かされています。
プラスチックファイバーは、一般的にコアが250um〜980umと太くクラッドが薄いのが特徴です。
 
▲ 光増幅用光ファイバー
 
光ファイバーを使ったデータ伝送を行うとき、ファイバー中を光が通過しながら増幅する機能があれば長距離伝送上どれだけ有利になるか測り知れません。
光増幅機能を持つ光ファイバーは、コア部に希土類元素(エルビウム = Erbium、Er3+、プラセオジウム = Praseodymium、Pr3+、ツリウム = Thulium、Tm3+)をドープさせたもので、このファイバーに励起光源(0.98um - 1.48um)を充填して反転分布を作り、この中に誘導光(データ信号光)を注入すると、ファイバーの伝送経路に沿って光が増強されるという仕組みになっています。
現在では、エルビウムを使った光ファイバー増幅器(Erbium-Doped Fiber Amplifier、EDFA)が一般的で、1.55umの光増幅を行うシステムが完成し海底データ通信ケーブルに採用されています。
また、この光ファイバー増幅器は、レーザとしての使われ方もあり、ファイバーレーザとして市販されています。
 
【光通信用ファイバー】
 
光ファイバーの一番大きなマーケットが光通信市場です。
インターネットも電話回線も、社内LANも光ファイバーを使った通信が急速に伸びています。
光通信の大きな特徴は、以下に述べるとおりです。
 
   ・伝送損失が低い(0.2dB/km@1.55um)。
← 波長1.55umという赤外域の半導体レーザを使って1kmで4.5%の減衰(95.5%の透過)を持ちます。
  これは銅線を使った電気通信(99%の減衰、1%の透過)に比べて減衰量が約100倍少ない計算になります。
   ・たくさんのデータが送れる(高速、広帯域、10Gbit/s & WDM = Wavelength Division Multiplexing) 。
← 光ファイバーでは1秒間に10Gbitのデータが送れます。その上、多重送信技術を使えば複数倍のデータが送信できます。
  光の周波数はテラヘルツで振動しているので、銅線の送信帯域である数十GHzと比べて1,000倍以上の伝送能力を持ちます。
   ・経済的な敷設工事。
← 重い銅線・アルミ線と比べると、光ファイバーは比較にならないほどの軽量なケーブルを使用することができます。
  光ファイバーは、銅線のように信号伝達に高い電力を必要としません。
  また、電力を食わず伝送損失が低いことから中継点を少なくすることができます。
   ・電磁誘導に対して強い。
← 光データは電力送電線と一緒に埋設しても電磁ノイズによりデータが送れなくなることはありません。
  電力線と共存できます。
   ・漏話が起こりにくい。
   ・電気漏電、ショートがおきない。
 
光通信が急速に発展した背景には、上とも重複しますが、以下の理由が挙げられます。
 
・光を変調する技術(半導体レーザ、フォトダイオード)が確立したこと。
・減衰の少ない光ファイバーの開発ができたこと。
・光通信は電磁ノイズに強いこと。
・たくさんのデータが高速で送受信できること。
・ケーブルが銅線に比べて細くて軽くなるので敷設が楽で費用も低減できること。
 
光通信用のファイバーは、近赤外の0.85um〜1.3um帯域が最も減衰が少なくて製造しやすかったことと、その帯域の半導体レーザが作りやすかったことから、赤外域の光ファイバーの開発がメインに行われてきました。
この事実は、可視光を中心とする画像を扱う光ファイバーとは少し趣が違うものであることを教えています。
通信用光ファイバーは、長距離伝送と広帯域情報伝送が一番の関心事であるので、伝送損失がもっとも低いものが望まれます。
この理由から、通信用と画像転送用ファイバーでは扱う波長はもちろんのことファイバ単繊維の太さについてもそれぞれ最適なものが求められ、イメージファイバーのように細くて可視光領域に減衰のない明るい(N.A.が大きい)繊維という条件とは異なったものになっています。
 
▲ モード(Mode)
 
画像用ファイバーではあまり大きな問題とされず、通信用ファイバーで大きな問題となるものに、ファイバー内部を伝送する距離の違い、いわゆるズレがあります。
光ファイバーは、光の全反射の性質を使ってファイバー内を伝搬することを述べました。
ファイバー内部の光の伝搬状況は、右の図のようになります。
光が伝わる光路をモードと呼びます。
モードは、全反射を起こす角度が一番大きい( = 入射角が最大)ものを基本モードと呼んでいて、基本モードを0次として、以下1次、2次、・・・、n次となります。
入射角度が次数で表されるのはなぜかというと、光ファイバー内では、長い距離を伝送するためには定在波(Standing Wave)の存在が必要で、定在波は連続ではなく飛び飛びとなるためです。
光ファイバーのように伝送する口径が小さい(光の波長の100倍以下)ですと、離散的なモード分布が顕著に現れます。
 
光ファイバーには、たくさんの光路伝送を持つマルチモードファイバーと、一通りの伝送経路しか持たないシングルモードファイバーがあります。
さらに、マルチモードファイバーには、コア部の屈折の方式によってステップインデックス(SI、Step Index)型とグレーテッドインデックス(GI、Graded Index、Gradient Index)型があります。
 
モードは、画像伝送用に使うファイバーではそれほど重要な意味を持つものではありませんが、データ伝送用の光ファイバーでは重要な意味を持ちます。
つまり、データ通信用として右図(a)のステップインデックス型マルチモードファイバーを使うと、いろいろな角度を持った全反射光が伝搬され、反射角の大きいもの(θ2)は光路が長いので、長い距離を伝搬し、反射角の小さいもの(θ1)との光路差がでてしまいます。
これをモードの分散(mode dispersion)と呼びます。
モードの分散は、周波数の高い光データ信号を送る場合に混信の原因となります。これを解決するためには、
 
1. モードが変わっても伝搬時間が揃うようにする。
2. 単一モードだけしか伝搬できないようにする。
 
という二つの方法が考えられます。
 
1.の複数モードの伝搬時間を揃える方法として、右図の(b)に示されるGI型マルチモードファイバーがあります。
この光ファイバーは、コア部の屈折率が外側に行くに従い屈折率が小さくなるような屈折分布を持っていて、コアの外側を通る光は内部を通る光よりも速く伝搬できるようにしてあります。
このような理論(屈折率の放物線分布)を元に、コア部の屈折分布を最適化すれば複数のモードで伝搬する光に対して遅れがなくなります。
 
GI型光ファイバーの欠点は、理想通りの屈折分布を持つファイバー製造が難しい点にあります。
従って、長距離データ転送には、現在のところ2.の単一モード転送の光ファイバー、つまり、右図に示す(c)のシングルモードファイバー(Single Mode optical Fiber、SMF)が使われています。
シングルモードファイバーは、コア径をどんどん細くしていって全反射を行う角度範囲をどんどん狭めていく手法をとります。
こうするとファイバー内を伝搬する経路は一通りしか取りえなくなり、基本モードだけが残るようになります。
シングルモードファイバーのコア径は10um程度で、マルチモードファイバーの50umに比べて1/5程度に細くなっています。
シングルモードのコア径は、使用する波長の10倍以下と言われています。
 
シングルモードファイバーでは、コア径が小さくて、かつ入射できる光の角度が制限されるため、N.A.が低く、これを画像伝送用途として使うには伝送効率が悪くて暗い光学系となってしまい、あまり望ましいものとは言えません。
シングルモードファイバーは、データ転送用で使うことが多いものの、光をファイバー内に入れるのが難しく、光源との結合や光ファイバー同士の接合に細心の注意を払う必要があります。
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シングルモード光ファイバーは現在の光データ通信では最も適したものであるために、日本で生産される光ファイバーの90%以上がシングルモード光ファイバーであると言われています。
 
 
【ライトガイドとイメージガイド】(Light Guide and Image Guide)
 
光ファイバーは、ガラスの純度が良いと良好な可撓性(可とう性 = flexibility)を持ちます。
ファイバーを曲げてもその曲率が全反射を損なわない程度の曲がり具合であれば、入射した光は問題なく全反射を繰り返して射出していきます。
細かくみると、ファイバーの曲がり具合によっては多少漏れが生じて伝達しないことがありますが、しかしながら総じて問題なく伝達をしていきます。
 
ライトガイドやイメージガイドは、光ファイバー単繊維を束にしたものです。
入力側と出力側の位置関係が正しく配列されたものがイメージガイドになり、配置関係を考慮していないものがライトガイドとなります。
イメージガイドはファイバースコープとして使われ、ライトガイドは光ファイバー光源用の光伝送用光学部品として使われます。
 
イメージガイドは、画質の向上、明るさの向上、そしてファイバー径の最小化の要求があります。
これまでのところ、200x200画素程度の40,000本のファイバーを束ねたものが限界です。
ライトガイドは、一見なんの配列の考慮もなされていないような束ね方をしているように見受けられますが、最近では光源の種類によって配列を考慮したものもあります。
たとえば、ファイバーに入射させる光源にムラがあって中央部が明るくて周辺部が暗い場合に、射出側でそれを補正してファイバー全体に均一な光になるようにしたものもあります。
 
ファイバーを束ねる場合、下図にあるようないろいろな束ね方がありますが、左端のものが最もオーソドックスなもので単繊維を単に束ねただけの構造となります。
この方法によるファイバーバンドルは、単純で製造が楽なので安価にできるメリットがある反面、繊維間の隙間が大きくて解像度や明るさに問題が生じます。
同じ図に示した右の二つは、製造時にファイバーを型に入れて枡寿司ように押しつけて成形する方法です。
この方法は、ファイバーバンドルの集積度が上がって明るくなりますが、繊維が円形とならないためにファイバーの稜線で光が漏れるという問題があります。
そのためにクラッド部に迷い出た光を吸収する染料を混ぜて、コントラスト低下を防ぐ工夫をしたものもあります。
 
 
 
 
【ファイバー径】
 
画像転送用の光ファイバーの繊維径は、繊維数が多いほど画質が向上するので、細くしてたくさん束ねる傾向にあります。
ファイバー径がφ50um程度のものを使ってイメージガイドを作るとすると、200x200画素の伝達には10mmx10mmのファイバー束の大きさが必要となります。
このサイズは、結構な太さであり胃カメラのようなファイバースコープとしては使えないので、繊維径を数ミクロン(3um程度)に小さくして、束径が数ミリのファイバースコープが作られるようになりました。
しかし、CCDカメラ素子が小型になって数ミリ角で640x480画素のものができると、なにもファイバーで像を転送しなくても直接先端にくっつけた方がファイバー画像よりも良質な画像が得られるために、現在では特殊な目的以外(高速度カメラに取り付ける目的など)にはイメージファイバーを使わず、超小型CCDカメラをレンズ先端につけただけのものが主流になってきています。 
 
 
【ファイバーオプティックプレート、Fiber Optic Plate(FOP)】
 
ファイバーをガラス板のように平板状(もしくはテーパ状、湾曲状)にしたものがFOP(Fiber Optic Plate)と呼ばれるものです。
発光体素子を撮像面(CCD素子やフィルム面)に直接接続(カプリング、coupling)する場合に使用します。
FOPを使うことにより、任意の点から放射される光を囲い込んでダイレクトに受光面まで導くことができるようになり、リレーレンズ系でカプリングする場合より明るい光学系にすることができます。
FOPは、従って、光電面や蛍光面に使われることが多く、イメージインテンシファイア(Image Intensifier、I.I.、光増幅光学装置)とCCDカメラの接続をする際に使われたり、X線シンチレータとCCDカメラもしくはフィルムの接続などに使われます(下右図参照)。
FOPの欠点は、ファイバー繊維の大きさと繊維数によって解像力が劣ったり、光が漏れて他の繊維に紛れ込んでコントラストが落ちて画質が劣ってしまうことがあげられます。
 
FOPは、多くの場合、ファイバー径が3um〜25umのものでできていて、10mmx10mmから100mmx100mm程度の大きさのものが作られています。
 
【ファイバーオプティックテーパー、Fiber Optic Taper(FOT)】
 
上で述べた平板のFOPをフェイスプレートと呼び、ファイバーを漏斗(ろうと、じょうご)状にしたタイプのものをテーパーファイバー(ファイバーオプテックテーパー、FOT)と呼んでいます(下図左)。
テーパーファイバーは、入射面と射出面の大きさが異なるものです。
イメージインテンシファイア(光増幅光学装置)などで大口径のものをそれよりは小さいサイズのCCD素子に直接接続(カプリング)するときに、テーパ状のファイバー素子で縮小させて像を伝達させます(下図右)。
こうすることにより総合解像力を落とさずにしかも明るい像を撮像素子に伝達することができます。
 
ファイバーオプテックテーパーは、入り口も出口もファイバの数は変わらずにファイバー単繊維径が変わります。
このファイバーの欠点は、固体撮像素子と組み合わせると、ファイバー単繊維と撮像素子の画素の位置関係によってモアレ状の縞(チキンワイア)が出やすくなります。
また、製造上、入射面と射出面に幾何学歪みが出やすく寸法精度を要求する計測目的には注意が必要となります。
  
 
 
 
テーパーファイバは、単繊維ファイバーを同じ数だけ使っていますので、入り口と出口では繊維系の太さが異なります。
テーパーファイバーは、通常大きい面がφ20mm〜φ30mmで、小さい面がφ8mm〜φ11mm、高さが15mm〜25mmのものが一般的です。
これは、テーパーファイバーの需要が上図右に示すようなI.I.とCCD固体撮像素子を接続する目的が多いからです。
縮小率は、1:1.6〜1:3.0程度となります。
テーパーファイバーの単繊維は、繊維径が6um〜25umで、開口率(N.A.)が1.0のものが使われています。
広い範囲の光を拾って伝送できる構造となっています。
コア部とクラッド部の面積の比は、1:1と通常のファイバーよりもクラッド部が厚くなっています。
このことは、いくら広い角度で光が入射してこれがすべて伝送できたとしても、クラッド部に入射する光は伝送できないので、50%の入射光しか伝送できないことになります。
クラッド部や隙間に入る光は伝送できず迷光となるので、こうした光を吸収して漏れ光とならないように隙間にはEMA(Extramural Absorption)処理が施されて迷光を吸収する処置が施されます。
【ファイバーロッド、Fiber Rod、Image Conduit】
 
ファイバーロッドは、棒状の光ファイバーです。
硬質光学ガラスによってできたファイバーオプティクスで、FOPよりも長い距離を伝達させたい場合に使います。
ファイバー径は、φ12umからφ100um程度のものを束ねて外径を3mmから10mm程度とし、長さが25mmから300mm程度のものが市販されています。
太いロッド外径のものがなく、小さいエリアで使用するのが一般的となっています。
ファイバーロッドによる像伝達解像力は、42本/mmから5本/mmとなります。

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■ 特殊なレンズ光学系  
▲ テレセントリック光学系(Telecentric Optics)  (2006.07.17)(2007.07.01訂正)
 
テレセントリック光学系は、近年、工業用カメラの発展と共に使用されているポピュラーな計測用レンズです。
テレセントリックの簡単な説明は、先に「絞りの機能 - ▲テレセントリック配置」でおこないました。
テレセントリックレンズの一番の特徴は、撮影距離が多少変化しても像倍率が一定であるため、正しい幾何学撮影ができることです。
この性質を活かして、部品検査用として利用されています。
現在では、CCDカメラを代表とする部品検査画像装置市場の需要もあって、多くのレンズメーカがテレセントリックレンズを手がけています。
従来、テレセントリック光学系を利用した光学機器と言えば、万能投影機(Profile Projector)が代表的なものでした。
また、半導体産業の発展に伴ってIC回路を作るリソグラフィレンズ(Lithography Optics)にもこの光学系が使われています。
万能投影機は、ステージの上に歯車やネジなどの機械要素部品を置いて光学的に拡大し、歯切りのピッチやネジ山の形状、角度、表面のキズなどを測定するものです。
歯車やネジをステージに置いたとき、自らの厚さで奥と前で倍率が変化すると正確な形状測定ができません。
テレセントリック光学系を使うと、被写体が焦点深度内に入っていれば投影倍率が変わらずに正確な寸法測定が可能となります。
 
■物体の投影法
 
右上に示した図は、機械要素部品をいろいろな方法で表したものです。
形状を立体的に表して、大所の寸法を把握する立体図法としては、左上の等角図(isometric drawing)があります。
これは機械部品の説明によく使われるものです。通常のデジタルカメラで部品を撮影すると、多くは図の左下のパースペクティブのあるものとなります。
安価なデジタルカメラでは、色収差や非点収差をおさえるためにパースペクティブの強いレンズが多いように見受けられます。
安価なデジカメで製品を撮ると四角いものが四角く写らないことが多くあります。
こうしたカメラではレンズに近い物体ほど大きく写り、遠くに行くほど倍率が小さくなります。
従って、同じ長さであるのに撮影の位置によって大きさが変わってしまい、遠近が強調されたものとなります。
計測カメラでこのようなレンズを用いると、判断を大いに誤ることになります。
 
機械図面は、上図の右に示した三角法(third angle projection)で示されます。
この図法の特徴は、物体を照らす光線を平行光のみに限定して、それぞれの投影面(X面、Y面、Z面)に映し出された投影形状を図面にしたものです。
各面に投影する光線は投影面に対して垂直のものだけなので、この投影法は一種のテレセットリック手法となります。
三角法は、物体の寸法が極めて正確にしかも手際よく表現されます。
カメラ撮影にこの手法を取り入れたものをテレセントリック撮影と言い、それを実現するレンズをテレセントリックレンズと言います。
テレセントリックレンズにも性能の良いものと悪いものがあるのは当然です。
現在では、いろいろなメーカから多種類のレンズが製品化されています。
 
■ テレセントリックの考え方
 
テレセントリックの基本的な考え方を上図に示します。
この図は、2種類の光線が作る投影像を示したものです。
左図は、点光源から出た光をコリメータレンズで平行光にしたものであり、右図は点光源そのものを被写体に当てて拡大投影像にしたものです。
ロウソクのような点光源で作られる投影像が右図の拡大投影に相当し、太陽光のような平行光の作る影が左図の等倍投影に相当します。
 
テレセントリック光学系は、左図の発想をもとに作られた光学系と言えましょう。
つまり、撮影する物体から放射される光のうち平行光の成分だけを像形成に使用すれば、投影面に近い遠いにかかわらず(ΔLの差があったとしても)被写体に忠実な投影像が得られるというものです。
 
■ シンプルな光学系での考察
 
ここで、シンプルなテレセントリック光学系を考えて像のでき方を見てみましょう。
下図に、簡単なテレセントリック光学系(両側テレセントリックレンズ、bilatelal telecentric lens)を示します。
これは、2枚のレンズで構成されています。
前玉レンズの焦点距離をf1、後玉レンズの焦点距離をf2とします。
テレセントリックの基本の第一は、前玉レンズf1の後方焦点位置に絞りを置くことです。
この絞りによって、物体から放射される放射光のうちレンズ光軸と平行な光束成分がすべての像範囲に含まれるようになります。
一種の空間フィルタの働きをします。 
 
▲ 絞りの意味 - どこまで絞れば良いか。
 
上の図では、絞りを絞れば絞るほど物体からの光は平行光しか透過できなくなり、物体をどの位置においてもピントが合うことを示しています。
そしてまた、物体をどの位置においても像倍率が変化しないという願ってもない光学系になります。
しかし、この考えに従って絞りを絞りすぎると意に反した結果となります。
絞りすぎると、像がボケてしまうのです。
これは、レンズの回折現象に起因するものです。
回折は光の根本的な性質ですから、これを排除することはできません。
絞れば絞るほど像はぼけます。
F/16の光学系による最小スポットは20um(ミクロン)になります。
これは、昨今のCCDカメラの3x3画素分に相当する大きさです。
7umx7umのピクセルサイズを持つ固体撮像素子に最適な点像を結ばせるには、絞りをF/5.6程度にしなければなりません。
F/5.6の口径比を持つレンズは、例えば焦点距離がf80mmであるとすると、絞り口径がφ14mmになります。
これを上の図の絞りに当てはめて見ると、随分と穴の大きな絞りになることがわかります。
これで凹凸のある(奥行き方向のある)物体面をシャープな像としてとらえられるのでしょうか。
絞りを大きくしていく場合(絞りを開けていく場合)、フォーカスをしっかり行わないときれいな画像を得ることはできず、また、フォーカスの合う範囲も狭くなることが心配されます。
つまり、絞りを開けると、撮影距離近辺の像しかピントが合わなくなります。
ですが、テレセントリックレンズは通常のレンズと違って、ピントがボケてもボケによる倍率変化はありません。
なぜならば、像の任意の点には(どの点にも)主光線として光軸に平行な光束が含まれているからです。
これがテレセントリックの大きな特徴なのです。
倍率は変化しないけれど、絞りを開けていくと像はボケやすくなります。
開放にしていくと被写界深度が浅くなるからです。
これは、普通のカメラレンズと変わりません。ここのところは、十分に理解しておく必要があります。
 
▲ 被写界深度
 
テレセントリックレンズを使うと、被写体の深度はどの程度になるのでしょうか。
テレセントリックレンズの被写界深度は、像面でのボケの量(δ)から逆算することができます。
像面で許容されるボケ量(δ)は、撮像素子の1画素分とみなすべきです。
この条件は厳しいということで2x2画素とする場合もあるようですが、許容を緩めればそれだけ品質の悪い画像となります。
上の図は、テレセントリックレンズの後玉の部分における結像の様子を示したもので、像形成に関与する光線がどのように入ってくるかを表しています。
この図では特に、ボケ(δ)が許される深度(d)がどの程度あるのかを示しています
撮影倍率
許容錯乱円
 絞り 
被写界深度
回折限界
M=1
被写体:8.8mm
at 2/3型CCD)
12um
F2.8
34um
3.4um
F8
96um
9.6um
F16
190um
19um
F64
760um
77um
M=1/2
被写体:18mm at
2/3型CCD)
12um
F2.8
140um
3.4um
F8
0.4mm
9.6um
F16
0.8mm
19um
F64
3.0mm
77um
M=1/4
被写体:36mm at
2/3型CCD)
12um
F2.8
0.5mm
3.4um
F8
1.5mm
9.6um
F16
3.1mm
19um
F64
12mm
77um
撮影倍率とレンズ絞りによるテレセントリックレンズの
被写界深度
結論から述べますと、焦点深度(d)は以下の式で求まります。
また被写界深度(ΔL)も以下のように求まります。
 
      d = δF ・・・(Lens61)
        d: 焦点深度
        δ: 許容錯乱円
        F: レンズ絞り
 
 
      ΔL = δF/M2 ・・・(Lens62)
        ΔL:被写界深度
        M: テレセントリック倍率( = f2/f1
 
テレセントリックレンズでの被写界深度を求める式は、一般レンズで表される被写界深度の式と異なっています。
これは、テレセントリックレンズが、2つのレンズ群(f1レンズ郡とf2レンズ群)で成り立っていて、光束が常に平行光を伴っていることと撮影距離が前玉f1レンズ群の焦点位置に特定されることから上記の式が摘要できます。
 
テレセントリックレンズを使って等倍撮影(即ち9mm程度の被写体を2/3型CCDで画面いっぱいに撮影)する場合は、M=1となるので焦点深度(d)は許容錯乱円(δ)にレンズ絞り(F)を掛けたものとなり、被写界深度も(等倍ですから)焦点深度と同じ値になります。
深度は、許容されるボケ量を多く見積もれば深くすることができ、また絞るほど深くなることがわかります。
また広い範囲を縮小して撮影するレンズ(Mが小さい光学系)は、深度を深くすることができます。
 
こうしてみると、テレセントリックレンズはフォーカスボケによって像倍率が変化しないという利点はあるものの、深度はそれほど深くとれないことがわかります。
しかしながら実際に使ってみると深度が深いような錯覚に陥ります。
これは、フォーカスがボケても倍率が変わらないために、ピントが3〜4画素に渡ってボケていてもピントが合っていると勘違いしているためです。
 
▲ 有効撮影範囲
 
テレセントリックレンズでは、前玉レンズの口径以上の広さで物体をとらえることはできません。
前玉レンズの口径がφ30mmであるなら、被写体は30mm以下のものしか撮影できません。
これは、物体光が平行にレンズに入ることがこのレンズの基本になっていることで理解できると思います。
従って、テレセントリック撮影というのは比較的倍率の高い撮影(= 拡大撮影)に向いていることがわかります。
撮影倍率が1/10のテレセントリックレンズは、レンズ口径がかなり大きなものになります。
例えば、この撮影倍率で、2/3型(8.8mmx6.6mm)のCCDカメラ用のテレセントリックレンズを作ったとすると、前玉は110mm必要となります。
こうしたレンズは、必然的に大きなレンズとなり高価にもなります。
 
▲ 撮影距離
 
テレセントリックレンズと聞くと、なんとなく撮影距離はどこでも合うような印象を与えます。
しかし、実際のところテレセントリックレンズにもフォーカスが必要であり、フォーカスの合う範囲は限られています。
倍率一定の像というのは、被写界深度内の物体に限ったことなのです。
被写界深度を深く取ればフォーカス範囲は広く取れます。
この手法を取るとレンズが暗くなり、さらには回折のために像全体がボケるという問題も発生します。
テレセントリックレンズで推奨される撮影距離以外の使用、つまり、遠くの物体もしくは近くに物体を置いた撮影の場合に正しいテレセントリック像は得られるのでしょうか。
答えは「ノー」です。
多くのテレセントリックレンズは、ピント機能がレンズにつけられていません。
レンズを装着したカメラ全体を前後させてフォーカスを合わせるようになっていて、レンズのフォーカッシングは固定になっているのです。
その方がレンズを作りやすくテレセントリック性が保てるからです。
テレセントリックレンズと銘打ったレンズの中には、かなり広範囲にフォーカスが合う仕様になっているものがあります。
しかし、こうしたレンズの仕様を詳細に見ると、疑似テレセントリックと言うような但し書きがついています。
 
結論を言えば、テレセントリックが保てるレンズは、上の簡単な光学図に示した如く、前玉の焦点位置に物体を置くのがもっとも理想的と言えます。
従って、カタログでW.D(Working Distance、作動距離)と書かれているのは、ほとんどの場合前玉の焦点距離位置となっています。
この撮影距離で絞りと許容錯乱円から求められる被写界深度の範囲でテレセントリック性(telecentricity)が保たれます。
 
■ 市販テレセントリックレンズのカタログの見方
 
こうした事前知識を持って市販されているテレセントリックの仕様を見てみましょう。
下に取り上げたテレセントリックレンズは、良心的な光学部品メーカがカタログに掲載しているテレセントリックレンズの仕様の一部です。
テレセントリックレンズは、いろいろなメーカから出されているものの、提供されるデータはまちまちです。
メーカーが提供しているデータの中には、レンズの絞りや作動距離、被写界深度を明記してないものもたくさん見受けられます。
レンズを評価する側から見ると、レンズの大きさと重さ、どのタイプのカメラに使えるか、撮影倍率と作動距離、それに絞りの範囲、被写界深度が明記されていることが最低限必要な項目と考えます。
 
光学倍率
x 1
x 0.25
撮影倍率を示す。x0.25は、撮像面の4倍のエリアを撮影する。
絞り範囲
F6 〜 25
レンズの絞り。一番明るくてF6の設定ができる。
作動距離
98 〜 123mm
161 〜 186mm
レンズ先端から被写体までの距離の設定範囲。
実視野
(2/3型素子)
8.8mm
35.2mm
被写体の大きさをしめす。テレセントリックレンズは、一般的
10mmから40mm程度が多い。
同上
(1/2型素子)
6.4mm
25.6mm
小さい撮像素子のカメラは、同じ撮影倍率でも小さいエリアしか
撮影できない。
テレセントリシティ
<0.1°
0°が理想であるが、現実は平行光束からずれてしまう。
像空間解像力
(at F/10)
40本/mm以上
(12.5um)
空間解像力が高い方が細かい像を作ることができる。
等倍撮影では、1画素程度までの分解能を期待したい。
ディストーション
=<0.1%
=<0.5%
計測用なので像は歪まない方が好ましい。
被写界深度
(at F/10)
±0.6mm
±8.5mm
この範囲にある被写体にフォーカスが合う。
レンズを絞れば深度は深くなるが、分解能が下がる。
フィルタマウント
M62 x 0.75
M72 x 0.75
レンズ先端に装着するフィルタの大きさ。0.75はネジピッチ。
使用カメラ
2/3型以下の撮像素子
このレンズでは、大きな素子を持つカメラは使用できない。
外径寸法
φ68x200mm
φ79x196mm
レンズの外観寸法。
重量
1.2kg
1.6kg
レンズの重さ。
参考データ:
 Edmund Optics
代表的なテレセントリックレンズの仕様
 
 
■ デジタルカメラと像側テレセントリックレンズ
最近、主流になっているデジタル一眼レフカメラのレンズにもテレセントリックレンズが使われる傾向にあります。
テレセントリックレンズと言っても、像側テレセントリックレンズです。
ご承知のようにデジタルカメラは、銀塩フィルムと違って1画素の受光部が回路の奥に引っ込んだ奥目構造になっています。
この構造故に、画像の周辺部は中央部よりも光量が十分に到達できず、光量低下の原因を作っています。
この問題の解決のために像側テレセントリックレンズを開発する動きが出てきています。
オリンパスと米国Kodakが中心となって、フォーサーズ(Four Thirds)という規格を作り上げて、カメラとレンズを提供しだしています。
この規格の骨格は、従来使われてきた(銀塩)フィルムカメラ用のレンズが果たしてデジタルカメラレンズに最適だろうか?という疑問から来ています。
撮像素子の奥目に対応するためには、デジタルカメラ用レンズを新たに作る必要があるだろうとするものです。
そして、新しい撮像素子サイズの提案です。
彼らは、固体撮像素子の大きさを4/3型(3分の4インチサイズ、3分の1が四つ、だからfour thirds)としました。
この素子は、17.3mmx13mmの大きさを持っています。
フィルムの半分(対角線長がφ43.27mm→φ21.64mm)の大きさです。
縦横比(アスペクト比)は、1:1.33です。
これは、フィルム(映画)のアスペクトではなく、テレビ画面(4:3)のアスペクトです。
もちろん、カメラ側のマスキング操作によって、フィルムカメラの3:2やハイビジョンの16:9に対応できるようになっています。
現在、このグループには、Kodak、Olympus、Panasonic、Leica、SIGMA、FujiFilm、SANYOが参加して、レンズ、素子、カメラ本体を供給しています。 

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▲ 無限遠光学系(Infinity Optics)
二つのレンズで像を結像する際に使われるレンズ配置方法です。
顕微鏡では対物レンズと接眼レンズ、カメラ用結像レンズでこの配置を取ることが多く、この配置では対物レンズを交換しても下流のレンズ配置を換えることなく使えるので便利です。
 
▲ レーザライトシート(Laser Light Sheet)
 
レーザライトシートについては、
「レーザライトシートの作り方」(http://www.anfoworld.com/LLS.html)
で詳しく説明しています。
 
▲ シュリーレン光学系(Schlieren Optics)
 
シュリーレン光学系については、
「シュリーレン撮影法」(http://www.anfoworld.com/scliettl.htm)
で詳しく説明しています。

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