マウンテンバイク(MTB)始めました - Part 1 -

(2003.04.10) (1999.07.04書き始め) 

  『マウンテンバイク(MTB)始めました - Part 2 - はこちら
 
目次
 
1. マウンテンバイク始めてます
1-1. マウンテンバイク始めました
1-2. 安藤家のマウンテンバイク(MTB)
1-3. マウンテンバイク(MTB)の良さ
1-4. 友人Aからのメール
1-5. 慣性モーメント
1-6. 風圧
1-7. 始動トルク(1999.9.18)
 
2. MTBの種類
2-1. タイヤ
2-2. 変速ギア
2-3. スピードメータ
2-4. フレーム
2-5. サスペンション&ブレーキ
2-6. マウンテンバイク(MTB)のメーカー
2-7. マウンテンバイクの必携アイテム
 
3. MTBの購入
3-1. 友人Kの購入したGT(1999.9.1)
3-2. 私の購入したAnchor AXNP(1999.10.1)
 
4. ライディング&ドライビング
4-1. 市内走行
4-2. 会社までのライディングコース 
4-3. 歩道のシケイン(障害物)
4-4. 雨の日のライディング
4-5.冬の出で立ち(1999.12.29)(2000.06.07)
4-6. 街路樹/公園 (2000.06.07)
 
5. 夏休み99 - 九十九里浜一泊サイクリング(1999.8.9)
5-1. トレーニング
5-2. 九十九里へ
5-3. サイクリングの実際
5-4. 痛いイタイ
5-5. 危険な道
5-6. 白子海岸
 
6. 甲州街道を行く99 - 勝沼一泊サイクリング(1999.10.7) 
6-1. 事前トレーニング
6-2. いざ甲州 
6-3. 行く手を阻む(はばむ)山また山
6-4. 新笹子トンネル
6-5. 勝沼
   【甲斐の国】(1999.12.29)
6-6. 新車の乗車感
 
7. 自転車ショー(Sports Bicycle Show 2000)(1999.11.28)
ブリジストン Anchor AXAP:
Bianchi XL EV2 Millennio:
 
8. 晩秋の箱根路(1999.11.28)
服装
国道246号線
晩秋御殿場の夕暮れと
乙女峠と箱根街道下り
 
 
 ------------------ Part 2 --------
 
9. 晩秋 2000年(2000.11.20)
都内 城南を走る
10. 2001年夏 三浦半島一周 (2001.07.29記)
三浦半島への想い
服装
日程と行程、天候
横浜、横須賀、浦賀、久里浜、三浦、三崎
油壺、佐島、葉山、由比ヶ浜、鎌倉


1. マウンテンバイク始めてます   
 
1-1. マウンテンバイク始めました
 
 四十路を超えて、週末はチャリンコ(といってもマウンテンバイク、略してMTB)を転がし始めました。
前に勤めていた会社では、12年前(1989年)にS君がスキーの夏場体力強化のためMTBを購入して乗っていたのを記憶しています。
当時その類(たぐい)の自転車が10万円以上もすると聞いてびっくりしました。
彼は、アラヤという自転車会社(旧つばめ自転車)のMTBを70,000円で購入したそうです。
ギアは21段変速でシマノ製。
フレームはクロームモリブデン鋼(通称クロモリ)。サスペンションは通常のリジッドタイプ(コイルとダンパーのついてないサスペンション)でした。
彼がマウンテンバイクを購入した12年前(1989年)、社内旅行で五日市に行った折、彼がそのMTBを自宅から転がして来たのでそれを貸してもらって乗ったことを記憶しています。
やたら軽くてハンドルの切れがトリッキーで、当時身重(みおも = デブ)だった私はフラフラしながらとり回したのを記憶しています。
 MTBは、1970年代後半米国で作られたんだそうです。
自転車のロードレースはヨーロッパが伝統的に強く、「ツール・ド・フランス」という過酷なロードレースが初夏にありますが、アメリカ西海岸で産声を上げたマウンテンバイクの台頭は、「サイクルスポーツはヨーロッパ」という概念を覆す出来事でした。
マウンテンバイクは、その原形を創ったゲイリー・フィッシャー氏が最初の人と言われてます。
現在では、パーツの豊富さと取り回しの簡便さ、広い応用性が受けてかサイクルショップでもかなり力を入れて品揃えをしています。
 
マウンテンバイクの誕生:
 1978年、自転車の歴史に新たな1ページが加えられた。
ジョー・ブリーズが世界初のMTBとなる”ブレーザー”を完成させたのだ。
 そもそも、'70年代のカリフォルニア州マリンカウンティは、すでにMTBを生み出すだけのノウハウに満ちていた。ゲーリー・フィッシャーやジョー・ブリーズらが、ビーチクルーザーを改造したバイク(フィッシャーは、これをクランカー[ = がらくた]と呼んでいた)で林道を走り回り、週末ともなれば仲間たちでレースを開催。ダートの下り坂をかっ飛ばして、いいオトナたちが歓喜していたのだ。
 しかし彼らは元ロード選手。シングルギア用のフレームに、無理矢理変速機を付けたような自転車では故障の繰り返しばかりだったという。
彼らの走り仲間であったチャーリー・ケーリーは、溶接の心得のあるブリーズに、オフロード専用のフレームを作るように依頼する。
 そしてブリーズは、'78年から'79年にかけ、10台のフレームを製作。ビーチクルーザーのスケルトンを基調としながらも、軽く・強くを心掛け、もちろんリアエンドにはディレイラー台座を標準装備させた。
ツーリング用パーツのTAやカンパニョーロ・ラリー、さらにはオートバイ用のマグラ製ブレーキレバーなどをうまく流用することで、快適にオフロードを走れる自転車が生まれたのだ。
 このブリーザーの誕生以降、トム・リッチーやチャーリー・カニングハム、スティーブ・ボッツらが相次いでフレームを製作することになる。
そしてフィッシャーはこれらの自転車に、マウンテンバイク=MTBというカテゴリーを命名したのである。

    「MTBパーツカタログ'99」EIMOOKエイムック120より抜粋 1999.7.10

 
 

1-2. 安藤家のマウンテンバイク(MTB)

 安藤家とMTBとの関わりは、長男が小学校4年の時(9年前、1992年)に少年用のMTBを買い与えたことに始まります。Panasonicのもので当時55,000円しました。
息子のMTBをたまに借りてオヤジ(私)も乗っていたのですが、リム径(タイヤの大きさ)が小さくてスピードが出ず、すぐ飽きてしまいました。
下の息子が中学になったら本格的なロードレースタイプの自転車を買おうと思っていました。
 ロードレースタイプというのは、タイヤのリム径が28インチ(71cm)の細いタイヤで、ハンドルが下側にUの字に曲がっていて(ドロップハンドル)、華奢なフレームで市街を高速で走るタイプのものです。ただ、ロードレースタイプのものはデコボコした歩道を走るのは得意でないので、踏破姓の優れたMTBの方が何かと都合がいいと考え直して買うチャンスを狙っていました。ロードレースタイプの自転車を持っている友人に聞くとこのタイプに使われているタイヤは「チューブラ(チューブのないタイヤ)」と呼ばれとても細いタイヤ巾のためにいとも簡単にパンクするんだそうです。
 我が家には、俗に言うママチャリ(ご婦人が買い物に使うタイプの自転車)があり、結婚以来3代目になっています(2000年に廃棄処分してしまいなくなった)。このママチャリでさえ歩道と歩道の段差を乗り越えていくのは難儀(なんぎ)なのです。私は、このママチャリを缶ビールを買うために使っていました。

 かっこいいロードレースタイプのバイク(bicycle)を狙ってはいたのですけれど、1日1日が結構忙しく、それに歩くのも嫌いではなかったので自転車のことは意識の片隅に押しやられて忘れかけていました。大学時代は、学校へ通うのにスポーツタイプの自転車を乗っていました(車の免許をとるわずか4ヶ月間ですけど)。当時体重が52kgで運動バランスもすぐれていたのですが、40才をとうに過ぎ体重も60kgを越えた今となっては、自転車に跨るだけで精一杯で、バランス保ってカモシカのように市内を走り回るなんてできないと思ってました。

 
 結婚してからというもの体力が年々衰えて、何か体にいいことをしないと40才後半乗り越えられないという焦りがありました。
 そんな中で、仕事でタクシーに乗ったとき、タクシーの運転手が77才の高齢にも関わらず運転がしっかりしていたのでその秘密を聞いたら自転車に乗っているからだと教えてくれました。自転車の平衡感覚は脳をいたく刺激しボケ防止に非常に役立つというのです。それを聞いてから、足下がおぼつかなくなりはじめた私も自転車のライディングをして平衡感覚を養おうかなと考えるに至りました。
 
 マウンテンバイクは、簡単に取り組めそうなスポーツで、しかも、静止、超スロー走行、高速ライディング、スラロームができて、とてもかっこいいなぁと思ってました。
 
 1999年の5月、池袋に住む義兄から、MTBの中古があるけど、いるんだったら取りに来いヨという連絡を受け、もらい受けに行きました。
左の写真がそのMTB(マウンテンバイク)です。
結構使い込まれた自転車で、変速ギアは動かない、サドル(お尻を乗っける座席)は破れている、ランプは無し、警告ベルは無し、ハンドルグリップは破れている、というシロモノでした。
フレームのカラーもちょっと私には馴染めない色でした。
メーカーは、Panasonic(松下)でMountain Catと呼ばれるものでした。
古いマウンテンバイクの雑誌を見ていたら、このMountain Catと呼ばれるバイクは1990年〜1993年頃まで発売されてました。
発売当時は20万円したそうです。私が譲り受けたバイクは、Mountain Cat タイプWというタイプで、たぶん10万円くらいの自転車でしょうか。フレームはアルミニウム製でした。
フロントフォーク(前輪を支えハンドルにつながるフォークの形をした支持棒)は一般の自転車よりも太めにできていてこのしなりで路面を吸収する方式です。しなりを重視して設計したにしては随分太いため、衝撃に耐えるための強度の太さがコレと言った方が妥当かもしれません。
マウンテンバイクはこの後、サスペンションストロークの長いショックアブソーバ付のものが登場します。つまり、もらっておいて失礼な言い方ですが、自分がほしかったタイプのマウンテンバイクとは若干イメージが違って、フレームそのものはそれほどワクワクするものではありませんでした。
 写真からわかるかと思いますが、マウンテンバイクというのは、ハンドルから前輪フォークの角度がかなり急に立っているのがわかります。
水平からのフォークの傾き角度をキャスター角というのですが、このキャスター角が狭いほど、すなわち、フォークが前に突き出た方が自転車の直進性は良いのです。しかし、マウンテンバイクのキャスター角は70°程度に立っています。つまり、マウンテンバイクは直進性はそれほど良くなく、絶えず人間が舵をとっていなければならないものであることがわかります。マウンテンバイクに最初に乗る人は必ずハンドルがうまく切れずにとまどいます。ママチャリと違ってハンドルが立っているため絶えずハンドルを修正して制御しなければなりません。マウンタンバイクは積極的に安定性を悪くして悪路などでライダーが御しやすいように設計されていると言っても過言ではありません。
 私が初めてマウンテンバイクに乗った10年前、ハンドルの切れがトリッキーに感じフラフラと舵を取っていたのはこの理由によっていたのです。1996年に熊本のレジャーランドで乗ったマウンテンバイクでは、下り坂のダートコースでかなりのスピードを出し不慣れなため舵を制御することができず転倒した経験があります。乗り慣れないとホントに危険です。
 フレームがリジッドタイプでしたから路面の凹凸をかなり正直に拾います。乗り始めは、体がうまく路面の凹凸になじめなくて体のバランスもうまくとれなかったので腕やお尻に路面からの衝撃をまともに受けてました。
 
 
1-3. マウンテンバイク(MTB)の良さ
 そんなMTBでも義兄からもらって、池袋から自宅の王子まで15分くらいで漕いで帰ってこれたのです(距離はどうでしょう4kmはあるでしょうか)。ですから、平均時速16kmは出ていたことになります。これはちょっと驚きでとてもうれしく思いました。なにせ、交差点で止まった位置からペダルを踏み出すと、今までにない踏み出し感覚でグッと前に車が動いてくれるのです。これは感激でした。ギアが変えられないのでトップスピードはそれほど出なかったのですが、胸のすくような走行感覚を味わいました。それに自転車の操作性がとてもよく、自分の思いのままに動いてくれたのも感激でした。
 
 今までですと自宅から池袋に出るには、JRを使うか都バス、都電などでいずれも30分から40分程度かかっていたものがマウンテンバイクに乗って15分で玄関から玄関についてしまったのには驚きです、しかもタダ。ちなみに、この間MTBで池袋の東急ハンズに買い物に出かけた時の所要時間は12分でした。電車ですと、池袋の駅からサンシャイン方面に歩かなければならないので都合40分はかかります。
 そんなこんなで、このMTBに少し手を加えようと、インターネットで王子の自転車屋を探し、Nサイクルという70才近い頑固オヤジがやっているサイクル屋に自転車を持ち込んでチューンナップをはじめました。初期投資が10,000円ほどかかりました。21段変速ギアが動くようになったMTBは、自由自在に速度が出せるようになりました。トップギアを使って平坦からやや下りの道路を全速力で走る速度はどうでしょう、40km/hは出るでしょうか。高速走行をするとさすがに、ブットい(太い、リム径26インチでタイヤの太さは2.0インチ)タイヤのデメリットが露呈されます。タイヤ自体が重く、路面との設置面積が大きいので抵抗が大きく、さらに自らの慣性モーメントが大きいため回転が上がらないのです。それに前輪が真っ直ぐに回転せずちょっと振動して左右にブレて回転します。
シャフト(前輪のリムシャフト)かリムに衝撃が加わってその部分が少し塑性変形(そせいへんけい)しているのか、スポークのテンションが均一でないのかもしれません。
1999.10にスポーク調整用のスポークレンチを購入しました。スポークレンチは、使われているタイヤのスポークによってサイズが3種類ほどあるそうですが、日本のタイヤは全て1種類に統一されていて、Park Tool(米国)社のNo.2の赤色スポークレンチで全て事が足りるそうです。これを使って前輪のブレを調整しました。先に車輪を載せる台座は買ってあったので、これに前輪を乗せて自由に回転できるようにしておき、手で回転させながらブレを見ます。ブレーキパッドをタイヤのリムまでぎりぎりに寄せておくとブレが激しい所でタイヤがパッドに当たって止まるので、そこに見当をつけてフレている方向と反対の方向に張られているスポークのテンションを張るように締め付けます。少し締め付けてはタイヤを回転させ、また少し締めつけるという具合です。タイヤのブレはスポークがゆるむために起きるのが通例ですからスポークレンチはスポークを締めるける方向で調整します。このようにしてタイヤのブレを直すことができました。
 Park Tool社が供給しているスポークレンチの3種類は以下の通りです。
  SW-0 (0.127インチ) 黒
  SW-1 (0.130インチ) 緑
  SW-2 (0.136インチ) 赤
 
 インターネットで、PanasonicのMoutain Catに乗っているユーザを調べているうち、このバイクは、あまり好評なコメントがないことがわかりました。かいつまむとこの自転車は重い、というのです。私自身は、マウンテンバイクに乗るのは初めてで他のバイクに乗ったことがあまりないので何とも言えないのですが、少なくとも今の時点(1999.8)では結構満足してます。アルミ製のフレームの軽さの利点を十二分に味わせてくれてますし、1日中乗っていてもあきません。
 1999年の夏休みに実家に帰省した折、甥っ子のマウンテンバイクを借りて4時間ほどライディングしました。甥っ子のMTBはタイヤが26インチで太さ1.95インチ、フレームはたぶん370mm程度でスチールフレームでした。この自転車は重かった。トップスピードがのらず、出足にもたつきを感じました。スッと自転車が前に出てくれないのです。1.95インチのタイヤは静粛で前輪のブレもないのはとても良かったのですが全体的に重かった。そして舵を切るときの車体の動きが「ノソリ」という感じを受けました。その時、「フレームが軽いというのはかなりメリットがあるんだな」と痛感しました。
 実家から帰ってきて都内をPanasonicのMountain Cat Wで8時間ほどぶらりとライディングしていたとき、たまたま私の前を若い娘さんがママチャリで走ってました。時速はどうでしょう15km/hぐらいでしょうか。わたしの選んでいたギア設定と彼女の自転車のギア比が同じらしくペダルを回す回転がほぼ同じでした。ここでおもしろいことに気づきました。彼女はずっと自転車を漕いでいたのです。私は漕いだり漕がなかったり。私も真似して彼女の脚の回転数に合わせてずっと漕いでみたのですが、脚を動かしてるだけでペダルに力を入れる必要はありませんでした。力を入れて漕げば追い抜いてしまう。だから完全に脚が空回りしてました。
 何が言いたいかというと、ママチャリは自転車の走行抵抗(タイヤのシャフトベアリング、車両重量、車両バランス)がマウンテンバイクより悪く絶えず少しずつ力を加えて漕いでないとダメということです。それだけ車両抵抗が大きいんだなと思いました。この車両抵抗が坂道などにモロに効いてくるはずです。これは新しい発見でした。
 先日、東京の町中でMoutain Catが駐輪してあるのを見つけました。失礼してそのバイクを持ち上げてみました。このバイクは重かった。Moutain Catでも重いフレームのものと軽いものがあるんだと納得しました。義兄は結構高いバイクをくれたんだなぁと変に感謝しました。
 1999年10月に久しぶりにPanasonic MountainCatを乗りました。1ヶ月前に新しいバイクBridgestone Anchorを購入してこれをずっと乗っていたので久しぶりのライディングでした。Mountaincatは、Anchor AXNPに比べて重く感じました。ペダルの踏み出しも、ギアの変速もブレーキも格段に違う感じを受けました。タイヤもノイズを多く出していました。また、フレームがリジットであるため路面の凹凸をかなり激しく拾い、段差を乗り越えるときはバランスを保たなければならないためペダルを踏み込むことができませんでした。
ただ、Mountaincatの良さは、
 
★ フレームが若干小さいため都内のごみごみしたところでは取り回しが良い。
★ ハンドルがショートでストレートのため、狭いところを通り抜けるには都合がいい。
★ タイヤが太いため低速走行や繊細なハンドリングを要求する際に安定感がある。
 
であることを理解しました。
 1999年の暮や、2000年4月など都内を走ったり近場の距離のライディングには未だにMountain Catを使っています(長距離はBridgestoneのAnchorを乗ります)。このMountain Catもなかなか味わい深くて日々発見があります。フレームサイズがAnchorより若干小さいので都内を乗るときは取り回しがいいんです。それとアルミの保つ軽さ、それとゴツゴツとした路面の突き上げが結構楽しくさせてくれます。それと太いタイヤを履いているのでスピードは出ないんですけど安定感があります。フレームはしっかりしているのでこのバイクに手を加えて新しくしてみようと思います。手を加えるのは、タイヤを新品に交換、ブレーキをV-ブレーキに交換、ギアを27段のShimano XTに交換、ペダルを交換することです。
交換したらその試乗記を掲載するつもりです。
 
1-4. 友人Aからのメール
 私がMTBを始めたよと自転車が好きだった高校時代の友人にメールを出したら、こんなメールを寄せてくれました。
 
 自転車のことなら一言言わせてもらいましょう。
高校、大学と自転車通学だったので、自転車には愛着があるのだけれど
卒業後は車ばかりで、ほとんど自転車は乗ってないね。
田舎暮らしでは、自転車では行動範囲が狭くって、
どうしても車に頼ってしまう。
せめて50ccバイクぐらいでないと、行きたいところにも行けない。
(J公団に出向していたときは、朝が30分遅かったので、
50ccバイクをO駅までの通勤に使っていたことがあったけれど。)
 
 高校時代に乗っていた自転車を2泊3日で大学のある関東の下宿まで
自分で乗って運んでいったのだけれど、箱根越えがしんどかった。
排気ガスだらけの東京を抜けるのがいやで、
久里浜から金谷へフェリーを使ったことを覚えている。
初めてフェリーに乗ったのだった。
 
 自転車は好きだけれど、日本の風土には合わないと思うよ。
ヨーロッパのように氷河が削った平坦な地形のところでは、
自転車が日常的に使われていて、自転車で列車に乗れたりして
便利なんだけれど、坂の多い島国では若者以外は少々つらい。
雨も多いし、冬の北風もきつい。
高校時代に強烈な西風を避けるために、家並みのある所を
選んで帰ったものだ。
 
 だいたい日本では気持ちよく自転車に乗れる道が少ない。
排気ガスを吸いながら走るなんて、かえって健康によくないんじゃないかい。
段差の多い歩道を走るためにマウンテンバイクなんだろうけれど、
でこぼこの無い道をロードランナーで走った方が軽快で
僕は好きだね。
以前、義弟のマウンテンバイクを借りて、
女房の実家の周辺を走ったことがあるのだけれど、
舗装道路では接地抵抗が大きすぎて気持ちよく走れなかった。
河原や山道ならば歩いた方がいいし。
 
 それでも、三つ子の魂というわけではないが、
かなり前から、ブリジストンの折りたたみのできる
ロードランナーが欲しいと思っている。
電車に乗って、ローカル線の小さな町や奈良の明日香などを
気ままに自転車で回るなんて旅も中年のおじさんらしくていいじゃないか。
最近、3番目の本四連絡橋ができたけれど、
今度の橋は歩行者でも利用できるそうで、尾道から今治まで
いつかは自転車でわたってみたいなどとぼんやり考えている
このごろだ。
 
 
1-5. 慣性モーメント
 先ほど、MTBの使用しているタイヤは大きくて重いから回転が上がらない、これは慣性モーメントが大きいからだといいました。
 慣性モーメントというのは、回転する物体のデブさ加減を表したものです。デブというと通常は重い物体を指しますが、回転体の場合、必ずしも重いものが回転に対してノロいとは言えません。つまり、重さと回転する半径(この半径は質量半径といって、質量の分布から計算して求めます、一様な円盤ですと中心が回転中心になり半径が回転半径になります)の掛け算で慣性モーメントが決まるのです。機械屋はこれをGD2(ジーディースクエア)と呼んでいます。この値が回転体の見かけの重さに相当します。自転車は、舵を切るのも、自転車を漕ぐのも回転によりますから、ピックアップのよい(意のままに動く)自転車を作ろうとするとこの慣性モーメントが非常に大事になります。したがって、小気味のいい回転体を作るには、回転体を軽く作る、回転する半径を小さくする、というのが至上命令になるわけです。
 
 MTBの場合、タイヤを太く作らなければならない関係上、回転周辺部が重くなります。周辺部に重いものがあると、質量半径が大きくなって、タイヤの回転にかなりのエネルギーを食うことになります。重い靴を履いてドタバタ走るのと同じですね。ロードレースタイプの自転車が細いタイヤを履いているのはこの理由によります。プロの自転車レーサは、60-70km/h程度を出すと聞いています。車に先導されて風を遮れば100km/hは出るんだそうです。私にはそんな脚力ありませんが。
 
1-6. 風圧
 したがって、MTBではたぶん40km/hがせい一杯じゃないでしょうか。それ以上の速度を求めるとすると、タイヤのスリムなロードレースタイプにしなければなりません。これだと50km/hくらいは出ると思います。このスピードだとやっぱりヘルメットがいりますよね。時速が30km超えると体に当たる風が変わるんです。急に強くなるんです。40km/hになるとこれはもうすごい。
 風速で思い出しましたけれど、40km/hというと秒速にして11m/sです。風速が10m/sというのはかなり強い風です。台風がやってくる前兆の怪しげな風がだいたい5m/sです。10m/sは「来た来た!」という感じ。15m/sになるともう暴風雨圏内ですもんね。まともに前を歩けないくらいの強い風力になります。
 
 ちなみに、11m/sの風というのはどのくらいの力を持っているのか計算してみましょう。前に勤めていた会社にヨットを操る愛好家がいて、彼らはこの風を受けて海上を帆走しているわけですけど、かなり強い力になります。何せまともに受け入れば時速40kmで海上を走るわけすから。
 
 左の図が、風の力の模式図です。空気は軽いんですけれど、それなりに重さがあって、その重さがある速度を持って壁にぶちあたります。つらつらと左のような計算をすると、
風の力は、風速の二乗に比例することがわかります。
 あとは、どのくらいの時間かけて風を受け止めるかになるんですけれど、たとえば、11m/sの風を0.1秒程度で受けとめるとすると、1m2当たり151kgの力が加わります。これが60km/hの速度になると、347kgの力が加わり、2.3倍の力が加わることになります。
 話しのついでに、人間の体が受ける風の力を求めて見ましょう。

 人間の前面投影面積は、下の図に示した如く、約0.74m2の面積があります。風に向かって手を拡げると、
風速11m/sの風では、111kgの風の力を受けることになります。
結構な力です。60kgの人間なんかヘとも思わずぐいぐい押して行ってしまう力です。服を着ていて服地の繊維が風を分散させて風を緩やかに受け止めたとしても50kgの力は加わります。ちょっと立ってるのがつらいくらいの力ですね。だから、体を丸めて前面投影面積を小さくして1/3くらいの面積になれば、15kgになるでしょうか。それと、前面投影形状をできるだけ滑らかにして、受ける風を後方に速やかに流しさるようにしてやれば風の力をまともに受けなくてすみます。


 

 

 1-7. 始動トルク(1999.9.18)
 脚でペダルを蹴って自転車を踏み出すときのトルクはどのくらいの力が出るでしょうか。ペダルで踏み出すときは、踏み足である片足に全重量をかけて踏み出します。私の場合は、体重が60kgですから、簡単な試算で60kgfをペダルに加えることができます。サドルからお尻を離して踏み足に全体重を乗せればいいのですから。
 実際は、足の筋肉を働かせて蹴り降ろすようにしてペダルを踏み降ろしますからもう少し力を加えることができます。
 私の片足は、最大どの程度の力が出せるかというと、片足で体を沈めて、その足を使ってそのまま体を持ち上げますと大体1秒程度で立ち上がることができます。そうすると片足は、60kgfの体を重力加速度に逆らって1秒で50cm程度持ち上げたことになります。これをつらつらとニュートン力学で計算しますと、だいたい自分の体重の1.1倍程度の脚力を使ったことになります。つまり、わたしの片足は66kgfで蹴り降ろすことができることがわかります(体重計に乗って片足で体を持ち上げたときの体重計の指示も66kgfでした)。

 

 66kgfの力で170mmのクランクペダルを踏み降ろすとすると、トルク T1 は、

T1 = M x L1 = 66kgf x 0.17m = 11.2 kgf・m
の力をシャフトに伝えることができます。
このトルク T1 から発生するチェインの張力 Fc は、
M x L1 = Fc x G1 より、
Fc = M x L1 / G1
となります。この張力 Fc が後輪のギア G2 を介してトルク T2 を生み出しますから
T2 = Fc x G2
となり、最終的に後輪に加わる始動する力 Ft は、
Ft = T2/L2
となります。これらを整理すると、
Ft = Fc x G2 / L2 = M x L1 x G2 / (G1 x L2)
Ft = M x (L1/L2) x (G2/G1)
になります。この数式が意味するところは、タイヤが地面を蹴ってすすむ力 Ft は、ペダルクランクとタイヤの大きさの比、それに前段と後段のギア比の二つの比の積の掛け算で決まるということです。つまり、ペダルクランクが長い方がタイヤのけり出す力 Ft は大きくなりますし、後段のギア口径 G2 が大きい方が大きくなります。
 
前段ギア歯数G1
後段ギア歯数G2
ギア比
G2/G1
脚一回転で
回る後輪回転数
60kg体重ライダーの踏み降ろす力M
26インチタイヤの接地推進力
Ft(kgf)
44
12
0.27 - 0.55
3.670 - 1.83
66 kgf
8.3 - 16.9
32
14
0.32 - 0.64
3.14 - 1.57
9.8 - 19.6
22
16
0.36 - 0.73
2.75 - 1.38
11.1 - 22.4

18
0.41 - 0.82
2.44 - 1.22
12.6 - 25.2

20
0.46 - 0.91
2.20 - 1.10
14.1 - 28.0

23
0.52 - 1.04
1.91 - 0.96
15.99 - 31.97

26
0.59 - 1.18
1.69 - 0.85
18.1 - 36.27

30
0.68 - 1.33
1.47 - 0.73
20.90 - 40.88

34
0.78 - 1.54
1.29 - 0.65
23.98 - 47.34
ペダルクランクの長さ:170mm
 上の表は、タイヤが地面を蹴って自転車を押し出す力 Ft を各ギア比にわたって表したものです。
ライダーの体重が60kg、服などのの装備品が3kg、自転車の重量が15kgとすると全重量は78kgになります。自転車の転がり摩擦係数を0.1とすると、つまり自転車が動こうとする力(タイヤの接地推進力)が全重量の10%以上になったとき(7.8kg)自転車が動き始めるととすれば、始動抵抗を考慮したタイヤの接地推進力は、0.9Ftとなります。

 

 

 

   


 
2. MTBの種類
 MTBはかなり一般的な自転車となりました。開発の発想そのものは米国の山岳地帯でゴツゴツした路面でのタイムを競うモトクロスレースからきたものなのですが、とても面白い自転車になったので使用される範囲が広くなり、現在では以下の4つのカテゴリーに別れられるようになりました。
 
 1. クロスカントリー(クロカン、XC)
  - 高速走行、前傾姿勢、リアサスはリジッド
 2. ダウンヒル(DH)
  - 山から一気に駆け下りるバイク。全体に派手。特にサスが派手。頑丈、重い。
 3. スラローム(スラ、SL)
  - アクロバット指向。市販モデルは多くない。
 4. フリーライディング(FR)
  - ママチャリに近い乗りやすいバイク。
 
私の目的は、運動不足を解消するため、東京都内を快適に、速く、時には止まるようなスピードで、そして歩道のでこぼこを快適に踏破して自由に隘路を進む自転車を望んでいますから、1番目のクロスカントリータイプのマウンテンバイクでキマリです。
 
2-1. タイヤ
 タイヤがブットい(太い)ことの利点は、地面とのグリップが良いことです。ママチャリなどでは、よく路面をうまくつかめずスリップすることがありますが、MTBではかなり車体を傾けて旋回しても滑ることはありません。MTBのコーナリングはMTBの楽しみの一つです。コーナリングフィールの楽しさは、MTBに限らず、自動車でもオートバイでも、スキーでもスノーボードでも全てに共通したものでしょう。MTBの場合、コーナを曲がるには、入るときのスピード、回転しているときのスピード、フレームの倒し角度、体の重心位置、ブレーキのかけ具合のパラメータで決まります。これはオートバイと非常に良く似ています。オートバイはエンジンという他力の力強い動力を頼りにしますが、MTBでは自分の脚力と重心が運動能力の全てになりますから自ずと全身の力の入れようが違ってきます。
 MTBではタイヤが太いおかげでブレーキングの効きが良くタイヤが路面を食らいついて車体を止めることができます。前ブレーキをちょっと強めに利かして、止まる寸前に後ろブレーキをゆるめてやると、後輪タイヤが、クッと上がります。あの感覚はちょっと楽しいものです。タイヤの路面への食らいつきがMTBの真骨頂でしょうか。最近はディスクブレーキも市販されるようになりました。良く効くでしょうね。このディスクブレーキは、ダウンヒル競技で泥道を走破するときによく使われているようです。従来のカンチレバー式ブレーキパッドでは泥が詰まって効きづらくなる不具合があり、その解消から注目されているようです。金額が\50,000-80,000程度もするのでちょっとした初級のマウンテンバイクが買えるぐらい高価なのが難点でしょうか。
 MTBでは、一番上の写真に示すようなゴツゴツしたブロックパターンのタイヤトレッドが一般的です。このブロックパターンで、ダートや、ぬかるみ、砂利道を走破出きるわけです。それでも、市街を走行する場合には、それほどの悪路があるわけではなく、それよりも、快適に市街を走りたい要求が出てきます。その要求に応えたのがMTBのスリックタイヤです。これですとロードノイズも出ずかなり速く走れそうです。先日友人KがスリックタイプのMTBを購入し、試乗させてもらいましたが確かに静粛にスムーズに走行できました。スリックタイヤを愛用している別の知り合いにも聞いたところ、スリックタイヤは確かにドライブフィールの良さはあるものの、スリップはするそうです。特に雨の日は危険きわまりないそうです。
 2001.09にPanasonicのMountainCatにスリックタイヤを交換しました。タイヤは、Mitsuboshi(三ツ星)のHILLTOP SLICK26x1.95というものです。前にはいていたブロックタイヤの側面が破れて中のチューブが露出してパンクするのが目に見えていたので交換に踏み切りました。交換して町中を乗った感想は、
・静か
・グリップが強く吸い付くように走る
・乗り心地がソフト
というものでした。スリックタイヤという名前からくるイメージとは違い街乗りではほとんど問題なく、いやそれ以上に楽しいタイヤでした。問題の雨の日にスリップしやすいかどうかはまだ試していません。 (2001.10.07記)
 スリックタイヤとブロックタイヤの中間がセミスリックタイヤと呼ばれるものです。これは、両者の良さを程良くミックスさせたタイヤということが言えるでしょう。
 MTBに使われるタイヤメーカは、自動車用のタイヤを作っているメーカと様相が違っています。日本では、
Panaracer(ナショナル)
IRC(井上ゴム)
Mitsuboshi(三ツ星ベルト)
が3大ブランドなんだそうです。目を海外に転ずれば、
米国 Bontrager
フランス Michelin
ドイツ Continental
米国 Specialized
などが有名です。
 タイヤには、一番外側のトレッドタイヤとその中のチューブ、タイヤを支えるリム、リムの中心に位置するハブ(Hub)で構成されています。これらのモジュールは、それぞれ単品で売られていて気に入ったものを購入して取り付けることができます。
タイヤはワンタッチレバーシャフト(Quick Release Axle Shaft)に交換すると迅速にタイヤ交換することができます。
 

2-2. 変速ギア

 変速ギアは前3段、後7段の合計21段変速です。最近は27段(後段9段、前段3段)も登場してきています。ギアチェンジがスムーズに移行できることがMTBの楽しみの一つとなります。シフトレバー、変速ギアは日本のShimano(シマノ)という会社が世界の市場を席巻しています。ここにも日本の品質の良さが見て取れてビックリしました。昔はギアシフトがあいまいでいい加減なシフトしかできなかったのですが最近のチェンジレバーはアップシフトとダウンシフトのレバーがそれぞれあってワンアクションでかっちり迅速にシフトできるるようになっています。ですからスタートからトップスピードまで無理なくシフトアップできます。それに、レバーにはどのギアが選択されているかの表示がついています。私が今乗っているバイク(Mountain Cat)は、古いので表示は出ません。それとローギアが入りません。Nサイクルのオヤジ(自転車屋)が一生懸命調整してくれたのですが、一番大きなギアは入ってもすぐ抜けてしまいます。それに後輪の3段目と4段目のチェンのかかりが良くなく、スプロケット(ギアの歯)とチェインがうまくかみ合わずギィ、ギィ音が出ます。音だけなら我慢できますが、チェインが不安定で3段と4段で突然上に噛んだり下に噛んだりします。ここでエネルギーもロスします。特に坂道で一生懸命漕いでいると突然ギアが抜けて別の所に入ってしまいます。これはちょっと辛いです。チェインがちょっと緩んでるみたいで、ペダルの力を入れたりやめたりするとチェンがビヨンと伸びたり縮んだりして伝達にロスがあります。前のギアと後部のスプロケット部を結ぶチェインの位置を特定するディレイラー(Derailleurと書く難しい単語です。Derailは脱線と言う意味)が曖昧になっていて、ローギアの位置にも寄ってくれないようです。交換する必要があるかも知れません。
 1999年9月に購入したブリジストン社のAnchorには、Shimano製ののDEORE XTという27変速ギアシステムがついています。これはすばらしく駆動力のいいギアで、気持ちいいほどにギアがスパッと決まります。27段ありますからストレスなく自分の体力にあったギア比で自転車を漕ぐことができます。
 
自分の脚の回転数で次々とギアをシフトダウンしていきながらスピードに乗っていくのはちょっとした快感です。今のスプロケットはアルミでできているんですね。そして薄くて歯が精度良く切られています。ギアスプロケットがチェインにスムーズに噛み合って、チェインがうまく入ってそしてすんなりと抜けていく感じを受けました。このギアスプロケットも日本のシマノ(Shimano)の独断場のようです。
 材質について正確に言うならば、前段のギヤは口径が比較的大きいので、7000系のアルミニウム合金が使われたりチタン合金が使われています。後輪のギアは力が強くかかるので口径の小さいギアはスティール製、口径の大きいギアはスティールかチタン合金が使われているようです。
 
 私は、だいたい1秒間に1.5回ペダルを踏むことができます。これは平坦かちょっと下りの道路ですけど(また時間は約10-20秒くらいでしょうか、この回転で10秒間足を回すと息が上がります)。自転車のトップギアが前段46歯で後ろが13歯、つまり、このギア比では、
46/13=3.53
になり、私がペダルを1回踏む間に後輪は3.53回まわることになります。このギア比でペダルを1秒間に1.5回踏むことができれば、車輪は1秒間に5.3回の回転します。
 タイヤはリム径26インチ(66cm)ですからタイヤ厚を含めて70cmほどでしょうか。従ってこのタイヤの全周は220cm、これが1秒間に5.3回の回転をしますから、自転車の速度は、11.7m/s(42km/h)出ることになります。
現実的にも40km/hが限界でしょうね。下りなら50km/hは出るでしょうけど。Mountain Catではちょっと無理です。タイヤが大きすぎるし、シャフトにガタがきてますから。それにタイヤのブロックパターンが路面との接触ですごい音が出るんです。ロードノイズってヤツです。ここでエネルギーロスがおきています。また、40km/h越えると途端に風当たりとタイヤの接地抵抗が強くなります。1999.9月に購入したブリヂストンのAnchor AXNPに装着されているブロックパターンタイヤはとてもスムーズで40km/hでもそれほどロードノイズを拾いませんでした。これは、前の自転車のタイヤの2.0インチ巾より薄目の1.95インチのためなのではないかと思われます。1999年11月箱根の山から下る時にAnchorで50km/hの速度を出しました。すごく怖い思いをしました。命が欲しければ二度としてはならないな、と思いました。
 
2-3. スピードメータ
 7月4日(日曜日、1999年)に池袋Galaxyで速度計(スピードメータ)を買い求めました。製品は、キャットアイ社(本社、大坂)のコードレス2、モデルCC-CL200と呼ばれるものです。
このスピードメータは結構良くできてました。前輪タイヤのスポークの1本に直径5mmほどの小っちゃなマグネットを取り付け、前輪フォークに受信センサーを取り付けるだけでOK。マグネットが1回転すると1回転分の1パルスをセンサーがカウントされます。このカウントパルスを無線を使って(といってもアンテナなんかない)マイコン表示ユニット(左写真)で受けて、計算及び表示を行います。この表示ユニットはマグネット受信センサーから指向性をもった50cm以内におく必要があります。したがってハンドル部に取り付けることになります。
 このスピードメータは、マイクロプロセッサが内蔵されていて、予め自転車のタイヤの周長(一回りの長さ)をインプットしておき、これで1秒間に何個のパルスをカウントしたかによって、以下に述べる測定ができるというわけです。もちろん防滴構造になっていて雨でもOKです。
【表示項目】
 ★速度: km/h、miles/h切り替え。1秒間に1回の割合で表示。
 ★距離: 自転車がどのくらいの距離を走行したかを表示。
 ★最高速度: 計測を始めて、最高速度を出した値を逐次更新。
 ★平均速度: 移動距離と計測時間を割って、平均の時速を表示。
 ★走行時間: ライディング時間を計測。
 このスピードメータを早速取り付けて、日曜日の午後、自宅から会社までMountain Catでライデングしました。今日(7月4日、1999年)は暑かった(最高気温が30℃を越えた)からほんとに汗かきました。
このスピードメータつけたおかげでライディングが結構楽しくなりました。
 まず、自宅(東京都北区王子)から会社(港区西麻布、1999年当時)までの距離は、予め地図や自動車で計っておいた通り15kmでした。
 最高速度は、35km/hが限界。ちょっと下り坂の車道で42km/hの瞬間速度がチャンピオンデータでした。下り坂でもペダルをちゃんと踏まないと、風圧とマウンテンバイクのタイヤのブロックパターン抵抗ですぐ32km/hに落ちちゃいました。
40km/hは簡単に出るだろうと思っていたのですが、甘い考えだった事がわかりました。平坦な道路を無理もなく運転するとしたら25km/hが手頃です。30km/hはかなりリキ(力)を入れてペダルを踏み込まなければなりません。
 もっとも、もう少しいいMTBにすれば滑るように走るそうですから、もう少しスピードは上がるかも。でも、都内で一緒に走ってるかっこいいMTBの人たちと走るとこちらもそれほどには遅くないから、40km/hというのがMTBの限界のような気がします。
 1999.9月に購入したブリヂストンのAnchor AXNPでは最高速度45km/hが出ました。でもそれ以上は精神的に恐怖感を覚えて攻めることができませんでした。新しいバイクは、25-35km/hのスピードをスムーズに苦もなく走らせることができます。
1999.12.30記:テレビでイタリアの自転車団体競技GIRO(ジロ)というレースを放映していました。これを見ていたら、彼らは65km/hで連続して走ってイクって解説してました。ビックリです。ちょいと遅いな、っていうのが45km/h程度だって行っていました。プロレースはホントに速いなぁ、とびっくりしました。
 
 

2-4. フレーム

 文字通り、自転車を構成する骨格です。60kgの人間を乗せ、凹凸路面を踏破、高速旋回するための屋台骨です。だからフレームは、軽くて、外力で不用意にフニャリとしなわないものが絶対条件です(これを剛性 [= ごうせい]が高いといいます)。昔は鉄パイプが使われていましたが、重量を軽くするためパイプを薄くします。こうするとパイプが柔く(剛性の低下に)なりますから、剛性を高めるためクローム・モリブデンという金属を添加した鉄パイプを使用します。これでも重いというので、加工性(特に溶接)が悪くてなおかつ割高にもかかわらずアルミパイプが使われ始め、今では、カーボンファイバーによるフレームまで登場しています。カーボンファイバーボディなんて自動車レースのフォーミュラ・ワン(F1)の世界ですね。一般の使用では、アルミフレームまでで良いといわれています。アルミフレームだと10万円から15万円程度で購入できます。また、一部ではチタン合金のフレームを販売している会社もあります。
 フレームを構成する形状とパイプの断面形状も興味深いものがあります。サドル(ライダーのお尻を乗せる座席)を挟んで前に三角形、後ろに三角形が形作られるのが一般的ですが、前の三角形の下部のフレーム(ダウンチューブと呼ばれています)は、縦長の断面形状をしています。丸パイプより楕円パイプの方が長い方向に対して曲げモーメントが大きいのです。曲げモーメントとは、棒高跳びでポールの曲げを利用して高く飛ぶ風景を想像してもらえれば良いのですが、そのときの曲がり具合をいいます。楕円だと長い方向に対して曲がり難いですよね。鉄道のレールのあの断面形状も曲げモーメントに対して強い究極の形状をしています。何十トンという車両がレールに加わるわけですから真っ直ぐにレールを保つ必要があるわけです。
前部フレームの上部水平のパイプ(トップチューブと呼ばれています)は逆に水平に平べったくなっています。これは、この部分はバイクの舵を切って旋回したりするときに左右の力が加わるため左右の曲げに対して強い構造となっているわけです。
 
 自転車と違ってオートバイは、50馬力くらいのエンジン積んでいますから、強引に山坂を走り回るモトクロスバイクでは強烈な力がフレームに加わりよじれる心配があるため、フレーム構造はかなりしっかりと設計する必要があります。MTBは、たかが1馬力も満たない人間が脚で漕ぐわけですから、カーボンというのはやりすぎのような気がします。もっとも3mの高さからジャンプして着地するならばしっかりしたフレームが必要でしょうけど。また、アルミ一辺倒の軽量化趨勢にありながら鉄も頑張ってます。ロードレースのフレームではまだ鉄にこだわる欧州のメーカもあるようです。アルミは破れやすくて剛性の面では鉄に比べると心もとないんです。鉄は外部の力が加わってもまた元に戻ろうとする撓り(しなり)や靱性(じんせい)がアルミよりも優れています。弾性(だんせい)領域が広いのです。そりゃあそうでしよう、鉄製のバネはあっても、アルミのバネなんて聞いたことない。そして鉄に、クロームやモリブデンを添加してより強じんな合金(クローム・モリブデン鋼)を作ることができます。こうした合金を使うことにより肉厚を薄くしても適度な剛性とそれに反するしなりを保つことができるようになります。
 鉄もどんどん薄肉化できるようになって(ドリンク缶や自動車板金でも)アルミに比べて善戦してますもんね。
 あっ、ビールはアルミ缶が圧倒的に強くてお茶や紅茶、缶詰などはスティール缶が強いのは何故でしょうかね?(一説によるとお茶はコーヒーはアルミニウム缶を腐食したり温めて飲む需要があるためスチール缶を使っているそうです。また、鉄はアルミに比べて缶の原価が安いからとか総合的にまだスチール缶を使う方が安上がりであるためと言われています。米国では飲料缶は全てアルミニウム缶だそうです。しかし総合的に見てアルミニウム缶を使う趨勢にあり年々アルミニウム缶の需要は増えているようです。アルミニウム缶は薄く作ることができ、薄くすると構造的に弱くなるのですが内容物と隙間に充満された炭酸ガス、窒素ガスなどの内圧で薄肉缶を保持しています。)
 ただ、マウンテンバイクの主流はアルミニウムフレームです。これは間違いありません。アルミニウムを使って使用目的に会わせたフレーム断面を形作ってフレーム全体を構成しています。 (2001.10.07記)
 その他、フレームの材質として、チタニウム合金も使われているそうです。これは、鉄より軽くて撓り(しなり)を持つんだそうです。また、鉄より折れたり曲がったりしにくいため後輪を支えるフレーム(サドルより後ろ部の三角形の部分です。サドルから後輪シャフトまで繋がっているパイプをシートスティといい、ペダルから後輪シャフトまでつながる水平のパイプをチェインステーと言います)にチタニウムが使われ、この形状と材質のしなりでサスペンションの代わりをしてしまうんだそうです。
 
 MTBの漕ぎ出しやブレーキングの時にフレームがしっかりしていて軽いとスッと動いてくれたり、しっかりと止まってくれます。旋回するときもブニャリとフレームが曲がったりしない。義兄からもらったアルミ製のMTBが結構しっかりとしたフレームだったのにはビックリでした。それ以前は、ママチャリしか乗ったことなかったからマウンテンバイクのライディングフィールは感激でした(息子のために買い与えた\55,000もしたあのマウンテンバイクはなんだったんだろうか?? すこしもマウンテンバイクの楽しさを味わえなかった)。それと歩道のアップダウンの踏破性も結構優れていて慣れてくると体全体で乗り越えられるようになってスピードをあまり落とさずにスムーズに移動できるようになりました。
 
 マウンテンバイクに5ヶ月乗るようになって大分バイクと馴染んでくるようになりました(1999.9)。バイクに乗り始めた当初は路面の凹凸を体がうまくとらえられず路面からの衝撃をお尻や手首にまともに受けることもしばしばありました。路面の凹凸の吸収を体がうまくとらえられるようになると今度はバイクの撓り(しなり)のようなものが見えてくるようになりました。つまり、アルミフレームは軽くて良い反面、フレームが硬いため衝撃で後輪が跳ね上がりやすいことに気づきはじめたのです。路面がきれいな舗装面ですとこれはあまり感じないのですが凹凸が激しいとバイクの前輪と後輪が激しく上下し、ペダルを踏むどころか車体を御するのに一苦労する始末です。アルミフレームには適度なサスペンションが必要なことを痛感させられました。これは、私のライフワークになりつつある長時間ライディングにはかなり大きなハンディキャップになるんじゃないかと思います。しなやかに乗れてそれでいて軽いフレーム。これが理想のバイクのフレームなんだと思いました。
 
 
2-5. サスペンション&ブレーキ
 MTBでは路面の踏破性を良くするために、オートバイのようなサスペンションを採用しつつあります。私はこういうメカはとても好きなので、一も二もなくほしくて仕方がありません。町中を走るロードレースタイプはそれほどサスペンションのストロークは必要としないのでフロントもリアもサスペンションダンパー(オートバイのようなバネとダンパーでクッションを持たせたもの)がなく、フレーム自体がトーション(torsion = ねじれ)バネになっています。ロードレースタイプではフカフカなクッションでは路面をしっかり蹴って50-60km/hで走れないんでしょうね。自動車でいう堅めのサスペンションセッティングってヤツです。サスペンションが柔らかいと、コーナリングでふにゃふにゃになって(腰砕けになって)そこでエネルギーが吸収されてスピードが落ちてしまいます。従って、ロードレースではフレームのしなりがとても大事なのでアルミフレームより、なお、鉄がイイ! というメーカがヨーロッパにはあるようです。
 ブリジストンが販売しているAnchorというブランドのAXNPというマウンテンバイクはアルミではなく鉄を使用しています。彼らはこれをネオコットフレームと称しています。彼らは徹底的にフレームにかかる応力解析をおこなって、クロスカントリータイプ(山道を駆け下りるというタイプではなく、道路を比較的速く走るタイプ)は鉄の持つ特性は捨てがたいという結論に達したようです。もっともトップランクのクロスカントリータイプのもの(モデルAXCP)はカーボンファイバー製らしいですけれど。
 ブリジストンのAnchorのカタログにはこんな説明があります。
「今のネオコットフレームは、フレームを構成するパイプの肉厚をどんどん薄くして剛性感を落とした。重量も(AXNPシリーズのネオコットフレームが採用している)クロモリフレームしては驚異的に軽くなった。注目してほしいのはあくまでも剛性感の低さ。しなやかで、上りでもフレームが適度にヨレてくれるため、後輪が跳ねやすいような場所でも十分にトラクションがかかり、長時間のライディングでも身体へのストレスが軽減される。長年の熟成が実を結んで、チームブリジストンアンカーは、98年MTBジャパンシリーズで連勝、快進撃を続けた。」
つまり、フレーム全体が適度なバネを形成しているということです。それも決してピョンピョン跳ねるわけでなくしなやかに撓りながら路面に接地してタイヤの回転を無駄なく伝えることができるというものです。
 2000年の春先にブリジストンのAnchorに乗って荒川河川敷をよく走りました。この河川敷はところどころ舗装が未整備で砂利道になってるんですけど、Anchorはすばらしい走りを見せてくれます。ふつうの自転車ですと砂利の凹凸で自転車が揺れたり跳ねたりするんですけどこのマウンテンバイクはしっかりと路面に食いついていてくれました。ですから自転車のバランスに気を取られることなくペダルをぐいぐい漕ぐことができました。この河川敷にはロードレースタイプの自転車も良く走っていて彼らは舗装道路では私をすーッと抜いて行くんですけど、砂利道になるととたんにペースが落ちるんです。「撓り(しなり)」ってこういうことか!って思いました。
(この文面については、「とおりすがり」さんから、「ロードレースタイプの自転車がダート面でスピードが落ちるのはタイヤがパンクしやすいからだ」[2001.10.04]との指摘を受けました。私自身ロードレースタイプの自転車に乗ったことがないので間違った感想を書いたようです。いずれ乗るチャンスがあったらこの部分を修正したく思います。) (2001.10.07記)
 
 MTB、特にDHタイプ(ダウンヒルタイプ)では、大きな石っころにぶち当たってもそれを吸収して踏破しなければならないのでクッションは大事です。MTBの世界もモトクロス同様、YAMAHAがモトクロスで開発したモノクロスサスペンションを採用しつつあります。モノクロスサスペンションとは、リア(後ろ)タイアを一本のブットいサスペンションで支えるというモノです。ストローク(伸び縮むする距離)がたくさん取れるのが特徴です。オートバイの世界ではロードレースタイプもほとんどモノクロスサスペンションになっています。自転車のロードレースタイプではなぜ採用しないんでしょうね。シャシーが重くなるからかな。はたまた人力での馬力ではそれほどフレームが沈み込まないのかな。ダウンヒル用のマウンテンバイクフレームは、フルサスペンション(前輪、後輪にショックアブソーバ付のサスペンションを採用)であるため、フレームはアルミフレームを採用するケースが多いようです。アルミは軽量化できるメリットがあります。剛性が高すぎるキライがあるのですが、フルサスペンションがこれをカバーしてくれるようです。
 過日(1999.9.5)衛星テレビで米国GT社のダウンヒル競技用のマウンテンバイク開発とレースの様子を放送していました。そのテレビプログラムでは今述べたサスペンションの技術革新が如何にマウンテンバイクの性能に寄与しているかを特集していました。レーサーたちは下り坂の荒れ地を渾身の力でペダルを漕ぎ猛スピードでバイクを駆っていくんですね。サスペンションの設定を間違えるとスピードに乗れないわけがよくわかりました。
 
 
2-6. マウンテンバイク(MTB)のメーカー
 ちなみにMTBのメーカーでどんなメーカがあるかというと(小さなメーカがたくさんあるので新参者の私には良くわからないのですが)、私の住んでる界隈で一番手広くサイクルスポーツ用品を扱っているショップ、
Galaxy(ギャラクシー)
東京都豊島区池袋1-27-8
電話:03-5992-4690
では、国内外のロードレーサー、MTBが一同に展示販売されていて非常に参考になります。このお店は、池袋の東急ハンズの隣(首都高速道路の高架沿いに護国寺方面)ある大きなスポーツ自転車店です。そこで仕入れた情報もとにお話ししますと、国内外で以下のようなMTBメーカがあります。
 米国 Trek社 - ウィスコンシン州 Waterloo
    品数、取り組みが熱心なバイクメーカ。
 米国 Schwinn社 - コロラド州 ボウルダー
    マウンテンバイクでは老舗。高級なマウンテンバイクを手がける。
 伊国 Bianchi(ビアンキ) - イタリア、
    100年以上の歴史を誇るイタリアの自転車メーカー。ツール・ド・フランスでは
    結構有名なメーカ。日本ではスポーツ車だけが有名だけど、実は普通の生活用自
    転車も本国では多くさん走っている。昨年はメルカトーネ・ウノ・ビアンキチー
    ムのマルコ・パンターニが「ジロ」と「ツール」を制覇する「Wツール」を達成
    し、ビアンキ人気も勢いを増しています。
 台湾 Giant社 - 世界1のスポーツ車生産高を誇る台湾メーカー
 米国 GT社 -創立者ゲイリー・ターナーが息子のために作ったBMXが出発点である
    とわれてる。常にオフロードバイクのリーダー的存在のメーカー。
    お馴染みのトリプルトライアングル構造の頑強なフレームは定評。
       地元アメリカでのBMX & MTBレースシーンはもとより、MTBの普及にも
       力を注いでいる会社です。
 その他、米国Specialized社、米国Cannondale社、米国(本社はスイス)Scott社、米国Mongoose社、伊国GIOS社などなど。
 これらの自転車は、80万円から160万円します。ほんとのプロ仕様という感じですね。エントリーモデルも10万円から30万円程度です。その他、ポルシェとかプジョーとかBMWの自動車会社もMTBを製造しています。おっと、プジョーは元は自転車メーカーでした。
 

 また、同じ池袋の西武百貨店のLoftコーナには、かなり充実したサイクルショップ

 CWS池袋LOFTスポーツサイクルショップ
  (〒171-0022 東京都豊島区南池袋1-28-1
西武百貨店8F、電話03-5992-8951)
がありました。40,000円から400,000円のMTBがたくさんおいてあり、Giant、Trek、Bianchi、Specialized、プジョー、ポルシェ、Panasonic、その他アクセサリーが豊富においてありました。
 
 元勤めていた会社(港区西麻布)の近くに、本格的なプロ用のサイクルショップがあります。今日(1999年7月4日、日曜日)夕方訪れて見ました。左の写真がその時のものです。会社(港区西麻布)の下のトンネルを越えてスェーデンセンターの手前の交差点を芋洗坂に向かった路地に
 PRO TECH & COGGY 六本木店
〒106-0032
東京都港区六本木6-8-21
SK六本木ハイム1F
電話03-3423-0094
がありました。店内は所狭しとバイクやらフレームやら部品やらが並んでいて、若いお兄さんが気さくにお客様に話しかけ、いろんな相談事や修理をこなしていました。
 ここは、海外のMTBの販売を得意としているそうです。日本のメーカーはちょっとチャンネルが違うんだと店員さんが言ってました。『SCOTT』というMTBが結構目につきました。土地柄、外国の方の訪問が多いようで、私が訊ねた時も、若い外国の男の子がパンクの修理にきていました。彼は米国GT社のMTBを乗っていました。
 
 自転車の総合ホームページでは、
 www.jitensya.co.jp
が、総合的な自転車に関する情報を流しています。わたしはここでブリジストンの自転車ホームページに訪問してみました。
 
 ブリヂストンも結構熱心に自転車を作っています。日本は「ケイリン」の国ですから、十文字選手をスポンサーにつけてかなり熱心に構造解析やフレーム設計を行っています。MTBのクロスカントリー部門では、鈴木雷太、宇田川聡仁両選手が非常に良い成績を収めているようです。MTBダウンヒル部門では鍋島健一選手がブリヂストンにレースでのデータを提供しています。ブリジストンのMTBは「Anchor」というブランドで市販されています。クロスカントリータイプ(速く走れるタイプ)のモデルが充実しています。カーボンファイバー製フレームのクロスカントリータイプ(モデルAXCP)は\450,000。うーん。うーん。
 
 シマノ(釣り具メーカ)がギアや変速機、ブレーキなどの部品のトップシェアとしたら、同じ釣り具メーカであるダイワ精工が扱っているSpecializedというブランドも結構良いMTBを作っています。
 Specializedとうメーカは、無類のバイクフリークであるマイク・シンヤード(現会長)の周りに集まった同類の自転車好き達が、わいわい言い合いながらいろんなモノを好きなように作ってきたのが始まりだそうです。池袋店ギャラクシー(Galaxy)という大きなサイクルスポーツショップにはスペシャライズドコーナーがありました。値段の割に性能の良いマウンテンバイクを供給してくれるというので人気のブランドです。
 
 池袋のLoftのサイクルショップでもSpecializedのMTBがおいてあり、RockHopper A1 FSというクロスカントリーMTBを見て、一目で気に入ってしいました。\139,000でした。
 最近親しくなった工場便の運送屋さんの甥っ子(Tさんといい私の同じ年代)さんもMTBの愛好者で彼はSpecializedを使用しているそうです。
 週末に東京都内をバイクで走っていると同じようにマウンテンバイクに乗ってる人によく会います。大手町、赤坂、銀座、六本木界隈はさすが花の東京のど真ん中だけあって、高級そうなバイクに跨ったライダーをよく見かけます。外国の方も多く見受けます。
 多く見かけるバイクのブランドは、Specialized、GT、Giant、Scottといった所が多いように見受けられます。ダウンヒル用のゴツイバイクを市内で乗り回している人は少ないように見受けられます。
 
 私が今度買う自転車は、ブリジストン(Anchor)かPanasonicにしようかなと思っています。
と、1999年7月まで思っていましたが、8月末にブリジストンのAnchorを注文してしまいました。詳細は、
3-2. 私の購入したAnchor AXNP
を参照下さい。
 
 
 
 

2-6. マウンテンバイク(MTB)の必携アイテム

 
●ウォーターボトル
 バイクを長距離乗るときは、水分補給は必要不可欠です。7月4日(1999年)の東京は梅雨の中休みで良く晴れて暑かった。池袋Galaxyで購入したウォーターボトルとボトルホルダをさっそく取り付け、王子から会社までライディングしました。ウォーターボトルには、カミサンの作った麦茶を詰めて。ご丁寧に氷を入れて麦茶を詰めたのですが、ものの20分と経たないうちにボトルの中の氷が溶けてしまいました。このボトルは保温効果がないことがわかりました。
 
 
     
ウォーターボトル(右)とウォーターボトルホルダ
 このウォータボトルは、柔らかい厚手のビニールでできていて、ボトルを手でぎゅっと握ると程良くつぶれて水が飲み口からチューと出てきます。飲み口は不用意に水がこぼれないようにストッパがついていて、飲むときは前歯でニップルを引き上げてボトルの水を取り出し、飲み終わったらニップルを前歯と舌で元に戻します。
 このウォータボトルは、夏の暑い日ですと1時間で飲み終わってしまいます。長距離ライディングするときは、コンビニに大きなボトルを買ってリュックに背負って持っていく必要があります。
 冬場はビニールが固くなってしまって握力を強めてもなかなかへこんでくれず水が勢いよく出なくなります。冬場はさすがに水の補給量は減って都内を4時間(45km)ライディングしてこのボトル1本分程度です。冬場はボトル内の水が程良く冷えていて、暖まった体(喉)を冷たい水が通っていく感触は気持ちの良いものです。(2000.01.06)
 
●マップホルダー
 知らない土地へ行くとき地図は必需品です。このマップホルダーは、自転車走行中に現在位置が確認できてとても便利です。折り畳めるようになっていて、うまく使えば、3面を使うことができます。
 このマップホルダーは、透明ビニールに収納されているので雨でも、汗が落ちても濡れることはありません。このマップホルダーは、99年8月6日九十九里へのツーリングと10月初旬の山梨勝沼のツーリング、11月下旬の箱根のツーリングに活躍しました。
 

 
 
3. MTBの購入
 
3-1. 友人Kの購入したGT(1999.09.01)
 8月21日(1999年)、友人Kがマウンテンバイクを購入するのに同行しました。購入したお店は、池袋のGalaxy。
 友人Kは、20年程前にロードレースタイプの二輪車を持っていました。自転車のおもしろさを十分に熟知している人間です。私が実は、自転車に少なからず興味を持ち続けていたのは彼の影響もあるのです。仕事の関係で彼に初めて会い、彼の仕事場に出入りするうち事務所の玄関にタイヤの細いドロップハンドルのロードレーサータイプの自転車があるのに気づきました。間近に見るのは初めてで、これが競走用の自転車かと胸がときめいた記憶があります。走るために特化した華奢(きゃしゃ)なフレームとタイヤに魅入られた記憶があります。いつか自分も持ってみたいなと思っていました。そんな潜在意識を持ち続けて今の私の自転車乗りの余暇があるのですが、自転車に乗り始めて彼と仕事で同行したときマウンテンバイクの話に話が弾みました。彼は15年程前にロードレーサータイプの自転車は処分してしまい、以来仕事とコンピュータと2台の自動車に打ち込んでいたようです。で、私がマウンテンバイクの話をしたら大いに興味を持ってくれたので、今度バイク乗って遊びに行くよ、ということになったのです。
 彼も仕事が不規則で、コンピュータ関係の仕事が中心であるため、体にむだ肉がついて辛そうだったのです。
夏休みに入った午後、マウンテンバイクに乗って彼の家に遊びに行き、彼に私のバイクを乗ってもらいました。彼はそれで何かを感じたようでした。「今度池袋の自転車屋に行ってみます?」と聞いたら二つ返事で「是非!」という言葉が返ってきました。
 Galaxyでいろんな自転車を見ている内、彼はGT社のバイクに直感が働いたようでした。このバイクにすると決めて店員と色々な話をして、最終的にBackWoodsというモデルに決定しました。このモデルにしたのは、彼が自転車のフレームを少し小さめのものを希望したため、BackWoodsに彼の希望するサイズがあったというわけです。
 GT社は、米国のマウンテンバイク製造業者では老舗(しにせ)の会社で、1973年に設立されたといわれています。創始者のゲーリー・ターナーの名前にちなんだ名前のようです。
GT社のホームページ
http://www.gtbicycles.com/tech/mountain/
 
【7000系アルミニウム】(1999.9.10)(2001.10.07追記)
 彼の購入したバイク(GT社BackWoods)のフレームは、アルミフレームです。材質は7000系アルミニウムで、航空機などに使われている超々ジュラルミンと呼ばれているものもこのジャンルに入ります。これは機械強度を増すためアルミニウムにマグネシウムと亜鉛を混ぜた合金です。この金属を加えることにより強度の強いアルミができるのです。引っ張り強度は1000系(純)アルミの3倍も強くなっています。アルミでは高価な部類に属する材質です。この材質は軽くて丈夫というのが特徴です。ただし、最強強度を誇る7000系アルミでもクローム・モリブデンを混ぜたスティールの強度には及ぶべくもありません。重量では絶対的に劣っていたクロモリ(合金鋼)も最近は薄肉パイプの製造が可能になり、機械的特性から見直されつつあります。ただ、アルミは軽いので鉄と同じ強度を持たせるためには3倍も材質を使って良いというアドバンテージがあります。このアドバンテージを利用してアルミニウム製の自転車はフレームの断面が太いチューブで作られています。特にダウンチューブは力がたくさんかかりますので特に太いチューブを採用したり断面形状を工夫して剛性を高めています。
 GT社のBackWoodsでは、このアルミ合金にさらに熱処理を加えて強度を高めています。アルミニウムの特徴は、なんといっても軽いことです。前にも述べましたが鉄の1/3の重さです。これは絶対的なアドバンテージを持ちます。しかし、柔軟さとかしなりが鉄に比べると心もとないのも事実です。ハシゴなどアルミパイプで作られたものを使っていると、ガタが多くなったり簡単に凹んだりしてしまいます。だからといって肉厚を厚くすると重くなる。アルミは力を加えすぎると元に戻らず変形してしまう度合いが鉄よりも高いのです。これがアルミを構造材に使う場合の心許ない所です。アルミニウム合金は強度の強いものができる反面弾力に富んでいません。堅いのです。アルミの自転車はとにかく軽いんですけど堅いので路面からの突き上げをよく食らいます。アルミフレームの自転車にはサスペンションが必要なことがよくわかります。
 アルミニウムをフレームとして使う場合、強度が一番高くて一番高価な7000系のアルミを用い、それをさらに硬くするため熱による表面処理を行ってさらに硬くしています。硬くはなるけど撓りを犠牲にしている感じがしないでもありません。これは難しいところです。だからといってしなりの多いクロモリでは重すぎるし。いずれにしてもMTBのフレームの趨勢はアルミフレームなのです。
 道草ついでに、アルミニウムの合金にはどんなものがあるか見てみましょう。
●アルミニウム合金:
アルミニウム材質はその合金の材質からJISでは1000系から7000系の7系統に分かれています。
1000系:純アルミニウム 純度99.0%以上のアルミがこの系列に属します。
99.95%以上を高純度アルミというそうです。このアルミニウムは、軽量で電気伝導度を要求する送電材料、ランプなどの反射板、電気素子などの放熱材、アルミフォイルなどに使われています。
 特徴:
  1. 良好な加工性、合金より柔らかい
  2. 仕上げ表面がきれい。
  3. 良好な耐食性
2000系:アルミに3-4%の銅を混ぜた合金。純アルミに比べ強度や硬さが増す一方、耐食性が劣ります。
用途としては、強度を要求する機械部品、輸送機器部材、航空機用材などに使われます。なお航空機向けは耐食性を改善するため表面に純アルミを重ね合わせて用いています。
 特徴:
  1. 良好な引張強さ(軟鋼より50%強い:約50kgf/mm2
  2. 比較的良好な機械加工
3000系:アルミにマンガンを1.0-1.5%含ませた合金で強度と耐食性を向上させました。純アルミと同等の加工性があります。用途としては缶ビールのアルミ缶などの容器や、建築材、日用品など幅広い用途で使用でされています。
 特徴:
  1. 純アルミよりやや良好な引っ張り強さ(純アルミより20%強い:約12-20kgf/mm2
  2. 純アルミと遜色ない耐食性
4000系:アルミにけい素を混ぜた合金です。ケイ素を混ぜることにより液体での湯流れがよくダイキャスト材として利用されます。ケイ素の含有量が多いと熱膨張率が小さく耐摩耗性が優れるので銅やマグネシウムを加えた強度を増してエンジンのピストンやVTRのヘッドに使われます。
 特徴:
  1. 湯流れがよいので砂型アルミ鋳物に利用。
  2. 融点が低いので溶接棒、ろう付材として利用。
  3. けい素5〜6%位までは純アルミとほとんど耐食性が変わらない
  4. 陽極酸化処理によって暗灰色の自然発色皮膜を形成。
5000系:アルミに2.2-2.8%のマグネシウムを混ぜた合金です。合金番号A5052Pは、我々が一番よく使う部材です。耐食性が純アルミかそれ以上にあります。アルミニウム合金の中でもっとも耐食性に優れます。5082は缶のふたや車両用、5083は高い強度を持つため建築用材、船舶、圧力容器に使われます。
 特徴:
  1 .耐食性良好。特に海水に対して強い。
  2. 強度が高く硬い(約22-27kgf/mm2
  3. 溶接しやすい
6000系:アルミに0.8-1.2%のマグネシウム、0.4-0.8%のけい素を混ぜた合金です。
熱処理によってMgSi2が析出して硬化するため硬い材質となります。建築用サッシなどで多量に使用されています。
 特徴:
  1. 押し出し材として加工しやすい
  2. 良好な耐食性
  3. 良好な溶接、切削性
  4. 硫酸法による陽極酸化皮膜処理を行った場合、無色透明の皮膜が得られる
7000系:アルミに5-6%の亜鉛と2-3%のマグネシウムを混ぜた合金です。
時効硬化性があり、熱処理後の強度はアルミ合金の中で最も大きくなります。航空機、新幹線をはじめとする車両用構造材、スポーツ用具などに利用されています。アルミニウム合金中最も強度がある7075は超々ジュラルミンは日本で開発されゼロ戦に使われました。
 特徴:
  1. 非常に硬くて強い(熱処理をして使う)
    引っ張り強度約50-53kgf/mm2 、耐力約16kgf/mm2 、伸び約7%
  2. 溶接構造材に使う
 
●ジュラルミン(Duralmin)
 ジュラルミンという名前は、アルミニウム合金が生み出されたドイツのデュラン市(Duran市)とアルミニウムにちなんでつけられました。
 発明したのは、ドイツ人のアルフレッド・ウィルム(Alfred Wilm)で1903-1911年のことです。ウィルムは当時まだ新しい金属であったアルミニウムの研究を行い、これに銅、マグネシウム合金を作って、その硬さの研究を行っていました。1906年9月、この研究を彼の助手にまかせていたところ、この助手は焼き入れをしたままの試料を週明けの月曜日まで放置しました。月曜日にこの資料の硬さを測ると異常に硬くなっていました。助手は、当然何かの間違いではないかと測定の誤りをチェックしたのですが間違いないのでウィルム先生に仔細を報告しました。室温で2日間近く放置した試料です。この現象を確認するためウィルムは焼き入れ後のアルミ合金について常温での硬さの経時変化を改めて測定した結果この現象を確認するに至ります。偶然の発見によるこの現象を時効硬化(じこうこうか)と名付け、発見した都市とアルミをもじってジュラルミンと命名しました。一説には硬いという意味のフランス語"dur"からとったとも言われています。

- 「アルミニウムのおはなし」小林藤次郎 著、(財)日本規格協会、1985.11.15 初版

●固溶体(solid solution)
 アルミ合金は、時間と共に硬くなる、150℃程度に暖めてゆっくり常温で戻してやるともっと硬くなる、ことが認められ、時効硬化(じこうこうか)をいかんなく発揮する素材です。アルミの本を読んでいて最近知ったことなのですが、アルミ合金というのは、完全な結晶構造の固体ではないのだそうです。固溶体(こようたい)と言うのだそうです。アルミの結晶構造の中にマグネシウム原子やケイ素原子、亜鉛原子が混じって合金ができる場合、完全に結晶構造の中にがっちり入り込むのではなく、砂糖がお湯に溶けたような状態で入り込むらしいのです。だから、亜鉛とかマグネシウム原子は時間とともに移動し入り込んで、混じり合い、結果的に硬い材質となるわけです。
 ジュラルミンというのは、実はアルミ合金を時効硬化(じこうこうか)で硬くしたものを言っているのだということがわかります。純アルミの引っ張り強さは数kgf/mm2でしかありませんが、焼きなましたジュラルミンの軟質材は、22kgf/mm2の強さに跳ね上がります。これを約3日間常温に放置するだけでさらに36kgf/mm2以上の強さとなります。これはアルミ合金2017と呼ばれるものです。
 
【TIG溶接】
 GT社のBackWoodsのアルミフレームは各パイプをTIG溶接によって接合しています。
 アルミニウムの溶接はなかなかやっかいな代物です。
溶接は、接着する金属を溶かしてひっつけて固める工程です。
アルミは金属の中でも熱を伝えやすい金属ですから生半可な暖め方をすると母材すべてに熱が行き渡ってするめイカのようにグニャグニャになってしまいます。溶接は接合する所だけを溶かして後は熱を与えたくないのです。アルミは鉄より3倍ほど熱を伝えやすいので、溶接をする場合は、溶接したい局部に瞬時に温度を上げられる溶接加工法が必要です。
 もうひとつ、溶接におけるアルミニウムのやっかいな特性にアルミニウム酸化皮膜があります。アルマイトと呼ばれるものもその一種です。純アルミは酸素が大好きで、いともたやすく酸素と結びつき酸化アルミニウムを作ります。これがアルマイトと呼ばれるものです。アルマイトは台所の鍋に見られるように表面上に鈍い金属反射をもちます。純アルミはとても反射が良くて精度のよい鏡を作る際にガラスに蒸着して使われるほどです。このアルマイトはいったん被膜を作るととても安定してそれ以上の酸化を防いでくれます。鍋などではこの方が都合がよいので積極的に利用していますけど、溶接する場合、溶接面に酸化アルミニウムができると接着できなくなってしまいます。ですから、アルミニウムを溶接する場合には、酸素のない状況下で行わなければなりません。
 TIG溶接はこうしたアルミニウムの溶接の難しさを克服した溶接法です。TIG溶接とは、Tungsten Inert Gas Weldingと言って、アーク溶接の一種です。一般のアーク溶接は、町の鉄工所や建築現場で、お面と革手袋をはめたたくましそうな人が、鉄骨に向かって、電極棒のついた小手を当てて強烈な青白い光を放ってバッバッバババーと線香花火のように火花を散らしている溶接です。この一般的なアーク棒による溶接では、アークを精度良くねらった位置に高温にできないことと酸素を完全に遮断できません。TIG溶接は、アークを作る電極に高温に耐えるタングステン電極を使用しているため、アーク温度と溶接部位を精密にコントロールできます。電源も直流ではなくパルス発振にして発振周波数やパルス巾を制御することにより精密にアーク放電を起こすことができます。それに加えアルゴンガス(一般には安価なCO2=炭酸ガス)を電極から母材面に吹き付けて酸素を遮断することができるために、アルミニウムなどの軽合金に都合良く溶接できるのです。この溶接法は効率があまりよくないために高価な溶接法と言われています。
ちなみに、溶接には、溶接棒(この溶接棒は接着材と酸化防止剤[フラックス]がはいった電極)を使ったアーク溶接や、電極を接着のための溶接ワイヤにしてこれを繰り出して溶接するMIG溶接、レーザの高密度エネルギーを利用するレーザ溶接、真空容器の中で電子を飛ばして溶接する電子ビーム溶接、ハンダ付けのように接着する銀ろう付け、などがあります。
 日本の町工場でのTIG溶接は、一般的にアルゴン溶接と呼ばれることが多いようです。板金工場のような、精密な溶接を必要とするところは、鉄板やステンレスもアルゴン溶接をしているようです。溶接の際アルゴンガスを吹き付けるのは、アルゴンを吹きかけないで溶接すると、溶接部分が酸化してしまうのと、ビードと呼ばれるアルミの黒く酸化したツブツブが、溶接する部分の付近に飛び散って付着してしまうのを防ぐためのようです。また電流もパルス的に流しているようです。その理由は、なるべく部分的にアルミを溶かすためでしょうかね?当方よく知りません。
高価な溶接機を使って精密に溶接する技術がマウンテンバイク製造にも活かされているんだと感心しきりです。
 
【フロント・サスペンション】
 私があこがれていたサスペンション(懸架装置)です。カタログを見ると、この懸架装置の上下するストローク量が性能の目安になっているようです。速く走るマウンテンバイク(クロスカントリータイプ)は、前輪にのみダンパーとコイル方式のサスペンションがついていて、後輪はフレームのもつ撓り(しなり、弾性 + 靭性)で懸架しているようです。これをリジッドと言っています。速く走るためにペダルで漕ぐ場合、後輪にストロークの大きいサスペンションがあると回転エネルギーがこのサスペンションで吸収されてしまいうまく加速できないという問題があるようです。
 前輪は加速にはあまり関係ない(加速するときはほとんどの力が後輪にかかる)ので、サスペンションが採用できるのでしょうね。で、GT社のBackWoodsに採用されているフロントサスペンションは、Rock Shox社のJETT XCと呼ばれるものです。ストロークは75mm。コイルとダンパーで減衰力はオイルウェイトで調整可能と言われてます。どのように調整するのかは今のところ良くわかっていません。ダンパーはオイル式とエア式のものがあるそうです。エア式の場合、空気の圧力によって減衰力が変わるんでしょうね。どのようなスピードでどのようなデコボコ道を踏破するかでこれらの調整は変わってくると思います。
 友人Kから借りて試乗した感じでは、フロント・サスペンションを採用したマウンテンバイクはライディングがかなり楽になることです。私が今乗ってるPanasonicのMountain Catはリジッドなフロントサスペンションですから、路面からの凹凸の突き上げを結構くらいます。長時間ライディングしているとそのために手首が痛くなります。私のような両輪ともリジッドのバイクを乗る場合、少々のテクニックがいります。ライディングの際ペダルに全体重をかけて凹凸を乗り越えるとき、バランスをうまい具合に取りながら前輪と後輪に体重がかからないようにするのです。すなわち、前輪が凹凸に来たとき体重は後輪に寄せて前輪には重みをかけないようにします。こうすると前輪は比較的緩やかに凹凸を踏破できます。前輪が踏破したら今度は体重を前輪に寄せて後輪に重みをかけないように踏破するのです。これは誰もがやっていることです。フロントサスペンションがあるとこうしたテクニックがなくても楽に踏破できたり、長距離ライディングでは疲労度が違ってきます。

【スリックタイヤ】

 友人Kは、タイヤチョイスにスリックタイヤをスペシャルオーダーしました。標準装備はブロックタイヤ(ゴツゴツしたブロックパターンのあるタイヤ、山道、未舗装の道路に有利)でしたが、彼はスピード性を優先させました。マウンテンバイクのスリックタイヤは、26インチのリム径に巾が1.95インチ(49.5mm)巾のものでかなり太い感じがするものでした。スリックタイヤの乗り心地は舗装道路ではえも言われぬ静粛感とスムース感がありました。ロードノイズが全くないのです。私のマウンテンバイクはかなりのロードノイズを出して舗装道路を走ります。これで時速で5kmほど違うんじゃないかと思うくらいです。未舗装道路も結構な踏破性を示してました。ただ、ぬかるみや、濡れた路面ではスリップして危険であることは否定できません。こうした場に遭遇したら、細心の注意を払ってライディングするしかないでしょう。
 
【SPD】
 友人Kが固執したマウンテンバイクのオプションアイテムにSPDがあります。SPDというのは自転車のパーツを供給しているShimanoというメーカが開発したペダルとシューズを固定するビンディングペダルで、Shimano Pedaling Dynamicsの略です。1988年にShimanoが提唱して一般的になったものです。これを使うと靴とペダルが金具で固定されて常時ペダルに靴がくっついている状態になります。従って、ペダルを漕ぐとき脚を押し出すときのみならず、脚を引き上げるときもペダルに力が加わり、常時自転車に脚力からのトルクが加わることになります。これは結構ラクチンだと友人Kは言っていました。彼がロードレース自転車を乗っていたとき、ベルトによる靴固定のペダルを使用していてその良さを十分知っていたのでこのアイテムは外せないと言っていました。
 SPDは金具でワンタッチで固定でき、足をちょっとひねるだけで着脱できるということでプロの間では評価が高いのですが、なれないとなかなか外せなくて、交差点などで止まるときは十分余裕をみて外さないと「立ちゴケ(足がつかなくて転倒する)」が起きます。
 
【ライディング・フィール】
 GT社のBackWoodsを借りて乗った感じは、
・軽い
・走りがスムーズ
・Vブレーキの効きが良い
・Shimanoの8段ギア(後段)がキッチリ決まる
・スリックタイヤで走行が静粛
という感じでした。ライディングには不可欠な、
走る + 止まる
が小気味よくまとまった良い感じのバイクだなと感じました。
 ロードレースタイプを乗っていた友人Kはギア比が低いマウンテンバイクでトップスピードが出せないギア設定にちょっと不満気味のようでしたが、総じてライディング・フィールが良くて虜(とりこ)になったようでした。

 

 
3-2. 私の購入したAnchor AXNP(1999.10.1)
 9月23日(1999年)私にも新しいマウンテンバイクが入荷しました。機種はブリヂストン社のAnchor(アンカー)でAXNPと呼ばれるものです。
 
◆何故Anchor? (1999.09.09)
 数あるマウンテンバイクメーカの中から、何故ブリジストンのAnchorを選んだかといいますと、Anchorが採用しているネオコットフレームに少なからず興味を覚えたのです。
 仕事柄、いろいろな機械構造物の設計に携わったりしてきていますと金属材料にも少なからず興味を覚えます。自動車にもアルミを使ったスポーツカーが登場してその運動性能をいかんなく発揮しています。しかしそのスポーツカーもアルミの使用はボディーなどの殻の材料に使用して構造支持体にはまだアルミは使用されていません。エンジンなどのブロックはアルミ軽合金でできていますがクランクなどねじり張力が加わるところはクロームモリブデン鋼が使われています。
 オートバイはどうでしょうか? 強力な馬力を生むエンジンを積んで走るモーターバイクに構造体であるアルミは少しヤワな感じを与えます。エンジンを乗せるフレームはアルミを採用していますが構造体はスティールで構成されています。
 缶ジュースや缶ビールに使用されているアルミ缶とスティール缶は両者相譲らず互いのマーケットをしっかり確保しています。ビールはアルミ缶、お茶、コーヒーはスティール缶という具合です。自動車の鋼板の薄型化、高張力化でアルミ外板に傾きかけていた需要が鋼板に戻ってきています。
 こうした趨勢を見てみますと、鉄のもつ特性もまだまだ捨てがたいものがあるのではないかと考えはじめたのです。精度は間違いなく鉄の方がすぐれているでしょう。撓りも弾性もすぐれていると思います。溶接もしやすい。高温での加工もとても素直です。
問題は軽量化です、なにせアルミの3倍の重さがあります。
この軽さを如何に克服するかがスティールフレームの課題なのですが、Anchorはクロームモリブデン鋼を独自の特殊加工法で驚異的な軽量化と高張力化に成功しているらしいのです。軽くなれば鉄の持ち味が生きてくるだろう、というのが私がこのフレームに注目した理由です。
 
 
   
 上の写真が今回購入したAnchor AXNPです。フレームは420mmと460mmのタイプの2種類あるうちの420mmというタイプを選びました。これはサドルからペダルまでのフレーム長さ(シートチューブ長)を基準としたもので、フレームの大きさの目安となるものです。私は背が小さいので小さいフレームを選びました。
 色はブルーのイルージョンと呼ばれるものを指定しました。アルミフレームに比べると随分細いパイプになっているのがわかります。
 下の写真はフロントフォークに集まるパイプの溶接部です。アルミと違ってきれいな溶接仕上がりになっています。また、よく見るとダウンチューブのパイプの太さはジョイント部が太くなっているのがわかります。パイプの太さを変える技術がすごいんだってブリヂストンが言っていました。Galaxyの店長の話しによると、自転車は、フロントフォークに集まるパイプ部に一番の力がかかるんだそうです。この部分を巧みな技術で処理したAnchorは良い自転車だとほめてくれました。
 
 【クロモリ: クロームモリブデン鋼】
 鉄です。人類の歴史を変えてきた(農耕具を作り、武器を作り、城を築いた)大いなる構造材料です。鉄は、その処理の仕方で特性が変幻自在に変わります。鉄の中の炭素含有量で硬さが変わります。素材をたたくことにより硬くなります(鍛造)。熱を加えることにより硬さや粘性が変わります。そして他の金属を添加することにより錆びにくくなったり、引っ張りに対し驚くほど強い金属となります。
 鉄の合金で添加物を入れるホントの目的は鋼の焼き入れ性を高めること、そして焼き戻し処理をした際に焼き入れ効果を損なわない材質にすることでした。鉄を強くする一つに鉄を暖めておいて急激に冷やす焼き入れがありますが、これは炭素を取り込んだ強固な鉄の構造(マルテンサイト)ができあがるためです。マルテンサイトの構造を持たせることが硬い鋼を作る際の基本的な考え方です。つまり鋼は、鉄と炭素成分の混ざり具合によって硬さが決定づけられます。この鋼に他の金属を混ぜるますと精密に温度コントロールしないで焼き入れをしても硬度が保つことができたり、焼きなましをしてもそれほど硬度が落ちない特徴がでるようになります。この特徴は、鋼が高温にさらされる切削工具や、溶接材として使う場合に威力を発揮します。構造材はほとんどのケースで溶接を強いられますから、局部を加熱された鋼でも十分な強度を保つことが大事な要素となります。このような応用では合金鋼が重要な働きを持ちます。
 炭素鋼は簡単に焼き入れ処理できる反面、溶接材として使用する場合に溶接の高温加工で溶接部の炭素成分が変わり強度が不安定になる欠点を持っていて、溶接材としての炭素鋼は、炭素成分が0.2%でなければなりません。しかしこの成分の炭素鋼では強度がとても保てませんので、合金の登場となるわけです。
 鉄に入れる金属としては、
Al, Cr, Co, Mn, Mo, Ni, P, Si, Ti, W, V
(アルミニウム、クロム、コバルト、マンガン、モリブデン、ニッケル、リン、シリコン、チタン、タングステン、バナジウム)
があります。
 炭素鋼に約1%のクロムを加えたのがクロム鋼で、この合金は焼き入れが極めて効率よくできて硬くなります。また、焼き戻し処理をして粘りを出させてもそれほど強度が低下しません。クロム鋼は引っ張り強さが約80-100kgf/mm2 程度あります。アルミ合金に比べ2倍から3倍の強さです。クロム鋼の焼き入れは830〜880℃の油中で行い、焼き戻しは520〜620℃で行います。
 クロム・モリブデン鋼(Cr-Mo鋼、クロモリ)は、クロム約1%の他にモリブデン約0.25%を入れたものでクロム鋼よりも焼き入れ性がよく焼き戻しの際の脆くなる特性が抑えられます。クロモリは高温で加工しても強さや硬さや粘りの性能が落ちず、しかも仕上がりが美しくできます。従ってクロモリは、溶接を目的とした管や薄板に使われます。クロモリの引っ張り強さは約85-105kgf/mm2 程度で自動車のクランク軸、ナックル・ボルトなどに使われています。
 ブリジストンのAnchorは、このクロム・モリブデン鋼パイプをマウンテンバイクのフレームに使用しているのです。
 
 
 
【フロントサスペンション】
 Anchorが採用しているフロントサスペンションは、RST社のZetaと呼ばれるものです。89mmのストロークがあり、前輪の地面からの凹凸を吸収してくれます。このサスペンションのおかげでライディングが随分楽になりました。前に乗っていた自転車は路面からの凹凸をもろに受けていて、体重移動をうまく行って凸凹の路面を踏破しないと路面からの衝撃をまともにくらうのですが、このバイクは体重移動を少々間違えても苦もなくバイクを進めてくれます。フロントサスペンションの両コラムの上面にはサスペンションの硬さを調整するノブがついていて時計方向に回すと硬くなり、半時計方向にすると柔らかくなるようになっています。このサスペンションの硬さ調整は普段はあまり神経質に調整する必要はない感じです。かなりデコボコの激しい路面をかなりのスピードで走破する場合にセットする感じです。私の場合市街走行がメインですから、一番硬目からノブ1回転分柔らか目の設定にしています。
 
 
 
 

 
 
【サドル】
 Anchorオリジナルのサドルです。小振りなサドルです。大きいサドルはお尻にやさしい反面長時間乗っていると股ズレがおきます。このサドルは腰を据えて勢い良く漕いでも漕ぎやすいように小さ目に作られています。しかし、自転車とサドルは永遠の問題のような気がします。とにかくバイクを乗り続けるとお尻が痛い。ペダルを漕いでいると太股の内股がサドルとすれて「鞍ズレ」を起こします。サドルを前後に調整して股ズレが起きないところに設定する必要があります。

 
 
【SPDペダル】
 ペダル(左写真)は、レース用のもので専用のシューズ(下右写真)を使ってペダルと金具(クリート= cleat)でカチリと固定したものを使っています。これは、ペダルのビンディング(binding=クツの固定)のひとつの方法で、SPD = Shimano Pedaling Dynamicsと呼ばれているものです。ペダルを押す力と引く力の二つが使える優れもので結構スイスイ走れるんですけど、初心者は慣れないと危険です。SPDに慣れていないと自転車を止めるときにこの金具が外れず、足が地面につかないで転倒する、いわゆる「立ち転け(たちごけ)」が起きます。
これはだれでも必ずやることなんだそうです。自転車屋の専門家が言ってますし、バイクの本にも書いてあります。要は転んで覚えていくしかないそうなのですが。
   ・・・ このSPDペダルを初めて取り付けた初日に私は3回やってしまいました。
最初は、環状7号の大和陸橋の交差点でコケました。交差点で止まるため金具を離したまでは良かったのですが、ご丁寧にもクツを再びそのペダルにそっと乗せてしまって、それが運悪くカチャリと固定されて、自転車は止まる、足がペダルから離れない・・・、あぁ〜っと悲鳴あげて自転車と一緒にガッシャーン。2回目は赤坂の豊川稲荷の交差点。信号が赤になって渡ろうか止まろうか迷っていて結局止めることにしたのは良いけどクリート(クツの金具)をペダルから離すのを忘れていて、バイクが止まってから気づいてあえなくガッシャーン。
三回目は巣鴨の交差点。細い露地に入るときに突然、中年のオジサンオバサンが屯(たむろ)していているのを目撃、彼らはあらぬ挙動をして右往左往。道に不慣れで露地でウロウロしてたみたい。彼らが何をしているのかその挙動が見えなかった私は、バイクがすり抜けられるスペースが見つけられずに立ち往生してしまい、クリート(クツの金具)を外せないままガッシャーン。
みっともないし、第一とても危険です。
危ないところでは事前にクリートを外してバイクを転がすようにしています。
そのビンディングペダルも12月(使用して3ヶ月)で大分慣れました。瞬時にクリートを離せるように足をひねる動作が機敏になりました。要は慣れということのようです。(1999.12.20)
 

 
 
【V-ブレーキ】
 このバイクにはShimanoが開発したV-ブレーキディオーレXTというものを装備しています。このブレーキは中指一本で軽く操作でき、ブレーキの利き具合も抜群です。
 ブレーキパッドをタイヤリムに押しつけるのにこの装置ではパラレルリンクという機構を採用しています。この機構は、ブレーキパッドがタイヤリムに平行に移動して当たるもので、面積の広いパッドがブレーキの効き始めから面接触になるためブレーキの効きが格段に良いのだそうです。
 V-ブレーキを使う場合、4本の指で決してブレーキをかけるなというのが鉄則のようです。自転車屋(Galaxy)の店長から何度も注意を受けました。4本の指でブレーキをかけると効きすぎてタイヤがロックし転倒します。前輪だけブレーキをかけたら前輪を中心にしてバイクごと一回転しちゃうんだそうです。そのくらいV-ブレーキの効きが凄い。
後輪ブレーキもかなり強烈に効きます。
ブレーキをかけるときは、前輪ブレーキをちょいとかけて制動を確かめて、そして後輪ブレーキを効かせて前輪ブレーキのカウンタを当てるという手順です。
これをどんな状況下でもコンスタントにすばやく行わなければなりません。急ブレーキをする場合でもそうです。
なんどか急ブレーキをかけたことがありますが、ホントに良く効きます。強くかけるとタイヤがロックします。その時はブレーキレバーをゆるめたり強めたりして、人間ABS(アンチロック・ブレーキング・システム)を行います。


 
 
【ウォータボトル&空気入れ】
 新しいマウンテンバイクには、補給水ボトルを2つ付けました。これは、今年(1999年)の夏九十九里をライディングした時の体験からきたものです。大きいボトル(900ml)に水を、小さなボトル(500ml)にポカリスエットを入れています。理由は、ポカリスエットばかりだと水がほしくなり、水ばかりだと塩気がほしくなるためです。
 大きなボトルホルダーの横には空気入れを装備しました。この空気入れは圧力ゲージ付きで空気を入れる際の圧力がわかるようになっています。
タイヤに入れる空気圧は、3〜5気圧(約3-5kg/cm2)で、前輪は少し低めが良いそうです。空気圧が高いと跳ねが強く現れます。高速走行するときは高めが良いんでしょうけど。私の場合、後輪タイヤの空気圧を3.5kg/cm2で、前輪を3kg/cm2にしています。携帯空気入れは空気圧ゲージがついていて便利です。

 


 
【ブレーキレバー&シフトギア】
 V-ブレーキ用レバーとギアシフトレバーです。
これは右手のハンドルに装備されたレバーでブレーキは前輪用、ギアシフトは後段用です。ブレーキレバーの付け根にはギアシフトのインディケータ(赤印)が装備されています。左側にはスピードメータ(CATEYE製)をつけています。
 ブレーキレバーはアルミでできていて小さめのレバーです。大きいとたくさんの指でブレーキレバーを引いてしまうため危険なためでしょうか。このブレーキレバー内部にもShimanoの技術が凝縮されているようで、レバーを引いてブレーキパッドがタイヤリムに当たるまでは素早く移動し、当たりが出てきてからはジワリと締め付けるようなレバー移動なんだそうです。そう言われてみればブレーキの効きのフィーリングが良い!
 ギアレバーはハンドルグリップに隠れるような位置に2つ(1対)装備されています。手前のレバーがシフトアップ用、向こう側がシフトダウン用です。シフトアップ用は親指で、シフトダウンは人差し指で行います。自然とブレーキは中指ということになります。中指一本でもちゃんとブレーキが利くところが優れものです。
 

 
 
 
【27段変速ギア】
 Shimano製のXTシリーズの27段変速ギアです。段数が多いため坂道の状況と脚力に応じてギアを選びます。細かなギア選択ができるため無理なく自転車を漕ぐことができます。後段9段のギアスプロケットはトップクラスの性能で現時点では最高段数。何せ段数が多くなるとギアの厚み巾が出てきますからむやみに多段にするわけにはいきません。ShimanoのディオーレXTは、従来の8段ギアの巾サイズに9段ギアを入れ込んであります。それに多段化すると重量が重くなるのでアルミ合金を使用して軽量化を図っています。もっとも後段のギアスプロケットは力が強くかかるためスティール製になっています。このギアスプロケットはクロームメッキ処理されていますが、かなり厚いメッキ処理が施されているようで錆びにくい印象を得ました。
 ギアスプロケットは精度の固まりとも言うべきもので、パワートレインの一番大事なところ。
このギアシステムも、20年前は5段変速だったそうですから隔世の感があります。
 

 


 

4. ライディング&ドライビング

 
4-1. 市内走行
 自転車は剥き身の乗り物ですから、スピードを出すとかなり危険です。オートバイほどではありませんが、転倒、接触など、擦り傷、骨折程度の事故は覚悟しなければならないでしょう。また、車道を走行する際、自動車に引っかけらたら重傷事故になりかねません。ロードレースタイプだったら車道を走らなければならないでしょう。なにせ50km/h以上はでます。マウンテンバイクは40km/hがせいぜい。60km/hで走る車に邪魔くさそうに抜かれていきます。私が車道に出るときはかなり緊張します。左側をキープして速度も30km/h以上。クルマが左側に止まっているとかなり緊張します。突然ドアが開いたらどうしようとか。駐車してある車に乗ろうとして突然車道に歩いて出てくるドライバーや搭乗者も気をつけなければなりません。そしてある程度バイクのスピードを出さないと車に迷惑だし。
 
 歩道で走るときは、別の意味で神経を使います。まず歩行者のスピード。若い人たちは結構速い速度で歩きますがそれでも1m/秒、時速にして3.6km/hです。この速度は、自転車のゆっくりした速度10km/hの1/3です。これがご老人になるともっと遅くなり秒速0.2m程度になるでしょうか。巣鴨のとげぬき地蔵は、老人銀座と呼ばれる名所でご老人がめっぽう多い。巣鴨の駅前の歩道を通る場合には低速走行技術が要求されます。老人夫妻が並ぶように歩道を塞いで歩いているともうお手上げで、止まるか止まらないかの速度で彼らの後ろを着いて行かねばなりません。この時はギア比をうんと落としてペダルを回転させてもバイクがゆっくり進むスピードのセッティングでバイクの安定を保ちながらじっとついていきます。そして抜く間隙ができたら速やかに抜いていきます。
 神田神保町も神経を使う歩道です。人手が多く、若者が多い。女子高校生3名の歩行は、完全に真横になって歩きます。そして女性特有の自分たちの世界に入っていますから、後ろから自転車が近づいてくることを全く気づきません。ジッと後ろからついていきます。
朝日新聞の朝刊に、都内の自転車事故が急速に増えている記事を見ました。接触事故が多いらしく、ひどい場合は死傷事故ににもつながっているそうです。女子高校生の乗った自転車が老人に接触し老人が転倒して死亡した事例を挙げていました。都内を走っていると歩道の未整備が目につきます。(1999.12.19)
 
4-2. 会社までのライディングコース
 1999年6月から7月にかけて週末になると、自宅から会社(2000.04まで勤めていた会社、西麻布にあった)までマウンテンバイクを乗りました。距離約15km、これを1時間程度で走りました。
 コースは、まず王子駅前から飛鳥山を登ります。王子駅から飛鳥山までは約300mの登り坂。この勾配は結構きつくママチャリで駆け上がれるかどうかが家庭の話題になるほどの行程です。MTBでは苦もなく登りきります。ギアで前段がトップギア(3段の内の一番大きいギア)、後段が2段か3段目のローギア(大きいギア)で軽く上がっていきます。
 この飛鳥山を登って飛鳥山のT字路交差点を右に折れ、明治通を池袋方面に向かいます。この通りは緩やかな登りで西巣鴨まで走ります。西巣鴨で左折して中山道(国道17号、通称白山通り)に出ます。西巣鴨からの国道17号は緩やかな下り道路です。日曜日の朝は車が少ないので車道を走ることがあります。ここですとトップスピードは瞬間的に40km/hは出るでしょうか。
 この時の私のバイク(Panasonic MountainCat)は、ブッ太いタイヤのためか路面から拾うノイズが大きく、また、フロントタイヤのリムが少し曲がっているみたいでタイヤが少しブレ、このため40km/hを出すとちょっと振動を出します。
 巣鴨、千石、白山、春日、水道橋、神田神保町、平川と通って皇居にでます。この通りは緩やかな下り坂。道も広く結構走りやすい道です。
ただ、巣鴨と神田神保町の駅前は人通りが多く、車道も車がびっしり駐車しているので、癇癪を起こさないようにスピードを十分に殺して歩行者と併走するか、彼らの合間を縫って走ります。また水道橋は後楽園(ドーム、遊園地)がありそちらの歩道は子供連れの歩行者が多く、子供の飛び出しなど神経を使う通りです。
 いずれにせよ、歩行者がどのような歩きをするのか瞬時に見抜く技量が要求されます。
 アベックの二人連れ、3人連れ仲間の歩行、4人連れ仲間の歩行、子供と父親、2人の子供を連れた母親、ウィンドウショッピングをしている歩行者、道に不案内な歩行者、老人、対向自転車(老人、壮年、少年)などなど、それぞれの歩き方のパターンは美妙に違います。それらの動きを瞬時に判断しなければなりません。
 
 神田神保町を通り過ぎ、一ツ橋の学士会館を左に見て(共立女子校を右に見て)、皇居にぶつかる平川橋にたどり着きます。このT字交差点で右折して竹橋に向かい、すぐ左側の紀伊国坂に入ります。右手に国立近代美術館を見て、皇居のマラソン周回コースに入っていきます。北の丸、代官山通りを通って千鳥が淵の交差点までだらだらとけっこう長い登りが続きます。ここでかなりの汗が出てきます。バイクもギアを選んで自分の体力にあった回転力で駆け上がります。脚が酸素を要求する行程です。ギアと回転力をまちがえると途中で脚が酸欠のため上がらなくなります。ここはちょっと苦しい坂です。マラソンの人たちも苦しそうに登って行きます。この苦しい工程でいろんなことが脳裏をよぎります。息も上がります。ギアは前段はトップギアで後段は3速か4速です。時速にして17km/h〜20km/hで上がっていきます。
1999.12.31記: 最近はこの坂も慣れたせいか平気で上って行けるようになりました。
 
 千鳥が淵の交差点に出ると左折して内堀通りに出ます。左手に皇居とお濠、右手にイギリス大使館、東條会館を見ながら快適な下り坂を一気に三宅坂まで駆け下ります。マラソンの人たちとは速度差があるので接触しないようにオーバーテイク(追い抜き)していきます。
 最高裁判所、日本社会党のある三宅坂交差点を右折して、国道246号(青山通り)に出てちょっときつめの坂を平河町まで漕ぎ上がります。平河町から赤坂までは急降下、一番スピードが出る所です。ただ、ここはホテルや会館が多いため、着飾った人たちが不慣れな(地図を見ながら)歩行をしているので歩行者の挙動を十分に見極めながらバイクをすすめていきます。
 
 赤坂見附から青山1丁目は、最後の胸突き八丁です。この坂が一番苦しい。脚が酸欠状態になって筋肉の収縮がままならなくなります。この行程では、自分の体への酸素の取り方を考慮しながらギア比を選び、ペダルの回転数を上げていきます。
1999.12.31記: この坂も平気で上れるようになりました。
 青山1丁目(ホンダ本社、青山プレジデントホテル、青山ツインタワー)の交差点を左折して乃木坂に向かいます。ここはなだらかな下り。右手に青山墓地を見ながら街路樹を愛でながら風を体に受け入れながらシズシズとバイクを進めます。ここは気持ちのいい通りです。
 
4-3. 歩道のシケイン(障害物)
 歩行者にとって、自転車は、歩道を歩道とも思わない不遜な輩(やから)です。自転車ライダーにとって歩行者は常に細心の注意を払わなくてはならぬ障害物(シケイン)です。
 1999年7月19日の朝日新聞の読者の「声」欄に横浜市に住む43才の女性から傍若無人な歩道を走る自転車ライダーのマナーについて警鐘をならしていました。確かに、時速1-5kmの歩行者と15km/h以上で走る自転車では、速度差が5倍から10倍あるわけです。自転車を乗る方によほどのモラルがないと自転車が凶器になりかねません。スーパーマーケットの前の通りは、道まで品物が出され、反対側は買い物に来た客の自転車、その間を品物を物色して歩く買い物客。この場合の状況では、自転車を乗り入れて良いという正当な理由はまったくなくなります。こうした所は通らない方が無難です。
 1999年11月には、自転車の事故が増えている記事が朝日新聞に掲載されていました。女子高生の乗った自転車が老人に接触し転倒させ死亡させた事例も載せて歩道への自転車の乗り入れのマナーを問うていました。
 
 ここでは、歩道を歩む人たちの行動原理について触れたいと思います。ここで論じたいのは、彼らをいかにスマートにオーバーテイク(抜く)するかということです。
 
●お年寄り
お年寄りは、基本的に体が不自由です。立つことすらままならない人もいます。それでも健康のために外に出て気を晴らしたり、体力を維持しようとされています。彼らは副次的に目が不自由だったり、耳が遠かったりします。自転車の警告ベルでも耳に入らない場合がほとんどです。彼らは素早い行動など決してできませんから、歩道に置かれた大きな置物とみなす必要があります。したがって、彼らを見たら自転車の速度をできるだけ落として十分な間隔を開けてゆっくりと追い抜いて行く必要があります。
●道に不案内な人
道に不案内な人は、立ち止まったり、また動いたりと、歩道に注意を寄せずに建物や案内看板に全神経を集中させています。このような人たちを追い抜くにはできるだけ離れて追い抜くことです。彼らは突然後づさりすることがあるからです。そして突然立ち止まることがあります。彼らが真っ直ぐ前を見ずに建物を見たり、足がふらついたりしたら要注意です。また、集団で建物を探しているときは、歩道のほとんどを塞いでしまいます。この場合は為すすべがありませんから自転車を止めるしかありません。
●4人連れの歩行者
複数の人が歩いているのは、人間行動学的に面白いものです。彼らは、必ず横一直線にあるきます。二人連れはもちろんのこと3人連れも横一列に歩きます。その際、大抵そのグループの中心人物が真ん中に位置します。彼らの多くは歩道を塞いで歩いているのに後ろめたさを感じています。しかし日頃の人間関係からか縦位置列に歩くのは希です。従って、後ろから追い抜くときは、速度をゆるめて後ろについて警告ベルをちょっとならして見ます。そうするとほとんどの場合、道を空けてくれます。込んだ歩道や狭い歩道では、追い抜くことは無理ですので後ろから彼らの速度に合わせてついて行くほかありません。
●3才児と親子
三歳児は、歩くのが大好きです。外に出た開放感から喜んではしゃぎ回ります。彼らの智恵は残念ながら自転車がどういうものであるかの認識がまだできません。身の丈の低い位置から見る外の世界は、意外と狭く、歩行者でも膝から下しか見えないのです。人混みの込んだデパートに連れていくと、彼らは林立した足の林しか見えないため一種の恐怖感を覚えます。従って自転車のスピードがどの程度のものであるかがわからず距離感もわかりません。身の丈の低い目線から興味あるものに惹かれて、「キャー」っていって飛んでいきます。幼児が歩いていたらまず、母親がどの位置にいるかチェックすべきです。幼児が恐怖を覚えて本能的にすり寄るのは母親だからです。そして幼児の視線で興味あるもの(風船、くるくる回るもの、人形、お店のウィンドウなど)があるかどうか見極めます。幼児は基本的には後ろ向きに歩きませんから幼児が向いている方向に興味のあるもの、肉親がいたらその背後を通ると無難に通り抜けることができます。
●女学生3人連れ
女学生の3人連れは、必ず真横一列に歩きます。真ん中が中心人物です。真ん中の中心人物の歩調に合わせて前に出るでもなく後ろに出るでもなく、とにかく横一文字に歩くのが彼女たちの基本です。それに女性ですからあまり周囲を気に留めません。後ろから自転車が近づいてきても彼女たちは、自分たちの関係を保つのが大事なようです。広い場所でしたらゆっくりと追い抜くこともできますが狭い歩道でしたら為すすべがありませんから後ろをゆっくりついていくしかありません。どんなこと話てんのかなぁとか想像しながら。女学生は面白い存在です。彼女たちは4人グループというのがありません。大抵2人グループか3人です。4人になるとそれぞれ2人ずつに別れる可能性を大いに秘めています。ここが男と違うところです。男での4人グループは簡単に形成されます。
●車道に駐車している車
車道に駐車している車で気をつけなければならないのは、その車に人が乗っているのか、車の影から人が出てくるかどうかということです。駐車している車の右扉が突然開いてそれに自転車が衝突するなんて考えただけでもゾッとします。
●電信柱のある歩道
東京の下町には歩道にニョキニョキ電信柱が立っています。時には「これが歩道?」と思えるような電信柱がデンと座って人一人がやっとという歩道もあります。こうした歩道はちょっとバイクではすり抜けが難しいので歩いて通るか迂回するしか方法はありません。
 
 
 
4-4. 雨の日のライディング (1999.10.17追記)
 
■レインウェア:
米国Berlington社のVERSATECHというレインウエアを購入しました。\12,000でした。購入は、池袋のGalaxy。ウインドブレーカとしても使用でき、風を通さず、体内の発汗は速やかに体外に放出する繊維Supplex(米国DuPontの製品)を使用しています。このウェアは、少々の雨の日に使えますが、ドシャ降りでは全く用をなしません。1999年7月にこれを着用して走ったら、汗だくになり、汗なんだが雨なんだがわけがわからないくらい濡れちゃいました。
 7月のツユのまっただ中、大粒の雨が天から降り続く中、自宅から会社まで1時間のライディングをしました。リュックは防水用のものを買い求めてあったのでこの性能を確かめる意味もありました。服装は上は木綿のTシャツ一枚、帽子も木綿の野球帽、下は木綿のズボンという出で立ちで全て木綿でした。結論から言うと、木綿は雨に対して水分を吸収しすぎるので使用に耐えないことがわかりました。全身ずぶぬれでライディングしてましたけど、これがとても気持ちよかった。意外に思えるかも知れませんが、雨が体を冷やしてくれるのでとても気持良いのです。まるで水の中で泳いでいるようでした。当然、会社に着いたら全身濡れネズミですから全て脱ぎ捨ててハンガーにかけて水を切らなければなりませんでしたれど。
 1999.10.3に山梨県勝沼に一泊のサイクリングに出かけた帰り道大月から高尾に抜ける山道で雨にたたられました。さっそくVERSATECHというレインウエアを装着。帽子は野球帽に代えて、GORE-TEX(ゴアテックス)素材のゴルフハットを被りました。この帽子は調子が良く頭を雨から守り頭から発散する汗を適度に逃がしてくれました。
 VERSATECHウェアは撥水性はありませんでした。雨が体内にたくさん入って来ました。ただ、雨があがると即座に乾いてしまうのでいつまでも水分が体にまとわりつくということはありませんでした。10月の山中の雨は冷たく、もう少し強く雨が降ったら体を壊していたかも知れません。秋口から冬、春口にかけての雨中ライディングはGORE-TEXのしっかりしたレインウェアを装備する必要があると痛感しました。
 
4-5.冬の出で立ち(1999.12.29)(2000.06.07)
 
■インナーウェア:
 自転車に乗り始めて最初の冬がやってきました。寒い冬をどう乗りこなすか、これが私のちょっとした興味です。秋口に山梨勝沼にサイクリングをし、晩秋の箱根を走って寒さと運動による汗との兼ね合いを受け持つウィンタウェアの選択の重要性を認識しました。
1999年12月に冬の自転車走行に備えてウィンターウェアを購入しました。ゴアテックス(GORE-TEX)社が販売しているインナーウエアと呼ばれるものを買いました。風を通さず体温を逃がさない、そして汗を速やかに放出する肌着で、下着と上着の間に着ます。シャツとパンツの上下を買いました。シャツが\13,000でパンツが\12,000でした。
このインナーシャツの生地はゴアウィンドストッパ(GORE Wind Stopper)ファブリックと呼ばれるもので3層構造の生地です。
 フリースやニットの間にゴアウィンドストッパメンブレンを入れた生地でこれでその外の冷たい風をシャットアウトし体から発する汗の蒸気を速やかに外に出し体と生地の間に暖かい空気層を作ってくれるのだそうです。
 このインナーウェアはとても軽くて、膝や肘、肩などの伸縮するところはストレッチ加工がしてあるので動きが楽でした。
12月に購入したその週末これを着て自転車に乗ってみました。木綿の下着の上にこれを着て、その上は薄いウィンドブレーカ(自転車用)を羽織っただけで、どんより曇った結構寒い都内を平気で走れることができました。インナーウェアって結構暖かい、と感じました。
その日の天候は、素手がピリピリ寒く感じたのでかなり冷え込んでたと思われたのだが、それでも体は寒く感じませんでした。
 汗もびっしょりかかないで下着にジワッとしみ出る程度で拮抗(きっこう)してましたから、交差点などで自転車止めてもそれほど体は冷えることはありませんでした。
結局、二日間都内を走りました。時速30kmで走っても全く寒くなく、こんなごきげんな中間着もあるのかとうれしくなりました。
 1999年の年の瀬にこのウェアで東京都内の神社を自転車で回りましたが寒いとは感じませんでした。
 2月の一番寒い日、インナーウェアの上に木綿のシャツを着てその上に薄いウィンドブレーカを羽織って(つまり前回より一枚余計に着込んで)どのくらい寒さに耐えられるかをテストしました。1時間30分で25km走りました。ほとんど全速力って感じのライディングでした。
 外気は寒かったらしく、家に帰って暖かい部屋に入ったら鼻から鼻汁がツツッと垂れました。
しかし、体中ポカポカして、じっとりと汗をかいていました。自転車にぶら下げたボトルのウーロン茶がとても冷えていて喉を潤すとき喉がキリリと音を立て胃の中に入っていきました。
 この装備は1月、2月の東京では十分すぎるぐらいの装備。
ついでにゴアテックスの手袋と、ソックスを買ったので(ゴアテックスのジャケットは既に持ってる)、冬の装備は万全。どんな冷たい雨でも自転車乗れそうで心強い限り、と思っています。
後は、冬の雨のライディングだけだ、これは自転車を痛めるからちょっとイヤだな、と思っているうち、2000年の春が来て夏になりました。
 
4-6. 街路樹/公園 (2000.06.07)
 
 
 
 
5.  夏休み99 - 九十九里浜一泊サイクリング
 

 1999年8月6(金)日〜7(土)日と愛車マウンテンバイク(Panasonic Mountain Cat W)を駆って、外房九十九里へサイクリングに行きました。

 
5-1. トレーニング
 私がマウンテンバイクを始めた動機は四十路を乗り切るための体力をつける目的と、いつか愛知の田舎に住む母のもとへ片道2泊3日(総合9日間、1000km)かけて訪ねることでした(その母親は私のもとに電話をかけてくる度に、[後生だからそんな危険なことは止めておくれ、夜もオチオチ眠れない、わたしゃそんなことされることをこれっぽっちも嬉しく思っていない]と絞り出すような声で哀願されます)。
 1ヶ月ほど前(1999年7月)、今年の夏休みに泊まりがけのツーリングをしようと思い立ち、基礎訓練をしてきました。
1. 1日に走れる走行距離を割り出す
 毎週、土、日に自宅から会社まで自転車に乗って1時間に走れる距離を割り出しました。ときどき2時間走行、4時間走行をして、持続して走れる距離を測りました。結果的には平均時速14km/hだったら楽にライディングでき、ちょっと攻めれば17km/h程度まで走れることがわかりました。3週間ほどまえ、大宮、川越をサイクリングし10時間で110km走り長距離ライディング(1日100km)の自信を得ました。
2. 水の補給
 都内でライディングしながら水の補給の目安をつかみました。
平地で夏場は、500ml/hが目安になりました。8時間走行では4リットルの水が必要になります。補給水は、麦茶、ウーロン茶、ポカリスエット、アクエリアスなどですが、ウーロン茶だけだと塩気がほしくなり、ポカリスェットばかりだと口の中がサッパリしないという難儀な問題が見つかりました。
 アクエリアスは私の口にはあいません。使われている甘みを出す人工甘味料が後味を悪くさせるのです。ポカリスエットは1.5リットルのボトルしかなく、アクエリアスは2リットル容器があり、しかも安いので試してみましたが最初に口にした時点で全て捨てたくなるくらい私の口には合わない代物でした。うちの息子たちは量があって我慢できると言ってアクエリアスを飲んでますけど。
3. 山道を登る体力のチェック
 山道が登れるか不安で不安で仕方ありませんでした。
 週末の会社へのライディングで、皇居北の丸公園、溜池の坂などの勾配のある坂道を登るテクニックや体力をつけていました。決定的な自信を持ったのは、NHK放送博物館のある愛宕山を一気に駆け登ることができたことです。この小高い丘は、愛宕通りの小さな道から一気に登り坂になっている全長500m程度の1車線の車道で車のギアの2速か1速で頂上のNHK放送博物館につくものです。車でもかなりエンジンをウンウンうなりを立てて登る坂ですが、ここを苦もなく一気に登ることができたのです。もちろん頂上に着いたときは心拍数、呼吸も最大級になってましたけど。これで、山道がイケルという自信をもちました。後は5kgのリュック背負って、4時間ライディングの後に坂道を駆け登る気力と体力を温存できるかどうかです。
   2000.01.04記: 新年、愛宕神社にお参りするがてら久しぶりに愛宕山を駆け上がりました。最初に上ったときより息もそれほど上がらずあっという間の感じで愛宕神社に着きました。冬でそれほど暑くもないこともあり、体力もついたんでしょうね。
   2000.06.07記: その後4、5回この山に登りましたが、あまり息も切らずに登り切ることができるようになりました。
4. 汗の処理と日焼け
 汗はいっぱいかきます。とくに背嚢(リュック)を背負っていると汗が逃げなくて、体がかなりオーバーヒートします。走っているときは風を受けて熱が逃げるのを体で感じますが、交差点などで止まると、汗が噴き出し、体中がカッカッと火照り出すのがわかります。汗をうまく逃がすには、スポーツウェア(特殊ナイロンでできて水の乾きがいいもの)が良いようです。コットンはあまり汗をかかない場合にはある程度の吸水性があり快適ですが、ずぶ濡れのような状態になったら、手の施しようがありません。なかなか乾かない。その上、汗がどんどん出る。特殊化学繊維でできたウエアは汗を上手に排出し速乾性に優れているのでこれを使用すべきです。パンツも同様です。ライディング用のパンツをはくとき、その下には決してブリーフやトランクスを着用してはなりません。そのまま履きます。でないとブリーフが汗を吸い取ってしまい、なんの意味も無くなってしまうからです。
5. 雨中走行
 遠出に雨はつきものです。帽子は、ゴアテックスで作ったゴルフハットを用い、撥水性のいいレインウェアを買いました。晴れた日は陽射しが強いので野球帽を愛用しました。夏はずぶ濡れになってもかえって気持ちの良いものですが、秋口や冬、春先は体が冷え切ってだめでしょうね。この場合はちゃんとしたレインウェアを買わないと大変なことになるでしょう。
 背嚢は撥水性のいいリュックを買いました。その中に入れるタオルや下着、カメラなどは全てポリエチレンの袋に入れて収納しています。梅雨時、この方法で、雨の中、自宅から会社までライディングしリュックの中身は濡れなかったことを確認しています。でもこの時は1時間程度でしたから4時間程度濡れる場合は、リュックにもレインカバーが必要かもしれません。
 
5-2. 九十九里へ
 で、今回、1泊2日のツーリングということになり、1日の走行距離100kmの場所を選んで九十九里とし、8月6日朝4時(日の出を待って)自宅を出発。秋葉原を抜けて国道14号に出て、錦糸町から亀戸、一之江、市川、幕張と抜け、千葉市街をすり抜けて蘇我、浜野から県道14号の茂原街道に入り、だらだらと続く上り坂を茂原を目指し、茂原から県道84号で九十九里の海岸に出て白子へ行きました。
 茂原までのだらだら坂は結構つらく、家を出て5時間目ということもあり、ほとほと弱ってしまいました。脚の回転が上がらず、明らかに酸素欠乏を呈していました。
 「これじゃぁ、本命の家に帰るツーリングでは箱根の峠は越えられんぞ。」
 「情けない。おかぁさ〜ん。意志薄弱な不憫(ふびん)な放蕩(ほうとう)息子をお許し下さ〜い」
なんて、ばかげたジョークが頭の上をぐるぐる回ってました。
 白子に着いたのが午前11時。当初思っていたよりも順調に走ることができました。といっても、午前4時から午前11時、7時間もの間、延々自転車を漕いでいるわけです。汗ダラダラかきながら。
 
5-3. サイクリングの実際
 いったい何が悲しくて、自分をいじめるようなことするんでしょうね。今回のツーリングで摂取した水は4リットル。休憩は1時間半に一回、オシッコするためと、背嚢(リュック)に入れた補給水を自転車フレームに取り付けたウォータボトルに詰め替えるため10分ほど自転車を降ります。たいてい草むら(オシッコするため)のある日陰(暑いから)でバイクを止めます。
顔から吹き出す汗が容赦なく目に入り、目がイタイイタイ。走行距離120kmを7時間で走りますから平均速度が17km/hです。都内は信号などでバイクを止めなくてはなりませんが、茂原街道はほとんど信号がありませんから、ただひたすら自転車を漕ぐ、こぐ、コグ。
頭が真っ白になりながら。旅館に着いたらいっぱい温泉に入るぞぉ〜なんて思いながら。
最初の2時間くらいは汗もサラサラしてますが、7時間も汗をかき続けると塩分が出て、シャツがベトベトし出します。帽子には塩分の結晶がクッキリ。舌で汗の滴り落ちている口のまわりを舐めるとしょっぱい。塩がほしぃ〜。
それに車の排ガスを全身に浴びますから全身がススけたようになります。宿でシャツを洗っていたらシャツが黒ずんでいたのにはびっくり。
1999.11.23追記:処女ライディングでの私は、かなり走行スピードに神経質になっていたようです。山道に入っても平均時速を15km/hでキープしたいと心の中で思っていました。だから、山道で10km/hの速度になるととても情けない気持ちになりました。10月の山梨・勝沼の山岳サイクリングも11月末の箱根路を通して、この気持ちがあると体がオーバーワークになることがわかりました。確かに私の場合、心臓や肺が丈夫になって気持ちもついて来るので、ついつい山道でのペースを上げ気味になります。その結果、脚を伸ばす大腿筋のスジを痛めるという結果をおこしました。筋力は若い頃のように直ぐには回復しないのに、意識が勝って脚にかなりの負荷をかけてたようです。山岳で楽にライディングできる速度を見つけるまでもう少し訓練が必要です。今の結論は、山道は時速8-9kmでも良い、コンスタントに脚に無理がかからず30.分程度漕げれば(それでも4kmは走れる)十分だ。そして自動車(特にトラック)を意識しすぎてオーバーペースにならないようなペース配分とライディングのコツ(路肩の走り方、歩道の走り方など)がわかればもう少し楽に山岳サイクリングができる、というところです。
 
5-4. 痛いイタイ
 自転車のツーリングを行うと、相当の筋肉痛になります。
1. まず、太股、ここにかなりの筋肉がつきます。でも瞬発力がつきました。
2. 次に、腕、上半身は腹筋と背筋、それにハンドルにつながった腕でバランスをとっていますから腕の筋肉と手の握力がつきます。軽い腕立てふせを長時間やってるようなものです。
3. 腹筋と背筋。自転車を漕ぐときは腹筋運動もしているようなものです。私は背筋が弱いので、今回腰痛で悩みました。背嚢(はいのう=リュック)を背負っているのでこれで腕と背筋の負担が多くなります。走行中リュックの動きでバイクが振られるのでそれを補正するため腕の力、背筋を利用してバイクのバランスを保つので、これがかなり応えます。高校時代の友人(サイクリングの大先輩)からは、最近ザックでサイクリングする人が目立つが何故だとのメールをもらいました。自転車に備え付けて体は身軽にした方が体力を消耗しないと言うのです。それも一理ありそうです。
4. 首。前傾姿勢で延々バイクを漕ぐわけですから、鎌首もたげた首が痛くなります。
5. 足。延々ペダルを漕ぎますから足の土踏まずあたりが痛くなります。
6. そしてなんといってもお尻。痛い痛い。あまりに痛いのでサドルにお尻を乗せることがイヤになり、腰を浮かせての走行もしばしばです。お尻が痛くならないようにサイクリング用のパンツ(尻パッドが入っている)を使用しているんですけどでも痛い。体が疲れてくるとサドルにベタッと尻をつけちゃう。これが痛さを増長させます。
7. 日焼け - 漕いでる時間だけ太陽に当たるわけですから当然日に焼けます。これがイタイイタイ。
 1999.12.31記: イタイ痛いと思っていたこれらのことも8ヶ月も自転車に乗っていると、相当に筋肉がついて自転車との付き合いも上手になりそれほど苦にならなくなりました。
 
 
5-5. 危険な道
 残念ながら、日本の道路は、自転車には優しくない道路です。歩道は人が優先ですし、車道はとても危険です。ホントは自転車道が1レーンあれば良いんでしょうけど、そんな贅沢は許されない。だから歩道と車道を行ったり来たりでとても危険な状況でライディングしています。
オランダアムステルダムという町は自転車に優しい町だと1999年にその町を訪れた友人が教えてくれました。アムステルダムの町には自転車用の道が車道は別にちゃんと色取られて確保されているんだそうです。電車へ自転車を乗せることも配慮されているんだそうです。
 東京では比較的新しい町や道路は歩道が広くとられていて気持ちよく走ることができます。東京湾の有明、台場はとても快適に自転車を走らせることができます。大手町や霞ヶ関、皇居の周りも歩道が広く走りやすいんですけど、ただしここは週末に限ります。平日はビジネスマンが多くて走る方が引け目を感じてしまいます。
 
歩道
 歩道を走るときは、飛び出しに細心の注意をして走ります。路面は凹凸が激しく最悪です。歩道にはいろいろなものがおかれていたり、車が乗り入れられていることもあります。小径から突然いろんなものが飛び出してきます。従って、歩道を走るときは、スピードを出さない走りをする、と観念する必要があります。特に駅前、商店街では、自転車は小さくなって走る必要があります。
路肩
 車道を走る時は、路肩を走らざるを得ませんが、これがとても危険です。
まず、路肩の境を決める白線。これは摩擦が非常に小さくとてもスリップしやすい。それに、白線の上だけを器用に走れませんから白線を踏んだり外したりして走る。白線は、実は路面と少し段差があって、これがタイヤの細い自転車だとハンドルを取られるのです。路肩を走って、白線でハンドル取られて自転車がふらついて後ろから来た車に引っかけられたら最悪です。ですから自転車は路肩の白線の内側、車道寄りを走りたい。けれど、自動車からみると、これはけしからん、もっと路肩に寄って走れ、とこうなるわけです。10台中2台くらいはこんな感情で幅寄せしてくるドライバーがいます。ちょっと恐いですよね。
それと、白線から外の路肩、ここはかなり斜めにできていいて雨が速やかに流れていくようになっています。白線と路肩の間には突起上のつなぎがあり、ここでハンドルを取られます。そして、路肩には砂や小さい礫(つぶて)、時にはガラスの破片が散在しています。ここを自転車が走るのはとても危険です。路面が傾いている上に砂利が散らばっていてタイヤが取られて転倒するか自転車がフラつく危険があるのです。これは自転車以上に後ろからくる自動車にとっても穏やかではありません。
川や鉄道にかかる橋を渡るときは、結構緊張します。歩道を備えた橋であればなんら問題無いんですけど、歩道のない橋があります。
例えば、国道4号線の東武伊勢崎線、梅島駅直前の陸橋。ここは突然歩道が消えるのです。自転車は陸橋を越えられず下に降ろされ線路と鉢合わせします。目の前に線路が立ちふさがりどうやって渡ったらいいか途方に暮れます。仕方ないので、車道を走ることになるのですが、ここは交通量が多くてトラックも多いので恐い、コワイ。
 また、今回経験したことですが京葉道路と併走する国道14号線の江戸川にかかる江戸川大橋。14号をスイスイと走ってきた自転車は、ここで強制的に降ろされます。この橋は自転車は通れないのです。無理して通ろうと思い、引き返して標識を見ると「自転車ダメ」。どうしたもんかと江戸川を前に左に行こうか右に行こうかと途方に暮れてしまいました。案内がないんですものね。最終的に500mほど川下に下った江戸川水門と行徳可動水門になんとか自転車が通行できる堤があるのを見つけて渡ったのですが。
1999.11月幕張に自動車ショーに行くため再度マウンテンバイクで千葉に向かったのですが、国道の橋は片方だけ自転車や人が通れる道が確保されていることがわかりました。国道を走っていて橋にぶち当たり自転車通行止めの標識が出てきたら反対車線に渡ってみるのも良い考えかもしれません。
トラック
トラックは大きくて車幅も広いので路肩の白線をギリギリに走ります。そして重量が重いので、車の減速、加速はかなり難儀で、できることならブレーキをかけずできるだけコンスタントに走りたいとダンプのドライバーは考えています(元ダンプの運転をしていた私がいうのだから間違いありません。ダンプのギアチェンジは結構面倒)。ダンプの高い運転席から見ると自転車は蠅(はえ)のような存在で細心の注意を払って追い抜くという意識が薄れてしまいます。ダンプによる自転車の巻き込み事故というのはこうして起きます。
 交通量が多くて、車幅が狭く対向車線も結構車が走っている道路では路肩一杯に左タイヤを寄せダンプは走ります。この状況で20km/h程度で走る自転車は結構邪魔くさいものです。茂原街道のダラダラと続く坂道でトラックに追い抜かれる度に、排ガス浴びせられてとても恐い思いをしました。あまりにトラック、ダンプが多いようでしたら整備されていなくても歩道をボツボツ走った方が無難です。
左折事故
 自動車が左折するとき、自転車が歩道や、路肩を走っているのに気づかず衝突するケースがあります。私も大学4年の時、雨の夜6時(2月で日没)左斜線を走っていた私の原動付自転車(バイク)に突然目の前を塞ぐように左折してきた車がありました。急ブレーキをかけても雨のこと、前輪、後輪をロックしたまま滑っていき私のバイクは左折したセダンの左ドアに激突。原付の前輪フォークは歪み、私は路上に投げ出されるという事故を体験しました。
 自転車にまた乗るようになって、左折する車が左端を走ってくる自転車を意外と気づかずに目の前を通過する経験を何度も目の当たりにしました。
ドライバーは左折するとき横断歩道の1〜2m程度しか注意を払っていません。歩道や車道の路肩を時速15km/h(人間の歩行速度の3倍)で近寄ってくる自転車は視界に入らないようです。ドライバーから見た自転車はどうしても存在感が薄いようで視界に入らないケースがあるようです。今回白子に行く往路でも何度かそういう体験をしました。
 で、復路は、ちなみにというんで右側走行をしてみました。もちろん車道に対して右側を走るわけですから歩道を走ることになります。これは大成功でした。左折する車はほとんど前方からやってくる自転車をしっかり認識して左折するタイミングをはかってくれたのです。
 ただ一つ危険だったのは、自転車と同じ方向を走る右折車です。それもなかなか右折できずにイライラしながらタイミングをはかっている車。前方の車が途切れたのでソレッとばかりに右折する。
このケースでは運転者側からみて後方から来る自転車には注意が行かないようで、自転車の方も右折する車に注意を払わないと出会い頭衝突が免れないケースでした。
 
 いずれにしても、千葉の都市部の道路事情は総じて芳しくありません。行政の立ち後れを至るところで目撃しました。幹線道路が片側1車線。歩道はお体裁程度でかなり狭い。無神経に電信柱が歩道に立っている。自転車ですり抜けるのは難儀。電車の線路の高架工事が遅れていて車道との混雑を余儀なくしている、などなど。
 自動車を運転してても、千葉の道路は運転しづらくありませんか?
 
5-6. 白子海岸
 こんな危険な状況ですけど、緑がいっぱい溢れた田園地帯を走るのは快適です。稲穂はもう花が咲き終わって実を付けてました。
 夏の稲穂を見る度に、高校1年の夏に見た高橋洋子のデビュー映画「旅の重さ」を思い出します。主人公が家出して、夏の稲穂をつけた田園地帯を歩いていく。それをf400mm程度のレンズを使ってロングで追っかける。その時流れる挿入歌が吉田拓郎でしたもんね。
 茂原の山道の下り坂、木々の匂いと涼しい風を受けながら疾駆するとき、歓喜にうち震えて何度も「気持ちいぃ〜、最高ぉ〜」と絶叫してました。ホント子供みたい。
6日の白子海岸は九州地区に接近した台風の影響で2-3mの高波が押し寄せ、とても海水浴を楽しむという雰囲気ではありませんでした。
 海から吹いていく風はとても心地よく、これが海風かと初めて体験しました。予定より早く現地に着いたので、ホテルに荷物をおいて、身軽になって白子町界隈をマウンテンバイクで散策しました。現地でのバイクの利用価値は高いなぁとゴキゲンでした。なにせ海辺だろうと草地だろうとマウンテンバイクなら荒れ地に乗り入れられますもんね。
 白子海岸に注ぐ南白亀川の両岸は3kmほどの自転車ロードが整備されていて、川の緑、両岸に自生する葦、青い空、白い雲、川を渡って吹く海風、遠くに吠える太平洋の荒波の音のシンフォニーを提供してくれます。これにはしばしの休息を与えられました。
 宿は、
 浜紫(はまむらさき) 白子町中里4370-14
 電話:0475-33-3115
という旅館をインターネットから予約しました。1泊\12,800で、温泉宿です。こぎれいな旅館で、受付の娘さんも、仲居さんもとても品がよくて、白子にもこんなステキな宿があるんだ(過去2回は会社の旅行だったので)とゴキゲンでした。
受付の娘さんは、細面(ほそおもて)の色白な女性と、安藤さん好みの丸顔で人なつっこい凛とした女性でした。
 「この旅館、レベルが高ぁ〜い」と言ったら笑われました。
 温泉は、薄茶帯びて塩気が少しありました。露天風呂、ジェット、サウナも完備していて白子では一押しの旅館という感じでした。
 翌朝、精算を済ませて、件の美人フロント嬢と冗談をぶっこいて、自転車に荷物を装着して表に出ようとバイクを進めたら、そのお気に入りの娘さんが炎天下にも関わらず車道近くまで出て、ちんけなバイクの出るのを誘導して頭を下げて見送ってくれました。これにはとても感激しました。
 
 
 
6. 甲州街道を行く '99 - 勝沼一泊サイクリング(1999.10.17)
長距離ライディングの第二段。
10月2日、3日の週末、自宅から山梨県の勝沼まで国道20号線をひたすら走り2日間で300kmを走破しました。
今回のテーマは、「山越え」でした。
9月下旬に新しいマウンテンバイク(ブリヂストンAnchor AXNP)を購入し、このバイクで本格的サイクリングを行ったわけです。
 
6-1. 事前トレーニング
 
横浜へ:
 勝沼に行く1週間前に事前トレーニングとして横浜周遊サイクリングを計画しました。
早朝6時15分に家を出て一路横浜、帰ってきたのは夕方6時30分。
走行距離121km。12時間強のサイクリングでした。
 サイクリングを敢行した9月25日。天候は晴れ。
例年に比べとても暑く(最高気温31℃)、12時間で摂取した水分は7リットルに達しました。
これは今までの最高の摂取量でした。それだけ暑かったのでしょうか。
コンビニで買ったお水が1300円以上でたから、ひょっとして車で行く場合のガソリン代より高くつくんじゃないかなぁ、なんて考えました。
東京からの往路は、国道15号線(第一京浜)で東神奈川に向かいました。
横浜に行く途中、昔住んでた白楽(正確には白幡仲町)に立ち寄りました。
その白楽には9時30分ごろ着きました。
 
白楽:
 この地を訪れるのは何年ぶりでしょう、17年ぶりでしょうか。白楽には結婚以来一度も来ていませんでした。白楽には1年しか住んでいなかったけど、高台にある良い街でした。
私が住んでいた白幡仲町は、「白楽」の駅から徒歩15分で、通うのにちょっと辛かった記憶があります。私の住んでいたアパートには、1階に地主のおばあさんが一人で住んでいて、そこに上がり込んでよもやま話をした記憶があります。今はもうそのアパートは無くて(たぶん地主であるおばあさんが亡くなったんでしょう)近代的なアパートに立て替えられていました。白楽の裏山(南側)は結構高級住宅街なんですけど、山を挟んで私が住んでた居住区は貧しいアパートが多く立ち並んだところでした。その貧しい住宅地域に今回訪れて、昔より一層密集度が増した感じを受けました。
 
桜木町界隈:
 白幡仲町を後にして横浜駅を通り抜け、桜木町のランドマークタワーへ向かいました。ランドマークタワーのスクエア(広場)にはスリーonスリーというミニバスケットコートが4面ほどあって高校生らしき若者がバスケットの試合を行っていました。
ランドマークタワー界隈は、大きなショッピング街になっていて、そのまわりに遊園地があったりホテルが林立していたり国際展示場があったりととてもオシャレな空間だなと感じました。
 この地域の「みなとみらい」の突堤は工事中のためかまだ人通りが少なく、その護岸工事が行われている突堤にバイクを停めて、海を見ながらしばし休憩をしました。結構海がきれいなのには感心しました。海を渡る風がすがすがしく、空も青くて秋雲が出ていました。でもとても暑かったぁ。
 
関内・山下公園・根岸:
 「みなとみらい」からバイクを進めて関内地区に入りました。ここは横浜球場、中華街で有名な所。そして海に面した海岸通りには係留された氷川丸を抱えた細長く横たわる山下公園。この公園は、大学を卒業して東京に出てきた時、会社の1年先輩と同期のKの3人で来たっきりの所です。その後ちょくちょくこの近くを通ったり、家族と近くまで来たりはしていいるのですが、今回みたいにスミからスミまで見たことはありませんでした。これが自転車の強みなんだなとうれしくなりました。
 山下公園をすり抜けて、石川町へ入りました。この界隈は週末には歩行者天国を実施しているようで、ショッピング通りは一般自動車(自転車も)を入れてくれず、山手の丘に上るのに大回りしながら坂を上って行きました。ここの坂も結構きついものがありました。
山手の丘で、外人墓地だの、港の見える丘公園だのを見学しました。この丘はこじんまりとしていて異国情緒あふれる土地でした。
 山を下って本牧に行って、行きつけのラーメン屋(本牧地区には石油会社があって、そこの研究所にちょくちょく出かけた際に立ち寄るラーメン屋)でラーメンを食べました。無茶苦茶ニンニクを入れてしまったので、体中からニンニクを発散してたんではなかろうか。クッサァ〜。
 腹ごしらえを終えて、根岸から根岸森林公園(レストラン・ドルフィンの隣)に行きました。産業道路の根岸不動下というところから根岸旭台という山の頂上まで一気に駆け上がるんですけど、これは結構きつかった。自動車でもウンウンいいながら上がっていく全長1km程度の坂なんです。辛かった。足があがんなくなりそうなくらい辛かった。
 根岸森林公園は結構だだっ広くて木がいっぱいあってとてもすてきなところでした。家族連れや、カップルが来てお弁当広げていました。隣に「馬の博物館」があって中央競馬会がたいそうな金をつぎ込んで運営してます。時間が無かったので中には入りませんでしたが一度見てみたいなと思わせるほどステキな雰囲気を持っていました。
 復路は、根岸から打越の坂を一気に下って日の出町に出、桜木町から第二京浜(国道一号線)で東京に帰ってきました。約2時間程度で東京五反田に着きました。日曜日で交通量が比較的少なかったのが幸いでした。
 
6-2. いざ甲州
 というわけで、事前準備(横浜サイクリング)を終えて、なにはともあれ国道20号で高尾の山を越えて、大月経由で一路勝沼へ。
 実はこのサイクリングは、会社の社員旅行に自転車で参加したもので(他の社員は当然自家用車)、現地のワイン工場兼バーベキューレストランに集合して昼飯を食うというプログラムでした。従って少なくとも昼1時にはその勝沼のワイン工場に着かなくてはなりません。つらつらと逆算すると、走行時間9時間〜10時間。遅くとも早朝4時には自宅を出発しなくてはならないことになります。事前に地図をコピーして街道の距離を算出し走行スケジュールを立てました。
 今回の一番の課題は、高尾から勝沼に至る山中をどれだけのペースで走破できるかということでした。
ということで、10月2日土曜日の朝3時に起床し4時に自宅を出発しました。天候は朝方は曇、昼からは晴れました。
 早朝4時に王子の自宅を出発し、王子新道から板橋に抜けて山手通りを新宿めざし国道20号を西に向かい、高井戸、調布、府中、国立、立川、日野、八王子を経て高尾へ。高尾へは午前7時30分に着きました。家を出て3時間半のライディングです。府中で夜が白々と明け、八王子から高尾に至る街道は銀杏並木が続き、そのいくつかはギンナンの実をつけていて路上にボタリボタリと落としていました。
 
6-3. 行く手を阻む(はばむ)山また山
高尾:
 高尾の山(大垂水峠:おおたるみとうげ)を越え、相模湖を越えて大月、笹子の山(笹子峠)を越えるのが今回の最大の挑戦でした。何せこの行程を5時間30分も続けるのです。上り坂をハイペースにならないようなペース配分に気をつけたり、坂と下りのペース配分、休憩の取り方など未知なる部分の多い行程でした。往路の高尾山、大垂水峠越えはキツかったけどまだ意気揚々たるものでした。大垂水峠まではペースを守って40分ほどで上って行きました。速度を上げすぎてオーバースピードになると足が上がらなくなります。持続してペダルを漕げるギアを選んで決して気をせかすことなく、ペースを守りじっくりと自転車を漕いでいきます。それでも疲れてきて徐々にペースが落ちてきて、最初は15km/hで上っていたのに最後には9km/hまでペースが落ちてしまいました。汗をびっしょりかき、だんだんペースも落ちて息が上がり、もはやこれまでと思ったとき目の前の視界が開け、千木良の下り坂となって相模湖まで一気に下ることができました。下り坂はとても気持が良かった。新しい自転車ということもあり、かなりスピードが出ました。車体が軽くブロックタイヤにも関わらず静粛で、スポークシャフトもしっかりしていたので軽く40km/hが出せました。スピードを殺しながら40km/h以上は出さないようにして九十九折り(つづらおり)の千木良の坂を下って行きました。ここはホントに気持ちよかった。土曜日の朝ということもあってそれほど交通量がなかったのも効を奏しました。後続から車が来ないのを確かめて、片側車線の道幅を有効に使い、アウトインアウトのコーナリングを楽しんだり、イン側のみで攻めてコーナリングしたりとゴキゲンでした。
 
相模湖・大月:
相模湖町から上野原町へ向かう国道20号線は、左に相模湖、右にJR中央本線と中央高速道を配した谷間のアップダウンのある10kmほどの山道です。
ここを30分程度で走り抜けます。
上野原から大月に至る20kmはこれもまたアップダウンのきつい総じて上り調子の山道です。このあたりは、中央自動車道では談合坂サービスエリアがある地域なのでその坂のキツサが想像できると思います。ここで2時間程度の格闘をしました。途中休憩を3回とりました。鳥沢には午前10時頃到着し、ここで糖分の補給を行いました。どうにもこうにも甘いものがほしくなったのです。自宅を出てから6時間目のことです。JR鳥沢駅前のお店で水の補給と糖分(パンケーキとアイスクリーム)を補給しここで30分程度の休みらしい休みを取りました。この駅はハイカーらが下車する所なんですね。ハイキングをする人たちがこの駅を利用して1000m級の山々を目指して歩いてました。
 大月から初狩を越えて最後の難関の笹子峠に入ります。この間20km。1時間30分の格闘でした。このあたりになると、渓谷が深く水も青々としてきます。この最後の難関の笹子峠までだらだらと続く山坂を20分に1回(5分間)程度の休憩をしながら汗をかきながら登って行きました。漕いでいくと直ぐに息が上がって、足が回らなくなります。時速も9km/hから7km/hくらいに落ちてしまいました。そんなこんなでゼェゼェいいながら山道を上って行きました。
 
6-4. 新笹子トンネル
関東山地の南に陣取る山々。
北に標高1,477mの源次郎岳、東北に標高1,644mの大谷ヶ丸、東南に標高1,374mの鶴ヶ鳥屋山、西に標高1,358mの達沢山、の四山に囲まれ甲州に抜けるには笹子峠しか近道はない。その隘路(あいろ)でさえも標高1,000m以上の峠を越えなければならないという甲州街道の最難関です。その山々の中腹をぶち抜くように全長3kmの新笹子トンネルが掘られています。JRも中央自動車道も、甲州街道もすべてこの峠の下にトンネルを掘って峠越えの苦難を緩和しています。
 夏休みには千葉九十九里への一泊ツーリングで大きな橋を自転車で渡る不便さや危険な状況を体験しました。今度はトンネルです。橋やトンネル工事はとてもお金がかかるので、必要最低限の工事しか行わないような気がします。この新笹子トンネルも全長3kmという長いトンネルですが、歩道の設備はもちろんあるわけはなく、路肩の巾がとても狭くて自転車は通行不可のような感じを受けました。迂回して笹子峠を越える手も無いわけではないのですが、この峠は工事中で通行止めという案内があってこのトンネルを抜ける以外手はない感じでした。
ホントにこのトンネルは自転車で通行できるのかしら?
というのが行く前の心配事でした。
 
【新笹子トンネル】
現在の国道20号線の笹子トンネルは昭和33年12月に開通し、全長2,953メートル 。陸路としては当時日本最長でした。明治時代、人間が自然と対峙した最大の土木工事か笹子トンネルの掘削でした。甲府から新宿まで3〜4日の旅 が6時間で行けるのですから夢のような話です。
http://www.cosmo.ne.jp/~yamato-v/hist/kaidou20/kaidou20.html
- 甲州街道 - 笹子峠と甲州街道・中央線
 
 大月市を越えて初狩を過ぎ目の前に立ちふさがる笹子の連山を見ながら恐怖と戦い、長い上り坂を汗をかきかき山道を登り、トンネルの入る前の追分の地で一休み。
 トンネルは、やや上り勾配の片側1車線の両側2車線、大型トラックが通れば自転車の通るスペースがないくらいの道路幅の狭い、そして暗いトンネルでした。
 
風:
 トンネルに入ってまずビックリしたのは、「風」です。トンネルの中はかなり強い風が吹いています。強さはどうでしょう、風速にして4m/s程度でしょうか。自転車で25km/hで走っていても時速40km/h程度の風を受けている感じでしたからそんな程度でしょう。この風は通常は一方向に吹いています。大きな山の両側は気圧が違うために気圧の差でかなり強い風が吹くんだと思います。だから気圧が変わる日によってはかなり強い風がトンネル内を抜けるはずです。真っ暗な閉ざされた空間を走る私には、ある程度の速度を確保して走らなければいけないという強迫観念が働き、トンネル内で向かい風を受けてさらにその脅迫観念がペースを加速して、オーバーペースになってました。
 その風よりも驚いたのは自動車走行による風です。トラックなんかはホントに強い風を起こします。ちょうどトンネルを紙鉄砲(注射器)に見立ててもらえればわかりが良いと思いますが、トラック(球)がトンネル(筒)を移動してトンネル内の空気を押すのです。普通ならトラックが押し出す空気は大気に逃げてしまうんですけど、トンネル(チューブ)の中では周りに逃げずにグッと前に空気を押すのです。ですから、トンネル内では気圧の関係で一定に吹いている風に加え、秒速14m(時速50km/h)で押される車の風で不安定な空気の流れ場ができます。この風を受けて軽い自転車が木の葉のように路肩に押しやられたり車の方向に吸い寄せられたりしました。これが結構恐かった。自転車のハンドルをしっかり持っていないとフラフラと揺さぶられてしまうのです。後でオートバイ乗りの会社の友人に話しをしたら、オートバイでもトンネルの中は恐いんだと言っていました。何せ剥き身でしかも(自動車に比べて)軽いから風の影響を直に感じるんだそうです。400ccクラスのオートバイだってそうですから、13kgそこそこしかない自転車に跨った私などはホントに木の葉のようなもんなんでしょうね。
 
爆音:
 風の次に驚いたのはトンネル内に響きわたる車の騒音です。トンネル内は閉ざされた空間で筒みたいなものですから、音を良く反射します。トラックなどが近づいてくるとトンネル内に轟音がこだまします。後方からくるトラックでも、なぜか音が前から聞こえて来るんですよね。音が反射してそれが耳に入るのかもしれません。トンネル内はそれほど交通量が多いわけではないのですが、トラックを先頭に10台くらいの車が数珠つなぎで一団となって私の自転車を追い越して行きます。こんな状況が3km(7分)の間に15回程度あったでしょうか。トンネルを入る前は長い上り坂ですから乗用車に比べてトラックはスピードが遅い。遅いから自然と後続車を従えることになるんですけれど、その集団がトンネル内で集団となって後方から迫って来るときの轟音は、魔物が私の後から襲ってくるような恐怖を覚えます。その音はトンネル内全てにこだましているわけですからどこから来るかわからない。これはかなりの恐怖でした。
路肩:
 新笹子トンネルはかなり古いトンネルなので車幅が狭い。それに加え、トラックが結構往来しているので路面が荒れて轍掘れ(わだちぼれ)ができています。特に路肩は轍掘れで盛り上がっていてこれに乗り上げたらハンドルを取られてしまうかなり危険な路面です。従って、自転車の走る路面はできるだけ路肩の白線より50cm程度中央よりを走りたい。のですが、車が通るときはそうもいかず、細心の注意を払いながら道路左側を走ることに専念せざるを得ませんでした。
 
 
6-5. 勝沼
甲府盆地の西を縦に走る南アルプス、東に縦に走る関東山地。その山々に囲まれたのが甲府盆地です。私はこの甲府盆地に入るのに東の要害の地から入りました。新笹子トンネルを抜けて勝沼までは5kmほどの下り坂。一気に駆け下りることができました。
 
豊富な水源:
 山梨県西南の県境から南部にかけて連なる南アルプス。この南アルプス北部に水源を持つ釜無川と県北部の秩父山地から流れ出る笛吹川は、多くの支流を集めて甲府盆地を流れ下り、やがて合流して富士川となります。標高2000mにもおよぶ高さに水源地を持ち、急勾配で流れ下る富士川水系は、急流が削り取る土砂量も莫大です。特に釜無川右支川の流域は地質が極めて脆弱なうえ崩壊も多く、洪水時には流域に大きな被害をもたらしてきました。昭和34年8月に発生した台風7号による出水は、釜無川の支流・大武川で村をまるごと押し流す大惨事となり、続く9月の台風15号(伊勢湾台風)でも各地に深刻な被害が発生。翌年4月、関東地方建設局は富士川砂防工事事務所を設置して、直轄砂防事業に取りかかります。
http://www.kt.moc.go.jp/kyoku/3_zine/7_aback/1_ayumi/region_10.htm
 - 山梨県 - ますます魅力を増すフルーツ王国
 
 勝沼という地は、私にとって初めて訪れた土地なのですが、全市あげてブドウをつくっている感じを受けました。 現地のホテルにチェックインして夜と翌朝に十分な時間があったので初日夕方2時間、翌日早朝2時間、合計30kmほど市内を散策しました。
 灌漑がおどろくほど行き渡っていて、いたるところに水路があります。しかもその水量たるや豊富で、この水を潤沢に利用してブドウや、ナシなどの作物を作っているんだと思いました。土もサラサラしていて関東平野の腐葉土でできた黒い土とは違い砂地のような感じでした。高校時代の社会で習った「甲府盆地は水はけの良い扇状台地」ってやつです。
きれいな水路には鯉を飼っていたり、カモが泳いでいたり。
とある農家の遊休農地と思われる30m x 30m(900m2、約300坪)の畑には、一面に秋桜(コスモス)の花が穏やかな風と夕陽を浴びて揺れていました。
さだまさしの「秋桜」という歌を思い出しました。山口百恵が歌ったヤツです。
農家の軒先には柿が色をつけはじめてました。秋本番をかの地で満喫しました。
 旅館は石沢(いざわ)温泉。ホテルフジという所で温泉が大きくてきれいな所でした。
石沢(いざわ)温泉は昭和40年にお湯が出た新しい温泉場だそうです。たくさん旅館があり、不況なのにどこの旅館も結構人が入っていました。
【甲斐の国】(1999.12.28)
 甲府は何度か来たことがあるのに、自転車でやってきて町並みを回ると今までとは違った風景に出会えるのは不思議なものです。
そしてその地を、司馬遼太郎さんが歴史的に地理的に巧みに書いておられるのを再度読み返して多いに合点しました。
 
 『かって飛行機で富士山の北麓(ほくろく)を通過したとき、眼下の甲斐が感動的だった。
黒い山肌に、白い爆弾でも炸裂したように放射状に残雪の線が走っており、そのうえさまざまな峡(かい)が割れこんでいて、細流がじつに多い。
この地の大小無数の峡(かい)が上代以来、水田造成に適していて、山国とはおもえぬほどに多くの集落を生みだし、意外に大きな人口を養ってきた。
この人口があってこそ戦国の武田氏が成立したわけで、さらには信玄という天才を得て、あと一歩で天下に覇をとなえるまでに力をみなぎらせた。
信玄が成人するころには、地侍たちの基礎が古めかしくなっていた。
甲斐は、細流の谷々ごとに集落があり、集落ごとに地侍がいた。ところが農業生産力が高まるにつれ、農民が力をもちはじめ、?惣?という自治組織のもとで力をもち、地侍が宙に浮くようになった。
信玄の権力が確立したのは、惣にじかに結びついたことである。浮いた地侍を俸禄によって自分の家臣団に組み入れ、直轄軍を強大なものにした。
谷々の惣のほうも国主の信玄のじかの支配を受けるようになって、利便をえた。たとえば一筋の水をどの惣でつかうかとなると、惣が谷々で割拠している場合、調整がつきにくい。その調整を国主である信玄にゆだねた。
また、谷々は洪水が多い。堤防を築くには、長大な水流を一元的におさえる権力が必要だった。
信玄はそのことをよく理解していた。
いまなお役にたっている釜無川(かまなしがわ)の竜王堤(りゅうおうづつみ)(俗に信玄堤)は、かれの政治感覚を示す代表的なものといっていい。
また信玄は激流を緩めるさまざまな構造物をその配下に考案させた。その種類はじつに多いが、いずれも独創的なものだったらい。』

     - 『この国のかたち(一) 谷の国』 司馬遼太郎 -

 
 
6-6. 新車の乗車感
 新車を駆っての長距離ライディング。軽いということがこれほど快適であることを痛感しました。また、車体自体に適度なバネ剛性があって路面の凹凸をうまく吸収してくれます。前輪のストロークの大きなサスペンションも体に余分な負担がかからず随分楽でした。ブレーキの効きの良さも随分と運転を助けてくれました。
 山中ライディングの楽しみは、金木犀(きんもくせい)のかぐわしい香りと、清らかな川のせせらぎ、おいしい空気、色をつけ始めた木々の葉ということでしょうか。
 それと下り坂。復路(帰り)では54km/h出しちゃいました。コーナリングは、自動車よりも楽しいですね。
 自動車だとコーナに入るクリッピングポイントというものを決めて、後はブレーキングとステアリングの当て、そしてアクセルワークだけなのですが、自転車の場合、アウトインアウトの基本的なコーナーの侵入(ブレーキング)に加え、体の倒し、自転車の倒し、ハンドルの切れの4つでコーナーを攻めます。それに車体がむちゃくちゃ軽い。これらのことから、自動車よりも小気味よくコーナーを回れるのです。これは新しい発見でした。これはオートバイよりも楽しいかもしれない。
但し下り坂のみ。上り坂は、もう、悲惨!
 
 土曜日はダンプが若干多い程度で、帰りの日曜日は行楽車が多くダンプが少なくてラッキーでした。
しかし復路(日曜日)の大月から高尾まで(約3時間)は、雨にたたられ久々の雨中ライディングとなりました。体調崩してたらきっと肺炎を起こしたであろう冷たい雨でした。秋の雨は体温をグングン奪っていくんですね。
 いい経験になりました。
 平地の300kmと山岳の300kmは体力の消耗が桁違いに違います。
帰り道、大垂水峠(高尾山を抜ける峠)を越えるとき、折からの筋肉痛と雨による冷えで脚が上がらず、時速7km程度までに速度が落ちてしまいました。その時、同じようにあとから上ってきたロードレーサのマッチョな兄さんたちが、「ガンバレあと1.5(峠まで1.5kmという意味)」、「あともうチョイ」と声かけてくれました。彼らは15km/hで駆け上がって行きましたけど・・。
辛いとき、苦しいとき、声かけてくれるのってとてもうれしいものだと再認識しました。
 
 
 
7. 自転車ショー(Sports Bicycle Show 2000)(1999.11.28)
 1999年11月20日(土曜日)池袋サンシャインにて自転車ショーが開催されていたので参加してきました。諸外国のマウンテンバイクメーカ、ロードレースバイクメーカが一同に会して新製品を持ち寄ったり、試乗会をさせてくれました。国内メーカでは、ブリジストンが参加していましたが、Pnanasonicや、宮田などのメーカの出展はありませんでした。
 
ブリジストン Anchor AXAP:
 なにせこんな展示会は初めてなので、とても興味がありました。わたしはこの展示会で、ブリジストンが来年に発売するアルミフレームのAnchor(モデルAXAP)とTrek社のモデル1200と呼ばれるロードレースタイプの自転車に試乗しました。Anchorは、いままでカーボンファイバー製とクロモリの2タイプのフレームを提供していましたが、来年からいよいよアルミフレームを提供するようです。そのアルミフレームのAnchorに試乗させてもらいました。
 乗った感想は、まず第一に、より軽くなったという感じです。私のクロモリフレームより軽い。ただ、路面からのゴツゴツと突き上げる衝撃は、クロモリの方が素直な感じを受けました。やっぱアルミフレームの突き上げだなと思いました。ブリジストンは、アルミフレームのAnchorにしなやかさを出すためにリアにサスペンションを導入しました。クロモリのAnchorのリアサスペンションはリジッドです。このサスペンションの味付けが柔らかくもなく固くもなくで、クロモリフレームに近いしなやかさを作っていました。このリアサスペンションは、カーボンフレームのAXCPで採用されているサスペンションと同じ構造のようです。
 来年発売されるアルミフレームのAnchorは\340,000とのこと。より軽くなってきびきびと走るようになったなあと感激でした。
左の写真は下記のサイトから借用
http://www.bscycle.co.jp/products/2000anchor/anchor-html/f-ac-pro-intro.html
 
 
 マウンテンバイクで長距離を運転しているため、いろんな人からロードレースタイプのバイクがいいんじゃないのと言われます。それで、Trek社のロードレースタイプの自転車を借りて試乗してみました。マウンテンバイクに乗りなれているせいか、とても華奢でタイヤが異常に細くてビックリしました。前後輪ともサスペンションはリジッドで、路面からの凹凸をまともに受けます。会場に設けられていた凸凹道路はまず走れません。段差を越えるとき前輪タイヤをかなり強く路面に着地させてしまいリムと路面が直接当たったような感触を受けました。
タイヤがパンクしやすい理由がよくわかりました。
 私のように、車道や歩道を行ったり来たりしたり、河川敷の砂利道を走ったり、公園で草地を走るようなタイプには今のところロードレースタイプは合わないな、と感じました。マウンテンバイクはタイヤがとにかく上部でチョットやそっとではパンクしない、というのが私の気に入っている理由ですから、当面ロードレースタイプで颯爽と車道を走るということはしないつもりです。
 
Bianchi XL EV2 Millennio:
 
Bianchiカラーを踏襲しないブラックBianchi XL EV2 Millennio
2000年版の意欲的なアルミフレームモデル
 Bianchiから出展されていた、ロードレースタイプの最軽量モデルでXL EV2 Millennioと呼ばれているものです。フレームはアルミ製でダウンチューブの形状がとても興味深い形になっていました。重量は6.9kgと書いてありました。色も萌葱(もえぎ)色のようなライトグリーンのBianchiカラーでなくてブラックというのも、何か挑戦的でした。名前も2000年にちなんで、Millenioです。
 このバイクには、同国イタリアの有名なパーツサプライヤである、カンパニョーロ(Campagnolo)社の20段変速ギア(Campagnoro フル Record ギア)が取り付けられていました。前段2段、後段10段です。後段が10段というギアシステムを初めてみました。9段が精一杯と思っていたのでとてもビックリしました。ギアとギアの間がチェーンの厚みしかありませんでした。
 このXL EV2 Millennioの値段は\720,000でした。
 

 

8. 晩秋の箱根路(1999.11.28)
 長距離ライディングの第三段、11月21日、22日の日曜日と月曜にかけて、晩秋の箱根路をサイクリングして来ました。
片道100km強の道のりで、1日のサイクリングとしては、ちょうど良い行程です。
「箱根の坂はとてもきつくて自転車では上りきれないだろう」という先入観念がありました。ここの所は、
5. 夏休み99 - 九十九里浜一泊サイクリング
5-1. トレーニング
で触れています。その後、週末に自転車を転がしながら体力をつけ、10月2、3日の両日に行った勝沼までの甲州街道サイクリングを通して山岳サイクリングの感触をつかみました。
それで今回は、いよいよ箱根越え。
 涼しい時期に一度走破しておきたいと思っていました。
紅葉の美しい晩秋に、冬のサイクリングの準備も兼ねて準備を始め、11月21、22日にサイクリングを敢行しました。
 
 箱根路を走破する目的は、
 
●来年夏、家に帰るための行程の一番の難所である箱根越えを
  どのように越えるか、という事前チェック。
●冬場のサイクリングの出で立ちのチェック。
  汗のかき具合とウェアの選択。
  手袋、耳当て、靴など末端の寒さの感触チェック。
●山岳サイクリング走破のペースチェック。
●余分な体脂肪を落とす。
●暮れゆく晩秋を愛でる。
 

 当日(11月21日)は、非常に良く晴れて風も穏やかでサイクリングにはぴったりの天候でした。

箱根にアプローチするには、二つのルートがあります。
 
 一つは、東海道(国道1号線)を下り、小田原、箱根湯本から一気に箱根街道(小涌谷まで急激な登り坂、約10km、さらに元箱根までのなだらかな登り約6kmの合計16.5km、標高差約750m)を登る方法と、
 もう一つは、国道246号線を通り北側から箱根に入る方法です。246号の場合、秦野から御殿場までダラダラと長い坂道が30kmほど続きます。
 
沼津に抜ける(2000年夏に家に帰る予定のコース)には、この箱根越えを行うか、さもなくば迂回して御殿場から抜ける2通りが考えられます。
 私は、今回のサイクリングに往路を国道246号線、復路を国道1号線に決めて自転車を進めました。
 
服装:
 夏に買ったマウンテンバイク用の半ズボン(お尻あてがついたナイロン製)と、VERSATECHの上着を来て出発しました。
下着はコットンのブリーフと半袖の下着を着用しました。
今の季節、自転車に乗って寒いだろうという思いがあったのです。
頭には、GAP(ギャップ)の野球帽を被り、手袋はゴルフで使うNewBreedのものを着用しました。
靴は今回、ビンディングシューズ(ペダルを金具でカチリと留めるもの)の着用はやめ、Regalの革靴にしました。
SPD(Shimano Pedaling Dynamics)は脚にかかる負荷が強すぎると考えて今回は通常のペダルにしました。
 リュックは、約5kgを詰め込んで背負いました。
 家を出る時は肌寒い感じがありましたが、しばらく走ると体中がポカポカしてきて下着が汗ばんでいるのがわかりました。
都内を走るぶんには薄手の手袋でも問題ないのですが、郊外を走る場合や、5°以下での気温で走る場合には手袋、靴下、耳当てなど末端部の防寒は十分に考慮する必要があると感じました。
ハンドルはグリップにラバーがあるとはいえアルミでできているため、手から体温をかなり奪いました。足先もかなり冷える部分だと認識しました。
走っている間は半ズボンでも全く寒いという感じは受けないのですが、長い下り坂を走ったり、朝夕の寒い気温では足の筋肉が収縮し筋肉痛を引き起こすことを体験しました。
 
国道246号線:
 11月21日、快晴。朝6時に北区の自宅を出て、巣鴨から皇居平川門に出て北の丸を抜け、三宅坂から国道246号線に出ました。
この道路は、青山、渋谷、池尻、三軒茶屋、駒沢、用賀を経て玉川橋と続く道です。新道である新二子橋は自転車は通ることができず旧街道の二子橋を通りましたが、快適に多摩川を渡ることができました。
が、渡ったあと、私のミスでそのまま新しい246号線に合流できずに古い町並みの246号に入ってしまい、溝の口でウロウロしました。
 多摩川から横浜に至る246号線は、港北ニュータウンに元勤めていた会社の工場がある関係上車でよく通る道で、道路風景はよくわかっているコースでした。
それでも、自動車と自転車では目に写る風景がかなり違い新しい発見も多々ありました。
 246号線は、まず、歩道がかなり整備されていて、歩道幅が広く自転車にとって走りやすい道であることを知りました。日曜日で大型トラックが少なかった事や朝方でそれほど交通量が多くなかったことも幸いして(それに天候が良かった)実に爽快に自転車を流す事ができました。「さすが川崎、横浜は裕福な町だなぁ」とか思いながら。
 それと、この道は丘陵地帯を切り開いた道であるため、梶が谷から長津田にかけていくつかの丘を上り下りがあるコースで、自転車には少しきつめの坂もありました。
 横浜を越えて、大和、座間、厚木と順調に自転車を転がしました。厚木についたのは午前10時。家を出てから、60kmの距離、約4時間のことで、平均速度15km/hで走破したということになります。
 厚木を抜けて、愛甲、伊勢原、鶴巻温泉(この辺は仕事でよく来る場所)を通り秦野に入ります。秦野からは山道。ダラダラと長く続く坂道です。この間約30km。決してオーバーペースにならないように脚に負荷をかけないように絶えずギアを変えながら、根気よく上って行きました。それでもかなり汗をかいて、下着もかなり汗を含みました。摂取した水は、4時間で1リットル程度と夏場に比べてそれほど水の必要性はないようでした。秦野を越えると、左の写真にあるように街道には紅葉が拡がり晩秋の陽に映えて目を和ませてくれました。
 松田町から山北町に入る頃になると、丹沢の峰々の懐に入り山が深くなってきます。東名高速道路が山の中腹を通っていて渓谷の深さを感じさせます。一昔前までは交通渋滞の名所であった(今は、拡張工事によってそれほどでもなくなった)都夫良野(つぶらの)トンネルをはるか上空にながめて、エッチラホッチラ自転車を漕いで行きます。
 東名高速道路の都夫良野トンネルの下を交差するようにして清水橋を渡ると、500m程度のトンネルが4つほど続きます。このトンネル(小さなトンネルなので隧道 = ずいどう)にはちゃんと歩道がありました。この1mほどの巾のある歩道を走ればトラックに引っかけられずに安心して通ることができます。ただ、この歩道には土埃がかなり堆積していて、そのうえ車道寄りには反射鏡が取り付けられていて、それを知らずにこの突起物に乗り上げたら転倒してしまいそうでちょっと危険だなと思いました。それに、この歩道は車道より30cmほど高く作られているのでフラついて車道に落ちた時も危険だなと感じました。500m程度のトンネルではそれほど強い風は吹かないものの、トラックが押しのける空気の力は強く、その力で自転車が揺さぶられます。またトンネル内は、エンジン騒音、タイヤノイズ、車の風切り音が結構強く一種の恐怖を抱かせます。いずれにせよトンネルは細心の注意を払って通る必要があります。
 
 
晩秋御殿場の夕暮れと:
小刻みなトンネル(隧道)を越えて小山町に入ります。
御殿場に入る最後の上り坂です。用沢から古沢にかけてはすばらしい「ススキ」野原が広がっていました。
東名高速道路を通っていても道路の両斜面にススキの群生を見ることができます。
この街道は、午後2時頃に通過したのですが、ススキの穂が西に傾いた秋の陽射しに照り映えて、キツネの尾のようにフワフワとして見事な情景を見せていました。
この地はなぜか、セイタカアワダチソウ(黄色い粒々の花が咲く草木)の群生が見られません。
名古屋あたりでは30年前より丘陵地帯を中心にこの黄色いセイタカアワダチソウが増殖し始め、ゆくゆくは日本全土をこの黄色い草木で埋め尽くされてしまうとまで言われていたのですけれど箱根の山にはやってこなかったようです。
御殿場に入って坂も下りになり、さあこれから一気に市内へと喜び勇んで自転車を進めようとしたのですが、おかしいことに自転車のスピードが一向に乗りませんでした。
すすき野原の坂道を9km/h程度で上って、下りになったのですから20km/h程度は出ても良さそうなのですが、15km/hも出ないのです。
おかしいなあ、自転車のどっかでも壊れたのかなぁ、下り坂だからどんどんスピード出ても良いのに、と思ってペダルを漕ごうとしたのですが、脚が全く上がらなくなっていました。
脚を引き上げようとするととても痛くて上がらないのです。
サイクリングの前半の行程も終えてないのに、脚をつぶしちゃったか、とかなりショックでした。
 
今回のサイクリングは、自分のペースを守って行程を走るという目的を持ってきているのに、そして、秦野からの30kmの山道は自分のペースを守って走ったつもりなのに、やはりオーバーペースだったかと悔やまれました。
夏場(九十九里のサイクリング)には脚が痛むということはなかったのに、秋口になって筋肉を痛めたのも不思議でした。
痛くなったのは、脚の上部の大腿筋という所で、脚を伸ばそうとすると膝の付け根の腱が痛むのです。
自転車を漕ぐとき脚を伸ばすので(それも坂道で長時間)、かなりの負荷がかかったと考えられました。
しかし、10月の甲州の山越えに比べればそんなに急な坂もなく、ペースも9km/hで決してオーバーペースではないはずでした。
息もそれほどせききらないし、前回のオーバーペースを反省してゆっくりマイペースで走ったつもりだったのです。
 脚が突然痛くなったのは、秋の陽射しが西に傾いて、標高600m程度の山道から下る途中でした。服装は、半ズボンにナイロンの自転車ウェア。
 御殿場市内まで後3kmという裾野バイパスの塚原地区に入ったとき、どうにも自転車が漕げなくなり、倒れるように自転車を投げ出し、路上で休憩しました。
左足大腿部をしばらく揉んでるうちになんとかペダルが漕げるようになって這々(ほうほう)の体で御殿場の宿に転がり込みました。
宿に入り、すぐぬるめの湯を沸かして、それにしばらく浸かっていたら、なんとか脚の屈伸ができるようになり、ぎこちないながらも立てるようになりました。
早めの夕食を摂って、また宿に戻って明日に備えるためベッドに潜り込みました。
明日は脚が治ってくれるといいな、と思いながら。
その夜は、ほんと久しぶりによく寝ることができ、8時から翌朝6時まで10時間以上寝ることができました。
 
 
乙女峠と箱根街道下り:
翌朝になっても心配していた脚は依然治らず、歩くのがやっとでした。
こんな脚で山道を登っていけるのかととても不安になりました。
箱根越えが辛いから、来た道を返ろうかとも思いましたが、箱根を越えずして今回の目的は達せられない、乙女峠までの10kmの山道を越えれ後は箱根の下りだからと、自分に言い聞かせて箱根越を敢行しました。
 
ホテルを7時に出発しました。
天候は快晴。
空気が澄んでいて吐く息が白く、手足がジンジンするほどの寒さでした。
ホテルの目の前は、超特大の富士山。
でっかぁ〜〜い、雪を頂いた山が朝日に照り映えてとてもきれいでした。
 
 出発時の出で立ちは上が厚手の木綿のトレーナーで、下が木綿の長ズボンでした。
白い息を吐きながら、東名御殿場インターを通り越えてひんやりとした御殿場の坂を乙女峠をめざし約9kmの上り坂を上っていきました。
今にも止まりそうなスピードで、約8km/hの速度でヒィ、ひぃ言いながら上っていきました。
大気は澄んで寒いのに、体はポカポカと暖かく、頭や肩口から湯気が出ているのがわかりました。
しかし、ペダルが思うように漕げずほんと辛かった。
乙女峠まで約1時間、途中10分ほどの休憩を2回とりました。
トンネルが見えたときには、これで坂は終わったと一安心でした。
 8時に乙女峠について千石原までの朝日の当たる下り坂を一気に快走しました。
ここはホントに気持ちよく自転車を走らせることができました。
時速にして40km/h〜50km/hは出たでしょうか。
スピードを上げると風が強くなり、それに冷たい空気なので体からかなり体温が逃げるのを感じました。
 
千石原から、箱根裏街道を通り強羅(ごうら)までゆるやかな直線の下り。
強羅を越えて宮ノ下から一気に箱根湯本まで下りました。
ここは、お正月に行われる箱根駅伝の山登りコースで、かなりの急坂です。
よくもまあこの坂を猛スピードで駆け上がるものだと感心しました。
私の方は下り坂コースなのでラクチン。
かなりのスピードで下りました。Anchor(ブリジストン)の自転車は軽くてタイヤやシャフトに精度のいい部品を使って作られているので40km/h出してもなんのブレもなく静粛に回ってくれました。
自転車の倒し方で小気味よく自転車が旋回してくれます。テール(後輪)も吸い付くようにして路面をとらえ前輪の取るトレースについてくる感触(自動車だとテールがすべる感触がどうしてもある)は、えも言われぬ快感でした。
箱根の下り坂は、こうした良い印象を持った反面、とても寒い思いもしました。
湯元に到着する頃には、脚が寒さでガタガタ震えました。
麓に下りたら寒さのためか全く脚が上がらなくなっていました。
ペダルを漕ぎたくても痛くて漕げない状態になっていました。
これには、ほとほとマイりました。
 
どうも大腿筋の痛みは寒さに関係しているようです。
8月に九十九里に行ったときはこのような筋肉痛をおこしませんでしたし、10月の甲州街道を走ったときも、脚が痛くなったのは帰り道の雨にたたられた後で、最後の高尾山の大垂水峠を越えて体を冷やしながら下った直後だったのです。
 
 原因は何となくわかったものの、脚の痛みは癒えず、このまま家に帰れないんじゃないかと不安になりました。
不安な思いをしながら、箱根湯本の小田急の駅前の日溜まりに自転車を置いて、しばらく脚を揉みました。
しばらく揉んでいるうちに、脚がなんとか上がるようになったので、ぼつぼつ自転車を転がし出しました。
こうなれば、「真夜中」になっても、家につくぞ、と開き直って国道1号線をソロソロと漕ぎ出しました。
痛む脚をだましダマシ、ゆっくりと、トボトボといった感じで漕いで自転車を帰路に向けました。
途中、右足も同じ痛みが走るようになって、ペダルが全く漕げなくなりました。
脚が全く上がらなくなってスピードも極端に落ちると、自転車を投げ出しては休みました。
二宮で休み、茅ヶ崎で休み、保土ヶ谷で休み、新子安、高輪と休んで脚を揉んで騙しダマシ自転車をすすめました。
 小田原からの国道1号線はとても走りやすく、歩道も巾が広く、橋も広い歩道があって、脚は上がらないものの快適に走ることができました。
街道には昔ながらの防風林である松林が保存されていて心を和ませてくれました。
海から照りつける太陽も明るくて、東海道は気持ちよくて豊かな土地だなぁと思いました。
 
結局、家にたどり着いたのは、夜の7時半。復路は12時間30分の行程となりました。
 
 
------ 以下、Part2 へ続く ---
 
 目次に
『マウンテンバイク(MTB)始めました - Part 2 -』へ行く
 

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